スキル『日本』。初期は『勤勉になるだけ』のゴミだったが、開花するにつれ、ゼロ戦、忍者、和食、台風……いくらなんでも強すぎて、みな頭を抱えてる‐センエース‐ 作:閃幽零
7話 きゃんゆーせれぶれいと。
その日の昼過ぎ。
セファイラの城下町が、ひっくり返ったような騒ぎになった。
「フーマルの……神格様が、お越しになられた……っ」
「い、いったい、何用で……」
「そりゃ……デカールとの件に決まっている……」
精霊都市フーマル。
この世界で、最古の大国。
その最高位に立つ十人の神官――『フーマルの神格』の一人が、セファイラを訪れたというのだ。
しかも、お供は、一人も連れていなかった。
豪奢な馬車もない。
旗を掲げた騎兵もない。
白い神官服の女が、ふらりと一人で城門の前に現れ、
『デカールの皇帝陛下から、お使いを頼まれましたぁ』
と、門番に、にこやかに告げたのだという。
★
セファイラ城、謁見《えっけん》の間。
上座《かみざ》には、ジョカが一人、腰を下ろしていた。
ゼイのようにふんぞり返るでもなく、ルキのように退屈そうに見下ろすでもない。
ただ、椅子のひじかけに軽く手をのせ、にこにこと、セファイラの面々を眺めている。
ミシャも、宰相《さいしょう》も、重臣たちも、全員が立ったまま。
センは、いつものように、ミシャの隣に立っていた。
(……あれがフーマルのジョカか……)
年のころは、二十代の前半。
息をのむほどの、美貌だった。
身にまとっているのは、白い神官服。
だが、神官服と呼ぶには、あまりにも布の面積が少ない。
胸元も脚も惜しげもなくさらされ、豊満な体の線が、くっきりと浮かんでいた。
口元には、柔らかな笑み。
その目は、獲物をなめ回すように、こちらをじっとりと眺めている。
美しい。
だが、それ以上に――
身にまとう覇気が、異常だった。
(なるほど……えぐいな……見た目で言えばドストライクのお姉さんなのに……一ミリも欲情しねぇ……ただただ怖すぎる……)
ゼイの時も、ルキの時も、確かに、肌がひりつくような圧はあった。
だが、これは、そんなものとは、根本的に違う。
(噂には聞いていたが……ここまでか……ゲロ吐きそうだぜ……)
体の芯が、勝手に震えている。
巨大な海の底をのぞき込んだ時のような、名状しがたい本能的な恐怖。
(皇子どもとは、格が違いすぎる。……俺がチートを全部使っても……勝てない……かもしれねぇ……いや……万華鏡と百鬼夜行をフルコンボで使えば……ワンチャン……)
ジョカが、ぱん、と小さく手を叩いた。
「さてさてぇ。まずは、悲しいお知らせからですぅ」
ジョカは、少しだけ、声の調子を落とした。
「昨晩《さくばん》、ルキ皇子がお亡《な》くなりになりましたぁ」
謁見の間の空気が、凍りついた。
「……え?」
ミシャの顔から、さっと血の気が引いていく。
「デカールへ戻る道中、街道沿《かいどうぞ》いの森で野営していたところを、何者かに襲われたみたいですぅ。護衛も一人残らずぅ」
「そ、そんな……」
重臣たちが、ざわめき始めた。
「ま、また……セファイラからの帰り道で……」
「ゼイ皇子の時と同じではないか……」
「これでは……また我らが疑われるのでは……」
その中で、センだけが、表情を変えなかった。
腕を組んだまま、ただ、まっすぐに前を見ている。
ジョカの目が、ちらりと、センのほうへ流れた。
その口元が、ほんの一瞬だけ、ゆるむ。
「ちなみにぃ、ご遺体《いたい》を拝見《はいけん》したんですけどぉ……」
ジョカは、首をかしげながら、のんびりと続けた。
「まるで、空から撃ち抜かれたような傷でしたねぇ」
その視線は、セファイラの面々を、ゆっくりとなでていく。
「空から……」
「もしかして、鉄龍が?」
「……セファイラの『守り神』だからな……」
「わしを殺した天罰を受けたのやもしれぬな」
ざわめく重臣たちを眺めながら、ジョカは、くすりと笑った。
「守り神、ですかぁ」
その目が、また、センのほうへと流れる。
今度は、さっきよりも、ほんの少しだけ長く。
「素敵な守り神さんがいるんですねぇ、セファイラにはぁ」
センは、まばたき一つしなかった。
ただ、指先に、じわりと汗がにじむ。
「フーマルにもいるんですよぉ。海にはリヴァイアサンがぁ。空には天使がぁ」
センは、黙っているのもなんだと思い、
「そ、そうっすか」
と、テキトーな相槌《あいづち》を打ちつつ、内心で、
(……なんだ、その意味ありげな目は……まさか、『俺がルキを殺すところ』を『見られていた』ってことは……ない……よな……)
背中を、冷たい汗が、つうっと流れ落ちていった。
「もっとも、フーマルの守り神は、ほとんど働いたことがないんですけどねぇ。フーマルは、他国から狙われることがないので、働く必要性がないんですよぉ。……でも、話に聞くところによると、とんでもなく強いらしいですよぉ」
「……は、はぁ」
と、センがテキトーな返事をしたところで、
ミシャが、震える声で口を開いた。
「……神格殿。デカールは……皇帝陛下は、我らが、ルキ殿下を手にかけたと……お考えなのでしょうか」
「その可能性は捨てきれない……と思っているでしょうねぇ」
「わ、我々は決して――」
「王女だって、国民全員を四六時中監視しているわけではないでしょうから、絶対にセファイラの兵が殺していないとは断言できないでしょぉ? もしかしたら、誰かが、夜中に抜け出して、ルキ皇子を殺したかもしれなぁい」
そこで、チラっとセンを見るジョカ。
(だから、なんだ、その目は……)
と、センが内心で舌打ちをしていると、
ミシャが、
「こんな言い方は何ですが、我々にはルキ皇子を殺せる力など――」
「何の証拠もない以上、ただの水掛け論になってしまいますので、もうやめましょぉ」
ジョカは、ミシャの言葉を片手で制して、
「正直、意味のない心配ですからぁ。皇帝陛下は、ルキ皇子の死について……なんというか……無関心という感じですのでぇ」
「む、無関心? えっと……肉親……ですよね?」
「親子や兄弟で殺し合うなんて、王族ではよくあることですしぃ、別に、そこまで不思議なことでもないのではぁ? ちなみに、陛下は、セファイラを責めるおつもりは、まったくないそうでぇす。聞くところによると、ルキ皇子は、こちらで、ずいぶん好き勝手なさったみたいですしねぇ」
ミシャは、何と答えていいのかわからず、黙って目を伏せた。
そこで、宰相が、おそるおそる、一歩前に出る。
「お、恐れながら……神格殿。昨日、ルキ殿下から、色々と注文をつけられたのですが……貢納《こうのう》のことや、重臣の子らを帝都へ留学させる件など……」
「ああ、そういうのも、全部なしらしいですよぉ。皇子が勝手に言っていただけですのでぇ」
「……そ、そうですか……」
宰相の肩から、目に見えて力が抜けた。
重臣たちの間からも、安堵《あんど》の息が漏れる。
ミシャが、静かに顔を上げた。
「では、デカールとセファイラは、お互いに不可侵の盟約を結ぶ、ということで、よろしいのですね」
「たぶん、そうだと思いますよぉ」
「た、たぶん……」
ミシャの顔が、わずかに引きつった。
「わちは、お使いを頼まれただけですのでぇ。細かいことは、皇帝陛下にお聞きくださぁい。……あ、でも、皇帝陛下から、書状はあずかってきましたよぉ。ほらほら」
ジョカは、懐から、金の縁取りが施された書状を取り出し、宰相に手渡した。
宰相が、震える手でそれを広げる。
そこには、デカールの印とともに、セファイラへの不可侵が、はっきりと記されていた。
「……確かに」
宰相が、うなずく。
謁見の間に、ようやく、ほっとした空気が流れ始めた。
――その時だった。
「ところで」
ジョカが、ふいに、ミシャの隣へと視線を向けた。
「そこの青年、ちょっといいですかぁ」
センの肩が、びくりと跳ねた。
「え、俺? ……はい……なんすか」
「お名前はぁ?」
「……センエースです」
ジョカは、椅子から立ち上がった。
ゆったりとした足取りで、センの目の前まで歩いてくる。
ミシャの手が、無意識に、センの袖《そで》のほうへと動きかけた。
だが、指先が触れる寸前で、ぴたりと止まる。
ミシャは、その手を、そっと体の横へ戻した。
「わちはジョカでぇす! やっはろー!」
近い。
ジョカの顔が、センの顔の、ほんの少し下にある。
甘い香りが、ふわりと鼻先をかすめた。
「ふむふむ……へぇ……ほぉほぉ」
ジョカは、センの目を、まっすぐにのぞき込み、
この上なく楽しそうに、
にっこりと笑って、
「センエース……わちと結婚しませんかぁ?」
謁見の間が、完全に、凍りついた。
宰相の手から、書状が、はらりと床に落ちる。
ミシャは、目を見開いたまま、動けなかった。