ギルドからの「魔装竜不可侵」の達しなど知る由もなく、私は相変わらず古代林の鬱蒼とした木々を踏みしめて進んでいた。
ふと、前方からただならぬ地鳴りと、甲高い羽音が聞こえてくる。
『前方、約二百五十メートル。激しい交戦反応を検知』
視界が開けた崖下の開けた空間――そこでは、見覚えのある青臭い後ろ姿が泥まみれになって這いずり回っていた。
数日前に「こんがり肉」を置いていった、あの新人ハンターだ。
彼の目の前には、緑色の甲殻を持つ甲虫種――アルセルタスがいた。しかし、事態は最悪の方向に転がっていた。
アルセルタスの背後から、地盤を完全に引き裂くような轟音とともに、文字通り山のような巨体が現れた。甲虫種の女王、ゲネルセルタスである。
女王はその圧倒的な質量でアルセルタスを文字通り「あご」で挟み込み、容赦なく押し潰すようにして突撃を繰り返していた。
夫婦(あるいは主従)揃っての過激な連携攻撃に、新人のボロい大剣はすでにひび割れ、彼は防戦一方ですらなくなっていた。
「うそだろ……なんでゲネルまで出てくるんだよ……! 死ぬ、本当に死ぬっ!」
新人が絶望の叫びをあげ、ゲネルセルタスの巨大なハサミが彼の頭上へと振り下ろされようとしたその瞬間。
介入
『分析:対象の生存確率、0.01%未満。……なお、前回の「こんがり肉」に対する返礼プロセスが未完了』
私の思考回路の片隅にあった小さなデータが、不可解にも「介入」の判断を下した。
もっとも、私にとって目の前の甲虫種どもなど、踏み潰す価値すらない雑草に等しい。
ギシリ、と重厚な装甲が軋む音とともに、私は樹木の隙間から姿を現した。
「グルルゥ……!」
ゲネルセルタスの巨大な複眼が、突如現れた漆黒の巨獣を捉える。女王は縄張りを荒らされた怒りと、本能的な恐怖が入り混じったような奇怪な咆哮をあげ、その重戦車のごとき巨体を私の方へと方向転換させた。彼女の背中には、先ほどのアルセルタスがまだしがみついている。
「なっ……! あれは、この前の……鉄のトカゲ……!?」
泥まみれの新人ハンターが、地面に転がったまま目を見開く。
ゲネルセルタスが怒りに任せて体当たりを仕掛けてくる。重さ数トンはあろうかという巨体が突進してくるその勢いは、人間にとってはまさに動く要塞のそれだった。
だが、私の足は一歩も引かなかった。
『防御体制完了。衝撃を相殺』
「ガインッ!!」
凄まじい金属音と衝撃波が周囲の木々の葉を吹き飛ばした。
ゲネルセルタスの突進が私の高密度チタン装甲に直撃したが、私の巨体は微動だにしない。逆に、ぶつかった側のゲネルセルタスが「キィィッ!?」と間抜けな悲鳴をあげ、反作用の衝撃でひっくり返りそうになって後ずさった。
女王が体勢を立て直そうと威嚇の泡を吐き出すよりも早く、私の背中に背負った2門の砲身――パルスレーザーライフルが女王に向けられた
『最大出力の必要なし。出力を微調整……一点排除』
砲身から眩い閃光が溢れる
大気がビリビリと痺れ、周囲の空間が重圧に歪んだ。
「お、おい、あれはやばい……逃げろ!」
新人が慌てて這いつくばりながら遠くへ退避しようと身を翻す。
次の瞬間、青白い光の奔流が放たれた。
それはゲネルセルタスとアルセルタスの直撃コースを貫き、周囲の地面ごとすべてを綺麗に抉り飛ばした。
圧倒的なエネルギーの直撃を受け、二体の甲虫種は抵抗する暇すらなく、光に包まれた…
光が消えていき
そこにあったのは、ピクリとも動かない女王夫妻の姿だった。
私は砲身をスッと正面に戻し、微動だにせず呆然と座り込んでいる新人ハンターを一瞥した。
『任務終了。返礼プロセスの完了を確認』
「……すげえ……」
新人は、動かないゲネルセルタス、アルセルタスと目の前に立つ鉄の怪物を交互に見つめ、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
私は彼にそれ以上の興味を示すことなく、再び冷徹な足音を響かせ、古代林のさらに深い闇へと歩みを進めていくのだった。