HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1. 虚飾の戴冠、演じる王子
「父ダイクンは亡くなりましたが、その理想は生きています!
父は宇宙コロニーと連邦の、気高き共生を夢見ていました!」
私は、マイクの前で、テレビカメラの前で笑顔を振りまきながら、演説をしている。
連邦国営テレビ局のアナウンサーが笑顔で応える。
「キャスバルくん、御父上のダイクン氏のお言葉、ありがとうございます。
生前の御父上との思い出について、教えてもらえますか?」
「はい。父は、僕や妹、母にも、とても優しくて…。
どんなに忙しくても、一緒に夕飯を食べていました。
休みの日は勉強をみてくれることもあって…」
──ああ、胃袋が酸で焼ける。
私が話しているのは、一体どこの家庭のことだ?
サイド2。
色鮮やかなバラを掲げ、親連邦のシュプレヒコールをあげる大衆。
その中央で『悲劇の王子』を演じる私は、自分が世界で最も嫌悪したあの『家での無能な独裁者』──あの狂った父親そのものに変貌していく自分に、反吐が出そうだった。
ようやく地獄のような生放送が終わり、私は息をつく。
テレビ局の局長は、数字がとれるとご満悦だ。
その傍らのディレクターが心配そうな顔で、私に水を差し出してくれた。
「キャスバルくん、大丈夫かい?少し休憩を……」
テレビ局の局長が突っぱねる。
「何を言うか!まだあとサイド4、サイド5で記者会見があるんだぞ!
キャスバルくん、頼んだよ、皆、君の話を聞きたがっているんだ!」
──『私の』話ではない。『父の』話だろうが。
それでも、私は笑顔をつくる。
水をくれたディレクターに、そっと囁いた。
「あとで、少し、お時間をいいですか?ご相談したいことがあって…」
2. その銃は、誰が貸した
私はシャリア・ブルに早急に、この反吐の対価を要求した。
そして、地球連邦軍・参謀本部情報局の機密端末のアクセス権を入手し、父ダイクン暗殺に関する記録を手に入れたのだ。
連邦官僚のゴップ将軍が、親ザビ家派閥の門閥貴族に接触してその権益を保証し、ダイクンを暗殺に至らしめたという共謀の証拠だった。
「……ザビ家が引き金を引き、連邦がその銃を貸したのか」
笑いが漏れた。
乾いた、砂を噛むような笑いだ。
私は母と妹を救うために、父の命を奪った『銃の持ち主』と握手をしたというのか。
私の導き出した正解は、最初から最悪の不正解だったのか。
──若さゆえの過ち、というには、あまりにも認めがたいものじゃないか?
そして、何よりも。
──ザビ家、そして連邦がグルだった。
私は目眩がした。
連邦に疎まれ、ザビ家に売られた父。
もとより、私たち家族は、世界中の全てから見放されていたのだ。
孤立感と徒労感が、私を襲った。
世界が押し付けてくる真実のやるせなさに、私の神経は千切れそうだった。
更に悪いことに。
サイド3を牛耳るザビ家が、カラー革命の正統性を脅かすため、熾烈な反・連邦キャンペーンを展開してきた。
『ダイクンの死は、連邦の自作自演である!』
『そしてキャスバルは、父の敵に魂を売った裏切り者の遺児だ』
ザビ家の放った『裏切り者の遺児』という汚泥のようなレッテル。
連邦は、実際に、父の死に関与していた。
皮肉なものだ。
奴らの掲げた虚言は、今や私の手にあるデータ──真実によって、私自身の心臓を正確に射抜いていた。
私は、父を殺した銃の持ち主に薔薇を配る、稀代の道化に成り下がったのだ。
私が今、握っているこの手こそが、父の背中を押した手だった。
苦痛だ。
マイクに向かって父の理想を語るたび、自分の喉が、灼熱の鉄を飲まされるように焼け落ちていく!
──母に、会いたい。
このままでは、私は自分の嘘で窒息するだろう。
一刻も早く、連邦の用意した、眩しすぎる薔薇の舞台から降りたい。
あの冷たいスープの味を知る、母に会いたい。
このどす黒い真実を、母の膝元で吐き出したい。
もう、限界だった。
3. 取引は断頭台で
そんな矢先のことだった。
──サイド3に幽閉されていた母、アストライアの訃報。
母が、死んだのだ。
救えなかった。
いつか、母のいる暗い塔の扉をこじ開け、助けに行くのだと思っていた。
共に冷たいスープを啜り、深夜に呪いのようにピアノを叩き続けていた、あの哀しい母。
彼女は、もうこの世界にはいない。
ザビ家への復讐の対価として、私は母を、世界で唯一の帰るべき場所を、永遠に失ったのだ。
会えないのか。
逝ってしまったのか。
愛して、愛して、愛していたのに──
その瞬間、私の頭脳を支配していた計算、打算……、すべてのものが、跡形もなく消し飛んだ。
私は、参謀本部情報局のオフィスに向かった。
そして、ゴップに、あらん限りの銃弾を撃ち込んだ。
ゴップが何事かと目を見張る間すら与えずに。
弾が切れるまで、撃ち続けた。
何発も、何発も。
ゴップの高級なスーツが、血に染まっていく。
それは、私が必死に繋ぎ止めようとしていた『平和の王子』という虚飾のシステムが、音を立てて崩壊していく様でもあった。
硝煙の静寂。震える指先。
怒りではなく、あまりの虚しさが原因だった。
母を救うための弾丸は、既に死者となった母の前では、ただの冷たい鉛でしかないというのに。
「ゴップ将軍!……銃声が!一体何が……」
「キャスバルくん、なんてことを!血迷ったのか?!」
私は、止めに駆け込んできた情報局の男たちに、冷え切った銃口を突き付けた。
「動くな!僕に触るな!」
私は、かねてより連邦の機密端末から手に入れていた『開花計画(ブルーム・ドクトリン)の全容』の記録を、手元の端末から表示してみせた。
「僕に触れたら、連邦国営テレビ局に、このデータを全部送ってやる!奴らはスクープに飛びつくぞ。
これを世界に公表されたくなければ、今すぐ僕の死を偽装しろ!」
「偽装死、だと?!何を言っている!」
「あんた達のためでもある。サイド3のテロリストのせいにすればいい。
『悲劇の暗殺を遂げた伝説の王子』にすれば、僕ももう少しは、あんた達の役には立つだろ?」
サイド3によるネガティブ・キャンペーンを思えば、キャスバル・レム・ダイクンの賞味期限が切れるのは時間の問題だ。
情報局の男たちは、仲間内でいくつか言葉を交わし、私の提案をのんだ。
「偽装死をして、君は……それからどうするのだ?」
「……父の国のために死にたい。
ジオン士官学校への潜入ルートと、別人の身分、金を用意してくれ」
連邦は、私のこの不遜な取引を、打算のうえで呑み込んだ。
「……よろしい。今日から君は、この世に存在しない男だ」
シャア・アズナブル。
戸籍だけの幽霊のような名前。
既に亡くなったというその男の顔は、不気味なほど私に似ていた。
唯一の違いは、私の瞳が冬の空のような青色なのに対して、その男の瞳は大地のような鳶色だった。
今でも、鏡を見るたび、バイザーの奥で冬の空の青が、私を嘲笑う。
この瞳がある限り、私は『シャア・アズナブル』という名の殻の中に閉じこもる不法占拠者なのだ。
情報局の男は、言葉を続けた。
「君を『死せる聖者』として祀り上げることには、我々も吝か(やぶさか)ではない。
……だが、キャスバル、サイド3は地獄だぞ。
シャア・アズナブルとして、泥を啜って死ぬ覚悟はできているのか?」
私は、かすかに鼻で笑った。
「……泥の味なら、13歳の時に、父の食卓で覚えさせられましたよ」
かくして──。
私は連邦への底知れぬ憎悪を抱えたまま、もう一人の仇敵──ザビ家が巣食うサイド3へと、不法入国者のように密航船の闇に身を潜めた。
密航船のデッキ。
遠ざかるサイド2の灯火を背に、シャリア・ブルは静かに隣に立った。
「……シャリア。君はなぜ、私がゴップを殺すのを止めなかった?」
私の問いに、彼は感情の読み取れない瞳を向けた。
「止める理由がありません。
……連邦にとって、ゴップ将軍はもはや死んでくれた方が都合の良い『不祥事の塊』でしたから。
あなたが引き金を引いたことで、連邦の情報部は、ゴップの独断──ザビ家との共謀を、永遠に闇に葬る『口実』を手に入れたのです」
シャリア・ブルの声は、事務的なほどに淡々としていた。
「彼らは今頃、上層部にこう報告しているでしょう。
『悲劇の王子キャスバルを、サイド3のテロリストから守るために命を落とした、忠義の将軍ゴップ』とね。
あなたの復讐さえも、あの官僚たちは自分たちの失態を塗り潰すために、使い潰したわけです」
「……ははは、反吐が出るな。私の殺意すら、奴らの保身の燃料か」
私は手の中にある『シャア・アズナブル』の偽造IDを、強く握りしめた。
シャリア・ブルは、その手を静かに見つめる。
「そして、彼らがあなたの無謀な要求を呑んだのも、慈悲ではありませんよ。
彼らにとって、死んだはずのキャスバル・レム・ダイクンを『シャア・アズナブル』という名の幽霊にして、サイド3へ解き放つことは、極めて合理的な『保険』なのです」
「……保険だと?」
「そうです。成功すれば、ザビ家の喉元に仕掛けた最高の潜入スパイ。
失敗すれば、ただの正体不明の不法入国者としてトカゲの尻尾切り。
……彼らは、あなたに『自由』を与えたのではない。
最高に賞味期限の長い『捨て駒』の席を与えたに過ぎないのですよ」
シャリア・ブルは、私の耳元で囁くように、だが冷徹な真実を告げた。
「……キャスバル様、あなたは“赤く”燃えるべきだ。
連邦という冷たい庭園にも、ザビ家という泥の城にも属さない、すべてを焼き尽くす唯一の彗星として。
……そうでなければ、あなたは、彼らが用意した『シャア・アズナブル』という檻の中で、一生を使い果たして終わる」
「……彗星だと?何を言っている?詩を聞く趣味はない。君は、誰の味方だ?」
私は、彼の浮世離れした言葉を、不快感と共に切り捨てた。
「私は、あなたの『可能性』の味方ですよ。……これでいいのです。
あなたが連邦を憎み、ザビ家を呪い、その両方のシステムを破壊する『亡霊』として、サイド3へ還ること。
それが、サイド2の……そして私の真の望みだ」
「……君は、最初から私がこうなることを知っていて、あのデータを渡したのか」
「私はただ、真実という名の『種』を蒔いただけですよ、キャスバル様。
それが復讐の花として咲くか、彗星として燃えるかは、あなたの『可能性』次第です」
4. 憧憬の残照は殺意をよぶ
ジオン士官学校、編入初日。私は16歳になっていた。
外傷による後天性の虹彩変色と、それに伴う重度の羞明(しゅうめい※光を異常に眩しく感じる症状)――。
捏造した診断書を添付し、私は冬の空の色をした青い瞳をバイザーの奥に封じ込めて、校門をくぐった。
学校の狭い食堂の片隅。
簡素な椅子に、薄暗い照明。
豪華なテーブルや椅子はない。使用人もいない。
だが、誰の顔色を伺う必要もない。
誇大妄想をまき散らす父も、湿った溜息をつく母も、党首公邸の冷めきった夕食もない。
何かを期待する熱狂も、あわよくば利用しようという打算もない。
ただの『誰も知らない男』──シャア・アズナブルとしての食事だった。
連邦から奪い取った『自由』と『偽名』を握りしめ、まずいスープを口に食む。
脂の膜を、自ら喉の奥へと流し込んだ。
──味が、する。
味がする。まずい。
だが、美味い。
飯って、こんなに美味かったのか。
バイザーの下から、熱いものが溢れて止まらなかった。
弔いでも、悔恨でもない。
私はこの瞬間、自分を縛り付けていた全ての檻から、解放されたのだ。
(終わった、もう、終わったのだ。ゴップは殺した。
あとはザビ家の下手人、親ザビ家派閥だという門閥貴族を探して…)
下手人を殺すのは、リスクが高い。
私がゴップを殺して、こうして生きていられるのは、ただ、運が良かっただけだ。
ふと、私はサイド3が仕掛けた反・連邦キャンペーンを思い出した。
『ダイクンの死は、連邦の自作自演である!』
『そしてキャスバルは、父の敵に魂を売った裏切り者の遺児だ』
ならば、ザビ家がキャスバルにしたことを、そっくりそのままお返ししよう。
下手人を特定して、それをメディアにリークし、社会的に潰してやる。
そうすれば……
喉を震わせて泣く私の肩に、不意に、温かい手が置かれた。
「……編入したばかりなんだって? 大丈夫さ。すぐに慣れる。
僕が色々と教えてあげるよ」
驚いて顔を上げると、そこには、屈託のない優しさを湛えた少年が立っていた。
彼は私の涙を『慣れない環境への不安』だと勘違いし、元気づけてくれようとしたのだ。
「僕もね、サイド6の寄宿学校を転校して、こっちに、サイド3に移ってきた時は本当に不安だったんだ。
だから、君の気持ちはよく分かるよ」
サイド6――。
その響きに、私の脳裏に、サイド3で別れたランバ・ラルの声が蘇った。
『お前とアルテイシアを、サイド6にでも拉致して、美味い飯でも食わせてやりてえんだが……』
サイド6。地球連邦もサイド3も関係ない。中立のコロニーだ。
「サイド6か……。どんなところなんだ?」
私が思わず涙を拭って問いかけると、少年は嬉しそうに笑った。
「緑が豊かで、静かで、……あ~、それ以外に何にもないな。
何にもなさ過ぎて勉強に集中するしかない場所だ。
だが、気分転換には最高さ。いつか君も行くといい」
少年の屈託のなさに、私は少し笑った。
(ああ、この男は、ラルが私に与えようとした『平穏』を、当たり前のように享受して育ったのだな)
その「何にもない」という贅沢を、退屈だと笑える傲慢さ。
無垢な幸福への羨望が、少しだけ胸を焼いた。
だが、それ以上に。
誰も私をダイクンと呼ばない。
私は初めて、計算も打算もなく、ひとりの同世代の少年と、他愛もない雑談を交わしていた。
自分の中に、こんなに穏やかな感情があったのか、と驚くほどに。
(……サイド6。全て終われば……。私はこのまま、誰でもない男として、サイド6へ亡命して……。
この男が見ていた景色を、私も見ることができるのかもしれない)
そんな、分相応な夢すら見たのだ。
その少年の胸元に輝く、あの紋章を目にするまでは。
──ザビ家の家紋。
私の身体から、一瞬で温度が消え失せた。
さっきまで温かかった少年の掌が、母を閉じ込めた塔の石壁のように冷たく、忌まわしく感じられた。
温もりが残っている自分の肩が、その部分だけが火傷したように熱くなる。
そして、先ほどの微かな羨望は、どす黒い殺意へと反転した。
「……君の、名前は?」
少年は何も気づかず、誇らしげに、そして親愛を込めて名乗った。
「僕はガルマ。ガルマ・ザビさ。これからよろしく」
ザビ家、だと。
私の母を幽閉し、死に追いやり、我が家を地獄に叩き落とした、あの血族。
猛烈な屈辱と、怒りと、そして、一瞬でもこいつを『良い奴』だと思ってしまった自分への嫌悪が、脳髄を狂おしいほどに支配した。
私は突き動かされるような衝動を必死に抑え込み、彼の手を冷たくかわしてた。
そして、極力距離を取るようにして、背を向けた。
──逃げられない。
私が逃げようとしても、それは必ず私を追いかけてくる。
そして、私を責め立てるのだ。
──復讐しろ
──早く、早く、復讐しろ
──母親の死に目を忘れたか、と!
このガルマという男の笑顔さえも、
私を地獄へ引きずり戻すための、ザビ家の新たな『鎖』なのか。
こうして私の地獄のような学校生活が始まった。