HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.虚構の凶弾、親愛の終焉
──キャスバル・レム・ダイクン暗殺。
サイド2の、忌々しい傀儡の王子。
あの薔薇の冠の子供が死んだ。
父デギンが、目に悲嘆を滲ませながら、重々しく口を開く。
「ギレン、これは、お前が……」
「いいえ、我々(ザビ家)ではありません」
誰がやった?
冷や汗が流れた。
これは連邦による工作か、あるいは予期せぬ民衆の暴発か。
確かなのは、世論はこれを『ザビ家による、ダイクン家への最後の掃討作戦』だと解釈することだ。
ザビ家が手を下していないにもかかわらず、ザビ家は『平和の王子を殺した悪魔』として世界から孤立し、連邦による経済制裁の包囲網はさらに狭まる。
──いや、もはや、誰が殺したかは問題ではない。
誰が殺したことにすれば、ザビ家に、ひいてはサイド3に利があるかだ。
「……連邦が邪魔になった王子を消したのです。
ならばこの死を、連邦の残虐非道な暴挙としてサイド3の全モニターに流しましょう。国民の憎悪を煽るのです。
真実など、誰も必要とはしない」
父上が、憤然やる方なし、というように肩を落とす。
「……私は、たまにお前が恐ろしくなる。なぁ、息子よ」
父上が、じっと私の目を見つめる。
「ダイクンのことは……、お前ではないのだよな?お前は何もしていない、そうなのだよな?」
「……断じて、私ではありません」
いつしか、父上は私をダイクンの暗殺犯だと疑うようになっていた。
「父上が、ご所望なら、軍の参謀本部・情報局で、一度徹底的に調査しましょう。
……それでよろしいですね?」
やるせなかった。
──私は、あんたを、家族を、国を守りたいだけなのに、なんでそんな目で見やがるんだ。
冷めきったコーヒーは、苦い。
理解されずともよい。
家族を、国を守れさえすれば。
私は父上の居室に背を向けた。
2.飢餓の煽動 、バターと復讐
しかし、私に感傷に浸る時間はない。
キャスバルが『悲劇の暗殺を遂げたダイクン家の王子』として死んだことで、サイド2のバラ革命、サイド4のオレンジ革命、サイド5のチューリップ革命──通称カラー革命の猛威、すなわち親・連邦、反ザビ家の気運はこれまで以上に宇宙(そら)を吹き荒れることになった。
──戦わなければならない。
地球連邦が網の目のように張り巡らせた『開花計画(ブルーム・ドクトリン)』の鎖は、じわじわと我がサイド3の首を絞め、窒息死させようとしていた。
物流の中枢、サイド4の『オレンジ革命』。
親連邦派の労働組合によるストライキは、サイド3への物資供給を文字通り一夜にして停止させた。輸送船は港で足止めされ、必要な食料も、生活物資も、我が国には一切届かない。
さらに、資源採掘の拠点、サイド5の『チューリップ革命』。
親・連邦を隠れ蓑にした暴動でジオン党の資本は強制接収され、連邦軍は『民意の保護』を名目に鉱物資源を完全に掌握した。エネルギーの生命線を断たれ、冬を越す暖房の出力は無残に絞られ、市民の食卓からはバターが消えた。
ドズルが軍を動かし、サイド4の封鎖線を命がけで突破してかろうじて物資を運び込んでいるが、これもいつまでもつか。
そして最悪なことに、サイド2の『バラ革命』──
キャスバルの暗殺によって、宇宙の全世論はザビ家を『悪魔』と断定し、我々の必死の生存戦略を『不当な略奪』だと糾弾している。
生きていくためには、もはや連邦と一戦交え、近隣のコロニーを武力占領し、そこにある食料生産プラントや鉱物資源を強奪して力ずくで確保する以外に道はなかった。
──戦争。もはや生存のために必然(やむなし)か。
その総力戦に打って出るには、これまで『平穏』に甘んじていた国民たちを、一人残らず戦炎の中に引きずり込み、一致団結させねばならない。
それには絶対的な起爆剤が必要だ。彼らの日常を破壊し、国家の戦意に変貌させる理由が。
食卓からバターが消え、暖房の出力が絞られる。
私は国民たちに、その欠乏は『連邦』のせいだ、と指し示してやればいい。
奪われた生活を取り戻す唯一の手段は、隣人の血ではなく、地球の特権階級の喉元を掻き切ることだと。
ドズルが、憤然と拳を上げ、一点の曇りもない熱量で叫ぶ。
「兄貴ィッ! 俺にできることは何だ!?
あの生意気な連邦の封鎖部隊、物資を運ぶだけでは飽き足らん!いっそ、俺が奴らを握り潰してやってもいいんだぞ!」
──優しい弟だ。
ドズル、お前はそのまま『拳』でいろ。
思考は私に任せ、お前はただ、私の理想を具現化する『手』であり『足』であってくれ。
汚い企み、醜い計算は全部私が飲み込んでやる。
お前は、その愚直で真っ直ぐな咆哮を響かせていればいい。
「ドズル、例の計画を実行に移せ」
宇宙開拓用の採掘・工作機械──。
これに、多額の国家予算を投じて兵器へと転用する。
私はドズルに命じ、人型工作機械に『ザク』という名を与え、来るべき日のための準備を秘密裏に進めた。
3.冷めたコーヒーと亡霊
「諸君、思い出してほしいッ!我々の流した汗、我々の得た富は、今この瞬間も地球の重力に縛られた特権階級の喉を潤すために吸い上げられているのだッ!」
演説台に立つ私の視界には、熱狂する大衆の海が広がっていた。
サイド3。
資源はなく、金もない。
いずれ食料も尽きる。
ならば、外へ打って出て奪うしかない。
我々が生き延びるためのパンと鉄は、連邦の、そして我々を裏切った他サイドの倉庫に眠っている!
今こそ、思想の違いで争う時ではない。
全同胞が不平不満を捨て、ザビ家の下に一致団結し、総力戦の鉄槌とならねば、我々に未来はないのだ。
そして、ここには『怒り』という無限のエネルギーがある。
──我々から奪うな、飢えさせるな、踏みにじるな。
──座して死を待つくらいなら、すべてのミサイルを撃ち尽くせ。
──地球連邦という、古い重力を打ち砕くために。
食卓からバターがなくなる飢えや怒り、そして惨めさ。
もともと国民たちの心にくすぶっていた火薬庫に、私は火花を放ったに過ぎない。
私の怒りに共鳴するように、国民たちは、持てる者への憎悪を燃やし、熱狂した。
対立するラル家を筆頭とした名家たちは、私を「ダイクン暗殺者」「分断主義者」と烙印をつけて罵り、反発した。
──上等だ。私からも、奴らに決定的な烙印を押してやろう。
「ラル家は、我々を縛る連邦と通じた売国奴である!」
そして、演説を終えた私に報告書が届いた。
カーラル家——ラル家の傍系の貴族からの通知。
簡素な紙面には、ただ一行。
『ラル家、最後の灯火を消去。内乱終結』
私は、その報告書の上に、冷めたコーヒーのカップを無造作に置いた。
ジンバ・ラル。
ダイクンの隣で熱狂していた老人の命も、今や私のデスク上の染み一つ分だ。
かくして。
サイド3の権力は、ようやくザビ家の手の内へと一本化されたのだ。
4.生贄の脚本、 灰の中の影
──舞台は整った。
しかし、戦争を仕掛けるには、大義名分が必要だった。
飢えに苦しむ国民が、恐怖を忘れて『他コロニーへの侵略』という狂気に喜んで身を投じるための、引き金が。
サイド3の全人類が涙し、武器を取らざるを得なくなる――『国民の悲劇』が。
父上とキシリア、私で昼食をとっていた。
「……士官学校を使います」
サイド3にある士官学校は、隣接する連邦軍駐屯地によって常に監視されている。
士官学校に在籍する学生は、みなコロニーの名家の子息や英才ばかりだ。つまりは『連邦に対する反乱の抑止力』という建前の、人質収容所。
連邦の駐屯兵どもに見下ろされるあの場所は、サイド3にとっての、消えない屈辱の烙印だった。
私は、人質同然に連邦軍の監視下にある若き学生たちを、リストアップした。
血気盛んで、純粋で、利用しやすい若者たち。
彼らに『暁の蜂起』という名の英雄譚を演じさせ、連邦の駐留軍に、彼らを虐殺させるのだ。
未来を担うはずの学生たちが、連邦の銃弾に倒れる。
その凄惨な映像がサイド3を駆け巡った時、国民の怒りは、私の望む『総力戦』へと爆発するだろう。
キシリアが優雅にワインを口に含みながら、氷のような視線を私に向ける。
「兄上。士官学校を蜂起させる脚本、見事ですこと。
……ですが、連邦の駐留軍を刺激しすぎれば、作戦発動前にこちらが焼き払われるリスクもお忘れなく」
妹は私の計画を評価しつつ、その『綻び』を見つけ出し、あわよくば主導権を奪い取ろうと、常に私の喉元を狙っていた。
賢い妹だ。
キシリア、お前のその『焦り』が可愛いよ。
お前の配下、突撃機動軍が、私が書いた脚本の中でどれだけ役立つか……証明してみせてくれ。
……弟のドズルは、呼ばなかった。
あいつは情が厚く、そして頭が固すぎる。
若者たちを『生贄の灰』として使い捨てると話せば、あの優しく愚直な弟は「そんな汚い真似ができるか!」と激昂して盤面を叩き割るだろう。
──国を背負う冷徹な悪(ロジック)は、私とキシリアがまわす。それで十分だ。
5.駒の名は『ガルマ』
父上は、めっきり老け込んでしまい、計画にほとんど意見を述べなかった。溺愛する末の弟について以外は。
「……それで、末の弟はどうする。その蜂起に、ガルマを混ぜるつもりか?」
父上の問いに、私は3日前に執務室で見た『ある資料』を思い出しながら答えた。
「……死なせはしません。あれの隣には、最高に腕の立つ『盾』を用意します。
あれは国民の心を揺さぶるための、勇敢な旗印(アイコン)です。」
私は、頭の片隅で、バイザーの少年――シャア・アズナブルの資料を思い浮かべた。
3日前のことだ。
「ギレン様。士官学校には、弟のガルマ様も在籍しておりますが……」
側近の言葉を、私は一瞥で黙らせた。
「ガルマはザビ家の男だ。彼は、我々が描く『物語』の主役だ。死なせるな。
同窓の士官たちを、あれの盾に配置しろ。ガルマが暁の蜂起を主導し、連邦からサイド3を開放する勇者となるのだ。
国民の感動は、ザビ家の血によってより熱くなるのだよ」
連邦がくれた『人質』というカードを、連邦自身の喉を切り裂く刃に。
若き犠牲者たちの骸の上に、サイド3の独立という名の墓標を建てる。
私は、ガルマの盾候補となる、士官たちの資料をめくった。
ふと、バイザーをかけた少年の資料に行き当たる。
「…この男は?何故バイザーをつけている?」
「シャア・アズナブル。目の疾患があるとか…。
成績は常にトップクラス。ガルマ様と首席争いをしているそうです」
──生きることに執着のない男。そんな印象だった。
おもしろい。
この男も『物語』の主役に加えてやろう。
ガルマという『光の英雄』を引き立てるために、これほど相応しい『影』もいないだろう。
(……ガルマとこの男が、どうこの蜂起を彩ってくれるか、見ものだな)
私は、暗いモニターの向こうに、来たる戦禍の予兆をみて、薄く笑みを浮かべた。
私は、冷めきったコーヒーの最後の一口を飲み干した。
──建国神話は、いつだって若者たちの血で描かれるものだ。
モニターの向こう、士官学校の校門をくぐる少年たちは、戦場を飾るための『灰』となる。
──その灰を苗床に、サイド3という大輪の花を宇宙(そら)に咲き誇らせてやる。
このまま窒息死させられてたまるものか。
バラ、オレンジ、チューリップ。
貴様ら(地球連邦)のカラー革命など、全て根絶やしにしてやる。
そして、宇宙(そら)の庭園を支配するのは、私のザビ家、サイド3となるのだ!