ナザリック地下大墳墓の5日間戦争。 内政改革と、とあるメイドが掴んだ至高の奇跡   作:バルカン39

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第三話 狼煙を上げろ

「アインズ様ァァァーーーッ!!」

宝物庫の重厚な空間が、暴風のようなプレッシャーと共に引き裂かれた。

転移の光の中に現れたのは、狂乱という言葉すら生ぬるい絶望の表情を浮かべたアルベドとデミウルゴス、そして凄絶なまでの殺気をつなぎ止めるパンドラズ・アクターだった。

守護者たちの感知網は、至高の主の「負傷」と「血の匂い」を捉えていた。現場に踏み込んだ彼らの目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏し、脇腹から生々しい鮮血を流す黒髪の青年――しかし紛れもないアインズの魂を持つ存在――と、背中を深く貫かれピクリとも動かないメイドの姿だった。

「な、なんという……何ということだ……!!」

デミウルゴスの顔が恐怖と激怒で歪み、その眼鏡の奥の瞳が、見たこともないほど凶悪に理性的(ラショナル)な光を失って燃え上がった。

「アインズ様! アインズ様ぁぁぁッ!!」

アルベドは悲鳴を上げながら床に膝をつき、アインズの身体を抱き起こそうとして、その手にべっとりとついた「温かい人間の血」に硬直した。ナザリックの絶対者であり、傷一つ拠り所のないはずの主が、血を流し、苦痛に呼吸を乱している。その事実が、業務のために執務室に移動し「私室は安全だ」と油断していた彼女の精神を完全に崩壊寸前まで追い詰めた。

「ど、どこの馬の骨が……! 誰がアインズ様にああああぁぁぁーーーッ!!」

アルベドの背から生える漆黒の翼が逆立ち、部屋の壁が彼女の怒気だけでパキパキとひび割れていく。

その時、一歩遅れて二人の間に割り込んだのはパンドラズ・アクターだった。彼は軍帽の奥の虚無の顔でアインズの傷口と、その腕の中のメイドを瞬時に見極めた。

「アルベド! デミウルゴス! 激昂は後です! 今すぐお父様の……アインズ様の治療を! そしてシクススの蘇生を!!」

彼の鋭い一喝で、二人の守護者がハッと我に返る。

デミウルゴスは即座に懐から、ナザリックが保有する最高位の回復スクロールを取り出し、震える手で発動させた。

「『聖なる輝き(ホーリー・レイ)』! 『全治癒(ヒール)』!!」

眩い純白の光がアインズを包み込み、人間としての身体に刻まれた深い切り傷が急速に塞がっていく。激痛から解放され、アインズは大きく息を吸い込んだ。

「あ……アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター……すまん、私の不覚だ……。だが、私よりも、シクススを……!」

アインズはまだ血に染まった手を伸ばし、傍らで完全に心停止しているシクススを指差した。彼女の肌はすでに氷のように冷たくなっている。

「その者は、レベル1でありながら……私の盾となり、私を護って命を落とした。ナザリックの、我がアインズ・ウール・ゴウンの誇るべき忠臣だ。……これは勅命である。絶対に、消失させるな」

アインズのその重々しい言葉を聞いた瞬間、アルベド、パンドラズ・アクター、デミウルゴスの三人は、至高の主が意図した「真意」を瞬時に完璧に理解した。

(((――消失させるな、か。なるほど、そういうことですか))))

ユグドラシルのシステムにおいて、ナザリックの下僕は、死亡すると一定時間経過後にその死体が自動的に「消失」してしまうルールがある。さらに深刻なのは、通常の蘇生魔法(低位〜中位の魔法など)を使用した場合、蘇生時のペナルティとして「レベルダウン」が発生するという点だ。戦闘レベルがわずか「1」しか存在しないシクススに対して通常の蘇生魔法を行使すれば、肉体がレベルダウンの負荷に耐えきれず、その瞬間に「灰」と化して完全に消失を遂げてしまう。

レベル1の一般メイドに対して最高位の蘇生魔法の行使は費用対効果の面からあまり推奨される行為ではない。

つまり、アインズ様の御言葉は、「レベルダウンのペナルティが一切発生しない、最高位の蘇生魔法(あるいは金貨を消費するギルドシステムでの完全蘇生)を費用対効果度外視で今すぐ行使しろ。」という絶対の至高命令なのだと、彼らは看破したのである。

「御意に……。我が命に代えましても、この忠義の者を完全なる状態で呼び戻します」

デミウルゴスが禍々しい笑みを浮かべ、世界級アイテムすら揺るがすほどの、ペナルティなき最高位蘇生魔力を練り上げ始める。

「パンドラズ・アクター! アルベド! デミウルゴス!今後の指揮を任せる。ヤツを逃がすな」

アインズの声が、完全に治療された身体から響いた。

「ハッ!」

三人が同時に跪く。その中で、最も早く冷徹な合理性を取り戻したのは、創造主であるアインズの思考を誰よりも理解するパンドラズ・アクターだった。

「即座に戦時体制へ移行します。これより本一件の総指揮は私、パンドラズ・アクターが執らせていただきます! 異論はありませんね、アルベド、デミウルゴス!」

「……認めよう。アインズ様の安全と、不敬者の排斥のためだ」

「狂犬の制御は任せましたよ、総指揮官」

二人の守護者が同意した瞬間、ナザリック最高頭脳たちによる恐るべき意思決定が下された。

「デミウルゴス! あなたは即座に防衛指示所へ移動。ナザリック全域の捜索、および防衛指揮を! ネイルの一片、影の一つに至るまで、侵入者を逃すな!」

「御意。ネズミ一匹、大墳墓の外へは出さん」

デミウルゴスは即座に防衛指示所へと転移していった。

「アルベド! あなたはアインズ様の護衛を最優先に! 次は、、、次こそは!一歩も傍を離れるな!」

「言われずとも……! 我が命、我が肉体、そのすべてを賭してアインズ様をお護りする!」

アルベドは唇を噛み締めながらアインズの前に立ち、その豊かな肢体と漆黒の翼で主を覆い隠すように身構えた。

だが、パンドラズ・アクターの警戒は終わらない。私室という絶対安全であるはずの領域に現れた襲撃者だ。この宝物庫とて完全な密室とは言い切れない。

「アルベド、ここも安全ではない! 空間の隔離を!」

「ええ分かっているわ! 『ウォール・オブ・プロテクション(防御の壁)』! 『アンチ・テレポート・ゾーン(転移阻害結界)』! 『ディテクト・インビジブル(不可視看破)』!!」

複数の最高位防衛魔法が幾重にも詠唱され、宝物庫の空間そのものが完全に隔離された。

「アインズ様。私はアルベドと共に、ここであなたを護ります」

パンドラズ・アクターはアルベドの傍らにぴたりと寄り添い、その身を護る盾の一枚となった。

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