ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡 作:バルカン39
◇ブリタの家
「……う、ぐ……」
眩い朝の光が顔を叩き、バルブロは重い瞼をゆっくりと開いた。全身を、まるで巨大な魔獣に踏み潰されたかのような凄絶な激痛と筋肉痛が襲う。
(私は……生きているのか? ……ここは、どこだ?)
見上げれば、王宮の豪華な天蓋ではなく、素朴な木の温もりが漂う見慣れない天井があった。バルブロが痛む身体を無理やり引き起こし、ベッドから起き上がろうとした、その時だった。
「ふぁ……、ん……。あ、起きたのかい、あんた……」
すぐ横から、眠気混じりの女性の声が聞こえた。バルブロが跳ね起きるようにして驚愕の視線を向けると、そこには、同じベッドのすぐ横で、シーツにくるまって眠そうに目を擦っているブリタの姿があった。
「ぶ、ブリタ!? なぜ貴様が私の横に……っ!?」
「な、何さ朝っぱらから大声を出しお呼び……。……ああ、どうやらブリタがベッドまで運び、手当てしてくれていたようだ、なんて顔をしてるね。その通りだよ」
ブリタは大きくあくびをすると、気怠げにベッドの上に座り直した。
「昨夜、あんたが煙幕の中で気絶したあとさ、ゴブリンの巡回が来るまで待てなくてね。あんたのその無駄にデカい図体を、元冒険者の私が死に物狂いでここまで担いで運んできたんだよ。体中の生傷を洗って、薬草を塗って手当てして……気づいたら、疲れて私もそのまま横で寝ちまってたのさ。変な勘違いはしないでよね」
「……貴様が、私を……」
バルブロは、己の血を流した身体と、目の前のぶっきらぼうだが確かな優しさを持つ女性を見つめた。かつて王宮にいた頃やエランテルで八本指に裏切られた時、彼が倒れたり襲われたりした時に周囲が見せたのは、ただの剥き出しの利権や嘘の見栄のためだけだった。だが、今の自分はただの無一文の浮浪者であり、自警団のしがない一兵卒に過ぎない。そんな自分のために、これほど泥臭く、命がけで手当てをしてくれた人間が、この世界にいたのだ。
「……すまない。……そして、ありがとう、ブリタ」
バルブロの唇から、かつての傲慢な王子からは絶対に有り得なかった、心からの「感謝の言葉」が静かに溢れ出た。
「ふん……。お礼を言うくらいには、そのひん曲がった根性もマシになったみたいだね。……っと、そうだ。これ、冷めないうちに食べなよ」
ブリタはフッと嬉しそうに笑うと、部屋の隅にある薪竈から、湯気が立ち上る土鍋を運んできた。彼女が木製のお椀によそって差し出したのは、ブリタが特別に肉入りスープを持ってきてくれたものだった。
「肉……? これを、私に……?」
「昨夜はあれだけ大立ち回りを演じたんだ。そんなボロボロの身体じゃ、村の防衛どころか自分の体重も支えられないだろ? あんたが頑張ったお祝いに、肉入りスープを持ってきてあげたのさ。冷めないうちに、さっさと胃袋に叩き込みな」
バルブロは震える手でお椀を受け取り、スープを口へと運んだ。彼がこれまで王子として食べてきたのは、宮廷の料理人が腕によりをかけた高級な料理の数々だった。
肉もホロホロとトロけ、噛めば口いっぱいに肉汁がたっぷりと溢れ出すような、見事なまでに大きな肉を当たり前のように食べてきたのだ。
だが、今、この素朴な木椀の中に入っているのは、お世辞にも上等とは言えない、硬くて筋だらけの、ちっぽけな小さな肉だった。しかし、バルブロの口内にその肉の塊が広がった瞬間、彼の全身を凄絶なまでの衝撃が駆け抜けた。
「……っ! 美味い……! 美味いな、ブリタ……っ!!」
宮廷の贅沢な食卓では一度として感じたことのない、生命そのものを震わせるような強烈な旨味。毎日毎日、ゴブリンどもに怒鳴られ、泥水を啜り、自らの血と汗で槍を振り続けたからこそ、このボロボロの肉体が本能から欲していた、本物の命の栄養。かつて食べていた高級肉などよりも、この硬い筋だらけの小さな肉のほうが、よっぽど美味いと、バルブロは心の底から深く感動していた。虚飾と嘘をすべて剥ぎ取られ、一人の戦士「バルブロ」として生きる幸福が、温かいスープの温もりと共に彼の五臓六腑へと染み渡っていった。
「へぇ、そりゃ良かった。お世辞でもそんなに美味そうに食べてくれりゃ、担いできた甲斐もあったってもんさ」
ブリタはそう言って快活に笑い、ベッドから立ち上がった。
◇ ブリタの家(数ヶ月後)
「……おい、バルブロ。いつまでそこで突っ立ってるんだい。自警団の夜間見回りはとっくに交代の時間だろ。さっさと中に入ってスープでも飲みなよ」
カルネ村に静かな夜が訪れる頃、ブリタの家の前で木槍を磨いていたバルブロは、扉を開けて顔を覗かせた彼女に呼ばれ、ふっと優しく目を細めた。
あの不審な男たちとの死闘から、さらに数ヶ月の時が流れていた。バルブロの肉体は過酷な訓練と毎日の自警活動によって完全に引き締まり、かつての贅沢でぶよぶよとしていた王子の面影はどこにもない。そこにあるのは、村を守る頑強な一人の男の身体だった。
バルブロはブリタに促されるまま室内に入り、温かい薪竈の近くの椅子に腰掛けた。
机の上に置かれたのは、あの朝と同じ、硬い筋だらけの小さな肉が入った素朴なスープ。しかし、今の二人にとって、それは何よりも愛おしい日常の象徴だった。
「……ブリタ。お前に、話さねばならないことがある」
スープの湯気を見つめながら、バルブロは意を決したように重厚な声を響かせた。宮廷でのおべっかや嘘にまみれた演説ではない。喉の奥から絞り出した、一人の不器用な男の本音だった。
「私はかつて、この村を蹂躙しようとした大罪人だ。身ぐるみを剥がされ、全てを奪われてこの村に流れ着いた時、私はただの生ける屍だった。……そんな私に、自警団という生きる場所を与え、そして何より、傷ついた私をベッドまで運び、命がけで手当てしてくれたのは、他ならぬお前だ」
バルブロは木椀を持つ手を止め、まっすぐにブリタの瞳を見つめた。
「私は王族の名を、リ・エスティーゼという過去のすべてをここに捨てる。お前がよければ……私を、お前の家族にしてくれないだろうか。これからは王国の第一王子としてではなく、お前を護る一人の男として、この村で生きていきたい」
「あんた……」
ブリタは驚きに目を丸くしたあと、あきれたように、しかしこれ以上ないほど愛おしそうにフッと笑った。
「本当に、最初の頃に比べたら見違えるほどいい男になったねぇ、バルブロ。……いいよ。元冒険者の私を地で支えてくれるガタイのいい男が欲しかったところさ。これからは私の夫として、死ぬ気で村を、そして私を護ってもらうからね」
その後、バルブロはブリタと正式に結婚した。
村長であるエンリや、ンフィーレア、そして村のゴブリンたちに温かく(ゴブリンたちからは背中を強烈に叩かれながら)祝福され、ささやかながらも温かい婚礼の宴が催された。
王族のという名を完全に捨て去り、ブリタの姓を名乗るようになったバルブロの薬指には、魔力バフなど一切ない、村の鍛冶屋が叩いた無骨な鉄の指輪が嵌められていた。
かつて彼が恋焦がれ、実の妹たちと醜く争い、無能な貴族たちと血を流し合った、あの冷たく高い「黄金の玉座」。
小さな村の1人の自警団員となった彼は、おべっかと嘘と見栄にまみれたあの玉座では決して得ることができなかった、ささやかで、しかし何よりも温かい「小さな幸せ」を、確かにその手につかんだのだった。
◇ 一方その頃・アインズの執務室
(ええええええええーーーっ!? バルブロとブリタが結婚したぁぁぁ!?)
人間の姿のまま定時執務に就いていたアインズ――鈴木悟は、カルネ村の人口動態・役職変更ログにポップアップした【バルブロ(一般自警団員・既婚)】のステータス書き換えを見て、内心で盛大に椅子から転げ落ちそうになっていた。
(嘘だろおい! あの傲慢不遜な第一王子が、カルネ村で泥にまみれて戦士に覚醒した挙句、元冒険者のブリタと結ばれて『小さな幸せを掴んだ』とかいう超感動人間ドラマを爆走してるんだけど!! 私がアルベドたちとの修羅場から逃げ回ってる裏で、なんであいつが先に人生の勝ち組になってるのさぁぁぁ!!)