透き通る世界のアイアンマン(偽物) 作:マーベルにハマった人
ミレニアムサイエンススクール中央特区。その一角に聳え立つ高層ビル「スターク・タワー」の最上階CEO室で、私はガラス張りの巨大な窓越しに近未来的な街並みを見下ろしながら、高級レザーチェアに深く身体を預け、デスクの上に不躾に脚を投げ出していた。
「——というわけで、カイザーコーポレーションは兵器を上手く捌いて売り上げを伸ばしているようです。ですがまた不躾な要望を出してきているようですね……聞いていますか、千早?」
車椅子の美少女——『特異現象捜査部』の部長であり、全知の天才美少女を自称する明星ヒマリが、呆れたように深くため息をついた。
「聞いているさ、ヒマリ。カイザーの欲張りどもが『我が社の次世代誘導ミサイルをもっと安く買わせろ』と泣きついてきている件だろう?」
宙に浮かぶマルチホログラムディスプレイの数式と回路図を指先で軽快にいじりながら、私はニヤリと皮肉めいた笑みを浮かべた。
千早・スターク。ミレニアムの1年生でありながら、キヴォトス有数の巨大軍事・テクノロジー企業「スターク重工(Stark Industries)」の頂点に立つCEO。10歳という若さで両親を不慮の事故で失い、血に飢えたハイエナどものような役員たちから会社解体の危機をその圧倒的な天才的頭脳と血の滲むような努力で跳ね返してきた。
151センチという小柄な体躯ではあるが、誰もが認めざるを得ない絶対的な技術力を持ち、ミレニアム生徒会長である調月リオとも「徹底的な合理主義者」として肩を並べ、ミレニアムの防衛・技術開発の文字通り「不可欠な柱」となっているのがこの私だ。
目の前で小言を並べ立てる明星ヒマリ。私の2歳年上であり、ミレニアムの先輩にあたる人物だ。幼少期からの腐れ縁で、昔、体の弱かったアイツに見かねて私がいくつか補助発明品を渡したのがすべての始まりだった。だが、両親が事故で死んでからは、アイツは鬱陶しいほど私に干渉してくるようになった。たまに会社へやってきては手伝いのような真似をしていくが……正直、怪しくて仕方がない。事あるごとに会社の方針や兵器開発にまで口を出してくる始末だ。私の不運につけ込み、あわよくばスターク重工を乗っ取ろうとしているのではないか? そう疑ってしまうほどには、私は誰も信用していない。特に、あの聡明すぎる病弱な天才少女だけは。
「言っておいてやるがね、ヒマリ。スターク重工の兵器はただの物騒な鉄くずじゃない。『平和を守るための圧倒的な抑止力』だ。カイザーの型落ちドローンと一緒にされては困るな」
「相変わらず不遜で傲慢な態度ですね……。まあ、あなたの技術がキヴォトスでも群を抜いているのは事実ですが……ですが千早、最近のトリニティとゲヘナの情勢、そして連邦生徒会長の失踪……キヴォトスの暗雲は日に日に増しています。あまり調子に乗って火遊びをしていると、取り返しのつかない痛い目を見ますよ」
「安心しろ。圧倒的な抑止力さえあれば戦争は起きない。それが私の真理だ。……さて、私はこれから少し出張に行ってくる」
私は羽織っていたジャケットの裾を軽く整え、軽快な動作でデスクから立ち上がった。
「出張? リオにも事前に伝えていないでしょう。一体どこへ行くつもりなのです?」
「トリニティの郊外だ。最近、エデン条約の締結を前にしてあの周辺で我が社のシリアルナンバーがついた兵器の密輸反応が出ている。我が社の抑止力が正しく機能しているか、この目で直接確かめてくるだけさ」
「千早……!」
ヒマリの制止を背中で聞き流しながら、私はCEO室の扉を後にした。当時の私には、溢れんばかりの自信と「自分がこのキヴォトスという世界をコントロールしている」という浅はかな過信があった。
——それが、真の地獄への入口だとも知らずに。
トリニティ郊外、かつて歴史の表舞台から消し去られた廃棄街。
冷たい雨が泥を打ち鳴らす薄暗い夕刻、私は専用の自動護衛ドローンを数台引き連れ、湿った廃墟の路地裏へと足を踏み入れようとしていた。
「ハックされた形跡もなし、通信周波数も正常……。まったく、連邦生徒会の過剰警戒には付き合っていられないな」
どうやら完全に空振りだったようだ。連邦生徒会の不穏なレポートを信じた私が馬鹿だったということらしい。ここに来て無駄な調査をして会社に戻るだけで、合計8時間以上の開発ロスだ。
私が席を外している間に、あの天才気取りのヒマリが会社のメインサーバーへハッキングを試みているかもしれない。あいつは隙あらばスターク重工の中枢へ踏み込もうとしてくるからな。
AIの『ジャーヴィス』に対処させているとはいえ、CEO不在の時間を長引かせるのは私の精神衛生上すこぶる悪い。亡き父から譲り受け、命がけで護り抜いた会社を、誰であろうと——例えヒマリであろうと奪わせるつもりなんてないのだ。さっさとタワーへ帰ろう。
そう思った瞬間——背後で空間そのものが破裂したかのような爆風が吹き荒れ、私の小柄な身体は易々と宙に吹き飛ばされた。
「ぐ、あッ……!?」
泥水の中に激しく叩きつけられ、視界が赤く染まる。激しい耳鳴りのなか、私を完璧に護衛するはずだったスターク重工製の自律ドローンたちが、一瞬で蜂の巣にされ、無惨な鉄の屑となって崩れ落ちていくのが見えた。
「くっ……!? なんだ、何が起きている……!?」
黒煙の向こうから、ガスマスクを装着した異様な異端の生徒たち、そして彼女たちを冷酷に束ねる“異形の大人の存在”が姿を現した。
それは不吉な赤いドレスを纏い、人間離れした狂気的な圧力を放つ女ベアトリーチェであった。
「うふふ……ようこそ、スターク重工の小さな天才CEO様」
ベアトリーチェの粘着質で耳に障る声が、激しい雨音を切り裂いて脳内に響く。
「貴様は……ゲヘナでもトリニティでもないな……ッ! 誰の許可を得て私のドローンを壊した……!?」
胸ポケットから護身用のカスタム拳銃を引き抜き、即座に身構えようとしたが、容赦ない狙撃の手応えとともに銃は手元から弾き飛ばされ、指に激痛が走った。
「無駄な抵抗はおやめなさい。貴女のその神域とまで称される頭脳と技術……私の……いいえ、教義の悲願のために捧げていただきます」
ベアトリーチェが優雅に手を掲げると、背後に控えていたアリウスの兵が重火器——対戦車バズーカの砲口を私に向けた。
「待て、話が——」
ドッ!!!
至近距離で叩き込まれた凄まじい着弾衝撃と共に、胸部に耐えがたい熱と衝撃が突き刺さる。
「が、は……っ!!? ぐう……ッ!!」
胸を破壊された激痛と、体内を灼熱の金属片が引き裂いていく感覚。口から赤黒い血が溢れ出し、視界が急速に暗転していく。肺がうまく機能せず、空気が吸えない。痛い、寒い、視界が途切れる。最悪だ。人生で間違いなく一番最悪の瞬間だ。
「……連れて行きなさい。死なせてはダメですよ。彼女には……既存の学園すべてを灰にできるような『最高の破壊兵器』を作ってもらわねばなりませんから」
胸を押さえて吐血し、泥の中で身悶える私の薄れゆく意識の隅で、ベアトリーチェが冷酷に命令を下す音を聞きながら、私は漆黒の闇へと引きずり込まれていった。
冷たく、カビと鉄の臭いが充満する暗闇の中で、私は胸を焼く地獄の激痛とともに目を覚ました。
「くっ……あ、カハッ……ガ……ッ!?」
胸に走る、肉を焦がすような激痛。身体を起こそうと反射的に力が入るが、右腕に突き刺さった点滴と、胸部から伸びる禍々しいコード群がそれを拒絶する。
息を整えながら胸元を見下ろした私は、激しいショックで目を見開いた。
私の無惨に切り開かれた胸部には粗雑でグロテスクな医療処置が施されており、その中央には——車載用の大型鉛バッテリーから伸びる太いコードが、直接私の胸孔へと接続されていたのだ。
「な……に、が……」
「動かない方がいい。……心臓の近くに突き刺さったバズーカの金属片を、そのバッテリーの電磁石で引っ張って固定している。コードを抜けば、破片が心臓を貫いて……お前は死ぬ」
暗闇の中から、低い声が響いた。そこに立っていたのは、仮面をつけ、冷徹な殺気を孕んだ瞳で私を見下ろす少女——錠前サオリだった。
息を整え、周囲を見渡す。そこは掘削された巨大な地下洞窟であり、無数の破砕された瓦礫と鉄くずが積み上がった作業場だった。
そして、積み上げられた無数の軍需コンテナに刻印された文字を見た瞬間、私の思考は完全に凍りついた。
——『STARK INDUSTRIES』
「な……んだ、これは……!? なぜ……私の会社のコンテナが……こんなところに……!?」
コンテナの内部に収められていたのは、スターク重工が「完璧な防衛」のために製造していた最新型の超高出力誘導ミサイル、対生徒用重火器、そしてミレニアムへ納入されるはずだった最新型自律ドローンのフレーム群だった。
私が「世界の平和を守るための圧倒的な抑止力」と誇り、胸を張って世界に送り出していた兵器たちが——テロ組織の手に渡り、少女たちを傷つけ、世界を壊すための凄惨な道具として悪用されていた。
「あ……あ……」
胸の激痛など比較にならないほどの絶望と苛みが、私のプライドを、尊厳を、死に至るほどに抉り散らかす。
そうか……私は「抑止力」などという甘い言葉で自分を言い訳し、兵器をばら撒き、このキヴォトスの惨劇と治安悪化に加担していたのだ。父から受け継いだ大切な『スターク』の名を、私は自らの傲慢さで泥塗れにしてしまった。
打ちひしがれ、絶望に震える私のもとへ、ベアトリーチェの不気味なホログラム像が嘲笑うように浮かび上がった。
「ふふふ……お目覚めですか、千早CEO。ご覧なさい、貴女の愛しい『子供たち』ですよ。貴女が作ってくださったおかげで、アリウスの武力は格段に跳ね上がりました」
「ベアトリーチェ……ッ! 貴様、カイザーと裏で繋がり……我が社の兵器を流出させていたな……ッ!?」
「経緯などどうでもいいことです。天才CEO様?貴女には、この地下施設にあるスターク重工の部品を使い、一度の発射でトリニティの自治区を完全に消滅させる新兵器を作ってもらいます。拒否権はありませんよ。貴女の命を繋いでいるその胸のバッテリーは私が装着したものです。もし逆らえば…言わずともわかりますね?」
ホログラムが消え、静寂が戻る。私は血の味がする唾を吐き捨て、胸の粗末なバッテリーを睨みつけた。
……ふざけるな。私を誰だと思っている? 私は千早・スタークだ。誰の言いなりにもならない……絶対にだ!
ベアトリーチェの命により、私の監視と新兵器製造の補助として、アリウススクワッドのメンバーや一般のアリウス生たちが地下作業場に配置された。
殺意と警戒を隠そうとしない錠前サオリ。
「ごめんなさい、ごめなさぃ……」と終始怯える槌永ヒヨリ。
「どうせみんな死ぬのに……」と虚無を抱えた目でボルトを拾う戒野ミサキ。
私の作業を補佐しつつも、サオリは通信機越しにベアトリーチェへ定期報告を入れていた。
「……ああ、マダム。作業は順調だ。……了解した、マダム」
彼女がその不気味な女を「マダム」と呼び、盲目的かつ歪んだ服従を見せていることに、私は胸の奥で浅からぬ胸騒ぎを覚えていた。
そして——その中心で一切の言葉を発することなく、ただ静かに私を見つめる少女がいた。アリウスの「姫」、秤アツコだ。
アリウスにおいて「姫」は神聖にして絶対の存在であり、教義上、軽々しく言葉を発することは許されていない……らしい。
手話やサオリの代弁を介してしか意思疎通を図らない彼女だが、その仮面の奥にある瞳だけは、他のアリウス生のような濁った絶望ではなく、不思議な静寂を湛えていた。
ベアトリーチェや高圧的な一般兵の監視が薄れ、作業場に私とスクワッドの面々だけが残されるわずかな時間が訪れた。
アツコはゆっくりと歩み寄り、仮面を少しだけずらして、透き通るような鈴の音のような声で私に静かに問いかけた。
「……あなたの胸の光。それは、何?」
私は胸元を指差した。
ベアトリーチェに装着された自動車用バッテリーはとっくに捨て去ってある。暴走したバッテリーの代わりとして使うために命懸けで自作した——超小型プラズマイオンリアクター。
これを作る際は本当に死ぬかと思った。
——————
作業を始めてから数日。すぐに問題は発生した。ベアトリーチェが取って付けたバッテリーは粗悪極まりなく、数日もしないうちに内部でショートを起こし、危険な熱を帯び始めたのだ。
「ぐっ……あぁぁぁっ!?」
バッテリーから漏れ出した酸の腐食臭と、胸の傷口を焼く激痛に私はうめき声を上げた。電圧が不安定になり、磁力が弱まるたびに、心臓の目と鼻の先にある金属片がズキリと沈み込み、激痛とともに口から血が溢れる。
おそらく、このバッテリーの寿命はもう数時間もない。放っておけば磁力が完全に消え、破片が心臓を貫いて死ぬ。
死ぬのか……? この私が、こんな湿ったドブネズミの穴蔵で……!? 冗談じゃない!
私は残された体力を振り絞り、車椅子代わりに転がっていた台車に這い上がると、夜中に監視が薄れた作業場へと向かった。
転がっていたミサイルの弾頭から高品質のパラジウムリングを抜き取り、廃材の銅線を手で巻き直し、超小型の磁気圧縮コイルを作成する。
ミサイルのプラズマコアを分解し、手のひらサイズの筐体に組み込んでいく。
青く鮮明に輝くそれは、超小型プラズマイオンリアクタ「アークリアクター」の試作型だ。
無事に代替え品となるバッテリーを作成できたのはいいが問題は換装作業だった。 現在のバッテリーを切り離し、自作のアークリアクターの端子を私の胸孔に刺し直すまでの間、電磁石の磁力は完全にゼロになる。
猶予は……せいぜい数秒。手元が狂えば破片が心臓を切り裂く。心臓麻痺でショック死する確率も……半々か。くそっ、文字通りの心臓外科手術を自分でやる羽目になるとはな……!
冷や汗で全身を濡らしながら、私はハンダゴテと絶縁ピンセットを握りしめた。息を極限まで整え、心拍数を落とす。
「ふぅぅぅ……息を吸って……吐いて……スタークの技術を舐めるなよ……!」
粗悪なバッテリーのコードを切り離した瞬間——視界が真っ白に染まった。 胸の奥でドスンと金属片が暴れ、心臓を直接削られるような地獄の激痛が脳を揺さぶる。
「ガッ……はッ……ぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
声にならない悲鳴が口から漏れ、激しい吐血とともに激痛で視界が激しく点滅する。意識が遠のきかけ、ピンセットを持つ右腕がガタガタと
震える。
駄目だ、ここで倒れるな、意識を保て千早。
私はスタークだ。…トニースタークの娘だろうが!こんなところで死んでたまるか!
気合いで意識を保ちながらも、血で滑る指先で、青く光るアークリアクターの端子を掴み、胸の切り開かれた肉の奥へと無理やり押し込んだ
カチリ——ガシィィィンッ!!
胸の奥で強力な青いプラズマ磁界が再起動し、暴れていた金属片が一瞬で安全域まで引き戻された。
「ハッ……ハァッ! ガハッ……! ゲホッ、ゲホッ……!」
冷たい床に倒れ込み、激しい呼吸を繰り返す。 見下ろした私の胸元には、硝煙と血に塗れた皮膚の下で、神秘的で力強い青白い光が円形に輝いていた。
「……勝ったぞ。見ろ、ベアトリーチェ……お前の下らん命綱なんて……ハハッ、端から必要なかったんだよ……!」
————————
———まぁ、そんな出来事があった訳だ。ベアトリーチェの奴は今だにスイッチを押すだけでバッテリーを切り私を殺すことができると思っている。そう考えると滑稽で笑ってしまいそうだ。
「……あなたの胸の光。それは、何?」
おっと、語り過ぎてしまった。本題に戻ろう。
「アークリアクターだ。……毎秒3ギガワットのエネルギーを生み出す、私を生かす小さな心臓さ。ついでに言えば、スタークタワーを一年間丸ごと自家発電できる代物でもある」
「きれいな光……。ここには、そんな光を持つ人は一人もいなかった」
「そうか? だが、お前の目にも光はあるがね」
私はアツコの瞳を真っ直ぐに見返した。彼女は教義の歪みに縛られながらも、決して自分を見失っていない。
なぜ私がこんな危険な真似をしてまで彼女に話しかけているのか、自分でも分からなかった。だが、この絶望の底で出会った幼い「姫」の瞳に、私は自分と同じ“諦めない不屈”を見たのだ。
「アツコ、そしてスクワッドの連中。……よく聞け。マダムに言われて作っている兵器の設計図は完全な偽物だ。私が今、お前たちアリウス生全員にパーツを削り出させて作らせているのは、核ミサイルなんかじゃあない」
サオリの身体が跳ね上がり、即座にアサルトライフルの砲口が私の額に突きつけられた。
「……何だと? マダムを謀っているというのか? 命がないぞ!」
だが、アツコがそっと細い手を掲げ、サオリの銃口を優しく制した。
「聞かせて。……本当は、何を作っているの?」
私は不敵に口角を上げた。
「——私自身が身に纏い、この最悪な地獄を力ずくで突破するための、鋼鉄のパワードスーツだ」
静寂が降り積もる。サオリは息を飲み、ヒヨリは目を見開き、ミサキは呆れたように息を漏らした。
「お前……狂っているのか? そんな粗鉄の塊で、アリウスの軍勢とマダムに対抗できるわけが——」
「できるさ。私が作ったものだぞ? ……それに、アツコ。お前たちもこんなカルトの言いなりになって、少女の貴重な青春をドブに捨てて楽しいか?」
「……楽しくないわ。全然」
アツコは静かに、しかしはっきりと首を振った。
「なら私と一緒に来い……とは言わない。だが、私がここを破壊して逃げたら、お前たちもあの女の呪縛から脱する準備をしておけ。……逃げたいなら、足掻け」
アツコは私の胸で青く輝くアークリアクターを見つめ、深々と頷いた。
「……逃げて。あなたのその光なら、この歪んだ地獄を破れる。私は、それを信じてみる」
「あぁ。逃げて、スーツを新しくして必ずベアトリーチェを倒しに戻るさ。…あぁ、後私は億万長者でね。私がベアトリーチェを倒した際にはお前達が欲しいのなら高級スイーツ、肉、寿司。なんでも買ってやる」
「えっ……!? ほ、本当ですか……!? 欲しいものなんでも……!?でも、そんなの夢のまた夢で……」
「スタークのCEOに二言はない! だからその汚い顔を拭いて、私の指示通りにネジと装甲板を運べ!」
「は、はいぃぃっ! やります! やらせてください〜!」
それからの作業は劇的に変わった。ヒヨリはものすごいスピードで作業をし、アツコとサオリは指示にだし、アリウスの生徒たちに重い装甲板を運び、溶接させ、知らず知らずのうちに私の「鉄の復讐者」のパーツを組み上げさせていった。ベアトリーチェの監視には「ミサイルの外壁の補強だ」と偽りながら。
月日は過ぎ、決行の日が来た。
地下作業場の奥深くに鎮座する、荒々しく巨大な鋼鉄の怪物——「Mark-1」。
私は重厚な装甲の内部に滑り込み、胸のアークリアクターから伸びる主電源ケーブルを、スーツのメインシステムへとダイレクトに接続した。
ガキィィンッ…!!
胸のアークリアクターが眩い青白光を放ち、Mark-1の全システムが一斉に起動する。空圧シリンダーが重厚な駆動音を上げ、地下洞窟の空気が激しく振動した。
異変を察知したアリウスの警備兵たちが、爆薬で鉄扉を吹き飛ばしてなだれ込んできた。
「おい! 何が起きている、作業を中止しろ! 貴様、それは何だ——」
「……退け。スターク重工の、本当の『抑止力』の披露だ」
ズドォォォンッ!!!
丸太のように太い鋼鉄の拳が一閃。衝撃波とともに警備兵数名が壁ごと吹き飛ぶ。
狼狽した兵士たちがアサルトライフルや対物ライフルを乱射するが、粗鉄と重装甲を何重にも溶接して作られたMark-1の表面で、弾丸は虚しく弾け飛ぶだけだ。
「ヒィッ……! 効かない!? 怪物だ!!」
「お姫様達、下がってろよ!」
私はあらかじめ計画していた「演劇」を開始した。
協力してくれたスクワッドや生徒たちがベアトリーチェから「内通者」として粛清されないよう、わざと彼女たちの足元や周囲の岩壁に向けて、腕部に仕込んだ試作リパルサー波と高熱火炎放射を大袈裟に掃射した。
ゴォォォォォッ!!!
「うわぁん!強すぎますぅぅ! 死んじゃうー!」
「くっ……! 抑えきれない! 姫をお守りしろ、一旦退避するぞ!」
サオリとヒヨリたちが迫真の演技で爆風に吹き飛ばされたフリをし、岩陰へと退避する。
崩れ落ちる瓦礫の隙間から、アツコは仮面を外し、去り行く巨大な鉄の背中を、祈るような眼差しで見つめていた。
「ベアトリーチェぇぇぇ!! 覚えているがいい!!」
私は両腕に装備された二基の固形燃料スラスターの点火スイッチを叩き割るように押し込んだ。
ボッ……ドガァァァァァンッッ!!!!
「スターク重工の製品は……二度と貴様らのようなカルトの思い通りにはさせないッッ!!!」
爆発的な推進力がMark-1の巨体を押し上げ、地下洞窟の強固な岩盤天井を豪快に突き破る。
眩しい日光と、吹き抜ける本物の風。
私はキヴォトスの大空へ、一筋の鉄の隕石となって勢いよく飛び出していった。
トリニティ郊外の荒野。
数キロ上空から墜落したMark-1のスーツは、地面に激しく激突し、爆発とともに粉々に砕け散った。
「がはっ……げほっ、ぐう……っ!」
砂煙が舞うクレーターのただ中で、私は痛む身体を引きずり、砕けた鉄の装甲を破って泥の上に這い出た。
膝をつき、ゆっくりと立ち上がる。
砂埃を払い、自分の胸元を見下ろす。
そこには、砂と硝煙に塗れながらも、決して消えることのない誇り高き青い光——アークリアクターが、力強く輝いていた。
腕の傷をぬぐい、私は遥か彼方に見えるミレニアムの超高層ビル群を見上げ、不敵で、どこまでも不遜な笑みを浮かべた。
「待ってろよ、ミレニアム。……そしてクソッタレの悪党ども」
私はポケットに残っていた傷だらけのサングラスをかけると、歩き出した。
「CEOのお帰りだ。……最高のスーツを創り直してやる」