バカとテストとクロガネカチューシャ   作:おーり

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新学期・試召戦争編!
『読まなくても差し支えのないプロローグ』


 

 春――、

 新しい生活の始まる季節であり、埼玉の端に位置する此処文月学園もその例外ではなかった。

 桜並木の緩やかな坂道を、その学園の制服で身を包んだ男女が校舎を目指して進む。その中には初々しさも混じっており、この日が最初に登校するという者も中にはいることが伺える。

 本日は始業式であった。

 

 そういった生徒たちの登校が一通り終わり数10分後、遅ればせながら坂を駆け上がってくる男子がいた。

 

 

「…………遅いぞ、吉井」

 

「お、おはようございます、鉄人先生………………」

 

「西村と呼ばんか。始業式ぐらい普通に来れんのか?」

 

「目覚ましが役立たずなもんで……」

 

 

 息も絶え絶えに校門を潜り抜けた少年に、筋骨隆々の厳つい男性教師が呆れた声をかける。

 少年はというとやや理解し難い言い訳を応えて曖昧に笑うのみで、男性は始めから碌な答えが返ってくることも期待していなかったのかハアとため息を一つついただけであった。

 

 

「ほら、お前のクラスはFだ。お前で最後だぞ、さっさと教室へ入れ」

 

「はーい。でもめんどくさいですねえ、これって一人ずつ手渡しで通達していたんですよね?」

 

「まあ試験校だからな、学園長の意向も多聞にあるわけだ。それよりもお前は出席のほうを気にしておけ。今学期こそはちゃんとやれるんだろうな?」

 

「な、なんとか……、去年はバイトが忙しかったせいなので。今年はもう辞めましたから……」

 

 

 本人にとっても応え辛い事情を突かれたのか、話を振った少年が応えつつもじりじりと身を離して校舎へと向かう。

 タイミングを見計らいそれじゃっ、と現場から離脱したのを見届けて、男性は再びため息をついていた。

 

 

  『第0話

   読まなくても差し支えのないプロローグ』

 

 

 少年の名は吉井明久という。

 文月学園に通う男子生徒で、この春二年生へと無事昇級した。

 

 ところでこの文月学園、進学校でありながらにして他校には見られないとある特徴がある。

 それを試験召喚戦争といい、その戦果によってクラスのグレードが変わる、というシステムだ。

 明久はそのシステム上、最下位のクラスへと配属されることとなる。

 当然ながらクラスメイトは生徒たちの中でも結果を残せなかったものたちばかりであり、その一団では到底辿り着けそうにない最上位グレードがAクラスであるのだ。

 

 其処を一目見たいと寄り道をしたくなるのは、ある意味当然の反応なのかも知れない。

 

 

「いや、でも見た後で自分のクラスとか見たくないし……、止めておいたほうが賢明かなぁ」

 

「………………何をブツブツ言ってるの?」

 

「…………ぬえ? ああ、秀吉のお姉さんかぁ」

 

「優子でいいわよ。というか、今登校してるのって遅くない?」

 

 

 教室の扉の外、すぐそばで悶煩と考え込んでいる吉井を見つけたのは木下優子という少女であるのだが、見つけた件の知り合いを全力で見逃したくなったのはとある誓約以上の強制力が働いた所為かも知れない。

 それでも声をかけたのは、彼女の双子の弟と友人関係にある、という見慣れた他人程度の認識が働いた所為でもあるのだろう。

 壁際にて小声で話しかける様を誰にも見られていないことを祈るのみだ。

 

 

「目覚ましが役立たずで」

 

「その言い訳は如何にも、って感じね。キミ、Fクラスでしょう?」

 

「なんでわかったの?」

 

 

 校門にて西村教諭に言った台詞を使い回した明久であったが、その言い訳の対象が無機物であると他者から判断される時点で減点対象である。

 それに気づかない呑気な返事を返す明久に、優子は息を漏らした。

 

 

「わからないほうがおかしいわよ。それに、キミの出席日数が足りないかも知れないって秀吉も言っていたしね、一緒のクラスになるだろうって断言していたからそれ以外だって言うイメージなんてないわ」

 

 

 友人とその姉のイメージが固定されている現実に、明久は足元が崩れるような錯覚を覚える。

 

 

「うちのバカもFだし、精々仲良くしてあげてね」

 

「………………。うん、それはもう」

 

「…………何よ、最初の『間』は?」

 

 

 その質問には答えず、明久はさっさとFクラスへと向かうことにした。

 一見突き放したようにも聞こえた台詞のその端々にどこか肉親を気遣うような感化を覚えていたのだが、その内心は思わず緩むような頬のみに浮かばせて。

 

 それに気づいたのか、優子も何処か頬を朱に染めていた気がしたのは、錯覚か、否か。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 旧校舎二階、その端の物置、としか言えないような立地条件にあるのが件のFクラスの教室である。

 カビと埃の臭いは廊下の壁を筆頭として染み込んでいて、消臭剤を数ガロン単位で撒き散らしても取れそうにもない。

 

 こういうところへと毎日通っていては数週間と待たずにステータス病気へとシフトチェンジしそうだ、と明久のゲーム脳が警報を鳴らしていた。

 『どくのぬまち』へ向かっているような心情で廊下を邁進して行くまさにそのとき、Fクラスの前にて教室に向かっている女生徒の姿が見える。

 鮮やかなロングヘアは光の加減で柔らかな桃色に見え、その頭髪に加えて豊満なボディラインが特徴の美少女。

 彼女を知っている明久は思わず声をかける。

 

 

「姫路さん?」

 

「え? ――あ、あき、吉井くんっ!?」

 

 

 一瞬何事か言いかけた言葉を言い直して、その女生徒は驚きの声を上げる。

 既知の人物がまさか背後から現れるとは思っても見なかったのだろう。

 

 

「姫路さんも遅刻?」

 

「は、はい! 吉井くんもですか?」

 

「目覚ましが役立たずでね」

 

 

 もう何度目かの言い訳を使いまわして、それでも僕は悪くない、と某負完全筆頭のように自身を正当化する明久。

 そのさまに慌てていたはずの女生徒・姫路瑞希は、思わずくすりと微笑んだ。

 

 

「その言い訳は変ですよ」

 

「そうかな?」

 

 

 狙ってやったのかそうでないのか、どちらでも構わないがいい具合に緊張が解れた二人はそのまま談笑しながら教室へと向かう。

 その際に、向かう教室が同じであることを指摘しなかったのは、明久なりの優しさであったのかも知れない。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「すいませーん、遅刻しましたー」

 

「お、遅れましたー」

 

 

 悪びれもせず教室へと入る明久と、それに釣られるように努めて明るく入室する姫路。

 その印象を似通わせようと彼女は狙ったのかも知れないが、実際の内情は実に対照的だ。

 そして、そんな内心など気にしていないのがFクラスであったらしい。

 

 遅刻した男子はともかく、その後に続いて入ってきた女生徒に教室中からえっ?という声が上がる。

 

 

「ああ、ちょうどいいので自己紹介をお願いします」

 

 

 担当教諭の福原はそんな教室の声など気にもせずに、二人にそのまま自己紹介を促した。ある意味大物であるかも知れない。

 

 

「吉井明久、観察処分者でっす☆」

 

「ひ、姫路瑞希で、す」

 

 

 キラッ☆と星の海を踊る少女のような仕草をした明久だったが、さすがにそこまで追従する度胸は姫路にはなかったようである。

 そして、そんな有様はFクラスにとってどうでもいいことである。

 

 

「はいっ、質問です! 姫路さんはどうしてここに?」

 

 

 綺麗にスルーされた明久は渋々と仕草を直し、教室内の空いている席へとぼとぼ向かう。

 席といっても見たところちゃぶ台しかないが、一人1足はあるようなのでそれなりには生徒らしい扱いは受けているのだろう。

 

 

「え、えっと、その、試験で熱を出してしまって……」

 

『ああーなるほどー』

 

 

 律儀に応えた姫路に教室中から納得の声が上がった。

 

 この姫路瑞希、成績表では上位に常駐する優等生であり、振り分ければAクラスになるのは間違いないと一年のころには有名であった。

 それなのに最下位クラスのFに来たのは、それなりの理由がある。

 その理由がこの学園の振り分け試験にも適応されるシステムだ。

 試験校でありながらも進学校である文月学園においては常に実際の社会の試験のルールを適用しており、どのような理由があろうとも試験を受けれなかったものまたは途中退席したものは無得点扱いとなる。

 姫路はそのルールに引っかかってしまい試験当日に熱で途中退席し、明久はその姫路を保健室へと連れて行ったのでその実情を敢えて聞かなかったのであった。

 

 

「俺も試験は熱で実力を出せなくてなー」

 

「物理だろ? 難しかったもんな」

 

「前の晩に妹が遊んでと」

 

「黙れ一人っ子」

 

「彼女とのメールが」

 

『今世紀最大の嘘をありがとう』

 

 

 そんな二人の内情を知らず気にせず気にも留められず、クラス中のFな面々は思い思いに言い訳を繰り返す。

 そのさまに自分のこともあまり気にしてもらえないのだろうと、目立ちたくなかった姫路としては少しだけこのクラスに好印象を抱いた。

 そうして自分も席へと向かい、先に座っていた明久の隣にちゃっかりと着席した。

 

 

「き、きんちょうしました~」

 

「お疲れ、姫路さん」

 

「姫路、体調はもう平気なのか?」

 

 

 労う明久に、その隣から聞こえたのは知らない男子の声。

 自分にかけられた声にどちらから応えていいものかと逡巡した姫路だが、先に答えたのは明久だった。

 

 

「やっぱり雄二も同じクラスだったんだ?」

 

「まあな。秀吉やムッツリーニもいるぞ、大体いつもの面子だ」

 

「まあ予想はしてたけどね。

 ああ、姫路さん。このゴリラは坂本雄二って言ってね、見た目はアレだけど女の子に危害を加えるような野生動物じゃないから安心していいよ」

 

「てめえの紹介には微塵も安心できる要素がねえぞコラァ」

 

 

 知り合いであるのだろう。

 紹介の仕方は若干アレだが、気遣いをしていない間柄のようなので姫路も名乗る。

 

 

「姫路瑞希です。吉井くんのお友達ですか?」

 

「悪友かな」

 

「そうだな」

 

 

 互いに悪友だと名乗るのはどういう関係なのだろうか。

 

 

「君達、私語は慎むように」

 

 

 と福原教諭の注意が聞こえたので視線を向けると、次の瞬間、注意を向けるために彼が軽く叩いていた教卓ががらがらと崩れて壊れた。

 その有様にはさすがに誰もが絶句する。

 

 

『………………』

 

「………………。

 新しい教卓を用意しますので自習をしていてください。吉井くん、手を貸してください」

 

「はーい」

 

 

 そうして教室を連れ立って出てゆく福原と明久。

 その姿に姫路は疑問符を浮かべた。

 

 

「どうして吉井くんが……?」

 

「ああ、あいつは観察処分者だからな」

 

 

 それに応えたのは雄二だ。

 かんさつしょぶんしゃ?と聞きなれない単語に首を傾げる姫路に、噛み砕いて説明する。

 

 

「学園一のバカの代名詞なんだがな、教師の仕事の手伝いをするっていうものまで任されている。要するに教師用の雑用係だな。だが、悪いことばかりでもない」

 

「それって……?」

 

「学園が首輪を嵌めたい対象とされるのが観察処分者だ。ただしその雑用は多岐に渡るから、常人じゃあやれそうもない力仕事まで負わされる羽目になる。それを解決するために、観察処分者の召喚獣は物理干渉が可能となっているわけだ」

 

 

 文月学園における設備グレード交換の代償となる試験、それを試験召喚戦争という、というのは以前にも語った。

 ただしその戦争において戦うのは生身の人間ではなく、生徒達の試験の点数においてその強度が変更される召喚獣となる。

 あくまでも戦争は暴力の推奨ではなく、自身の学力を基準として行われる代替行為と学園は述べているのだ。

 よって、召喚獣が干渉できるのは本来は互いの召喚獣同士のみ。召喚獣は質量を持たない映像のようなものとして生徒たちには認識されている。

 

 しかし、それが観察処分者の召喚獣は別物となる。

 

 この事実が召喚獣のシステムを何某かに応用しようという実験の結果なのか、それとも単なる偶然の産物なのかはそれらを設定したものにしかわからないのだろう。

 

 

「そう聞くといいことばかりのようなのですけれど、先生方は何故それを自分で行わないのでしょうか?」

 

「デメリットがあるからだ。観察処分者の召喚獣はダメージを召喚者本人にも影響する、物理干渉のフィードバックってやつだな。教師共だって痛い目を見たくはないのさ、だから痛くなっても構わない問題児にそれをやらせる」

 

「……ひどい話です」

 

「ま、本当にそこまで考えているかどうかは俺の想像だけどな。それ以前に明久は去年の中頃から学校にあまり来ていないから、その分の出席日数をどうにかしてもらおうって魂胆もアイツにもあるのかも知れないが」

 

 

 顔をしかめた姫路にフォローする雄二。そう言うと結局はどちらにも思惑があるもんだ、と言って教師と明久が帰ってくるのを待つことにした。

 

 会話のなくなった中、雄二は脳を働かせる。

 物理干渉のできる召喚獣を使うことによって、どうやって戦争を勝ち上がるのか、という方向へと。

 

 先ほどは名乗れなかったがこのクラスの代表は雄二が勤めることになっている。姫路は途中退席で無得点だから、事実上のFクラス最高得点者が自分であるためだ。

 その上で、このクラスメイトたちは当然ながらこの教室の現状に満足できるはずがないと踏んでいる。

 その起爆剤があるのならば戦争へと導くのは簡単だ。あとは勝てるという前提で作戦を詰めてゆけばいい。

 

 想定通りの手札がそろった中には、姫路というジョーカーまでついてきた。このカードをどう切ってこの戦争を潜り抜けるのか。

 若干楽しみになってきた雄二がにやりと笑みを零したとき、教室の戸が開かれ二人が戻ってきた。

 そろそろ自分の自己紹介の番だ。大いに教室中を沸かせてやろう。

 

 さあ、戦争を始めようじゃないか。

 

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