ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
◇ 4年間の内政期間中に繰り広げられた泥沼の嫁論争
アインズが元の姿へと戻り、デミウルゴスの指揮による驚異的な金貨補填計画が進む裏で、ナザリックにはもう一つの凄惨な戦場が出現していた。
「――いいですか、シクスス。勘違いしないでちょうだいね」
会議室の長机の上。扇子をパチリと鳴らし、不機嫌さを隠そうともせずにシクススを見下ろしたのは、シャルティアだった。
「あら、シャルティア。ご自分こそ、アインズ様の『人間の姿』をまともに直視すらできなかったくせに、よくそんな大きな口が叩けますわね」
背後から現れたのは、守護者統括アルベドだった。アルベドはシクススの隣へ歩み寄ると、その肩を絶対に逃がさないという強い意思を込めて抱き寄せた。
「シクスス。私はあなたを高く評価していますわ。何せ、私を差し置いてアインズ様を最初にお護りしたのですもの。ですから、あなたには私の『妹分』として、私の下に就いてもらいます。当然、私が【第一夫人】となった暁には、あなたを【第三夫人】として可愛がって差し上げますわ。……ね?」
二人のレベル100NPCによる、地獄のようなマウンティングの応酬が始まった。シクススは毎日、この二人の巨大な欲望の板挟みに遭い、「あの、私はただのメイドですので、これまで通りアインズ様のお世話を……」と言いかけるたびに、「黙っていなさい、シクスス!」「あなたはこちらの味方でありんす!」と両側から引っ張られ、涙目でナザリックの天井を見上げる日々を送る羽目になった。
◇ シクススとアインズ様との初夜
そして4年が経ち、金貨の補填が完全に完了した。ナザリック地下大墳墓は、かつてない奇妙な緊張感に包まれた「その日」を迎えていた。
「アインズ様……! 本当に、本当に人間に戻られるのですか……!」
アインズの私室の前で、デミウルゴスはかつてないほど悲痛な、あるいは頑なな表情で主の前に跪いていた。
「シクススが命を賭してナザリックの崩壊を防いだあの日、お父様は彼女を『第三夫人』に任命すると全軍に宣言されました。形式に則った『初夜の儀』を執り行うことこそが、ナザリックの法の威信を保ち、彼女の忠義に報いる唯一の道なのです」
パンドラズ・アクターが極めて理路整然としたトーンで口を開いた。
「うむ。デミウルゴス、パンドラズ・アクターの言う通りだ。シクススの忠義に対し、私は至高の主として、男として、誠意を以て応えねばならん」
デミウルゴスは悔しげに歯噛みしながらも、主の揺るぎない「覚悟」の前に、ついに深く頭を垂れた。
二人の守護者が退室し、私室の重厚な扉が閉まる。部屋の奥には、婚礼用の白いメイド服を纏ったシクススが待っていた。
アインズは静かにため息をつくと、4年前のあの琥珀色のオーブ――『生者の檻(ケージ・オブ・ライフ』を再び発動させた。眩い光と共に、絶対の死の王の姿が消え、温かい肌と黒髪を持つ、人間の青年『鈴木悟』の肉体がそこに現れる。精神強制静謐が消え、ダイレクトな緊張と、目の前のシクススの圧倒的な可憐さに、鈴木悟の心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。
「し、シクスス……。待たせたな」
「あ、アインズ様……はい……っ」
こうして、ナザリックの歴史に永遠に刻まれる、至高の主と第三夫人との「初夜」の幕が静かに上がった。
◇ 翌朝・大墳墓全域の激震
翌朝、夜明けと共にナザリック全域のコンソール、およびすべての階層守護者・上位NPCの精神伝達(メッセージ)システムに、自動的な『全軍通知』が強制展開された。皇室の役職確定に伴う、システムからの冷徹な定期発報である。
『――全軍通知。シクススの【第三夫人】としての役職登記がシステム上、完全確定いたしました。これに伴い、ナザリック公式の婚姻関係が締結されたことを――』
その無機質な通知画面がポップアップした瞬間、ナザリック全域に凄まじい衝撃が走った。
守護者たち、あるいはすべてのNPCの脳裏に、全く同じ驚愕の事実が浮かび上がったからである。
(((((ア、アインズ様が……ヤッたんかーーーーっ!!!)))))
シクススを第三夫人に迎えたということはすなわち初夜を迎えたということ。固定されたシステムが事実を証明している。至高の存在であらせられるアインズ様が、ついに大人の階段を登られたという事実が全軍に完全にバレたことを意味していた。
◇ プレアデス待機室での嵐
そんな大激震が走った、まさにその朝。いつもであれば整然とした静寂が保たれている戦闘メイド「プレアデス」の待機室は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「あ、シクススが戻ってきたっすよ!」
最初に見つけたエントマが触角をピクリと動かした瞬間、扉を開けて入ってきたシクススは、いつもの一般メイド服を纏っていたが、その顔は頭のてっぺんから火が出そうなほど真っ赤に染まっていた。
「シクスス……! お疲れ様」
ユリが眼鏡の奥の瞳を好奇心に満ちた光で潤わせながら歩み寄る。
「シクススちゃん、おめでとーごんす!!」
ルプスレギナがニヤニヤとした笑みを浮かべ、シクススの肩を揺さぶった。
「ねぇねぇ、それでどうだったのさぁ? アインズ様、人間に戻られたんでしょ? どんなお声だった? どんな風に優しくされたのさぁ、詳しく聞かせてよんす!」
「……私、興味があります。至高の御方が出された“結果”のディテールとは、どのようなものだったのですか?」
ナーベラルが割って入り、シズは「アインズ様がどんな言葉を掛けられたのかが気になります」とスカートの裾を引っ張る。ソリュシャンもまた「戦闘レベル1なのに、朝までよく肉体が無事だったわね」と、羨望の視線を向けた。
次々と浴びせられる、姉妹たちからの容赦のない直接的な質問攻め。シクススは恥ずかしさに耐えかねるように、ぎゅっと目を瞑ると、自身の左手をチラッと姉妹たちの前に差し出した。
その細い薬指には、眩い光を放つユグドラシル製の『結婚指輪』が、美しく嵌められていた。
「――っ!?」
それを見た瞬間、プレアデスの動きがピタリと止まった。
「うぁおぁおおおおぅ!!!」
ルプスレギナが素っ頓狂な悲鳴をあげた。ユリは驚きのあまり眼鏡をずらし、ソリュシャンはうっとりと息を呑み、シズは目を丸くした。待機室は一瞬にして歓声と祝福の嵐に包まれた。
「う、わぁぁぁぁ!!」
叫ぶ姉妹たちをその場に置き去りにし、シクススはこれ以上の羞恥は限界と察して、真っ赤な顔のまま
「あ、あの! 私はこれから、アインズ様のお朝食と定時執務のお当番がありますので、失礼しますっ!!」と言い残しながら脱兎のごとく待機室を飛び出す。
背後から響くからかいの声を背中に浴びながら、シクススは左手の薬指の温もりを愛おしそうに胸に抱き、大好きな主が人間の姿で待つ当番室へと駆けていくのだった。