HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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7.見世物小屋の住人(Side:シャア)

1.その男、胃袋のため奔走す

 

「軍事史の中間試験の結果を発表する!名前を呼ばれたら、挙手をして答案を取りに来い!

1位、シャア・アズナブル!2位は……」

 

私は教官に言われたとおりに挙手をして、答案を取りに行った。

周囲の賞賛、そして微かな憎悪の視線。

何とも、居心地が悪い。

 

……トップを逃したガルマ・ザビが、遠くから刺すような視線で、私を見つめていた。

 

 

 

ダイクンの遺児、

連邦からの亡命、

名前や病歴の詐称。

 

私の経歴を思えば、どう考えても、ここで目立つべきではない。だが。

 

 

──ジオン公国軍参謀本部・情報局。

 

 

私は、何としてでも参謀本部・情報局に配属される必要があった。

ダイクン暗殺に関するあらゆる資料を調べ、父を売った下手人を突き止めるために。

 

 

士官学校の卒業生は、ほとんどの場合、欠員の多い部署へ優先的に配属される。

しかし、首席卒業者ならば、配属先を自由に選ぶことができる。

つまり、たとえ多少目立ったとしても、首席を目指す必要があったのだ。

そして──。

 

 

 

私の前の席のクラスメート達が、悪戯っぽく笑って、私に話しかけてきた。

 

 

「すげぇな、シャア!……見ろよ。アッパークラス(あいつら)の顔!」

 

「お前のお手柄で、飯が増量される!腹いっぱい食えるぞ!」

 

 

私は、余裕綽々のふりをして答えた。

 

 

「まだ、終わらんよ。安全保障学も狙うぞ」

 

 

 

やれやれ。

 

アッパークラス(支配階級)──ザビ家の御曹司、ガルマ・ザビも主席を狙っていた。

私がささやかな学生生活を送る上で、彼やその取り巻き達に睨まれ、敵対視されるのは肩身が狭かった。

 

 

 

ジオン士官学校は、コロニーのアッパークラスの子女、英才たちが集まる場所だ。

しかし、そうした富裕層ばかりではない。

コロニーで財をなしたミドルクラスや、コロニーの発展に乗り遅れて食うに困ったアンダークラス出身の生徒たちも多かった。

 

彼らは誰に指示されたわけでもないのに、自然とグループに分かれ、目に見えないカーストを形成していた。

 

カーストの1軍が、アッパークラス──

ザビ家のガルマをはじめ、政治家や大企業の幹部達の子女。

 

それ以外の2軍が、私を含めたミドルクラス、アンダークラスの生徒達だ。

 

彼らは、会話の話題から嗜むスポーツ、食事を摂る場所やメニュー、宿舎に至るまで根本的に違っていた。

 

アッパークラスが、政治や経済政策、スポーツカーにヨット、夜会に着ていく服の話をしている時に、下層クラスは、両親を襲う経済的困窮、幼い弟妹達の学費、そして明日のパンについて思いをめぐらせていた。

アッパークラスが、大ぶりの肉の入ったシチューを食べ、絹の布団で眠るときに、下層クラスは肉の切れ端が浮いた薄いスープを啜り、色褪せた固い布団で眠っていた。

 

 

 

もっとも、このクラス間の不平等さは、学校側の矮小な嫌がらせではない。

 

サイド3の権力を握ったザビ家や門閥貴族たちこそが支配層であり、下層クラスは被支配層であること──

すなわち、『お前たちは大人しく俺たちの部品──肉の壁として消費される存在だ』ということを骨の髄まで分からせるための、教育統治システムなのだ。

 

 

 

冷遇される下層クラスが、校内で尊厳を守るためには、実力で証明するしかない。

実際に、座学や演習、様々なところで、下層クラスの学生が優秀な成績をおさめた場合に、このクラスの学生たちに配給される食糧が多くなったり、待遇が見直される仕組みになっていた。

特に食料については──、連邦の経済封鎖が長期化するにつれて、食料の配給は少なくなっており、育ち盛りの若者にとって死活問題だった。

 

 

 

そうした中、ミドルクラスの得体のしれない男──

つまり私が、アッパークラスに勝る成績を叩きだすものだから、冗談ではない。

私は下層クラスの学生たちから称賛される一方で、アッパークラスの学生たちから向けられる視線は鋭い針のようだった。迷惑な話だ。

 

しかし、私とて、腹は減る。

 

仲間と啜るまずいスープは悪くないが、肉が浮いているにこしたことはない。

私は下層クラスの学生たちの期待と称賛、──そして胃袋を背負い、日々、奔走していた。

 

 

 

 

2.装甲なき刃、泥の滑走

 

ある日のこと。

市街地での、模擬戦闘訓練が行われた。

 

アッパークラス、そして下層クラスとで、2チームに分かれたチーム戦だ。

 

アッパークラスが、最新鋭の重火器や頑強な装備をふんだんに与えられるのに対し、下層クラスは僅かな小型銃とナイフ、軽装備のみだ。

 

 

不安と屈辱、恐怖に怯える仲間たちを、私は勇気づけた。

魔王のように高い場所に立ち、ニィッと口角をあげて笑ってみせる。

 

 

「怯むなァッ。一人の怪我人も出さずに、アッパークラスどもの肉を全部いただくぞ!」

 

「おうッ!!」

 

 

『演習開始』のブザーが、無機質な疑似市街地ステージに鳴り響いた。

 

アッパークラス──ガルマを中心とする門閥貴族の子弟たちは、最新鋭の重レーザー銃を構え、全身を覆う漆黒の防弾アーマーに守られながら、完璧な陣形で前進を開始した。

彼らの背後では、屈強な移動用軍用車両が控え、物量の差を見せつけるように、エンジン音を轟かせている。

 

 

 

結局のところ、彼らにとってこの演習は、支配層としての威光を誇示する、安全な『将軍ごっこ』に過ぎないのだろう。

 

 

私たち下層クラスの学生たちは、あえてジャム(弾詰まり)を起こしそうな古い小型銃を捨て、錆びかけた演習用ナイフと、最低限の軽装備で待ち構えた。ほぼ丸腰の装備だ。

そして、私たちのブーツの踵には、学校裏の廃工場からかき集めてきた『コロニー外壁補修用ロボット』の廃パーツが、不恰好に溶接されていた。

 

 

低出力の滑走ユニット──簡易型ローラーダッシュ。

 

 

「……最新鋭のセンサーは、その高性能ゆえに『ただのゴミ』は、標的として関知しない」

 

 

私は崩壊したビルの物陰で、バイザーを少し掲げた。

そして、低く、歌うように仲間に指示を飛ばした。

 

 

「奴らの重アーマーは、正面からの銃撃には無敵だ。

だが、その自慢の『重さ』ゆえに、足元の瓦礫に対する旋回速度は通常の3分の1にまで落ちる。

 

──カモフラージュの泥を被れ。

姿勢を極限まで低くしろ。

私が送る視覚信号(合図)を、よく見ろ!」

 

 

「おうッ!!」

 

 

連邦の経済封鎖による飢え。

仲間たちの瞳に、演習の勝利報酬である『食べ物の追加配給』を何としてでも掴まんとする、強い熱が宿った。

 

 

 

私は右手を高く掲げ、一気に振り下ろした。

 

 

──キィィィィィィィィンッ!!!!

 

 

市街地の冷たい石畳を、高周波の凄まじい摩擦音が切り裂いた。

下層クラスの生徒たちが一斉に火花を散らし、前傾姿勢のまま、地面を『滑走』し始めたのだ。

 

 

「な、何だ!? 敵か!? どこから来る!?」

 

 

ガルマ・ザビだ。

ガルマが、最新鋭レーザー銃の照準器を振り回しながら悲鳴を上げた。

 

だが、彼らの高性能な照準センサーには、市街地の廃墟の泥を塗りたくって地面すれすれを時速数十キロで滑走する私たちの姿など、ただの『ノイズ』として処理され、捉えることすらできない。

 

 

「君は良い指揮官なのだろうが……、君のその『恵まれすぎた装備』が悪かったのだよ」

 

 

私は、音もなくガルマの背後の死角へと滑り込んだ。

そして、ローラーの逆噴射で急制動(ブレーキング)をかけ、激しい火花を散らしながら立ち上がる。

 

驚愕に目を見開くガルマが銃口を向けるより早く、私の手元でナイフの刃が冷たく閃いた。

 

 

 

ガチィィィンッ!!!

 

 

 

私は、防弾アーマーが最も薄くなる、首筋の『継ぎ目(関節)』へと、訓練用ナイフの切っ先を正確に差し込んだ。

機能停止の赤いシグナルが、ガルマの胸元で点灯した。

 

 

「貴様ッ! シャア・アズナブル……ッ!

ミドルクラスの、持たざる者が……ザビ家の僕を、地べたに這いつくばらせるというのかッ!」

 

 

私は、少し笑った。

 

 

「……立てよ、ザビ家の王子様。

接近戦では、重いレーザー銃より、錆びたナイフの方が早い。

──戦場では、君が生まれ持った『家紋』など、斬撃一つ防ぎはしないのだよ」

 

 

ガルマは、悔しそうに顔を歪ませ、銃を地面にたたきつけた。

 

 

「くそッ!!」

 

 

「右翼クリア。……次だ!」

 

 

私が手旗信号で次の死角を示すと、スケートを駆るように三次元的に市街地をスライド移動する仲間たちが、物陰から次々と弾丸のように躍り出た。

 

最新鋭の重装備に溺れ、足元をすくわれた支配層の子供たちは、降伏した。

最新鋭の重装甲をナイフ一本で剥ぎ取られ、泥まみれで床に這いつくばっている。

 

 

 

 

──まだ、私がキャスバルだった頃に憧れた、北の小国の白い将軍──マンネルヘイムの包囲殲滅戦。

頭の中で何度もなぞったゲリラ戦を、実際の指揮官役で実践できるのは、楽しかった。

 

 

 

演習場の中心で、機能停止した重戦車の残骸の上に立ち、私はバイザーの奥で低く喉を鳴らした。

 

 

「損害は」

 

 

仲間の一人が、答える。

 

 

「……ゼロだ!シャア、お前がいれば、俺たちは勝てる!」

 

 

「上出来だ!では、早く帰って、報酬のシュニッツェルをいただこう!」

 

 

泥にまみれた仲間たちが、勝利の歓声を爆発させた。

 

 

 

その光景を、アッパークラスの御曹司どもが、信じられないものを見るような目で、見上げていた。

 

 

 

──不思議だ。

 

仲間たちと訓練に励み、共に肉を食べ、スープを啜る。

 

それだけで、私の心は満たされていた。

 

 

 

 

3.背負った重荷、坊やの呪い

 

私は仲間たちとハイタッチを繰り返し、勝利の余韻に浸っていた。

 

しかし、ガルマ・ザビは──、

機能停止シグナルを点灯させて、うずくまったままだ。

首を押さえたまま顔を青ざめさせ、冷や汗を流して床から立ち上がれずにいる。

 

 

 

……冗談ではない。

 

演習用ナイフには、殺傷能力はまるでない。

軽く小突いた、くらいだった。

 

 

 

──Oh,Shit.

 

私はルームメイトから教えてもらったスラングを、心の中でつぶやいた。

 

この男に本当に怪我をさせたら、参謀本部・情報局への配属どころか軍法会議だ。

やむを得ず、私は勝利に浮き立つ周囲に気づかれないように、ガルマに近づき、背を向けて跪いた。

 

 

「……乗れよ。冗談の通じない身体だな。

──ほら、掴まりたまえ。医務室へ運ぶ」

 

 

「……何だよ、同情のつもりか?……くそッ、くそッ!」

 

 

本当は私の手など、借りたくはないだろう。

しかし、敗北した姿を、アッパークラスの取り巻きや教官たちに見られるのは、こいつにとって、それよりも辛いことのようだ。

ガルマは諦めて、私におぶさった。

彼は──、屈辱のためか身体を小さく震わせていた。

 

 

 

私は極力、その震えに気が付かないふりをして、軽い口ぶりで話しかけた。

 

 

「なぁ、君はザビ家の御曹司だろ?

何故、首席なんかにこだわる。

君なら配属先など選び放題だし、軍人にならずとも遊んで暮らせるだろうに」

 

 

「……黙れッ!僕を見くびるな!配属先なんか、どうだっていい!」

 

 

私は黙って、彼に続きを促した。

 

 

「……首席じゃないと、意味が無いんだ。兄も、姉も、皆、首席だった…」

 

 

 

──お父様のように。御父上のように。ダイクンのご子息。

 

私の耳に、大人たちが私に向けた呪いのような言葉が蘇った。

 

 

 

「……そうか。それは、辛いな」

 

 

「……うるさいッ、君に何が分かる…。

そういう君は、どうなんだ。

皆が希望するように、ドズル兄上のMS部隊に、配属されたいのか」

 

 

宇宙攻撃軍のMS部隊──

モビルスーツは、サイド3の象徴であり、士官学校生たちの憧れでもあった。

 

 

「いや、私は、参謀本部・情報局希望だ」

 

「……はぁ?何でだよ、僕に戦闘で勝ったくせに、ギレン兄上の情報局で、書類仕事か?」

 

 

面倒くさい男だ。

だが、私はその問いに真面目に答えていた。……損な性格だ。

 

 

「……サイド3が追い詰められたのは、連邦が仕掛けた情報戦が巧みだったからだ。

カラー革命で同盟国を失い、経済封鎖されている。情報は大事だ」

 

「口に気をつけろ!サイド3は追い詰められてなどいない!

……だが、君の言うことにも、一理あるかもな。

君がどうしてもというなら、僕がギレン兄上に口利きしてやってもいい」

 

 

……このまま手を離して、こいつを床に叩きつけてやろうか。

 

 

こいつは、やはり坊やだ。

そもそも、仇の息子に便宜を図られる謂れはない。

 

 

「結構だ。実力で勝ち取る」

 

「何だよ、僕が口利きしてやるっていうのに!」

 

 

ふと、仲間たちとの他愛もない雑談や愚痴、共にする食事が思い出された。

それが、私の心をどれだけ穏やかにしたか。

 

……こいつには、そうした経験がないのだろうか。

 

 

「利害関係ができると、君と私は友人でなくなる。……だから、口利きはいらない」

 

 

ガルマが、私の背の上で、大きく身体を揺らして、私にしがみ付く。

私は、思わずよろめいた。

 

重い。

 

 

「アズナブル……、いや、シャア!君は、僕を、僕を……友人と思ってくれていたのかッ!」

 

 

この男、やはり苦手だ──。

 

私がガルマを避けていたのは、成績や首席争いのことだけではない。

 

この男が視界に入るたび、心臓がどす黒く波打つ。

この男の存在そのものが「復讐を忘れたか」と私を責め立ててくるのだ。

 

 

 

4.死体安置所の机、あるいは”Oh, Fuck”

 

ある日、私の安全保障学の小論文『カラー革命がサイド3に及ぼした影響と対策』が、S+ランクをたたき出した。

その見返りとして、下層クラスの学生たちにリンゴ菓子がふるまわれることになった。

 

サイド3で人気の高級菓子店、ローテ・グリュッツェの看板菓子『赤い果実』だ。

蜂蜜酒につけたリンゴをくり抜き、中に焼きリンゴや干しブドウ、ベリーやナッツをふんだんに詰めたフルーツ菓子だ。

 

嬉しそうに菓子を頬張る仲間たちを眺めるのは、──良いものだった。

 

 

 

ルームメイトが、私に手を振っていた。

 

 

「シャア!お前も食べてくれ!

親父のイチオシのやつだ!」

 

 

ローテ・グリュッツェ菓子店の息子も士官学校に所属しており、私のルームメイトだった。

フットボール仲間でもある。

 

彼の父親は10代で菓子屋に奉公し、20代で独立し──今は、サイド3内に工場と瀟洒な店を構えるミドルクラスの実業家だ。

彼が照れ臭そうに「親父を尊敬している」と告げた時、私は不思議な感慨を覚えたものだ。

 

 

私は、有難く彼が差し出した菓子にかぶりついた。

 

 

「美味い。……親父さんは元気か?」

 

 

ルームメイトは一瞬、暗い顔をした。

 

 

「……ああ、何とかやれてるよ。仕事で、苦労が多いようだが…」

 

 

そこへ、アッパークラス——ある門閥貴族の子弟が、取り巻きを連れてやってきた。

そして、ルームメイトを見下すように眺めて嘲笑った。

 

 

「おい!いい気になるなよ、駄菓子屋!

……下層の泥の分際で、我が一族の利権の庭を荒らし、貴族様の胃袋を汚しやがって……!」

 

 

ルームメイトの実家——ローテ・グリュッツェ菓子店は、ここ数年、校長ドズル・ザビの決定で、士官学校のデザートや軽食を出すようになっていた。

だが、面白くないのはもともとその利権を握っていた門閥貴族だ。

 

 

──ジオン士官学校のアッパークラス、すなわちザビ家や大物の子女が集まるクラブや宿舎の軽食や菓子。

 

 

門閥貴族からすれば『一族が未来のジオン軍上層部とのコネクションと胃袋を独占するための、絶対に渡してはならない神聖な利権』だったのだ。

だというのに、ただのミドルクラスの叩き上げである、ルームメイトの父親が、その技術と味だけでその名誉あるポジションを搔っ攫ってしまった。

 

──そのために、父親は商売先で、その息子は士官学校で、門閥貴族から陰湿な嫌がらせを受けるようになっていた。

 

 

私はルームメイトに、先に部屋に帰るように目配せをした。

彼を背に庇うように立ち上がり、門閥貴族を睨みつける。

 

 

「ほう?胃袋を汚した、だと?

……ローテ・グリュッツェ菓子店は、ドズル校長の許しを得て、学生たちに菓子を提供している。

……君らはザビ家の方針に異を唱えるか?これは反逆だぞ!」

 

 

『ザビ家』という言葉に門閥貴族はたじろぎつつも、口を歪ませて言い返してきた。

 

「ふん……アズナブル。首席だからと調子に乗りやがって……。

いい気になるなよ、ミドルクラスの下層民が。

ガルマ様が、貴様らを『査定』なさるのだからな!」

 

 

取り巻き達が、湿った笑い声をあげる。

 

──査定。何のことだ?

 

 

 

 

私はルームメイトの後を追った。

廊下で合流し、専用宿舎へと向かった。

 

 

「シャア。悪いな、お前まで目をつけられてしまって……」

 

「いい、気にするな。それより奴ら、妙なことを言っていた」

 

 

 

嫌な、胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 

私とルームメイトが自室に戻ると、ドアの前に、見慣れたトランクと固い布団──ルームメイトの私物や家具が、放り出されていた。

ルームメイトから微かに「ひっ」という声が漏れた。

 

私はルームメイトに廊下で待つように告げ、おそるおそるドアを開け、部屋に入った。

 

 

──ルームメイトの私物が、完全に消えている。

 

 

彼の生活の痕跡の全てが、ドアの前に追いやられていた。

 

 

違和感の中心、すなわち部屋の右半分。

そこには、ザビ家の家紋が刻印された瀟洒なトランクが鎮座していた。

かつてルームメイトが使っていた古びた簡易ベットは、彫刻の装飾が施された巨大なセミダブルの白いベッドに変わっていた。

簡素なパイプ机があった場所には、マホガニー材のアンティーク調のテーブルが、床を踏み締めている。

 

 

そして、部屋の左半分。

そこには、私の使い古した、塗装のはげかけた鉄パイプの机と、色褪せた固いシングルベッド。

それらが、部屋の隅へと追いやられ『据え置き』されていた。

まるで、死体安置所の遺体のように。

 

 

──全てを高級品に替えないところが、最高に気色が悪い。

 

 

 

 

そして。

 

 

ガルマ・ザビが、いた。

 

 

「やぁ!今日から僕が君のルームメイトだ!

寮監には、僕から話を通しておいた!」

 

 

 

 

──Oh,Fuck.

 

 

やはり、私はルームメイトから教えてもらったスラングを、心の中でつぶやいた。

 

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