あるゴブリンの母娘の話 作:匿名希望
10年の月日は、二人を大きな成長へと導いていた。
かつて頼りなかった新米テイマーの少女──メルティは、数々の冒険を乗り越え一流の魔物使いへと成長。
そして、あの日拾われた小さな雌ゴブリン──ラグナは、メルティの深い愛情と豊富な魔力を受けて進化を遂げ、見上げるほどに逞しく美しい雌のホブゴブリンへと成長していた。
身長は180センチを超え、しなやかながらも豊満で引き締まった体躯。
緑色の肌は艶やかに輝き、背中には主人を守るための巨大な大剣を背負っている。
言葉も流暢に話し、内面は「かつて男の子だった記憶」など欠片もなく、命をかけて主人(メルティ)を愛し護る誇り高き従者そのものだった。
しかし、二人はある古代遺跡の探索中、高位の「ゴブリンシャーマン」が仕掛けた凶悪な先祖返りの呪詛トラップに接触してしまう。
「くっ……なに、この魔力……身体が……っ!?」
黒紫色の不気味な煙がメルティを包み込む。
異変を察知したラグナは、すぐさま主人を庇うように抱きかかえて後方へと跳躍。
危機一髪でシャーマンの追撃をかわし、遺跡の外の深い森へと逃走を開始した。
背後から追ってくる無数のゴブリンの咆哮を聞きながら、彼女は腕の中の異変に目を見張った。
抱えられたメルティの身体に、恐ろしい「過酷な変化」が巻き起こっていた。
まず生じたのは、身体の退化と再構築だった。
大人の女性として成熟していたメルティの四肢が、ミシミシと骨を軋ませながら縮んでいく。
身体の各所から女性らしい肉付きが削ぎ落とされ、背丈は一気に半分以下、まるで5歳の幼児のような小柄な体躯へと急速に縮んだ。
それだけでは終わらない。
呪いは彼女の種族そのものを書き換えていく。
スベスベとした白い人間の肌は、どす黒くくすんだ小鬼の緑色(ライトグリーン)へと変色。
丸かった耳は横へと長く尖り、小さな口元からは幼い爪のようなきばが突き出した。
骨盤の形状や胸のラインは、人から「幼い雌ゴブリン」の骨格へと強制的に再編されていく。
続いて、服装がその変化に耐えかねて崩れ去る。
一流冒険者としての洗練された軽甲冑や布服は、身体が急速に縮んだことでダブダブに浮き上がり、次の瞬間には呪詛の魔力によってドロドロに溶け落ちた。
残された衣服は破れ、胸元をギリギリ覆うだけのボロボロの粗末な皮布(ブラトップ状)と、幼い腰回りを包むだけの短い腰布へと変わり果てた。
足元を保護していた上質な革ブーツは弾け飛び、裸の足首には意思を縛る不吉な黒い鉄の輪が浮き出た。
そして最後に、内面(心)への侵食が始まる。
「一流テイマーとしての知識」「人間としての尊厳や理性」が、頭の中で激しい濁流に飲まれるように途切れ途切れになっていく。
代わりに、脳内を支配し始めたのは、幼い雌ゴブリン特有の「恐怖」「誰かに守られたい」「強いものに従いたい」という本能的な従属欲求だった。
「あ……あぅ……っ、う……ラグナちゃん……たすけ……」
大人だったはずの声は甲高くかすれ、言葉すらまともに紡げなくなる。
視界が低くなり、目の前に迫る緑色の自分の手を見て、メルティだった意識は激しい恐怖と、それを塗りつぶすような「小鬼の幼子」としての思考の渦に飲み込まれていった。
「ご主人様……っ! しっかりしてください、私が……私が必ずお護りします!」
己の腕の中で、恐ろしい呪いによって「小さく可憐な幼い雌ゴブリン」へと姿を変えられてしまったメルティ。
知性を失いかけ、恐怖で震えながら自分にしがみついてくるかつての主人を、ラグナは胸に強く抱きしめた。
かつて自分が拾われ、愛されたように。
今度は自分がこの小さき主人を護る番だ。
「キュ……キュぅ……(怖いよぉ……助けて……)」
すでに人間の言葉を失い、小鬼の鳴き声で震える幼いゴブリン。
その頭を、ラグナは優しく、力強く撫でた。
背後から追いついてきたシャーマンとゴブリンの群れが、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて迫ってくる。
ラグナは背中の大剣を一閃し、一撃で前衛のゴブリン数体を薙ぎ払うと、凄まじい脚力で木々の間を疾走した。
「ハァッ……! ハァッ……!」
腕の中の小さな主人は、ラグナの胸の温もりと力強い鼓動に包まれ、次第に恐怖のパニックから落ち着きを取り戻していく。
メルティとしての自意識は途切れ、心は完全に「幼い雌ゴブリン」になってしまっていたが、その胸にあるのは目の前の大きなホブゴブリンに対する絶対的な全幅の信頼だった。
小さく緑色の手を伸ばし、ラグナの胸元にぎゅっとしがみつく。
「きゅん……(だいすき……)」
「……ええ、私もです、ご主人様。どんな姿になろうと、例え呪いを解く旅がどれほど長くなろうと……私はずっと、あなたのお供です」
追手たちを完全に振り切り、深緑の森の奥深くへ。
立場が逆転した二人の、新しい「絆と救済の旅」がここから始まるのだった。