HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.紳士は可愛い女がお好き
全ては順調──。
私は、ラル家を打倒して、権力を握ったラル家傍系の一族──カーラル家と婚姻関係を結び、ザビ家の支配体制を盤石にしたいと考えていた。
ラル家は、古くからの地球連邦とのつながりゆえに、地球の潤沢な資源地帯、オデッサの鉱石資源の利権を持っていた。ラル家を駆逐し、それを受け継いだのがカーラル家だ。
カラー革命により、ジオン党が保有していたサイド5の鉱物資源は全て強制接収された。……オデッサの鉱石資源は、サイド3にとって喉から手が出るほど欲しい代物だ。
カーラル家との調整の結果、白羽の矢が立ったのは、ザビ家の長女キシリアとカーラル家の長男ランドルフの婚姻だった。
私はキシリアを呼びだして、端的に命じた。
「キシリア、次の盤面を動かす。カーラル家だ。
連邦の開花計画(カラー革命)を無効化し、我がザビ家がこの国を一枚岩にするには、カーラル家の鉱物資源を完全に吸収する必要がある。
──お前に、カーラル家の嫡男との婚姻を命じる。
これにより、奴らのレアメタルはすべて我がザビ家が支配するところとなり、お前の治安維持部隊(突撃機動軍)の下に統合される。
国力30倍の連邦に抗うための、これが最短の算式だ」
キシリアは軽く笑って頷いた。
「……フフ、相変わらず計算がお上手ね、ギレン兄上。
いいでしょう、その婚姻(カード)、私が引き受けます。
カーラル家の男の『妻』を演じるだけで、あのレアメタルがすべて私の機動相殺隊のものになるというのなら、安い取引だわ。
──安心なさい、兄上。
婚姻の儀が終わったその瞬間から、カーラル家の実権は、すべて私が捥ぎ取ってて、ザビ家の忠実な猟犬に変えてみせるわ」
「……頼りにしている」
賢い妹だ。
そして、その冷たい賢明さの中には、我がザビ家(この家族)を、是が非でも、外敵から守り抜くという覚悟がある。
婚約の準備は粛々とすすんだ。
キシリアの婚姻を誰よりも喜んだのは、父上だった。
「おお……キシリア、お前もようやく一人の女としての幸せを掴めるのだな……!
お前の花嫁姿、ナリス(キシリアの母)にどんなに見せてやりたかったことか……!」
息子は3人いれど、娘はキシリアただ1人──。
父上は、1人娘のキシリアが20代の若さで女の幸せ──恋愛や結婚をすべて捨て、女だてらに軍服を着て暗殺や治安維持(機動相殺隊)という裏仕事に従事しているのが、父親として本当に忍びなかった、というのだ。
キシリアはそれを聞くと、何ともいえない微妙な表情を浮かべた後に──
いつものアルカイックスマイルを浮かべ、「ええ、父上、ランドルフ様によくお仕えいたします」と答えていた。
父上は目尻をさげ、うんうんと頷いた。ダイクンが亡くなり心労性の心臓発作を経て、父上の足には麻痺が残り、杖が手放せない身体となっていた。
そんな塞ぎがちだった父上が、明るさを取り戻し、キシリアに甲斐甲斐しく世話を焼く。
そして、父上の発案で、ザビ家の身内だけを招いて、キシリアの婚約を祝う食事会が開催されることになったのだった。
ザビ家私邸の離れにあるパーティールームには、華やかな花が飾られ、高価なシャンパンがふんだんに用意された。厨房のシェフが、腕によりをかけたオードブル、肉料理がところ狭しと並べられている。
弟ドズルが、愛妻ゼナと生まれたばかりのミネバを伴い、姉を祝福しに駆け付けた。ドズルは、昨年ジオン士官学校卒業生のゼナと恋愛結婚をし、娘をもうけたばかりだ。
「キシリア姉上、ご婚約おめでとうございます! これでザビ家もさらに賑やかになりますなァ!」
「お義姉さま、どうかお幸せに」
末の弟ガルマも、士官学校から駆け付けてきた。
「姉上のドレス姿、きっと素敵だろうな。僕、今から楽しみだよ!」
父上が張り切って、声を張り上げる。
「金に糸目はつけんぞ!サイド3で語り草になるほどの、豪華な式にしてやる!
ドレスはナリスのものを仕立て直して、……宝石は最高級のものしか使わせん!
……いやいや、それよりも、私はもっとリハビリをして、キシリアをバージンロードでエスコートできるようにしなくてな」
ガルマが、笑いながら頷く。
「そうしたら、僕が父上をエスコートしますから、父上が姉上をエスコートして……。
あっ、それではバージンロードをはみ出てしまいますね!」
久しぶりの明るい話題に、家族みなが笑顔になり、私の心は穏やかだった。
キシリアも笑顔だ。
父上は、初孫ミネバをその腕に抱き、相好を崩した。
「おお、ミネバ!ミネバ!お祖父様でしゅよ~~。
……かわいいものだ、キシリアが幼かった頃を思い出す」
父上はなおも言葉を続けた。
「キシリア、お前も早く可愛い子どもを産んで、この父に抱かせておくれ。
男でも女でもかまわん。元気で健康に産まれてくれさえすれば……」
「姉上の赤ちゃん、きっと可愛いだろうな」
そこで、キシリアが居心地悪そうに、だが、きっぱりと言葉を切り出した。
「いえ、父上。カーラル家は今はザビ家を神輿に担いでいるとはいえ、元は連邦と深く通じた門閥です。まだ油断はできません。
私がカーラル家に嫁ぐのは、あくまでザビ家の安全のために、奴らのオデッサの資源を内側から完全に掌握するため。
……ただの婚姻のつもりはありませんわ」
キシリアの言葉をドズルがさえぎる。
「キシリア姉上!めでたい席ではないか!そのような話を父上のお耳にいれるなど……。
そもそもカーラル家の息子や娘たちは、我がジオン士官学校の卒業生でもある!
婿のランドルフは、俺の同窓で誠実な男だ!他の子女達も皆、立派な愛国者達だ!」
私はとっさに、キシリアとドズルの間にはいった。
「ドズル、落ち着け。キシリアは……」
その瞬間、ドズルの大声に興奮したのか、ミネバが泣き出してしまった。
「ふえぇ……」
ドズルが慌てたように、その巨体を揺らした。
「おお、よしよし、ミネバ! パパだぞ!驚かせてしまったな……あばばば!!」
巨体の男が小さな娘の機嫌を必死にとる様子に、ゼナが優しく微笑む。
──温かく、平和な、普通の家族の光景、だった。そして──
ガタァァァアアアン!!!
その光景を切り裂くように、パーティールームに大音響が鳴り響いた。
キシリアだ。
妹が、激しく拳を震わせながら、布張りの来賓椅子を蹴り立てて立ち上がったのだ。
一瞬で凍りつく食堂。
父上もドズルもガルマも、何が起きたか分からず目を丸くしていた。
キシリアは、ゼナとミネバの姿を冷たく見下ろしながら、私たちに向かって、足を踏み鳴らし、息を荒げて、怒鳴りつけた。
「……笑わせないで。父上も、ドズルも、ガルマも。
あんたたちは、私のことなんて、何一つ考えていないのよッ!何一つッ!」
キシリアは、涙声だった。
「貴方たちが、その眩しい家族のぬるま湯に浸かって、ゼナに子どもをあやさせ、新しい命を祝福していられるのは、一体誰のおかげ?
私が……私が……、暗殺部隊をひきいて、裏切り者の首を刈る泥仕事をすべて引き受けて、ザビ家の盾になってきたからでしょうッ!」
「それで?散々私を使い潰しておいて、次は私に、このゼナのような『家庭におさまる便利な女』になれと言うの?
……男に所有され、名前を奪われ、理想の裏ですり潰されて死んでいった、あのアストライアのように!
次は、私をザビ家の利権のための生贄にしようってわけ……。
──おめでとう、ザビ家の男たち。
貴方たちのその能天気な善意が、世界で一番、私を惨めに踏みにじってくれたわッ!!」
キシリアから放たれたあまりの言葉の重さに、ゼナは胸元を突かれたように青ざめ、ミネバを抱きしめていた。
ドズルもガルマも、……父上すらも、目を見開いたまま、身体を硬直させている。
そして、キシリアは、私の方を向き、鋭い視線を投げつけた。
目で殺せるものなら、殺してやる、と言わんばかりに。
「……ギレン兄上。あんな婚姻……ザビ家のためならと、我慢していた……。
でも、貴方は、あの頭のイカれたジオン・ズム・ダイクンと同じよッ!!」
──全身を殴りつけられたような衝撃だった。
キシリアは、食堂の重々しい装飾扉を、叩きつけるようにして出て行ってしまった。
──追わなければ。
身体が言うことをきかない。
だが、ここで妹と話さなければ、取り返しのつかないことになる。
私はやっとのことで、父上に「食事を続けてほしい」とだけ告げ、妹の後を追った。
2.尼寺の亡霊を視る女
私はキシリアを追いかけた。
しかし、追いかけて何と言う?
妹の剥き出しの悲鳴を前に、私は完全に言葉を失っていた。
説得するのか?
そもそも説得できるのか?
「黙れ! 誰のおかげでその立場にいると思っている!」と威圧して?
いいや、そんなことは論外だ。
(……私が、あのダイクンと同じだと……? 違う、キシリア。私はお前を……お前をアストライアにするつもりなど……)
私はキシリアの部屋のドアの前に立った。
ノックをしても応答がない。鍵がかかっていた。
私は途方に暮れながら、──女というものの測りがたさに圧倒されながら、言葉を選んだ。
「キシリア……。すまなかった。お前の気持ちを、考えていなかった……。許してくれ」
キシリアの嘲笑交じりの声が響いた。
「なぜ、謝ったりなさるの、兄上?
貴方は……、ザビ家のために、私をカーラル家に嫁がせるのを、止める気はないのでしょう?
……知っているわ。貴方はそういう人だもの」
私は頭を掻きむしりたくなった。
その通りだ。
あの強欲で疑り深いカーラル家を油断させ、手中に収めるには、身内を差し出す政略結婚しかない。
しかも、婚約まで進んでいるのだ。
この段階で、結婚をとりやめるなどしたら、カーラル家をはじめ、他の口さがない門閥貴族がザビ家を何と言うか。
──だが、違う。
私は家族を壊したいのではない。
愛したいのだ。
私は何とかキシリアと話を続けようと、話題をふった。
「……アストライアが死んだことに、責任を感じているのか」
──『屋敷に軟禁して、監視下におけば十分なはずです』
この冷淡なはずの妹は、最後の最後まで──アストライアの幽閉に反対し、減刑を求めていた。
当時の私は、キシリアなりの政治的計算──ダイクンの縁者を不当に虐げぬことで、旧ダイクン派の国民を懐柔するためのパフォーマンス、とばかり思っていた。
だが。
──あの時、この妹は、本気であの女(アストライア)を救いたいと思っていたのかもしれない。
結局、ダイクンの正妻──高慢なローゼルシアの、愛人を骨まで呪いつくさんとする老いた情念に、押し切られてしまったが。
キシリアは堰を切ったように話し始めた。
「責任?そんなものじゃない!
あの女(アストライア)を見て、結局……男たちの政治の犠牲になって、最後は独りぼっちで惨めったらしく死んでいくのは、男に寄り添うことしかできなかった『ただの女』だと学んだのよ!
……理想だの独立だのを叫ぶ男の裏で、女は名前も意志も奪われ、ただの部品として扱われる。他人に人生の手綱を握られる『結婚』や『恋愛』なんて、人生をドブに捨てるだけだわ……。
だから、決めたのよ、私は絶対に所有される側の女にはならない。
そうなるくらいなら『夫』の喉笛を食いちぎって自分も死んだ方がマシだってね!」
キシリアは言葉を続けた。
「……兄上だけは、私を、認めてくれてると思ってた。
……けどね、貴方も結局、あのモノフォビア(愛人恐怖・依存恐怖)野郎(ダイクン)と同じッ!
女(ひと)の尊厳を平気で踏みつけて、生きていける男なのよッ」
──完敗だ。
──言い訳1つ浮かばない。
「わかった……。カーラル家のことは、別の手立てを考える。何とか、する。私が何とかする……」
キシリアが鼻を鳴らし、そして、微かに息を飲む音がした。
「……言い過ぎました、兄上。今の無様な言葉は……忘れてちょうだい。今晩はもう、そっとしておいて。
……明日には、貴方の望む、ザビ家の完璧な『猟犬』として執務室に参上してみせますわ」
急にか細くなった妹の声。
私は、肩を落とした。
踵を返し、執務室に向かう。
あのパーティールームに戻る気にはなれなかった。
──どうすれば、いい?
──カーラル家との同盟をドブに捨てるか?いや、不可能だ。
だが、このままでは、キシリアが……。
そして、そんな私の、ザビ家の苦境をまるで見通したかのように──
木星帰りの男、シャリア・ブルが私の前に現れたのだ。