「――今度は、近接戦だと……!?」
雲海の上を漂うハンターズギルドの観測気球ゴンドラの中で、ベテラン観測員は、またしても双眼鏡を落としそうになりながら頭を抱えていた。
前回、古代林の上空でリオレウスを一撃で消し去った「漆黒の異形」――魔装竜の動向を監視するため、エリックたちは再び危険を冒して同じ宙域へと来ていた。
しかし、眼下で繰り広げられたのは、前回以上の衝撃的な光景だった。
暴君と恐れられるティガレックスが、文字通り狂ったような突進と咆哮でその鉄の怪物に襲いかかっていた。本来であれば、どんな大型モンスターであれ、轟竜の猛攻をまともに受ければただでは済まない。
「信じられない……。あんなの、まともに食らったらハンターなら即猫車だぞ……!」
若い助手が、青ざめた顔で計器盤にしがみつく。
だが、ジェノザウラーは背中の大砲を向けもしなかった。
ただ強靭な逆関節の脚で大地を踏みしめ、ティガレックスの突進を文字通り「正面から受け止めて弾き飛ばした」のだ。さらに、しなやかに振るわれた漆黒の尾の一撃が、轟竜の巨体をいとも容易く吹き飛ばす。
絶望的な格差
極めつきは、ティガレックスの放った渾身の大咆哮だった。
周囲の木々をなぎ倒し、生物の鼓膜を破裂させるほどの音圧の波がジェノザウラーを直撃した。エリックたちも気球の上で耳を塞ぎ、身を屈めたほどだ。
しかし、爆音が収まった後、そこにいたのは――何事もなかったかのように微動だにせず佇む、冷徹な赤い目の魔装竜だった。
「……嘘だろ。あのティガレックスの咆哮を、かすり傷一つ負わずに……」
ティガレックスは本能的に悟ったのだろう。目の前の存在が「狩るべき獲物」でも「縄張りを争う相手」でもなく、自分たちの生態系のルールが一切通用しない「絶対的な天災」なのだと。
轟竜は恐怖に満ちた唸り声をあげると、プライドを完全にへし折られたように尻尾を巻いて逃げ出していった。
ベテラン観測員は震える手で、手元の観測記録用紙にペンを走らせた。
『対象は遠隔兵器のみに依存せず、圧倒的な格闘・耐久性能を保持』 『ティガレックスの突進および大咆哮を完全無効化、近接戦のみで圧倒し退散させる』 『結論:人類および既存生態系による物理的干渉、一切不可能』
ゴンドラに吹き抜ける風がやけに冷たく感じられた。
エリックは遠ざかる漆黒の巨影を見つめながら、この世界がすでに人間の手の届かない場所へと変貌してしまったことを、ただ静かに噛り締めるしかなかった。