HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.ザビ家の家紋、特権の浸食
ガルマ・ザビが、いた。
「やぁ!今日から僕が君のルームメイトだ!寮監には僕から話を通しておいた!」
──ルームメイト、だと。
心臓が、嫌な音を立てて冷たく脈打つ。
なぜだ。
ザビ家の御曹司が、寮監に話をつけてまで──
なぜ、ミドルクラスの私と同室になる必要がある?
こいつの立場なら、私ではなく、門閥貴族たちと同室になった方が良いはずだ。
まさか、私の名前の詐称が割れたのか?
いや、それなら今頃憲兵が来ているはずだ。
こんな手の込んだ歓迎(嫌がらせ)はしない。
では、成績で目立ち過ぎたか?
それで、こいつに私を監視させている?
まさか。なぜ、御曹司が自ら監視する必要がある?
そもそも、成績が良いだけの学生をそこまで警戒する必要はない。
もしくは、……ルームメイトへの嫌がらせか?
あの門閥貴族の口車にのったのか?
だが、それでわざわざ御曹司が、下層クラスの宿舎に部屋替えをするのか?
嫌がらせなら、いくらでも他の手段がある。
総括。
つまりは──、生意気なミドルクラス(私)を、ガルマ・ザビの近くにおき、引き立て役にする。
この部屋の真っ二つに裂けた格差そのものを、見世物として利用し、下層クラスの反抗心を削ぎ、校内の教育統治システムを健全に保つ。
そんなところか?
──いや、まだ腑に落ちない。
私やルームメイトが気に入らないなら、不祥事をでっち上げて、退学にすればいいだけだ。
……何が目的だ?
そこで、ガルマが、嬉しそうに口を開いた。
「シャア、僕の実家の使用人たちを呼んで、彼(ルームメイト)の荷物は、隔離宿舎へ運んでもらうよ。
彼は、……今、一部の生徒達から、目の敵にされてるだろう?心配していたんだ。
安心してくれ、彼のことは僕が責任もって守るから!」
──ルームメイトの保護。
それが目的か?
本当に?
貴族に目の敵にされているとはいえ、何のペナルティもない彼をなぜ隔離宿舎にいれる?
ガルマは言葉を続けた。
「さあ、僕と一緒に来てくれ!食堂に行こう!」
食堂。……全く意図が読めない。
「……分かった。少し待て」
私は、──廊下で途方に暮れた顔をしたルームメイト、自分の古びたトランクを抱えあげている彼の元に向かった。
私は彼の代わりにトランクを持ち、彼には、貴重品──いくばくかの金銭や身分証、そして家族の写真や手紙を持たせた。
地下に続く狭隘な階段を降り、隔離宿舎へと共に向かう。
──13歳のあの日。
父が死に、ジオン党公邸を母と妹と共に追い出された日も、こうして地下を通った。
薄暗い新しい部屋。
私は、重いトランクを部屋のキャビネットの隣に置いた。
彼は、お仕着せの新しい鍵を握りしめ、微かに震えていた。
その肩を、私は片手で強く叩いた。何も言わなかった。──Hug Goodbye.
部屋に戻ると、──私の目の前に、ルームメイトの震える肩よりも恐ろしい『現実』が待っていた。
──ガルマ。
Fuckin’ fuckin’ silly boy.
2.家畜の饗宴、あるいは”Oh, Fuck”
その『現実』が、私を見やり、能天気に話しかけてくる。
「シャア、君が安全保障学でS+を獲ったお祝いに、君たちのクラスに、僕の実家から最高級のビーフシチューを30人前、特権で差し入れさせておいたよ!
ほら、君の仲間たち、いつも肉の切れ端が入った薄いスープしか食べてないだろ?
だから、僕がザビ家として、みんなをお腹いっぱいにさせてあげたくてさ!」
──Oh,Fucking life.
……反抗心を削ぐ、どころではない。
こいつは、私が仲間たちの胃袋のために掴み取ったリンゴ菓子──『赤い果実』を、ザビ家の特権で綺麗さっぱり上書きし、私たちの生殺与奪を、手元から奪い取ってみせたのだ。
とんとんとん。
私は右手の人差し指で頬を叩いた。
「……ありがたく、いただこう」
食べられるものは食べておく。
ただし、牙は研いでおく。
条件付きの餌。
飼い慣らされて、家畜になれば死ぬだけだ。
ガルマは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、行こう!」
私はガルマに手を引かれて、下層クラス専用の食堂──薄暗い照明に、剥き出しのコンクリートの壁、プラスチックの食器類が並ぶ場所へ向かった。
「肉だ!肉だ!」
「すげぇ豪華~~!!」
下層クラスの学生たちは、柔らかな牛筋肉が入った、最高級のビーフシチューを掻き込むように食べていた。
先ほどまでリンゴ菓子を分け合い笑っていた仲間たちが、プライドも警戒心もすべて投げ捨て、ザビ家の施しに群がり、大ぶりの肉を奪い合って喜んでいる。
──飢えの前には、どんな思想も無に等しい。
ガルマの放った『特権の餌』の前に、持たざる者たちの尊厳など一瞬で霧散する。
そして、ザビ家のシステムに従順な家畜に飼い慣らされてしまうのだ。
私はバイザーの下から無表情でそれを眺め、そして目を閉じた。
ガルマが私に、自分のものと同じシチューを差し出した。
「シャアッ!君も是非食べてくれ!君のお祝いなのだから!」
──食べられるものは、食べておく。
私は微笑んだ。
「ありがたく、いただくよ。君の気遣いに、感謝する」
──Oh,Fuuuuuuuuuuuuuuuuuck!!!!
私は今日2回目のスラングを、心の中でつぶやいた。
肉を咀嚼し、肉汁を機械的に飲み込む。
こいつを監視し、妙な動きをしたら対処する。
今できるのはそんなところか?
嘔吐しそうになるのをこらえながら、ガルマ・ザビへの私の殺意は増すばかりであった。
3.ショパンの革命、アストライアの悲鳴
食事が終わり、リラックスした雰囲気の食堂。
私は立ち上がり、ガルマに言った。
「祝いの返礼に、君とザビ家に捧げたい。……我らの、地球連邦への不屈の闘志を込めて」
私は、食堂の隅にある古いアップライトピアノの前に向かった。
途中、私に微笑んで手を伸ばしてきた少年——アンダークラスの幼さの残る下級生の髪を片手でくしゃくしゃさせながら。
──ショパンの『革命のエチュード』。
ノリのよい軽快な曲に、ガルマも学生たちも、教官までもが顔を輝かせる。
やがてシチューで満腹になった学生たちは、楽し気に踊り出す。
「ガルマ様!シャア!最高だぜ!」
「ザビ家、万歳!」
「クラス間の融和に、乾杯!」
──おい、シャアのやつ、ザビ家の御曹司と同室になって、シチューまで差し入れしてもらえる関係になったんだぞ!
──あいつがガルマ様の側近になれば、俺たちアンダークラスの食料配給だって、ザビ家に直訴して改善してもらえるかもしれない……! ついに、俺たちの時代が来るんだ!
学生たちの思惑が、私の背に重くのしかかる。
──素晴らしい。ガルマ様がミドルクラスのアズナブルを手懐けたことで、校内の治安は完璧にコントロールされた。これぞギレン総帥の脚本通りだ。
教官たちの思いまでもが、透けて見えるようだった。
私は無心で、鍵盤を『打撃』し続けた。
叩きつけるように、激しく、痛切に。
この曲を、かつて、母が、深夜の公邸で弾いていた。
高潔な思想家の妻でありながら、正妻の嫉妬にいつも脅えていた。
そして、家の中では透明な存在に成り果て、自分の言葉を1言も発しなくなった母。
母にとって、深夜の鍵盤への『打撃』だけが、狂いそうな現実の中で唯一、自分の生身をこの世に叩きつける『悲鳴』だった。
その息子の私はどうか。
私もまた、偽名のバイザーを被り、本音を一言漏らせば即座に破滅する檻の中だ。
私は母アストライアの亡霊に話しかける。
今なら、貴女の気持ちが分かる。
今、私にもピアノ(これ)しかない。
私はまだ生きている、狂っていないと教えてくれるのは、
鍵盤を撃ち叩くこの振動だけだ。
──だから、どうか私を導いてくれ、導いてくれ……。
演奏が終わると、周囲から盛大な拍手が沸き起こった。
ガルマが近寄ってきて、私の手を取る。
「シャア、素晴らしい演奏だったよ。……『革命のエチュード』、僕も昔、弾いていた。
君は、ショパンが好きなんだな。僕と、同じだ」
ガルマの瞳に奇妙な熱がこもり、どこか愁いを帯びた笑顔が浮かぶ。
私は曖昧に微笑んだ。──限界だった。
4.マクベスに不幸を、私にマクダフを
翌日から、私は自室にいるのを極力避けた。
格差の見世物小屋。Cool.
幸いなことに、私の下層クラスとガルマのアッパークラスは、座学や訓練は共にすれど、食事の時間も、余暇の場所もまるで異なっていた。
そのため、授業や就寝前の時間以外はほとんど顔を合わせずにすんだ。
士官学校には、私がかつて住んだジオン党公邸に匹敵する蔵書を収納する図書室がある。
ガルマが取り巻き達と典雅なティールームで余暇を楽しむ最中、私は図書室で『マクベス』を読んでいた。
──いつかサイド6に亡命したら、こうして本を読んで過ごしたい。
……マクベスがザビ家、レディ・マクベスが連邦とすると、私はダンカン王の遺児マルコムといったところか。
しかし、このマルコム、可哀そうなほど影が薄い。結局、マクベスを討つのは何の血縁もないマクダフだ。
予言が本当なら、王の遺児たる私は、ただ見ているだけで復讐は成し遂げられるのではないだろうか。
いっそ、誰か私の代わりに、マクダフになってはくれまいか。
もしくは、ザビ家や連邦が、マクベスとレディのように勝手に自滅してくれたら、どれほど楽だろうか。
私は、マクベスよりも、もっと不幸な男はいないものかと図書室をあさった。
「いたぞ、シャア! こんなところで油を売っている場合か!」
──ガルマ・ザビだ。
私は本棚から顔を上げた。
「……何の用だ。マクベスより不幸な男に、なりたいのか?」
「何を言っているんだ。さあ行こう、僕の友達に君を紹介したいんだ!
『将校クラブ』に来てくれ!君がいないと始まらないんだからな!」
……もはやスラング1つ、出やしない。
やめてくれ。
その無知な明るさが、今の私には、マクベスの不実よりも残酷に思えた。
──この男。頼むから、私の視界から消えてくれないだろうか?