ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
シクススがパタパタと滑り込むようにして当番室(執務室奥)の扉を閉めた時、そこにはまだ人間の姿のまま、照れ隠しに慌てて手元にあったらスプーンを思わずスプーン曲げのように撫で回すアインズ――鈴木悟の姿があった。
アインズは朝になってもオーバーロードの姿に戻るのではなく、しばらく人間の姿のままで過ごすことを決めていた。せっかく人間の肉体に戻ったのだから、たまには料理長が腕によりをかけた美味しい食事を、味覚と満腹感を噛み締めながら食べられるようにという、ささやかな贅沢のためだった。
「あ、アインズ様……! 遅くなりました……!」
「う、ぐ、うむ。シクススか。気にするな、時間はまだ……十分にある」
贅沢な朝食が並ぶテーブルの前に座るアインズの声は、完全に泳いでいた。骨の姿なら隠せていた動揺が、人間の肉体であるがゆえに顔の赤みとなって完全に剥き出しになっていた。
(き、来たぁぁぁーーーっ! シクススが来ちゃったよ!! っていうか、今朝の全軍通知のせいで、俺がシクススとそういうことをしたって守護者全員に筒抜けになってるんじゃ……!! うわあああ恥ずかしすぎる!! 「アインズ様ヤッたんか!」って絶対にみんなにバレてるよこれ!!)
人間の身体は、恥ずかしさのあまり心臓が破裂しそうなほどバクバクと脈打っている。
「あの、アインズ様……お朝食の準備を……」
シクススが恐る恐る顔を上げる。その拍子に、彼女の左手薬指の『結婚指輪』がキラリと眩しく輝いた。
(うわあああ! 指輪! ちゃんと嵌めてくれてる! っていうか、俺が昨夜人間の手で薬指に嵌めたやつだこれー!!)
あまりの初々しさに、人間のアインズの手が激しく泳ぐ。彼は慌ててスプーンを置き、何でもない風を装って声を絞り出した。
「あ、ああ……朝食か。うむ、頼む。……その、シクスス。昨夜は……いや、その。加減が分からず、手荒な真似をしてしまっていなかっただろうか、と。何しろ私は、その、こういう経験が、だな……」
鈴木悟、三十代独身元サラリーマンの限界である。言葉の端々から童賃特有のオロオロとした優しさが隠しきれていなかった。
それを聞いたシクススは、顔を真っ赤にしながらも、アインズが自分と同じように――いや、自分以上に恥ずかしがり、そして自分の身体を本気で案じてくれていることに気づいた。
「アインズ様……」
シクススの胸の奥に、愛おしさと幸福感がじわりと広がっていく。世界で一番甘い微笑みが彼女の唇にこぼれた。
「そんなこと、ありません。アインズ様は……とっても、お優しかったです。私、世界で一番……幸せな第三夫人です」
シクススはそう言うと、そっと自分の左手を胸元に当て、指輪をアインズに見せるように微笑んだ。
「そ、そうか……! ならば、良いのだ! うむ! では、料理長の朝食をいただくとするか!」
アインズはこれ以上の対面に耐えかねたように、真っ赤になった顔を隠すため、慌てて先ほど置いたスプーンを再度手に取りスープを口にかき込んだ。人間に戻ったことで感じる、温かいスープの驚くほどの美味しさと、目の前の愛らしい妻の存在。
「はい! お召し上がりください、アインズ様!」
まだほんのりと頬を桜色に染めたシクススは、弾むような声で一礼すると、幸せに満ちた笑顔でアインズの給仕を始める。
――その直後。
「「「「アインズ様ぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!(ヤッたんですね!?)」」」」
という、全軍通知を受けて完全に理性を失い、当番室の頑強な扉を物理的に破壊せよと言わんばかりに押し寄せてきたアルベド、シャルティア、あるいは別の意味で大興奮した守護者たちの地鳴りのような足音が、廊下の向こうから盛大に響いてくるのを、二人はまだ知る由もなかった。