ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
ラナーはその神域の頭脳をフル稼働させ、王国内の物流、貴族たちの心理、帝国の動向までを蜘蛛の巣のように緻密に編み上げていた。
王国が内側から腐り落ち、すべての富と資源が自動的にナザリックの両替機へと吸い込まれる永久機関。その計画はまさに完璧に機能し、課題完了の直前まで迫っていた。
あと一歩で、愛しいクライムと共にナザリック地下大墳墓への永久の居住権(籍)を手に入れられる。ラナーの胸は、歪んだ歓喜と達成感で満たされようとしていた。
――しかし、どれほど神懸かり的な天才であっても、「底抜けの無能」が引き起こす予測不能な暴挙だけは、計算式に組み込むことができなかった。
バァン!! と音を立てて書庫の隠し扉が開く。そこに立っていたのは、デミウルゴスの直属の部下である魔物の伝令だった。その異形の顔は、怒りと困惑で歪みきっている。
「デミウルゴス様! 大至急の緊急事態にございます!! ラナー王女が構築した、我がナザリックへの『聖王国からの隠密物資輸送ライン』が……たった今、王国の無能貴族、モチャラスによる襲撃によって、物理的に強奪・破壊されました!!」
「「――は?」」
デミウルゴスとラナーの、世界最高峰の二大頭脳の思考が、同時に完全に停止した。
「モチャラス……? 誰よ、そのゴミクズは……」
ラナーの完璧な美貌が、生まれて初めて「理解不能」という恐怖でピキピキとひび割れた。彼女の脳内ログを検索しても、そんな名前の男は王国の最底辺に位置する、ただの認知する価値もない阿呆としてしか記録されていない。
「奴の領地は深刻な飢饉に見舞われていたようでございます! モチャラスは困窮する領民のため、少しでも金を毟り取ろうと、国法を無視して勝手に制定した『通行税』を不法に徴収しようと、我がナザリックの輸送隊に接触した模様にございます!」
「勝手な通行税……。ただの野盗と変わらないではない。なぜそれでラインが崩壊するのよ」
「それが……! 接触したモチャラスが輸送隊の荷物を確認したところ、そこには明らかに一般の商人が運ぶはずのない、あまりにも高価なマジックアイテムや希少資源が大量に積まれていたのです! 欲に目が眩んだモチャラスは、これを怪しみ、『臨検・検査』という名目で物資を根こそぎ徴収しようと、私兵を動かして強引に荷車を差し押さえにかかりました!!」
伝令の顔から血の気が引いていく。
「な、ナザリックの輸送隊なら、そんな不敬な羽虫ども、一瞬で消し飛ばせたでしょう! なぜ抗戦しなかったの!」
ラナーが激昂して机を叩く。しかし、伝令は首を横に振った。
「ラナー王女、あなたの計画はあくまで『秘密裏』に進めることが絶対条件だったはずです! ここでナザリックの圧倒的な武力を用いて王国の貴族を皆殺しにすれば、周辺諸国にナザリックの関与が大ごとに知れ渡ってしまう……! 窮した輸送隊は、大ごとにできぬと判断し、泣く泣く物資を置いたままその場から撤退せざるを得なかったのです!!」
「……まだ、それだけならば物資を奪い返す手段もあったわ。何がそんなに緊急事態なの?」
ラナーの冷徹な問いに、伝令の魔物は額の汗を拭いながらさらに最悪な続報を口にした。
「その、モチャラスの奴め……徴収した資源を勝手に売り払い、得た大金で派手な豪遊を開始したのです! 突如として身の丈に合わない財力を得たモチャラスの姿を見て、周りの貴族たちがあまりの不自然さに、その資産の出どころを激しく怪しみ始めています。……このまま奴の放蕩を放置すれば、我がナザリックが秘密裏に進めていた作戦が白日の下にバレるのも時間の問題であることが判明いたしました!!」
「終わり、です……。ラナー王女、ラインの永続補填効率がマイナスへ転じた以上、あなた方の金額補填は……不可能です」
デミウルゴスの絶望の宣告が響きラナーが「そんな虫ケラ一匹のせいで……!」と床に膝をつき、顔を悍ましく歪めて絶望に身を震わせた、まさにその瞬間だった。
ジジ……と、薄暗い書庫の空間に圧倒的な魔力の歪みが発生した。
「――そこまでにせよ、デミウルゴス」
背後から響いたのは、重厚で、すべてを包み込むような絶対者の声。空間を引き裂いて現れたのは、元の圧倒的な威厳を纏った「死の支配者(オーバーロード)」の姿へと戻ったアインズ・ウール・ゴウンだった。その傍らには、主の盾として付き従う第三夫人・シクススの姿もある。
(いやー、当番室の朝食会がアルベドとシャルティアのせいで修羅場すぎてさ、逃げる口実を探してたらデミウルゴスの緊急回線から『モチャラスがどうのこうの』ってログが聞こえたから、慌てて『上位転移』で飛び込んできちゃったよ!)
アインズ――鈴木悟は、内心で冷や汗を流しながらも、偉大なる魔王の笑みを浮かべて顎を引いた。
「デミウルゴスよ。モチャラスという男の暴挙、私もしかとコンソールで確認させてもらった。……そしてラナー王女、お前の構築した計画の美しさもな。デミウルゴス、お前はそやつの行動に知性がないゆえに計算が狂ったと言ったが、それは違う。ユグドラシル時代にもいたのだよ……。どれほど緻密なギルド防衛線を敷こうとも、こちらの予測を遥かに超えた『何も考えていない初心者(NOOB)』の突撃によって、一瞬で陣形が崩壊することがな。……つまり、これは想定内のイレギュラーだ」
「な、何と……! アインズ様は、その白痴の暴挙すら『想定内』だと仰るのですか……!」
デミウルゴスが感動に身体を震わせる。
「うむ。そして、周りの貴族たちにナザリックの関与がバレるという懸念だが……それについても、絶対にバレない『奇策』が私にはある」
アインズは傲然と胸を張り、誰も思いつかないであろう完璧な解決策を提示した。
「デミウルゴス、ラナー。貴族たちが怪しんでいるのは『モチャラスが突如として莫大な資産を得た出どころ』だな?
ならば、【モチャラスが王国内の莫大な裏金を洗浄するための『ダミーのマネーロンダリング窓口(架空の投資話)』として騙され、騙し取った詐欺の金で豪遊している】という偽の因果(ストーリー)を、ナザリックの偽装ログを以て周囲の貴族たちへ流すのだ」
アインズは骨の指先をパチリと鳴らした。
「周囲の貴族からすれば、モチャラスがどこぞの怪しい大金持ちや外国の組織と繋がっていると思うからナザリック(外部)を警戒する。
しかし、システム上に『モチャラスが王族派(あるいは貴族派の政敵)のマネーロンダリング窓口係として働く傍ら、プールした金で隠れて贅沢をしているだけ』という、完全に『王国内の醜い身内の内輪揉め』の証拠(偽造帳簿)をいくつか彼らの目につく場所に落としておけばどうなる?」
ラナーの瞳が、ハッと輝いた。
「……貴族たちは、ナザリックという未知の脅威を怪しむのを完全にやめ、『モチャラスが自分たちの派閥(あるいは敵対派閥)の裏金を盗んで使い込んでいる!』と勝手に誤認して、身内同士で勝手に激昂し始めますわ……!」
「その通りだ。外部の陰謀という本質から彼らの目を完全に逸らし、王国内の醜い利権争いへとヘイトをすり替える。これならば、どれほどモチャラスが豪遊しようとも、ナザリックの秘密裏の作戦がバレることは万に一つもない。むしろ、その偽の裏金疑惑を起点として、奴らを内部からさらに効率よく自滅(内戦)へと誘導できるはずだ」
「な、何という……なんという恐るべき神算……!!」
デミウルゴスが、その圧倒的な逆転の発想の前に震え声をあげた。
(いや、昔テレビのニュースで見た『裏金がバレた政治家が身内に罪をなすりつけ合って自滅した事件』をそのまま流用しただけなんだけどね!? 人間、身内の金の出どころが一番気になる生き物だからさ!)
アインズは一歩前へ出ると、床に転がっていたラナーの『王国奴隷農場化計画』の羊皮紙を骨の手で拾い上げた。
「ラナー王女よ。お前の知能と、ナザリックへすべてを捧げようとした忠義は本物だ。モチャラスの不条理な割り込みという『バグ』のせいで、お前がデミウルゴスから課された金額(ノルマ)に届かなかったのは事実。……だが、足りない分は、この私が個人的に補填してやろう。不足している金額は、我が私産(鈴木悟のへそくり金貨)から直接引き落とし、システム上の処理はすべて完了させた」
アインズのコンソールがピピッと鳴り、ラナーとクライムの二名分の【ナザリック永久居住権】のステータスが緑色の「承認(COMPLETED)」へと書き換わった。
「あ、アインズ様……! ああ、ありがとうございます……!!」
ラナーは神に祈るように両手を合わせ、至高の主の足元へ狂気的なまでの崇拝を捧げて平伏した。
「ナザリックの法において、功績ある者への褒美は絶対だ。お前はナザリックのために国を売った。ならば私はそれ以上の誠意を以て応えねばならん。シクスス、ラナーを第九階層の客室へ案内してやれ」
「御意に、アインズ様」
第三夫人となったシクススが、誇らしげに薬指の結婚指輪を輝かせながら、ラナーを優しく抱き起こした。
「デミウルゴスよ。モチャラスの件はもうよい。計画の瓦解による金貨の損失は、すべて私が『異次元両替機』のバフサイクルで相殺する。……それよりも、すぐに玉座の間へ戻り、次の内政会議(アルベドたちの足止め)の準備を始めるぞ」
「ハッ! アインズ様の底知れぬ慈悲と、周囲の目を欺く驚異の奇策。このデミウルゴス、生涯を賭しても追いつけぬ神域の御力、感服いたしました!! 直ちに会議の招集を!」
デミウルゴスが狂おしいほどの崇拝の笑みを浮かべて転移していく。アインズは心の中で(よし、これでアルベドたちとの修羅場朝食会を『仕事だから』って理由で堂々とブッチできるぞ!)とガッツポーズを決め、元のオーバーロードの姿のまま、悠然とナザリックへと帰還するのだった