ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
◇宝物庫。
襲撃者がコキュートスによって完全凍結され、捕らえられた直後、デミウルゴスによって拠点防衛システム『アリアドネ』の制限を上書きする世界級アイテム(ワールドアイテム)の関与という「大まかな解析」がなされた。
しかし、その時空の歪みを伴うより高度なシステムログの「詳細な解析」は、宝物庫の管理責任者であるパンドラズ・アクターへと委ねられた。
デミウルゴスの大まかな解析から数日後、詳細解析が完全に終了。ナザリック地下大墳墓の宝物庫の奥深くにおいて、階層守護者および関係するNPCら皆を集めての緊急会議が招集された。
パンドラズ・アクターがいつもの芝居がかったトーンを完全に捨て去り、軍帽の奥の虚無の顔で、解析結果が映し出されたホログラム画面を展開する。
アイテムの名は――『バタフライ・エフェクト(蝶の羽ばたき)』。
そこに表示されていたのは、かつてユグドラシル時代でもごく一部のトップギルドしか存在を知らなかった、あまりにも歪で、あまりにも凶悪な効果記述(テキスト)だった。
「……ア、アインズ様。今、パンドラズ・アクターがこのアイテムの脅威について報告いたしましたが……」
最高位蘇生魔法によってシクススが傷一つない状態へと完全復活を遂げ、悍ましいログを語り終えた直後、アルベドがまだ少し震える声でアインズを見上げた。
人間となったアインズ――鈴木悟は、手元に残された『バタフライ・エフェクト』の不気味な残骸を凝視しながら、内心で冷や汗を流しつつも、かつてユグドラシル時代に狂ったように攻略ウィキやギルド内共有スレッドを読み漁った「ゲームオタクとしての知識」を完全に呼び覚ましていた。
(デミウルゴスもアルベドも、相変わらず私のことを買い被りすぎだ……! 敵が仕損じたのは私の計算じゃなくて、ただのシステムの仕様、いや……このアイテムが持つ『とんでもないゲームバランス上の欠陥』のせいなんだよ!)
アインズはふう、と人間の肉体ならではの重い溜息を一つ吐くと、至高の主としての威厳を保ちながら、跪く守護者たちへ静かに語りかけ始めた。
「デミウルゴス、パンドラズ・アクター。お前たちの解析は見事だ。だが……この『バタフライ・エフェクト』という世界級アイテムの本質、および今回の敵の『致命的な敗因』について、私からメリットとデメリットを少々補足せねばなるまいな」
「はっ! 愚考に極みがあるかと存じますが……至高の御方のご見識、ぜひともご拝聴させてください!」
デミウルゴスが眼鏡を輝かせ、信じられないほど熱い視線をアインズに向ける。アインズは心の中で(頼むからそんな目で俺を見ないでくれ)と懇願しながら、冷静なトーンで解説を始めた。
「まず、お前たちがこれほどの過剰防衛に走り、金貨の消費を顧みずに狂乱したのも無理はない。このアイテムには『世界の理を完全にへし折る、あまりにも狂気的な3つのメリット(絶対効果)』が存在するからだ」
アインズは指を一本、立ててみせた。
「メリットの第一は、『因果強制による、絶対安全圏の完全破壊(システム無視の直接転移)』だ。ギルドシステム『アリアドネ』が敷く鉄壁のルール……私自身ですら、執務室から徒歩で入らねばならぬこの私室という絶対不可侵の領域に対し、このアイテムは『因果の糸を強引に手繰り寄せる』ことで、すべての防衛線を無視した直接転移を可能にする。本来なら、どれほど強固な要塞を築こうとも、これを持つ暗殺者に狙われれば『100%確実に初撃を許す』。拠点の構造そのものを無意味にするという点において、これ以上の奇襲兵器は存在せん。アルベドが『私室は安全だ』と油断したのも当然なのだ」
守護者たちが息を呑む中、二本目の指が立てられる。
「メリットの第二は、『直撃時における、ターゲットのデータ完全消失(不可逆的消滅)』。もしあの初撃が私に直撃していれば、私というプレイヤーキャラクターは魂ごと、データごと、因果の彼方へ巻き込まれて完全消失していた。さらに、その者が持つすべての固有スキル、習得魔法、装備スロットの権限が、因果の彼方へ連鎖的に巻き込まれて消失する。ユグドラシルに存在するいかなる超位蘇生魔法や、超稀少な蘇生系の課金アイテムを使おうとも、二度とこの世界に復活することは叶わない。レベル100の最高位プレイヤーを一撃で、文字通りこの世から『消去』する。この絶対的な一撃必殺性こそが、このアイテムの最大の脅威なのだ」
「メリットの第三は、『ギルド・ストレージの連動崩壊(財政破綻による即時陥落)』。ターゲットの抹消に成功した場合、相手ギルドの財政(ユグドラシル金貨)を最大40%まで自動的に強制逆両替・消失させる。お前たちが防衛指示所で検知した最初の『用途不明な0.3% 出金ログ』……あれは、シクススの役職に応じた出金に過ぎなかったのだよ。
もしあのまま私への直撃が成功していれば、ナザリックは防衛戦を戦うことすらできずに、一瞬で財政破綻による機能停止――すなわち、即時陥落へと追い込まれていた。……お前が金貨の消費異常に恐怖した本能は、システム的に極めて正しかったのだ、デミウルゴス」
守護者たちが戦慄のあまり床に額を擦りつける中、アインズはふっと声を切り替え、冷酷な魔王の笑みをその唇に浮かべた。
「――だが、恐れることはない。なぜならこのアイテムには、ユグドラシルの開発者どもの悪意が詰まった、あまりにも致命的な『3つのデメリット(欠陥)』が同時に存在するからだ。これこそが、敵の完全なる大赤字と自滅を招いた大要因なのだよ」
アインズは再び、指を一本立ててみせた。
「デメリットの第一は、『発動トリガーの劣悪なランダム性と、因果の誤認による上書き仕様』だ。
このアイテムは、標的に因果の糸を手繰り寄せる際、もしその極近距離に『別のシステム構成員(NPC)』が割り込むと、アイテムの判定式が【割り込んだ個体を主因果(ターゲット)】として誤認(上書き)してしまう。さらに、このアイテムは【相手プレイヤーのみを完全消失(デリート)させられる】仕様であり、ギルドに所属する【NPCに対してはシステム上の制約により消失を発生させられず、致命的な負傷を与えるのみ】に留まる。
またこのアイテムは【使用者(生贄)のレベル=同レベルまでの相手プレイヤーデータ完全消失(不可逆的消滅)】であるため、敵は【レベル100のプレイヤー】を生贄に捧げ、『レベル100のアインズ』を狙って因果を繋いだが、レベル1のシクススが身を挺して割り込んだ瞬間にターゲットが彼女に上書きされた。その結果、プレイヤーを消失させるという主効果が強制的にロックされ、ただの物理的な致命傷を与える攻撃へと劣化してしまった。レベル1の器を壊すためだけに世界のルールをへし折った結果、嵐のエネルギーはシクススを負傷させただけで完全に底を突き、不発に終わったのだよ」
守護者たちがハッと顔を上げる。
アインズは続けて二本目の指を立てた。
「デメリットの第二は、『送り込まれる襲撃者(アサシン)へのあまりに重いペナルティ』だ。システムアリアドネを強引にへし折り、本来転位不可能な領域へと滑り込む代償として、送り込まれる襲撃者自身にも強制的な因果の摩耗――すなわち【最大レベルの約2割(20レベル分)のレベルダウン】が強制執行される。
敵組織が送り込んできた襲撃者は、元々はレベル100の最高位プレイヤーだった。しかし、このアイテムの効果で私の私室へと引きずり込まれた瞬間、因果の等価交換として20レベルを強制的に剥ぎ取られ、『レベル80』へと弱体化していたのだよ。コキュートスが第十階層の廊下での戦闘中、『多く見積もっても85レベル程度、手応えが妙に軽い』と違和感を覚えたのも当然だ。ただでさえステータスが劇的に減少し、初撃の威力が減衰していたところへシクススが乱入したのだ。敵の破滅は必然だったと言える」
アインズは最後に、三本目の指を立てた。
「そしてデメリットの第三は、『費用対効果(コストパフォーマンス)が最低最悪であり、完全な一発ネタ(産廃)』という点だ。
敵は因果の引き金として【レベル100の最高位プレイヤー1名を永久消滅(ロスト)】させ、実行犯として【レベル100のエースプレイヤー1名をレベル80へとデバフ】するという、ギルドの総力を挙げた狂気のコストを支払っている。それほどの絶対の代償を支払っておきながら、シクススというノイズを拾ったことで戦果がすべてロックされ、得られた結果が『一般メイドへの負傷(のちに最高位魔法で完全蘇生)』と『金貨計0.3%の減少』。これほど間抜けな投資があるか?
お前が構築した【強固な経済循環システム(異次元両替機サイクル)】があれば、この程度の金貨損失などただの内政イベントに過ぎん。一度データが割れて対策が確立された以上、次に同じ特攻を仕掛けてこようが、我がナザリックにとっては『ただの内政効率化の機会』に過ぎん。命をドブに捨てるのは、向こう側だけだ」
守護者たちが感嘆の声を漏らす中、アインズはさらにホログラムのログを切り替え、冷徹に微笑んだ。
「――では、この会議の場で、これより『バタフライ・エフェクト』に対する【完全な対抗策】を提示する」
アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三人が、主の次なる神算を聴き逃すまいと、身を乗り出すようにして平伏した。
「パンドラズ・アクターの詳細解析ログを読み解けば明白だが、このアイテムの転移アルゴリズムは、あくまで『アインズ・ウール・ゴウンの私室』という固定されたシステム領域(空間オブジェクト)への侵入が可能なのであり、この私個人のバイタルをシステムが自動追尾して侵入したわけではないのだよ。つまり、私がどこに移動しようとも、私の肉体に座標が追尾して敵が湧くわけではない」
「……! つまり、システム名義上のハッキングに過ぎない、と!?」
パンドラズ・アクターがその虚無の顔を輝かせる。
「その通りだ。ならば、対抗策は極めてシンプルだ。これより、ナザリックのシステム名義上のみ『アインズの私室』として登録された、ダミーの私室を新たにダミー階層に作成する。私が普段使用する本物の私室の登記は別の名義に書き換え、敵のアイテムが因果の糸を手繰り寄せる先を、すべてその偽のダミー部屋へと強制的に誘導するのだ」
アインズは骨の指先で、ホログラムのシミュレーション画面を叩いた。
「そして、そのダミー私室の空間内には、あらかじめ『ガス状のNPC(スライムや精霊系の不定形モンスター等)』を隙間なく100%充満させておく。
このアイテムの致命的な欠陥は、極近距離に別のNPCが割り込むだけでターゲットが誤認上書きされ、プレイヤー消滅効果が即座にロックされる点にあったな?
名義を騙された敵の襲撃者がダミー私室へ転位してきた瞬間、彼は部屋に満ちた不可視のガス状NPCの肉体のド真ん中へと実体化する。すなわち、侵入したと同時に、何のアクションを起こす間もなく自動的に『ガス状NPCへの初撃(接触判定)』が強制的に叩き込まれる仕様なのだ」
「な、何という……なんという恐るべき逆算……!!」
デミウルゴスが、その圧倒的な神算の前に震え声をあげた。
「ターゲットがガス状NPCに強制上書きされた瞬間、敵の世界級アイテムの主効果はロックされてただの物理負傷に劣化し、レベル100の生贄は無駄死にに終わる。さらに、転移のペナルティでレベル80へと弱体化した襲撃者は、部屋を充満するガス状NPCの中に囚われ、身動きが取れぬまま窒息、あるいはコキュートスらの手によって瞬時に各個撃破されるだけの、完璧な『ネズミ捕り(デス・トラップ)』が完成するというわけだ」
アインズがそこまで語り終えた時、会議室の中は、もはや信仰という言葉すら生ぬるい、狂気的なまでの熱狂に包まれた。
「フ……フフフ、フハハハハハハハ……!!」
デミウルゴスが狂おしいほどの歓喜と崇拝の笑声をあげる。
「やはり……やはりアインズ様は、アイテムの隠された仕様、ペナルティ、そしてシステムアリアドネの名義の盲点まで、すべてを最初から見抜け、完璧なトラップへと昇華された! 敵が命を賭した世界級アイテムの絶対の刃すら、アインズ様の圧倒的なゲームマスターとしての知識の前には、ただの『自滅を誘発するオモチャ』に過ぎなかったというわけですか……! なんという神域の知謀……! このデミウルゴス、あなたの深淵の前に、ただただひれ伏すしかありません!」
アルベドもまた、うっとりとした瞳でアインズを見つめ、その豊かな胸を激しく上下させている。
「素晴らしいですわ、アインズ様……! 敵の絶望の代償すら、ナザリックの更なる成長の糧にしてしまわれるなんて……!」
(……いや、仕様を思い出したから解説しただけなんだけどなぁぁぁ! ユグドラシルの運営、本当にこういう『代償の割に糞弱い初見殺しアイテム』作るの好きだったからさぁ! 攻略ウィキで散々『産廃アイテム』って叩かれてたやつだよこれ!!)
鈴木悟は、内心でそんなツッコミを入れながらも、コホンと一つ咳払いをし、どこまでも偉大な絶対者の表情で頷いてみせるのだった。
「うむ。理解してくれたならば良い。デミウルゴス、この『バタフライ・エフェクト』の残骸は、二度と因果が繋がらぬよう宝物庫の最奥へ封印せよ。……さあ、害虫駆除の続きを始めようか」
「御意に、アインズ様!!」
世界級アイテムの全貌を完全に見抜き、敵の決死の特攻すら「ただの費用対効果の悪い無駄死に」と切り捨てたナザリック地下大墳墓。絶対の財政と知識の無敵さを証明した魔王の報復は、今度こそ世界を絶望の嵐へと叩き落とすために加速していくのだった。