「諸君、ここは何処だ」
『神聖なる学び舎だ』
「そして、我らは何だ」
『誇りある身命を賭して自身の潔白を証明するものだ』
「それでは、男とは何だ」
『愛を捨て哀に生きるものなり』
「よろしい、ならば初めようではないか。神聖なる裁判を」
「おいお前ら、唐突になにをトチ狂ってやがる」
『第1話
バカとメイドと最終判決』
黒い三角の穴あき頭巾を被ったFクラスの面々がずらりと並び、その中央にはロープにてぐるぐる巻きにされた明久がちょこんと座らされている。
あまりに突然に行われた犯行に、雄二はどういうことだよ、と頭を抱えつつごく当たり前なツッコミしか行えなかった。
ちなみに、その現状に参加していないのはクラスの女子三名のみであり、ことの推移をぽかんとした表情で眺めているだけである。
ついていけてないのかも知れない。
サバトの集会のようになった事の起こりはほんの数分前。
雄二が代表として挨拶をし、Aクラスとの明確な差を改めて、自分のクラスにも勝ちあがれる要素があることを知らしめ、クラスを沸き立たせようとしていた。
その最後に、締めかつオチとして観察処分者である明久を紹介し、学年最底辺でも役立つことを示そうとしていた――
――次の瞬間には、明久は今の状態とされていた。
あまりの早業に常識は完全に置いてきぼりである。
その状態に自然に移行されていた明久ですら呆然としている中、ことを進行する『FFF』なる一団は裁判とやらを着々と進めていた。
「それでは被告Y、容疑者の罪状を読み上げろ」
「承知しました須川裁判長。
容疑者『吉井明久』は去年我がクラスメイトでした。私とは彼の一つ手前の連絡網を担う程度の関係だったのですが、最後に連絡網を伝えたところ驚愕の事実が発覚したのであります」
「って、キミ横溝君!? なんなのさ! 何でこんなことを!?」
覆面を被り被害者であるという旨で「罪状(?)」を語っていた人物の正体を看破する明久であったが、その叫びはずらりと居並ぶ覆面集団(クラスメイト)の無言の圧力によって黙殺される。
「驚愕の事実とは? 続けたまえ」
「はっ。
容疑者の家の電話を取ったのはどうやら女性らしく、やたらと可愛らしい声の女の子であることが発覚いたしました。まるで女性声優並みのあの声の持ち主と容疑者がどのような関係にあるのかは未だ不明でありますが、」
「御託はもう結構だ。
それでは判決を言い渡す!」
「い、異議あり! 裁判長! 不確かな証言内容のみで判断を下すのは間違いです! というか弁明のチャンスをください!」
被告Yの証言に痺れを切らした裁判長須川が木槌を打ち鳴らそうとしたところで、クラスメイトたちから理不尽な怨嗟を浴びかけていた容疑者明久は咽を枯らして悲鳴を上げた。
とんとん拍子で罪状が確定してゆく中で、このままの流れで逝けばDeadEndは確実である。
その流れを無理やりにでも変更させるために、明久は必死であった。
「いいだろう。焼死か溺死か、好きな処刑方法を選ばせてやる」
「死因が変わるだけじゃないか! 聞いてください! 横溝君の聞いた女の子の声というのは決して不実なものではなく……っ!」
「ちなみに貴様に妹がいないこと、一人暮らしであること、の二点は学園の教師にも確認を取ってある。下手な言い訳はしないほうがいいぞ……っ!」
とてつもない怨嗟の声がマスクの下からくぐもって発せられた。いきなり自身の下策が潰されたことに、明久は必死で脳を回転させる。
その様はまさにクロックアップ。走馬灯を駆けるかのように凝縮された時間の中で、その一瞬で何十年もの時を生きたかのように彼の姿は老人のようにしわがれてゆく――、
――などという、起こってもいない余計な描写はともかく。
「了解しました裁判長………………。ただ、これは決して皆様が思われるような青少年の育成上不健全と判別されるような事態ではない、ということをここに宣言しておきます」
「前置きはいい、早く理由を述べたまえ」
クラスメイトが見守る中、コイツほんとに明久か? と友人に思わせるような台詞回しを使っていた本人は、深く息を吐くと、ただ一言、告げた。
「――アレはうちのメイドです」
「では処刑の準備にかかろう。諸君、スコップ・つるはし・さすまた・カッター・ちゃぶ台・刀剣類の準備は万端か? 銃火器は使用するな、己の手で潰してこそ処刑というものは遣り甲斐があるものだ――……!」
「判断早い! まだ続きがあります! メイドといっても皆が思っているようないいものじゃないんですっ!」
しゃべるたびに死亡フラグが着々と建てられてゆくその様を見て、もう止めたほうが良いのではなかろうか、と数少なくなっっていた友人は薄暗くなって逝く明久の未来に遠く目を細める。
ちなみに他にいた友人らは処刑の準備に手を貸し出しているので、友人というには些かの語弊が無きにしも非ず。
「――メイドロボです」
「まずは磔刑にして火あぶりに処す。次はバンジージャンプを敢行しろ、逆さ釣りにしてプールで釣鐘にかけてやれ。ラストにはそれぞれ持ち寄った処刑道具にて、串刺し及び往復ビンタに処す」
『承知しました裁判長』
「あれ!? 刑が増した!?」
「当たり前だ馬鹿!」
堪え切れなくなった雄二が思わず怒鳴った。
それくらい明久の言動はツッコまざるを得ない代物である。
「男の夢のメイドと共同生活のうえにそれが女性声優並みの声を持つロボだと? そんなの火に油を注ぐだけだってことに気づけ! 俺だって殺したくなるくらいには妬ましくもなるわ!」
ちなみに彼が手を出さないのは、わざわざ手を下さなくとも処刑人が多岐に渡っている・今ここで戦力を失うのは惜しいから、の二点のためだ。最低クラスの級長とはいえ、その程度の認識力はあるのだ。
「でも本当にありがたくもないんだよ! 親が僕の生活を見張るために勝手に雇ってきたし、自分の生活を維持するために去年はバイトにまで手を出さなくちゃいけなかったんだからね!?」
「お前の去年の出席率の低さはそれが原因か……。しかし、それでも美少女メイドロボ、なんてカテゴリの代物がお前のうちにいるという事実は覆せないぞ」
「そうね。さあて吉井、心の準備はできたかしら?」
言い訳の最中にも処刑の準備は着々と進行しており、いい笑顔に青筋を浮かべた元友人が縄でぐるぐる巻きにされている明久へと手を伸ばす。
「って、島田さん!? 何でここに!?」
「クラスメイトよ。アンタは遅刻して自己紹介を聞いていなかったかも知れないけれどね」
そんなことより、と若干胸部の薄いポニーテールの美少女は正座していた明久の脚を崩して自らの脚に絡める。その密着具合からして世の男性が一見すればご褒美にも思えるかのような体勢であるのだが――、
「去年人が心配していた理由がメイドとの共同生活で大変だったから? そんなフザケタコトを言うような奴にはエンリョはいらないわよね?」
「え、ちょ、待って島田さん脚はそっちの方向には曲がらなひぎぃぃぃぃ……!」
一足早くに処刑が敢行されていた。四の字固め、という形で。
無茶な姿勢で絡め取られた明久の脚の関節ではない部分が、ゴキゴキと音を立てて変形してゆく。
必死でタップを繰り返す明久にタオルが投げ込まれることはなく、先ほどから様子を見ていたもう一人の元友人も参戦しようとしていた。
「吉井くん、えっちなのはいけないと思いますよ?」
「ひっ、姫路さんは処刑には加わらないよね!? そんな酷いことをするような子じゃないって僕信じてる!」
「いえ、悪いことをしたというならきちんとオハナシしないと」
「それは決してOHANASHIじゃないよね!? 肉体言語的な方向へとシフトしないって約束できるよね!?」
「………………(ニコリ)」
「いやあああああああ!?」
明久の必死の懇願は聞き入られることもなく、菩薩のような笑顔であったはずの胸部が豊満な美少女のそれはこれから始まる地獄を体現しているかのようで、
「オーイ、明久ー。弁当忘れたぞー……って、ウオ!? なんでお前ぐるぐる巻きにされてんの!?」
という、妙に電子音声的な可愛らしい女性声優のような声が聞こえると同時に開かれた教室の戸によってすべての処刑はぴたりと止まる。同じく現れた闖入者の姿によって教室内の時も静止していた。
『………………………………………………………………は?』
誰もが二の句を次げない。
その一種異常な光景にあらゆる者が目を奪われていた。
「………………ハナさん、なんでいるのさ」
「お前が弁当忘れたから届けに来てやったんだろうが、っつうか俺としてはお前のその状態を問いたいのだけど」
唯一、戸惑いつつも対応をしているのは明久。
しかし、その対応すべき相手の姿は『普通』ではなかった。
声は確かに女性声優並みである。美少女然とした鈴の音のような高音で、ぶっきらぼうな口調でも気にはならない程度には可愛らしい。
着ているものは、メイド服、と呼べるのだろう。やたらとメカメカしい『装甲』としか見えないスカートでも。
胴体部分から伸びるホース状の腕とドラえ○んのような手からして、それをロボだというならば納得の形状ではある。
だがそれらの頭部にあるのは『紙袋』であった。
目の部分に二つの穴が開いている以外は、どう見ても安物の茶色い紙袋を逆さにかぶっているだけにしか見えない。
ぶっちゃけこれだけだとただの不振人物である。
「………………オイ、明久。これは、なんだ?」
雄二のその疑問の仕方ももっともである。it、若しくはThisと表現できそうな不振家電がどう思うかはともかくとして、明久は非常に苦々しい表情で紹介することとなった。
「………………えー、これが件の、我が家に勤めるメイドロボ、『ハナ初号機』通称ハナさんです」
「なんだ? なんかのプレゼンか?」
紹介の中、無常に響くだけのハナの言葉以外、誰も何も言葉にできなかったという。