ちなみに話の流れからも分かるように、ポケモン剣盾の本編から2年後の話です。追加ストーリーは考慮してません。
いつまでも居たくなるような心地よい甘い香り、こんな素晴らしい世界からは出たくなんてない。
「ああ、幸せ…。ポケモン愛でてるのも良いけど、ここの居心地も中々…」
ミィー! ミィィーーー!!
遠くで何が叫ぶ声がするけど、今はそんなことよりここで思う存分ゴロゴロと…
ミィ!! ミィィィ!!!
バチーーーーン!!
「ふぎゃ!?」
と痛烈な痛みと共に理想郷から引きずり出された!
「全く、人が気持ちよく夢の世界に浸ってたってのに」
「ミィ! ミミィ!!」
私を強烈なビンタで叩き起こした犯人は言葉にならない物言いで文句を言っているようだ。
そう、私の相棒であるポケモン、マホイップである。ちなみにニックネームは"くりむ"と名付けている。
「何々? 何時だと思ってる、だって? んー、あ、ホントだ。もうお昼前じゃん!」
くりむとは進化前のマホミルの時からの付き合いだ。大体言おうとしてることは分かるような間柄だ。
「やれやれ、パパは時間にルーズとは言え遅れるとお小遣い減らされるかもだし…、早いところ約束した場所に行かないと」
私が住んでるのはガラル地方の町のひとつ、ブラッシータウン。町の規模はそこまで大きくないけど大きな町へ電車一本で行けるし、お店も意外と充実してる。贔屓目もあるかもしれないけど良い町だと思う。
それはさておき私のパパは生粋のポケモントレーナーで、現在はポケモンドクターでポケモンセンター勤務だが、暇さえあればバトルタワーに挑んでいる。そんなパパからの呼び出しともなるとおそらくバトルタワー行こうぜ! とかスタジアムのトーナメント戦見に行こうぜ! とかだろう。あまり気は乗らないけど。
「さて準備しますか…」
面倒だが出掛ける支度をしなければ。起こしてあげたよ偉いでしょ、と言わんばかりにドヤ顔のくりむの頭を撫でてあげた後にさっさと着替える。赤のリボンワンピースに赤いボーダーハットをかぶる。この格好はお手軽かつ私のお気に入りの服装だ。ママ譲りのセミロングの銀髪ともよく合うし。
そして同じくお気に入りの赤いミドルブーツを履いて準備オッケーだ。
「行ってきまーす」
「あら、イヴァンからのお呼び出し? ほどほどで帰ってくるよう言っといてね」
「オーケー、聞くかは知らないけど言っとくね」
ママから送り出されていざ出発。約束の場所はブラッシータウンでは有名な場所、ポケモン研究所だ。
「おう! 遅かったじゃないかウィオ!! 随分待ったぞ!」
「きっちり5分前集合だよ!」
ウィオ。それが私の名前だ。そしてこの髭面の豪快そうな見た目の癖に腕利きのポケモンドクターとして有名なのが私のパパ、イヴァンだ。
「にしてもわざわざ呼び出したりして…、家でいいじゃん! ママも早く帰ってこいって言ってたよ!」
「ハッハッハ! いやぁ、実はある人から頼まれてな。普段から懇意にしてる人だから無下にはできなくてな!」
「頼み?」
「あー! 君がウィオちゃんね! うわー、全くドクターイヴァンと似てない! 可愛い!」
そう言ってやってきたのはオレンジの髪をサイドテールにしてハートの髪飾りをたくさん付けたお洒落なお姉さんだ。そしてその側には…
「ワパワパ!!」
「きゃーーー!! ワンパチ、ワンパチだーーー!!!」
ワンパチ! 胴長に短い足、もふもふな首周りが特徴的なこいぬポケモンだ。
「可愛い!! もふもふ!! 可愛い!!」
「イヌヌワン!!」
「きゃーーー!!」
思わずはしゃぐ私を見てお姉さんは一言、
「えっと…、さっきまでのあのクールな感じはどこに…?」
「あっ!? し、失礼しました!!」
私は慌てて取り繕う。ダメだ、可愛いポケモンを見るとどうしても撫でたりして愛でたくなる…!
「コイツはこういう性でして…、こちらが私の自慢の娘のウィオですよ、ソニア博士」
「え、ソニア博士!? あー! 確かにテレビとか雑誌で見たことある!!」
ソニア博士はつい1年か2年前に正式に博士になったばかりの若手のホープ的な博士。祖母もマグノリア博士というガラル地方では有名なポケモン博士で、ソニア博士もガラル地方の伝説をまとめた本などを出版している。私もその本は読んだことがある、後でサイン貰おうかな。
「で、パパに依頼したがってるのがソニア博士ってこと?」
「博士、は堅苦しいから付けなくて良いわよ。まあそういうことね。ドクターイヴァンには少しお願いをしててね…」
「どんなお願いですか? というか何で私呼ばれたんでしょう?」
「いやー、もうすぐこのガラル地方では一大イベント、ジムチャレンジが始まるのよね。知ってるでしょう?」
「そりゃガラル地方に住む人で知らない人はいないでしょう」
ジムチャレンジ、ガラル地方では年に一度のイベント。たくさんのトレーナーがジム戦に挑み、8つのバッジを集めるのがまず第一段階。そしてバッジを集めた強者たちが集うトーナメントを勝ち抜き、ガラルチャンピオンの座を懸けて戦う…、というものだ。2年前のジムチャレンジでは主催者が後で捕まったり、よく分からないことになったけど。それでもトーナメントは全試合テレビ中継されるという注目度も高いイベントだ。
「私もガラル地方の博士の一員として、ジムチャレンジ参加の推薦状を託されてるんだけど…、身近な人に託せそうな人がいないのよね…」
「そこでウィオ、お前に推薦状を受け取って、ジムチャレンジに参加して欲しいって訳だ」
なるほど、ソニア博士は立場的に推薦状を渡さないといけなくてそれを私に…、ね。
「嫌です」
私はキッパリ断った。
「即答!?」
これにはソニア博士…、ソニアさんも驚いている。
「私、バトルあんまりしたくないんですよ。ポケモンは可愛がるものです」
「うーん。それも一理あるけど…」
「ウィオ、何度も言ってるがお前にはバトルのセンスがある! 何たって俺の娘だからな!」
「じゃあパパが行けばいいじゃん!」
「俺はポケモンセンター勤務が忙しい!」
「それはもっともだけど!」
だからって私に託されても困る。
「ウィオ、お前バトルをしたこともないのに否定するのはどうかと思うぞ」
「嫌なもんは嫌、話がそれだけなら帰らせて…」
「おいおい、お前。食わず嫌いは良くないと思うぞ!」
急に割り込んできた少年の声。声の主を探すと研究所から出てきた白衣を羽織った独特の髪型の少年だ。
「あらホップ君。聞こえてたの」
「うん。ソニア、この子は?」
「ウィオちゃん。ドクターイヴァンの紹介で推薦状を渡そうかと思ってたんだけど…」
「えっとそっちの男の子は、どっかで見たことあるなぁ…」
「ああ、彼はホップ。私の助手やってもらってるの。2年前のジムチャレンジではバッジを8つ集めてセミファイナルトーナメントまで行った実力者よ」
「ああ! 元チャンピオン、ダンデの弟さんだ!」
「おお! 兄貴のこと知ってるのか! じゃなくてお前、バトル嫌いなのか?」
「まあね、可愛がってるポケモン傷つけたくないの」
「でも一度はやってみた方が良いと思うぞ! …よし、俺とポケモンバトルだ!」
「…は!? 無理無理!! セミファイナルトーナメント経験者なんかと初心者の私が戦って勝てるわけない!」
「安心してくれ、俺が使うのは研究所で育ててる初心者向けのポケモンだ。お前も使うか?」
「わ、私は…」
その時、ポーチに入れてたモンスターボールが勝手に動き始め、
ポーーーーン!!
「えっ!? くりむ!?」
勝手にくりむが出てきてしまった。
「ミィ! ミィミィ!!」
「え…、バトルしてみたい? くりむ、本気で言ってる?」
「? お前、ポケモンの話してること分かるのか?」
「いや、これは付き合いが長いからなんとなく…」
するとパパが口を挟んできた。
「ウィオ。お前、何だかんだ毎年ジムチャレンジの中継を見ては、あーだこーだ言ってるじゃないか」
「うっ!? それは…」
「本当はやりたいんだろう?」
「でも…」
「お前のくりむもやる気だ。自分ポケモンがやりたがってること、やらせてやらないのか?」
私はくりむを見た。くりむは任せなさい! と言わんばかりに腕を曲げて力こぶを作って見せた。…そんなの出来てないけど。
「…なんだかパパの思惑通りで癪だけど、分かりました。ホップさんとのバトル、私が負けたら推薦状を受け取ってジムチャレンジに参加します。勝ったら帰らせてもらいますから!」
* * * * *
そして研究所の近くのバトルフィールドへ。
ソニアはイヴァンに尋ねた。
「ウィオちゃん、初めてのバトルなんですよね?」
「心配ないさ、娘のことは俺はよーく知ってる。ポケモンのことを第一に考えるアイツだからさっきの挑発に乗ったんだ。そして何よりアイツはクールぶってるつもりだろうが、根っからの負けず嫌い。面白いもの見せてくれるはずさ」
「…全く、親バカですね。でも相手がホップ君です。いくらレベルの低い初心者用ポケモンを使うとはいえ勝てるかどうか」
「ま、それは見てのお楽しみさ」
* * * * *
「さて、さっさと始めましょう」
「おう! なんだやる気じゃないか!」
「…やるからには全力でやります。それに、くりむがここまでやる気満々なのも珍しいですから」
「なるほどな。お前、本当にポケモン好きなんだな! ポケモンの気持ちによく寄り添ってるぞ!」
「だからあんまり傷つけてあげたくないんですけど…、帰ってから目一杯撫でてあげることにします!」
「よし、じゃあバトル開始だ! 使用ポケモンは2体! 交代は自由だ! 」
「はい!」
「よし、じゃあまず頼むぜ! ウールー!」
そう言ってホップさんが繰り出したのはひつじポケモン、ウールー。
「も、もふもふだ…、って今はそういう時じゃない!」
後で思う存分もふもふさせてもらおうと決意しつつ、私はくりむとは別の相棒を繰り出した。
「悪いけどバトルお願いね! やんやん!」
繰り出したのはやんちゃポケモン、ヤンチャム。白と黒のツートンカラーが特徴的なポケモンだ。葉っぱを口に加えて悪ぶってるけど根っこは良い子だ。
そして…、いよいよ私の初バトルが始まった!
「ウールー! "たいあたり"!」
相手のウールーが一直線にヤンチャムやんやんに向けて突っ込んでくる。いくらトレーナーが経験豊富なホップさんとはいえポケモンのレベルが低いなら打つ手はある。
「やんやん! "つっぱり"で迎え撃って!」
ノーマルタイプのウールーに対してかくとうタイプのつっぱりはよく効くはず!
「やるじゃないか!タイプの相性をばっちり理解しているんだな!でも、ウールーに果たして効くかな? …って、うおっ!?」
ホップさんは思わず驚きの声を洩らした。なぜならウールーは
「そのウールーの特性、"もふもふ"なんですよね。だから本来は苦手な相性のやんやんに対して"まるくなる"とかで防御を固めずに攻めてきた…そうでしょ?」
ウールーの特性の"もふもふ"は自慢の体毛で接触技の威力を弱めるものだ。
「私の
指示を受けた
「へぇ、初心者とは思えないな」
「パパが知識だけは叩き込んできたんで、私はポケモン可愛がるためにしか活用してきませんでしたけど!」
「ははは! 面白いなお前! じゃあ次はコイツだ! 頼むぜ、アオガラス!」
「っ! まずい!?」
アオガラス、カラスポケモンで確かココガラの進化系。何よりこの場で重要なのはそのタイプだ。
「ひこうタイプ…、やんやんが危ない!」
「アオガラス、"ついばむ"!」
「やんやん、"たいあたり"!」
「やんやん! ごめん、よく頑張ってくれたね…」
「さあこれで1対1。お前の切り札、出してこい!」
「切り札、っていうかただの相棒だけど…、さあ行っておいで! くりむ!!」
「珍しいポケモン使うんだな! アオガラス、"ついばむ"!」
アオガラスが一直線に
「くりむ、"てんしのキッス"!!」
「なんだって!?」
アオガラスに觜で突つかれながらもてんしのキッス(その名の通りキスするのではなく、なんかハートみたいなのが飛ぶんだけど)を命中させた。すると…
「アオガラス!? どうしちゃったんだ!? そうか、"こんらん"か!」
"てんしのキッス"は相手を混乱させる技。ちょっと当たりにくいけど、やる気の割に覚えてる技がいまいち戦いに向かない
「今のうちに! くりむ、全力で"ドレインキッス"!!」
またもキス技。別にふざけてるんじゃなくて今のところこの子が使える技で唯一のフェアリー技だから仕方ない。それて"ドレインキッス"はただの攻撃ではない。
「ミィィィーーー!!」
みるみる内に
「くっ、しっかりしてくれアオガラス!」
しばらく自分の頭を地面にぶつけたりしていたアオガラスがようやく正気に戻った。だが時既に遅し!
「くりむ!! 止めの"ドレインキッス"!!」
「アオガラス! "ついばむ"!!」
2つの技が激突、しかし回復できていた
「凄いな、お前! 本当に初めてかよ! まさか負けるとはな!」
「いえ…そっちは急拵えのポケモン。こっちは慣れ親しんだポケモン…、むしろそこまで使いこなせてる方が凄いです」
「うーん、俺ももっと勉強しないとなー」
「ミィ! ミミィ!」
「あ、くりむもよく頑張ったね。…え? 今なんて言ったの?」
「すごーい、ウィオちゃん。勝っちゃいましたよ!?」
「ハッハッハ、流石我が娘! 初めてとは思えないなバトル捌きだった!」
「で、でも勝っちゃったら推薦状…」
バトルを見て高らかに笑うパパと困った様子のソニアさんの元へと向かう。
「ソニアさん」
「あ、約束だからね。分かったわ、推薦状は…」
「推薦状、私にくれませんか」
「…え、いいの?」
「私、今までやんやんとくりむを可愛がってきました。一緒に遊んだり、美味しいもの食べたり、一緒に寝たり…。だけど2匹とも、バトルしてるときも生き生きしてました。楽しそうでした。そんな楽しんでることを、取り上げちゃうのは可哀想かなって…」
「…そう。でも無理にとは言わないわよ?」
「あと、これもパパの思惑通りみたいでやっぱり癪なんですけど、もっと色んなポケモン見てみたいんです。可愛いポケモン見れるかもしれないし…、愛で甲斐のあるポケモンもいるかも! それから、本当にこれは悔しいんですけど…」
マジで悔しい。悔しすぎてパパを何発か殴ってやりたい。けどこれは正直な私の気持ちだ。
「状況に応じて可能な限り打てる手を打つポケモンバトル、その魅力に取りつかれつつある私がいるんです。もっとやってみたい、って思ってしまったんです」
「なーに、お前なら大丈夫だよウィオ。お前ならきっと優秀なトレーナーになれる!」
「ポケモンはなるべく傷つけずに勝つ、私はそんなトレーナーになってやるから!」
「分かったわ。推薦状渡すからには私も全力でサポートするから! という訳で、はいこれ」
「これは?」
「ポケモン図鑑、既にこれまでのデータがある程度入ってるけど、これからあなたの挑戦に役立つと思うわ!」
「ありがとうございます。さて、ママに説明してこなくっちゃ! ソニアさん、ホップさん、ありがとうございました。ほらパパ、帰ってママに伝えるよ!」
「おう! じゃソニア博士、ホップくん、またな」
「ええ、お気を付けて」
「ウィオ! お前の活躍、期待してるからな!」
こうして私はジムチャレンジに挑むべく、旅に出ることになった。まあこの地方でもある程度の年になったらポケモンを連れて旅するのは良くあることだけど。
「やるからには、本気でやんないとね! 行こう、くりむ! やんやん!」