その映画を観ようと思った理由は、単純だった。
話題になっていたからだ。
SNSを開けば感想が流れてくる。友人からも「これ絶対観たほうがいいって」と何度か勧められていた。普段なら、そこまで流行に乗るタイプではない。
けれど、その日は仕事が早く終わった。家に帰っても特にやることはない。なら、せっかくだし観てみるか。
「……『超かぐや姫!』ね」
そうして俺 ――
結果から言えば、かなり面白かった。
最初は暇つぶし程度の気持ちだったのに、気づけば画面から目が離せなくなっていた。登場人物のやり取りに笑って、ライブのシーンでは息を呑んで、気がつけば物語は終盤まで進んでいた。
そして物語が一区切りつき、画面にエンドロールが流れ始める。
「……これで終わり?」
そう思いながら、スマホを閉じた。
昔から、エンドロールを最後まで観るタイプではない。声優の名前が流れている間に席を立って、混雑する前に映画館を出る。 それがいつもの習慣だった。
今日も同じ。見終わったと思い、スマホを閉じる。
「あんな終わり方でここまで流行るのか?」
そんな感覚だった。
まだ描けそうな部分がある。気になることも残っている。登場人物たちのその後も見てみたい。
だからこそ、少しだけ不満だった。
けれど、エンドロールが流れている。つまり、映画は終わった。
「まあ……こういう終わり方か」
そう納得する。
続編があるのかもしれない。そのうち発表されるかもしれない。
でも、少なくとも今日観た映画そのものは、ここで終わった。
「続きがあるなら、そのとき観ればいいか」
そう考えながら、俺は家を出た。このモヤモヤした気持ちを晴らすため、コンビニへと。
「……もう遅いな」
明日も予定がある。早く買い物を済ませないと。俺は歩き出した。
大きな音がした。
「……え?」
何が起きたのか分からなかった。
身体が浮いた、視界が回る、手に持っていたスマホが宙を舞う。誰かの叫び声。
遅れて、強い衝撃が全身を襲った。
「…………あ」
地面に倒れたまま、ぼんやりと空を見上げる。
不思議と痛みは感じなかった。
頭の中に、さっきまで観ていた映画が浮かぶ。
「…続き…あったのかな」
それが、前世で最後に考えたことだった。
♢
「……ん」
目を開ける。
「…………ここ、どこだ?」
身体を起こす。
妙に軽い。いや。軽いというより、小さい。
自分の腕を見る。
「……は?」
手が小さい。指も細い。そして、肩に何かが触れた。長い髪だった。
「…………」
髪を掴む。
黒い、肩より少し下まで伸びている。
「なんだ、これ……」
声が出た。高い。聞き慣れた自分の声ではない。
女の声だった。
「……え?」
慌ててベッドから降りる。部屋の隅に置かれている姿見が目に入る。
恐る恐る近づいていく。
そして、鏡を見る。
「…………誰?」
そこにいたのは、見知らぬ少女だった。
年齢は十七歳くらい。身体は細く、肩幅も狭い。長い黒髪は鎖骨を越えるあたりまで伸びている。
少し垂れた目に、落ち着いた色の瞳。鼻筋はすっとしていてる。
どこにでもいそうな女子高校生。それなのに、鏡の中の自分から目を離せなかった。
「……俺?」
鏡の中の少女も同じように口を動かした。
その瞬間だった。
「――っ!」
頭の奥に激痛が走る。
「う……!」
膝から力が抜けた。
頭の中に、知らないはずの記憶が一気に流れ込んでくる。
何気ない日常。十七年間。
知らないはずなのに。
全部、知っている。
『月見司』
その名前まで。
「……司……」
自分の名前を呟く。
今世でも、名前は同じだった。
月見司。
ただし。
前世では二十歳の男。
今世では十七歳の女。
そして、この身体で生きてきた十七年間の記憶がある。
家族の顔も。学校も。好きな食べ物も。全部覚えている。
それは「誰か別人の記憶」という感じではなかった。どちらも、自分の人生だった。
「……俺の人生と……私の人生……」
頭の中で、二つの人生が重なっていく。そして今世でのクラスメイトの名前も思い出す。
「……彩葉」
酒寄彩葉。
同い年。
高校二年生。
学校でも、アパートでも知っている。
もちろん、今世の記憶だけなら、その人はクラスメイトであり、ただのお隣さんだった。私と同じ一人暮らしで、同じアパートに住んでいて、バイトも勉学も全てをこなす完璧超人。
けれど。
前世の記憶の中にも、その名前があった。
――『超かぐや姫!』。
「…………あ」
心臓が大きく跳ねた。
頭の中で二つの記憶を重ね合わせていく。
「……そうか」
前世で死ぬ前に観た映画。
「……ここ……あの映画の世界なのか?」
♢
それからしばらく、司は自分の部屋から出なかった。混乱していた。
前世の記憶がある。
今世の記憶もある。
そして、自分が今いる世界は『超かぐや姫!』の世界らしい。
けれど、一つだけ問題があった。
「…あの最後、納得してないんだよなぁ」
正確には、エンドロールの途中で観るのを辞めてしまった。
だから、続編があったのか、その後のことは何も知らない。ただ、それでも司は「あの映画はあそこで終わった」と思っていた。
続きがありそうだとは思った。もっと観たかった。
気になることも残っていた。もっとハッピーエンドを期待していた。
だが、エンドロールは流れてしまった。
だからこそ、胸の奥に嫌な予感が生まれる。
「……もし」
この世界でも。
自分が観た映画と同じ物語が進むのなら。
「あの結末に……なるのか?」
何が嫌だったのか。
映画を観終わった直後に感じた、あの微妙な引っかかり。
あのまま終わってほしくなかったという、ほんの少しの不満。
それが今になって、妙に大きく感じられる。
「……嫌だな」
鏡を見る。
そこには、十七歳の少女になった自分がいる。
前世とは違う身体。
けれど、中身は確かに自分だ。
なら。
「変えられるなら……変えたい」
未来を知っているわけじゃない。
それでも、自分にはこの物語の知識がある。
「それなら……あんな終わりにしない」
「……もし、あの映画と同じ終わり方になるなら、変えてやる」
その言葉を口にしたとき、司はまだ知らなかった。
自分が「結末」だと思っているものの、その先に何があるのか、最後まで観なかった、あのエンドロールの先に何があったのか。
そして。
自分が「物語を知っている」と思い込んだまま行動することが、どれほど大きな未来の変化を生むのか。
それが、すべての始まりだった。