スキル『日本』。初期は『勤勉になるだけ』のゴミだったが、開花するにつれ、ゼロ戦、忍者、和食、台風……いくらなんでも強すぎて、みな頭を抱えてる‐センエース‐ 作:閃幽零
34話 ロスの怒り。
あの日、確かに、この手で殺したはずの兄が、そこに立っていた。
ただ、以前のゼイとは、どこか違った。
いつもの太い覇気が、ない。
頬はこけ、肌は青白く、立っているだけで、わずかに肩が揺れている。
そして、その目。
あの、能天気で無神経な目ではなかった。
冷たく、暗く、まっすぐに、ロスを射抜いている。
玉座から、震える声がした。
「ゼイ……おお……息子よ……」
皇帝が、玉座から身を乗り出していた。
その目から、涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちている。
ロスは、それを見て、奥歯をかみしめた。
自分のために、父が泣いたことなど、一度もない。
「感動の再会は、またあとでぇ」
ジョカが、ぱん、と手を叩いた。
「問題は、誰がゼイ様を殺したかぁ。さあ、ゼイ様ぁ……お教えくださぁい」
ゼイは、ロスから、目を離さなかった。
「愚弟《ぐてい》だ」
低く、かすれた声。
「……このバカが」
謁見の間が、凍りついた。
皇帝の涙が、止まる。
その顔が、ゆっくりと、ロスへと向けられた。
「……ロス……貴様が……」
皇帝の全身が、わなわなと震えていた。
ロスは、とっさに立ち上がった。
「へ、変装ですよ! あれは本当の兄上ではない! フーマルが、何かの目的で、兄上の姿を――」
皇帝は、聞いていなかった。
玉座から、ゆらりと立ち上がる。
右手を、ロスへと突き出す。
その手のひらに、青白い魔力が、渦を巻いて集まっていく。
「ロォス!! なぜ、ゼイを殺したぁ!」
皇帝の怒号が、謁見の間を揺らした。
今にも、龍のアギトを解き放ちそうな勢い。
「ゼイは、貴様のことも可愛がっていたではないか! 貴様の最大の味方といっても過言ではない! その兄を、貴様は……なぜだぁ!」
その言葉を聞いた瞬間。
ロスの中で、何かが、ぷつりと切れた。
可愛がっていた?
アホウのように頭をなで回され、敵国の王女の前で子供扱いされ、笑いものにされた。
それを可愛がると言うのか?
兄と比べられ、フーマルと比べられ、敵国の将と比べられ、
一度たりとも、この男から、認められたことなどなかった。
「ぐ……ぃい……」
ごまかす気など、もう、どこにもなかった。
そんな余裕が消し飛ぶほどの怒りが、腹の底から、せり上がってくる。
「……ふざけんな……」
ロスは、皇帝をにらみつけたまま、一歩、後ずさった。
そして、背を向けて、走り出す。
「逃がさんぞ、ロス!!」
皇帝の手から、青白い龍が、放たれようとした――その時、
「まぁまぁ」
のんびりとした声とともに、
ジョカが、皇帝の手首を、そっとつかんでいた。
いつの間に、そこへ移動したのか、誰にもわからなかった。
青白い龍は、放たれる寸前で、ふっと霧のように消える。
ロスは、振り返らなかった。
謁見の間の扉を押し開け、暗い回廊へと、転がるように駆け出していく。
皇帝は、
「離せ!」
ジョカの手を振り払おうとした。
動かない。
細い指が、軽く添えられているだけのはずなのに、手首が、岩に埋め込まれたように、びくともしない。
「これは余の家の問題だ! フーマルの口出しは無用! 離せと言っている!」
叫んだ、その瞬間。
ジョカの顔から、笑みが消えた。
「今、わちに命令しましたぁ?」
声は、変わらず甘ったるい。
だが、謁見の間の空気が、一瞬で、張りつめる。
皇帝の膝が、がくりと折れかけた。
全身から、どっと冷や汗が噴き出す。
レベル200を超える自分が、指一本、動かせない。
「……い、いや……そういう、つもりでは……」
「ですよねぇ」
ジョカは、にっこりと、笑顔に戻った。
手首から、そっと指を離す。
皇帝は、よろめきながら、玉座の肘掛けにすがりついた。
「ロス皇子のことは、放っておいてあげてくださぁい」
ジョカは、ロスが消えた扉のほうを、楽しげに眺めた。
「彼はまだ殺さない方がいいんでぇ」
「……」
皇帝は、何も言えなかった。
ジョカは、くるりと振り返り、首をかしげ、
「ちなみに、デカールは今後、どうするおつもりですかぁ? 30万もの人材を失っては……立て直しが難しいのではぁ?」
皇帝は、ぎりっと奥歯をかみしめた。
30万。
帝国の総兵力の、およそ三割。
ドーンとの戦線を支えるはずだった兵が、小国ひとつに、根こそぎ食われた。
残りは、およそ70万。
数の上では、まだ、ドーンと戦えないことはない。
だが、それは、帝国のすべてを注ぎ込む総力戦になる。
しかも、相手は天才将校のカバノン。
負ける可能性は十分にある。
「……ドーンと、和平を結ぶ……」
屈辱を、喉の奥で押し殺すように、皇帝は言った。
「……フーマルに、とりもっていただきたい」
「承知いたしましたぁ」
ジョカは、あっさりとうなずいた。
まるで、最初から、そう言われることがわかっていたかのように。
皇帝は、ジョカの顔を、じっと見つめ、
「……もしかして……フーマルは、最初から……ロスがゼイを殺したと、知っていたのか?」
ジョカは、柔らかく、微笑み、
「皇帝陛下ぁ。物事は、バランスというのが大事なのですよぉ」
その言葉に、皇帝は、背筋が冷たくなった。
精霊都市フーマル。
世界最強の力を持ちながら、決して世界を征服しようとはしない国。
世界の調停役。
「デカールは、少々、大きくなりすぎましたぁ」
ジョカは、歌うように言う。
皇帝の拳が、肘掛けの上で、ぎりぎりと震えた。
「だから……セファイラに力を貸して、我々を削ったのか……」
「いえいえぇ」
ジョカは、ひらひらと手を振った。
「わざわざ、あんな小国を使うわけないでしょぉ。フーマルとしましては、よきところで、ドーン共和国に助け舟を出すつもりでしたぁ。で、お互いに疲弊していただこう、と。わちではなく、『上』が考えたんですけどねぇ」
皇帝は、眉を寄せ、
「では、なぜ……セファイラは……我がデカール軍30万を、退けることができたのか」
ジョカは、人差し指をあごに当て、少しだけ考えるそぶりを見せた。
「ちょこちょこ、セファイラの様子は見てましたけどぉ……ミシャ王女が覚醒した、と考えるのが合理的でしょうねぇ」
「ミシャ王女が……」
「彼女が天才なのは、わかっていましたがぁ……どうやら、我々が思っている以上の才能を持っていた模様でぇ。もしかしたら、彼女の背後に『ノワール(黒幕)』が隠れている、という線もなくはないですがぁ……」
ジョカは、くすりと笑った。
「まぁ、十中八九、彼女の覚醒でしょうねぇ」
そう言ったあと、ほんの一瞬だけ。
ジョカの視線が、皇帝から外れた。
ここではない、どこか遠く……西の小国にいる『蒼い羽織の誰か』を思い浮かべるように。
その目が、やわらかく細められる。
それは……長い、長い間、ずっと待ち続けていたものを、ようやく見つけた者の目。
だが、皇帝がそれを気に留めるより早く、
ジョカは、いつもの甘ったるい笑顔に戻っていた。
「あそこまでの力となるとぉ……フーマルもさすがに無視はできない感じですかねぇ」
捕食者の目になった彼女を見て、
皇帝は、息をのんだ。
「ミシャ王女を……殺すおつもりで?」
「え? ぁあ、はい、必要とあらばぁ」
ジョカは、あっさりと言った。
「我々とて、無敵ではありませんのでねぇ。脅威は、なるべく取り除いておきたい……と、『上』は考えるでしょうねぇ。わち自身は、そんなこと考えませんよぉ。享楽主義者ですからねぇ」
「……」
ジョカは、そこで、広間の隅に立つゼイへと顔を向けた。
「ゼイ殿下ぁ。あなた様は、ミシャ王女を側室に、と考えていたようですがぁ……それは、白紙にしていただきたいんですよねぇ。彼女のことは、こちらにお任せくださぁい」
ゼイは、しばらく黙っていた。
弟に殺され、フーマルに生かされた男は、青白い顔のまま、静かに目を伏せた。
「……承知した。フーマルには、逆らわんよ」
「ありがとうございまぁす」
ジョカは、満足そうに、にっこりと微笑んだ。