HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1. 死せる預言者の悪戯
──ジオン・ズム・ダイクンが死んだ。
この一報がサイド3を駆け抜けた瞬間、ザビ家の屋敷は氷のような静寂に包まれた。
──なぜ。どうして。
本来、後継者として指名されるべきは、ダイクンの熱狂的な信奉者であり、地球連邦との強固なパイプを持つ名門ラル家のジンバ・ラルであったはずだ。
だが、遺言状に記されていた名は——
我が父、デギン・ザビであった。
衝撃、だった。
当の父デギンですら、その重圧に顔を蒼白にさせたほどだ。
私は喜ぶどころか、背筋に走る氷のような予感に身を震わせた。
ラル家と、戦争になる。
それも、互いの根を絶やすまで終わらぬ凄惨な党内での殺し合いが。
我がザビ家は、ダイクンの思想活動を、資金と広報で献身的に支えてきた『実務家』だ。
だが、ダイクン本人が真に依存していたのは、ジンバ・ラルの持つ旧貴族階級のネットワークであり、そして何より、あの狂信的なまでの『盲従』だったはずだ。
なぜ、ジンバではなく父を選んだのか。
ダイクンの真意は死の闇の中だ。
だが、その不可解な指名が、残された生者を地獄へと追い立てる。
「死せるダイクン、生ける信徒を走らす……か」
私は、弔旗が揺れるバルコニーで独りごちた。
これが理想主義者の最期の悪戯だとしたら、あまりに悪趣味が過ぎはすまいか。
2. 救世主(メシア)の欺瞞、掃除屋を嗤う
私が初めてジオン・ズム・ダイクンに出会ったのは、16歳の時だった。
父デギンの武骨で分厚い手に引かれ、場末の小さな集会場へ連れて行かれた。冷えた空気の中に、その男の『熱』だけが異様に渦巻いていたのを覚えている。
「地球という揺り籠にしがみつき、宇宙(ここ)で流される我々の汗と涙を吸い上げて肥え太る寄生虫どもに、いつまで頭を下げるつもりですか!」
演台の上の男は、叫んでいた。
「連邦の法があなた方を『不法占拠者』と呼ぶなら、私はあなた方を『選ばれし新人類』と呼ぶ! あなた方は捨てられたのではない。
重力という名の古い衣を脱ぎ捨て、真の自由を手に入れるために選ばれたのだ!」
「互いの理解に、連邦の官僚が作った書類など不要だ!
必要なのは、宇宙という過酷な真実を共有する、あなたと、私だけだ!
あなたが、この新しい世界の主人公なのだ!」
その言葉は、貧しさに耐え、連邦の差別という不可視の壁に押し潰されていた私と父の心に、暴力的なまでの光を突き刺した。
私は覚えている。
父と、まだ生きていた母が、仕事とパンを求めてこの冷たい宇宙に移民したあの日を。
両親は泥を啜るようにして働き、金を貯め、必死の思いで事業を起こした。
コロニーの外壁修理、酸素供給系の整備、岩石の採掘。連邦の官僚が嫌がる『危険で汚い現場』を一手に引き受け、荒くれ者の労働者たちを束ね上げたのだ。
だが、どれほど富を積んでも、地球連邦は私たちに重税を課し『宇宙の不法占拠者』として扱った。私たちが、連邦の捨てた宇宙のゴミ(デブリ)を回収し、再資源化する様を『連邦の排泄物で食うやつら』と嗤っていた。
そんな暗闇の中に現れたのが、ジオン・ズム・ダイクンという思想家だった。
父も私も、その男の言葉に圧倒され、共感し、ジオン党にすべてを賭けることを決めた。
実務的な資金力と、泥に塗れた人手。ザビ家こそがダイクンという神輿を物理的に支える『土台』となったのだ。
ラル家が我々の陣営に擦り寄ってきたのは、運動が『実利』を伴い始めた後のことだ。
ラル家は、地球連邦が宇宙移民を始めた初期、開拓地を統治するために、連邦が送り込んだいわば『エリート』の一族だ。
サイド3の初期建設計画において、用地の選定や資源配分を一手に担った『領主』のような奴ら。
ラル家の狙いは、極めて明白かつ浅薄だった。
つまり、連邦政府の強大な牙を前にして、自分たちの既得権益と領地を守るための『盾』としてダイクンを利用しようとしたのだ。
彼らは連邦官僚との腐敗したパイプを使い、ダイクンを単なる野の活動家から『宇宙規模の聖者(アイコン)』へと仕立て上げた。
ラル家が求めていたのは、血を流さないエレガントな革命──。
すなわち、連邦とテーブルの下で握手し、適当な妥協点を見出すための『交渉のチップ』として、ジオンの思想をパッケージ化したのだ。
ジンバ・ラルが演台に立ち、優雅な身振りで『宇宙の正義』を説くとき、私はいつもその背後で、欠伸を噛み殺すのに苦労していた。
(……あの男の言葉には、泥の匂いが微塵もしない)
コロニーの外壁の冷たさも、岩石を砕く時の振動も、空気が薄くなる恐怖も。
ラル家のような『選民』には、我々の流す汗の塩辛さなど、一生理解できぬだろう。
だからこそ、私は彼らを心の底から軽蔑できたのだ。
ダイクンは、自分を神の如く崇めるジンバ・ラルを厚遇した。
だが、その裏で。
宇宙の泥にまみれ、インフラを支え、実務でこの運動を物理的に『走らせていた』我が父デギンをこそ、あの男は死の間際に選んだ。
それが信頼ゆえか、あるいは増長したラル家への意趣返しか。
……否、違う。
ダイクンは、父デギンを、我がザビ家を『聖者の名前を汚さないための、汚れ掃除をやらせる排泄物処理係』として買い取ったのだ。
ジンバ・ラルのような狂信者を後継にすれば、理想は制御不能な暴走を始め、瞬く間に自壊するだろう。
逆に、我らのような実務家、すなわち、ザビ家を指名すれば、父は持ち前の執念で、泥臭い政治闘争も、連邦との汚い交渉も、すべて一手に引き受ける。
そうすれば、ダイクンの名は『美しい理想』のまま祭壇に祀られ、我々ザビ家の代で、すべての汚れ仕事が——血に塗れた建国の礎が——完遂されると踏んだのだ。
……今となっては、死人に口なしだが。
かつては、この胸を震わせ、心底から尊敬した思想家だった。
だが、その欺瞞に満ちた真意に思い至ったとき、私の胸中を焼いたのは、言葉を絶するほどの侮蔑と、腸を煮えくりかえるような怒り——悔しさだった。
「……舐めやがって。あの狂人め」
私は、弔旗の影で吐き捨てた。
貴様は、我々を『使い捨ての道具』と見なし、自分だけが歴史に聖者として名を遺そうというのか。
3. 互いの理解の成れの果て
私は父デギンとともに、ダイクンの遺した草稿やメモ書きに至るまですべて洗い出し、整理していた。何とかして、この男がやろうとしていたことを、引き継がなくてはならなかったのだ。
「ダイクンを殺したのはザビ家だ!」
「デギンは釈明しろ! 引きずり出せ!」
ジオン党公邸の窓を叩く怒号は、もはや雨音のように日常と化した。
ラル家が仕掛けた『ザビ家暗殺犯説』は、ダイクンを失った喪失感に飢える民衆という名の怪物に、最高の餌を与えてしまったのだ。
焦燥に駆られていたのは、末妹のキシリアだった。
彼女は、父デギンの『暗殺者』という汚名を消すには、ダイクンの遺児であるキャスバルとアルテイシアをザビ家の保護下に置くしかないと踏んだ。
子供たちを『ザビ家が守っている』という構図さえ作れば、それは沈黙の正統性となるはずだった。
……だが、その計算すら、ラル家の執念に一歩及ばなかった。
「……ジンバ・ラルが、子供たちを連れ出したと?」
キシリアの報告を受けた次男サスロが、低く、地を這うような声で聞き返した。キシリアは唇を噛み、沈黙で肯定した。
次の瞬間、乾いた打撃音が室内に響いた。
「無能が! 余計な火種を撒きおって!」
サスロの手が、キシリアの頬を激しくひっぱたいていた。
広報と党内の融和を担当していたサスロにとって、キシリアの独断は『誘拐の失敗』という最悪の既成事実をラル家に与える自爆行為に等しかった。
「これでラル家には、我々を『ダイクン家を根絶やしにする略奪者』と呼ぶ権利を与えたのだ! 分かっているのか、この阿呆めが!」
「……っ、火種? 兄上、それは心外です……!」
キシリアは打たれた頬を押さえ、屈辱に歪んだ瞳でサスロを睨み据えた。
その指先は、怒りか、あるいは恐怖か、小刻みに震えている。
「ラル家が泥棒のように遺児を盗み出したのは、ただの不測の事態!
ですが、父上が後継者に指名された『事実』は変わらない!
死んだあの男が誰の毒で果てたかなど、闇の中……証明など、誰にもできはしないのです!」
サスロは舌打ちをした。
サスロは、ザビ家という泥の中から這い上がった一族の誇りが、偽りの物語で汚されることに耐えられなかった。
彼は父デギンの代わりに、暴徒化しつつある民衆の前で釈明の場を持つことを決意した。理性と正しさがあれば、この狂乱を鎮められると、信じていたのだ。
だが、しかし。
サスロが演台に立った瞬間、群衆の叫びが物理的な衝撃波となって彼を襲った。
投げ込まれた火炎瓶が彼の足元で爆ぜた。炎に巻かれながらも、サスロはなお、言葉で彼らを制そうとした。
しかし、狂った正義を信じ込む民衆に、言葉は届かない。
弟は、演台から引きずり下ろされた。
「人殺しの息子!」という絶叫と共に、無数の拳と足が彼に浴びせられた。
私が私兵を連れて駆けつけた時、そこにいたのは『サスロ』であったはずの肉塊だった。
整っていた顔は土足で踏みにじられ、鼻梁は砕け、かつてキシリアを叱咤した逞しい右腕は、あらぬ方向にねじ切られていた。
広報の天才と呼ばれた彼の喉からは、言葉の代わりに、血の泡が絶望的な音を立てて漏れ出していた。
群衆は、その無残な死体を見てもなお「ダイクン万歳」と叫んでいた。
文字通り『解体』された弟の残骸。
私はハンカチで口元をおさえ、嘔吐した。
鼻を突くような匂い。
止まらなかった。
私は嗚咽をこらえ、震える指で、弟の苦痛で見開かれた瞼を閉じた。
砕かれた弟の指から、血で汚れた党章を拾い上げる。
──負けるわけには、いかない。
この凄惨な惨劇を『ラル家排除のレバレッジ』に変え、世論をザビ家支持へと一気に傾かせなければ、我々に未来はないのだ。
私は弟の党章を強く握りしめ、知性を保とうと必死で肺に空気を送り込んだ。
──ジオン・ズム・ダイクン。これが貴様のいう『互いの理解』の成れの果てか。
宇宙(そら)に出た人類が手に入れたのは、進化などではない。
より効率的に、より残酷に、同族を『記号』として殺すための狂気だ。
理解など、もはや不要だった。
この地獄を統治できるのは、同じ地獄を内包した怪物だけだ。
——ダイクン。
貴様が我がザビ家を掃除屋扱いすると言うなら、その脚本、私が書き換えてやろう。
貴様が恐れた『自壊』よりも、さらに凄惨で、さらに壮大な『進化』という破壊を、この私が主導してやる。
ザビ家は掃除屋ではない。
この宇宙を、貴様の理想さえも飲み込んで作り替えてやる。
ザビ家は、新たな『支配者』だ。
──だが、間違えるな。
それは貴様のためではない。
私のザビ家、私の家族を守るためだ!
4. プロパガンダは泥に咲く
「――サスロの死を、犬死にさせるな」
私は動揺する党幹部たちを、冷徹な言葉で鼓舞した。サスロの遺体を、ラル家を社会的に完全に圧殺するための『最高級の生贄』として消費する。
サスロ惨殺は、権力奪還を目論むジンバ・ラル一派による卑劣なテロである――。
そのプロパガンダは功を奏し、ザビ家は世論を味方につけて猛烈な巻き返しを図っていた。
公邸周辺で頻発していたザビ家を糾弾するデモは日に日に勢いをなくし、事態は私の盤面通りに動きつつあった。弟の血を犠牲にしながら、ザビ家はサイド3の頂点へと這い上がるはずだった。
あの、病院からの緊急入電が鳴るまでは。
5. チューブの檻、崩落する家
救急治療室の蛍光灯は、死臭を孕んだように白く、冷たかった。
そこに横たわっていたのは──。
「……ガルマ」
私の声に、ドズルが大きな身体をさらに縮めて、獣のような声を漏らした。
まだ幼さの残るガルマの細い腕、白い喉、胸元には、無数のプラスチックのチューブが這い回っている。生きる意志を失った少年の心音を、機械的な電気音が、かろうじてこの世に繋ぎとめていた。
自殺未遂、だった。
学校での執拗な『人殺しの息子』といういじめ。
最近、弟の食欲がない、とは思っていた。
隣に座り、黒パンを無理矢理、口に押し込んだこともある。だが……
──年端も行かない弟が、家族の誰にも相談できず、自分で、自分の命を断とうとしたのか。
サスロ暗殺の報復としてラル家を叩けば叩くほど、世間はこう見る。
──ザビ家は疚しいことがあるから、ラル家を執拗に叩くのではないか?
──そもそも、サスロの死も、ザビ家が画策した自作自演なのでは?
糾弾デモが減ってなお、人々の心にこびりつく、ザビ家=血塗られた暗殺者という無言の弾劾。
その毒が最も弱く、無力で——純粋さを残す、末の弟の精神を内側から破壊したのだ。
父上は身体を震わせながら、常軌を逸した甲高い声で叫んだ。
「私の、私のせいだ……! ダイクンの呪いだ、これは……!」
望まずながらもダイクンの後継となり、卑屈に笑っていたはずの父デギン。
愛する末息子を失う恐怖と罪悪感のあまり──もはや錯乱状態だった。狂ったように叫び出す。
「ガルマが死んだら、私も死ぬ。死ぬしかない!……ザビ家は、もう終わりだ!」
その直後、父上は、心臓を自ら毟り取るようにして床に崩れ落ちた。
「父上! 父上、しっかりしてくださいッ!」
キシリアが、髪を振り乱し、なりふり構わず父の胸を叩いて泣き叫ぶ。
──あの冷淡な妹とは、思えない。半狂乱だった。
病室に駆け込んできた医師と看護師の手で、父上もまた救急治療室へと運ばれる。
──心労性の心臓発作だった。
サスロを失ったばかり。
痛みも癒えぬ間の、この、惨状。
ドズルは、兄に加え、幼い弟、そして、父という柱を同時に失う恐怖の前に、怒る力さえも根こそぎ奪われ、ただの巨大な肉塊のように憔悴しきって床を見つめていた。
私がその肩に手を置くと、弟は縋るような目で私を見上げ、震える声で「……兄上」とだけ絞り出した。
息が、できない。
私は、よろめく足で、壁をつたうように病院の屋上へと向かった。
少しでも、冷たい酸素を求めて。
──これが、私がすべてを賭けて築き上げようとした『ザビ家』の成れの果てか。
あまりにも脆い。
あまりにも呆気ない。
私は、誰もいない屋上で、夜の闇に目をこらし、崩壊していく家族の肖像を、ただ見つめるしかなかった。
6. 宇宙に撒かれた、実に悪趣味な花束
しかし、私には家族の肖像を修復する猶予は与えられない。
情報部から、最悪の報せが次々と襲ったのだ。
「サイド2でバラ革命が発生! 民衆がバラを掲げてザビ家の専横を糾弾しています!」
「サイド4、物流がストップ! 親連邦派の労働組合による『オレンジ革命』です!」
「サイド5、資源採掘場が接収されました! 『チューリップ革命』……連邦軍が民意の保護を名目に介入を開始!」
バラ、オレンジ、チューリップ。
宇宙(そら)に撒き散らされた趣味の悪い花束が、サイド3の補給線を一夜にして完全に接収し、窒息させようとしていた。
周辺コロニーが次々と親・連邦と化し、サイド3は完全に孤立した。『宇宙の孤児』へと転落したのだ。
そして、その花壇の中央で、神輿(アイコン)として担ぎ出されている、あの少年。
その子どもの名を聞いた瞬間、私の脳裏に、金髪の残像がフラッシュバックした。
ダイクンの傍らにいた、あの疲れた大人のような顔をした子供。
──キャスバル・レム・ダイクン。
「あのガキが……! レビルの傀儡になったか」
ダイクンの遺児が、『悲劇の王子』という完璧な記号として世界を熱狂させている。
そして、国内では息を吹き返したラル家が、「バスに乗り遅れるな」と言わんばかりに、連邦への追従とザビ家打倒の世論を傲慢にあおっていた。
お見事。完璧な脚本だ、レビル将軍。
あの子供を聖遺物として使い潰し、ザビ家を雑草として間引き、管理された庭園を作ろうというわけか。
7. 掃除屋、傀儡の血を欲す
私は父上の病室に向かった。病院の懸命な看護により、父の容態はどうにか小康状態を保っていた。キシリアが父の傍らで仮眠をとっていたが、目を覚まして私を見つめた。
「……兄上」
「私が代わろう。お前は少し休め。ベッドで寝ろ」
父上は、私の心配そうな顔を見て、口の端をあげて、力なく微笑んだ。息も吐きだすのもやっと、といったところか。
しかし、父上の手が、弱々しく宙を彷徨い、私の手首をすがるように握り返す。その父の口の形が微かに「すまない」と形作るのを見て、私は胸が熱くなった。
「父上……。私がいます。私がついています。私が……」
キシリアが、不安そうな目で、──何か言いたげに、ただ私を見つめていた。
そして。ガルマの病室。
人工呼吸器の規則的な音が、静かに響いている。ガルマはまだ目を覚まさない。
キシリアかドズルが持ってきたのだろうか。ガルマが家で大事にしていた玩具、好きな菓子がそこかしこに置かれていた。
無数のチューブに繋がれ、自らの意志では息をすることすら許されず、大人達の権力争いの犠牲となったガルマの姿。
その姿は、まるで。
──連邦とダイクンの名に、四方を囲まれ、身動きが取れなくなったこの『サイド3』そのものだ。
許してくれ。
お前の苦しみに気づいてやれなかった、兄さんを許してくれ。
ザビ家が、掃除屋と蔑まれながら、あの狂人(ダイクン)を崇め、身を粉にして働いてきたのは、この弱く、無邪気な弟が、安全に暮らすためではなかったか。
嫌な思い一つしないで、幸せに生きるためではなかったか。
私は、ガルマの生気のない額に、そっと自分の冷たい手を置いた。
「……私がいる、私が守るよ。……私がこのサイド3を、ザビ家を、お前を、必ず守ってみせるよ」
そのためには、庭園の主(あるじ)気取りの老人(レビル)の脚本を、根底からひっくり返さなければならない。
キャスバル・レム・ダイクン。
君は大人びた、賢すぎる子供だったな。
あの狂ったダイクンの公邸で、かつて君は、父親の怒声を聞きながら、黙々と幼い妹の世話を焼いていた。
そのお前の後ろ姿を、私は窓の外から見たことがあったよ。
君に同情したことすら、あったのだ。まったく、子どもというやつは、生まれる場所を選べないよな。
だが、君がどれほどその血筋で世界を席巻しようと、君という傀儡の王子が──
『薔薇の冠』を被って舞台に立つ限り、私の家族が、国が死ぬ。
「プレイヤー気取りの子供が、盤面を汚しすぎたな。……まとめて、その首ごと盤をひっくり返してやる」
父上やガルマに抱いた愛情と憐憫は嘘のように消え去り、私の心はいまや凍った殺意で満ちていた。
父を襲った発作も、弟の喉に刺さったチューブも、もはや悲劇ではない。
それは、連邦とダイクンの血筋という理不尽を、この世から抹殺する『正当な理由』となったのだ。
──あのガキを殺す。
まずは社会的に、そして物理的に。
跡形もなく、その存在を宇宙から消し去ってやる。
泥まみれで王冠を掴んだ男は、薔薇の冠を被りし遺児の、血を欲す。
私は弟サスロの血の付いた党章を握りしめた。
美しい薔薇を握り潰すように、強く、残酷に。