ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
◇ポーション研究所
「おい! そこのボロ雑巾! 手を休めるな! 次の樽が届いたぞ!」
ゴブリン兵の怒号が響き渡る中、かつて王国の第一王子であったバルブロは、泥と汗にまみれながら必死に木箱を担ぎ上げていた。
カルネ村の境界で乞食同然の姿で倒れていた彼は、村長であるエンリ・エモットの情けによって一命を取り留めた。しかし、身元不明の浮浪者として村に置くわけにはいかない。彼に与えられたのは、村の貴重な産業であるバレアレ家の薬草加工場の一角にある薬草倉庫での、過酷な荷物運びの雑用係という仕事だった。
「ひぃ、ひぃ……! わ、私は……王国の、第一……」
「あ? なんか言ったか? ほら、さっさとバレアレ家の薬草が詰まった瓶の箱を倉庫へ運べ! 傷一つでもつけたら、お前の一カ月分の飯抜きだからな!」
ゴブリン兵に背中を小突かれ、バルブロは悲鳴を上げながら膝を震わせた。箱の中に入っているのは、天才薬師ンフィーレア・バレアレが調合した、ナザリックへ納品するための最高級の『紫の薬草(パープル・ポーションの原料)』が詰まったガラス瓶の数々。かつて自分が「差し押さえる」と脅迫した、まさにその薬草だった。
(なぜだ……なぜ私が、ゴブリンごときに顎で使われ、こんな草の入った瓶を運ばねばならんのだ……!)
プライドがズタズタに引き裂かれながらも、今の彼には逆らう力など微塵も残っていなかった。数日間の放浪で骨と皮ばかりになった肉体は、一日一杯の麦粥と引き換えに、朝から晩までひたすら薬草の瓶が詰まった重い木箱を運ぶだけの奴隷人形へと成り下がっていた。
「はぁ、はぁ……、くそっ、重い……! なぜ私がこんな硝子の瓶などを……!」
かつて王国の最高位にいたバルブロは、今や見る影もない煤汚れた麻の服を纏い、ンフィーレア・バレアレが調合した薬草が詰まった瓶の木箱を、震える足で運んでいた。そこへ、加工場の戸を叩いて一人の女性客が訪れた。かつて赤のポーションを巡る因縁でアインズ(モモン)に命を救われ、現在はカルネ村に移住して暮らしている元冒険者、ブリタであった。
「ンフィーレア、頼まれてた発注分の薬草、持ってき……。あら?」
ブリタは、木箱を抱えたまま床に膝をつき、情けなく喘いでいるバルブロの姿へ視線を留めた。その、無駄にガタイだけは良いものの、加工場の狭い通路で硝子瓶を恐る恐る運ぶにはあまりにも不器用で、いかにも畑違いといった様子の背格好を、ブリタは元冒険者としての鋭い目で品定めするように見つめた。
「ちょっと、そこのあんた。……ンフィーレアのところで荷物運びなんてやってるみたいだけど、あんたのそのガタイと背格好であれば、こんな繊細な硝子瓶を運ぶより、自警団のほうが向いてるんじゃないのかい?」
「え……? じ、自警団……?」
バルブロが泥にまみれた顔を上げ、ただ呆然と呟く。
「そうさ。村の自警団だよ。今、カルネ村はゴブリンたちと人間が一緒になって防衛を強化してる最中だからね。あんたみたいな図体のデカい男が燻ってるくらいなら、槍でも握って村の柵の周りを見回った方が、よっぽど飯の種になるし、村のためにもなる。……まあ、自警団の訓練は、ここの荷物運びなんて玩具に見えるくらい、とんでもなくシゴかれるだろうけどね」
ブリタは何気ない世間話のつもりで、元冒険者として戦闘職の適性をアドバイスしたに過ぎなかった。だが、その言葉は、連日の奴隷労働で精神の限界を迎えていた元王子の脳裏に、強烈な一筋の光を放った。
(自警団……! そうだ、武器を握る大義名分さえ手に入れば、この忌々しいゴブリンどもや、私をこんな目に遭わせ者たちへの復讐の機会が巡ってくるかもしれん! 泥水を啜り、草の瓶を運ぶだけの奴隷よりは、遥かにマシだ……!)
「……わ、分かった。私は……自警団への転職を決意する。そちらへ、志願させてくれ……っ!」
「へぇ、いい威勢だねぇ。じゃあ、エンリ村長に話を通しといてあげるよ」
ブリタはフッと笑うと、ンフィーレアの元へと歩いて行った。バルブロが、自らの復讐の第一歩として、喜々として地獄の自警団へと足を踏み込んだその瞬間だった。
◇自警団 訓練場
「ほら! 足が止まっているぞ、ボロ雑巾!! 槍を引くのが遅い!!」
ゴブリン兵の苛烈な怒号が響き渡る中、バルブロは泥にまみれ、何度も地面を転がりながら木槍を突き出していた。
ブリタの軽いアドバイスをきっかけに、自らの復讐の第一歩として自警団への転職を決意したバルブロだったが、そこに待っていたのは、薬草加工場での奴隷労働が可愛く思えるほどの、想像を絶するツライ鍛錬の日々だった。
カルネ村自警団の訓練メニューは、元冒険者のブリタやゴブリンの精鋭たち、そして影から糸を引くルプスレギナ・ベータによって、常軌を逸した高強度へと引き上げられていた。かつて王宮で「王子としての嗜み」程度にしか剣を握ってこなかったバルブロの軟弱な肉体は、初日から徹底的に破壊され、筋肉痛と疲労で悲鳴を上げた。
(死ぬ……! 本当に、死んでしまう……!!)
何度も心が折れかけ、かつての傲慢なプライドが泥に溶けて消えていった。しかし、生き残るため、そして一日三食の温かい飯を胃袋に叩き込むため、彼は必死に喰らいついた。来る日も来る日も、朝から晩まで、ゴブリンたちの圧倒的な武力に叩きのめされながら槍を振り、盾を構え、泥水を啜り続けた。
――死ぬほどの鍛錬が数ヶ月続いた、ある日のこと。
「――ふんっ!!」
鋭い呼気と共にバルブロが突き出した木槍が、風を切り、対峙したゴブリン兵の盾を正確に捉えて弾いた。その足捌き、重心の移動、配置、そして獲物を握る手の確かなタコ。かつての、ただ力任せに武器を振り回すだけだった素人の剣の腕が、血の滲むようなツライ鍛錬を経て、目に見えて少しはマシになっていた。
「へぇ……。大言壮語の割にすぐ根をあげるかと思ってたけど、随分と様になってきたじゃないかい」
訓練場の柵に寄りかかり、汗を拭うバルブロを見ていたブリタが、感心したようにフッと笑って彼を褒めた。
「最初の頃は木箱を落として泣いてた浮浪者だったのにね。今のあんたのその構え、そこらの新米冒険者よりもよっぽど筋が良いよ。よく頑張ったね」
「……っ」
元冒険者のブリタから真っ直ぐな言葉で褒められた瞬間、バルブロの胸に、生まれて初めて「自らの血と汗で何かを成し遂げた」という、奇妙な充実感が突き刺さった。復讐の炎を燃やしていたはずの男の瞳に、カルネ村の防衛を担う「一人の自警団員」としての泥臭いプライドが、微かに、しかし確かに宿り始めていた