スキル『日本』。初期は『勤勉になるだけ』のゴミだったが、開花するにつれ、ゼロ戦、忍者、和食、台風……いくらなんでも強すぎて、みな頭を抱えてる‐センエース‐ 作:閃幽零
3話 ありがたく思え。
セファイラ城、謁見《えっけん》の間。
上座《かみざ》には、椅子が一脚《いっきゃく》だけ置かれ、そこに、ルキが腰を下ろしていた。
足を組み、ひじかけにほおづえをついて、目の前に並ぶセファイラの面々を、退屈そうに見下ろしている。
ミシャも、宰相《さいしょう》も、重臣たちも、全員が立ったまま。
センは、いつものように、ミシャの隣に立っていた。
(ゼイの時と同じ構図だな……謝りに来た側が座って、謝られる側が立ってるって、どういうことだよ……)
ルキの背後には、護衛の騎士が10人、壁のように並んでいる。
ルキは、あくびをかみ殺すように、口を開いた。
「本来であれば、私のような高貴な立場の者が、こんな枯れた国に来ることはありえないのだがな……父上の命だから、来てやった。光栄に思え」
宰相の眉が、ぴくりと動いた。
だが、ミシャは、表情一つ変えずに、深く頭を下げた。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、ルキ殿下」
ルキは、ミシャのほうを見もしなかった。
視線は、ずっと、謁見の間の天井や壁を、値踏みするようにさまよっている。
「……せまいな。デカールの馬小屋のほうが、まだ広い」
そんな独り言をはさんでから、ルキは、懐から書状を取り出し、背後の護衛に放り投げた。
「読め」
護衛が、書状を広げ、朗々と読み上げる。
「――先の戦は、デカール大帝国第三皇子ロスが、兄であるゼイ皇子を殺めようとした罪を隠すため、独断にて起こしたものである。帝国の意思にあらず。ロスは、帝国の名を汚した大罪人として、すでに皇籍を剥奪《はくだつ》した」
護衛は、淡々と読み進める。
「――よって、帝国は、セファイラ王国への宣戦布告を撤回《てっかい》する。また、帝国の慈悲《じひ》をもって、先の戦において、セファイラが帝国兵30万を殺《あや》めたことは、不問とする」
謁見の間の空気が、一瞬、凍りついた。
(不問ねぇ……『へそで茶を沸《わ》かす』ってのは、このことか……勉強になるぜ……)
センは、奥歯をかみしめた。
「――戦場に残された帝国兵の装備品についても、返還《へんかん》は求めない。セファイラに下賜《かし》するものとする」
そこで、ルキが、口をはさんだ。
「30万人分の鎧と剣だ。この国の国家予算の、何年分になるかな? ……くれてやる。貴様ら野良犬には過ぎた代物だ。ありがたく思え」
センは、眉間にしわを寄せた。
(野良犬ねぇ……喉元にかみついて、狂犬病の恐ろしさを教えてやろうか?)
「――最後に、帝国は、セファイラ王国への不可侵を約す」
ミシャは、頭を下げたまま、
(不可侵……これで、何度目だろうな)
これまでも、デカールは何度も、セファイラに手を出さないと誓ってきた。
そして、そのたびに、あっさりと破ってきた。
ルット将軍が村を焼いたのも、『あと半年は手を出さない』と約束していた最中のことだった。
朗読が終わると、ミシャは、静かに顔を上げた。
「寛大《かんだい》なお言葉、痛み入ります」
「言葉だけか?」
「……え?」
「みすぼらしい女よ……野良犬らしく、私の足元で、3度回ってワンと鳴いたらどうだ」
「……」
セファイラの老兵の一人が、たまらず一歩前に出た。
「る、ルキ殿下……いくらなんでも、ミシャ王女に対して――」
ルキは、指先を老兵に向けた。
「爆裂ランク8」
直後、老兵の頭がパァン!
とはじけた。
「っ!!」
愕然《がくぜん》とした顔をするミシャをしり目に、ルキは、
「下等種が……私に話しかけるな」
ミシャが、震える声で、
「こ、これは、あんまりです……ルキ殿下……」
「たしかに、あんまりな対応だな……遠路はるばるきた使者に対し、茶の一つも出さないとは」
「……」
「ノドがかわいた……と言っているのだが、下等種だと、その程度のことも理解できんのか? 同じ人間とは思えないな」
慌てたように、侍女が、盆を持って、おそるおそる進み出た。
盆の上には、湯気の立つ茶。
セファイラで手に入る中では、一番上等な茶葉を使ったもの。
侍女が、ルキの前に、そっと茶を差し出す。
ルキは、それを、ちらりと見下ろし――
蹴り飛ばした。
ガシャン、と、盆ごと茶器が床に叩きつけられる。
熱い茶が飛び散り、侍女の手にかかった。
「ひっ……!」
侍女が、手を押さえてうずくまる。
「デカールの第一皇子である私に……こんな粗末な茶を飲めと? 色を見ればわかる。泥水と変わらん。……下げろ。目障《めざわ》りだ」
侍女は、震えながら、割れた茶器をかき集め、逃げるように下がっていった。
ルキの目が、宰相へと向けられる。
「貴様が、この城の差配《さはい》をしているのか」
「……は。さようでございます」
「客人に泥水を出すのが、この国の礼儀か?」
「申し訳ございません。セファイラでは、あれが最上の――」
「言い訳をするな!」
ルキの怒声が、謁見の間に響き渡った。
「詫びる時は、頭を床につけろ。そんなことも知らんのか、この国の宰相は」
宰相は、一瞬だけ、唇をかんだ。
それから、ゆっくりと膝をつき、白髪の頭を、床にこすりつけた。
「……まことに、申し訳ございませんでした」
ルキは、それを見下ろして、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
センは、光の消えた目で、ルキを見ていた。
(……ずいぶん上手に俺のヘイトを稼ぐじゃないか……俺をキレさせるとは大したものだ。あっぱれと言ってやろう)
ルキは、何事もなかったかのように、足を組み替えた。
「さて……本題だ」
ほおづえをついたまま、ルキは、ようやく、ミシャのほうへ目を向けた。
人を見る目ではなかった。
机の上の書類でも眺めるような目。
「帝国は、これほどの慈悲を示してやった。……当然、それに見合う返礼はあるのだろうな?」
「返礼……でございますか」
「止まっていた貢納《こうのう》の再開。それと――」
ルキは、指を一本立てた。
「重臣どもの子を、何人か、帝都へ留学させろ。帝国の高度な教育を受けさせてやる。信じられん好待遇だ……そう思うだろう?」
留学。
聞こえはいいが、要するに、人質。
セファイラが妙な動きをすれば、その子供たちの首が飛ぶ。
重臣たちの顔から、血の気が引いていく。
(謝罪の皮をかぶったカツアゲとは……本当に、いい根性しているじゃないか。……こいつ、マジで、ロスの報告を読んでないんだな。だから、ここまで、セファイラをナメることができる……こいつと比べると、ゼイって、相当マシな皇子様だったと痛感するぜ……)
ミシャは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「……お時間をいただけますでしょうか。重臣たちと協議のうえ、お答えさせていただきたく存じます」
「協議?」
ルキは、心底おかしそうに、口の端をつり上げた。
「貴様らに、選ぶ権利があると思っているのか?」
「……」
「まあいい。一か月だけ待ってやる。ありがたく思え」
ルキは、ゆったりと立ち上がった。
外套をひるがえし、謁見の間の出口へと向かう。
その途中で、ふと足を止め、ミシャを横目で見た。
「……ゼイは、こんな程度の低い女を側室にしようとしていたのか。乳臭く、貧相で、品もない。相変わらず、趣味の悪い男だ。反吐《へど》が出る」
それだけ言うと、ルキは、振り返りもせずに、謁見の間を出ていった。
重い扉が閉まる。
しばらく、誰も、何も言わなかった。
床に膝をついたままの宰相の肩が、小さく震えていた。