「ま、待ってくれ……! おい、ちょっと待ってくれよ!」
背後から泥臭い足音がドタドタと追いかけてきた。振り返ると、先ほどの新人ハンターが必死の形相でついてきている。手にはボロボロの大剣を握りしめたままだが、恐怖の色は薄れ、代わりに異様な興奮と切迫感がその顔に浮かんでいた。
私は巨体を止め、低く重い威圧感を伴って首を巡らせる。それだけでハンターはびくりと身震いしたが、それでも逃げ出さずに私の目の前で大きく息を整えた。
「あ、ありがとな……。助かった。あのままじゃ、俺、本当にあそこの猫車(ねこしゃ)で運ばれるところだったからさ」
ハンターは冷や汗を拭いながら、ぎこちなく頭を下げた。
モンスターと意思疎通を図ろうなどという無謀な行為か、あるいは極限状態からの錯乱か。私のプロセッサは彼の行動を「非合理的」と判定しつつも、危害を加える対象ではないと判断して沈黙を保つ。
「お前……名前はなんていうんだ? いや、名前なんてないか、その、すっげえ鉄の鎧を着た……なんて言ったらいいんだろ。古代の竜人族の秘術で作られた何かか?」
ハンターは臆することなく私の装甲に手を伸ばそうとしたが、数千ボルトの残留静電気を帯びた表面に触れる直前で、バチリと小さな火花が散った。
「うわっ!? あぶねえ!」
『危険:無許可の接近および接触行動を検知。警戒レベルを一時的に微増』
私が低い電子音を唸らせると、ハンターは慌てて飛び退き、苦笑いを浮かべた。
「はは、怒ったか。……まあ、いいさ。命の恩人に代わりはない。これ、ほんの気休めだけど……」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、こんがりと焼き上げられた「こんがり肉」の端切れだった。
もちろん、生体コンピュータと金属フレームで構成された私に、人間の食料を摂取する機能など存在しない。だが、ハンターはその肉を私の足元にそっと置いた。
「腹、減ってないかもしれないけどよ。じゃあな、鉄のトカゲさん! 俺、今日生き延びたから、もっと強いハンターになって出直してくるぜ!」
彼はそう言い残すと、命からがら逃げ帰るときとは違う、妙に晴れやかな足取りで拠点へと繋がる道を帰って行った
残された私は、足元に転がるこんがり肉を見下ろす。
『処理:不要物。エネルギー効率への寄与・ゼロ』
私はその肉を無視して再び歩き出すが、その演算の片隅に、奇妙なノイズのようなものがほんの一瞬だけ残ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギルドの激震
それから数日後。
シュレイド地方の片隅にあるハンターズギルドの拠点――その活気ある集会所のカウンターは、今やかつてないほどの緊張感に包まれていた。
「ねぇ、冗談でしょ……? 新人の報告書にしては、あまりにも内容がふざけているわよ」
ギルドマスターの側近であるベテラン受付嬢が、一枚の羊皮紙を見ながら言った。
その前に立っていたのは、数日前にイヤンクックに襲われていたあの新人ハンターだった。彼は見事に生還し、正式なクエストクリアの報告書と、自身の目撃証言をギルドに提出したのだ。
「ふざけてなんかないです! 本当なんですって!」
新人は必死に声を荒らげた。
「全身が漆黒の金属でできていて、目は赤く光ってて、背中に大砲みたいな不気味な筒を二本も背負ってやがったんです! あんなの、この世界のどこにもいない! しかも……そいつが鳴っただけで、あのイヤンクックが失神しかけて逃げ出したんですよ!」
集会所にいた他のベテランハンターたちが、それを聞いて鼻で笑う。
「おいおい新人、薬草でもキメ間違えたか?」
「ドスジャギィのしっぽでも頭に食らったかよ。金属のモンスターなんて、伝説のクシャルダオラくらいのもんだぜ」
だが、受付嬢の顔色は青ざめたままだった。彼女の手元には、数日前に古代林の観測気球から送られてきた、別の緊急報告書が握られていたからだ。
『――古代林上空にて、リオレウスが未知の光線状攻撃を受け、消滅を確認。犯人は普通の竜にあらず。「機械仕掛けの異形」との目撃証言あり――』
観測員の報告と、新人の証言が見事に一致してしまっていた。
ギルドマスターはパイプの煙を深く燻らせ、険しい顔つきで窓の外の森を見つめた。
「古代文明の遺物についての文献はいくつかあるが……まさか、意思を持つ『兵器』そのものが生態系のピラミッドに割り込んできたというのか」
静まり返った集会所で、誰もが確信していた。
ハンターズギルドは今、かつてないほど巨大で、そして人類の理解を遥かに超越した「異物」の到来に直面しているのだと。