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二〇×一年 十月六日 水曜日
登校後、すぐに行われた全校集会。その最中、壇上に立つ校長よりも生徒たちの視線を集めているのは、体育館の壁際に立つ二人の教師だった。数学教師の北上と、体育教師の南城だ。
校長は桜見川中央公園で起きた爆発事件についての注意喚起と、文化祭の二週間延期、さらに期間の短縮を発表している。生徒からはそれを残念がる声が上がったが、彼らの一部はそれよりも噂話に夢中になっていた。
「あの二人、公園に居たんだってね」
「ケガ人を運んだりしてたんでしょ? 爆発があったのに無傷だったって」
「本当。どうなってるの?」
「人間じゃないよな」
クスクスと、小さな笑い声。
生徒から奇異の目を向けられる中、北上と南城は、互いに目を合わせず隣り合って立っていた。南城は腕を組み、北上は長い腕をだらりと下げている。
全校集会が始まる前、二人は偶然、隣同士になった。南城は北上の隣が嫌だったので移動しようとしたのだが、離れようとした彼女と北上とを校長が呼び止め、幾つか質問をされるうちに集会が始まってしまったのだ。
校長が話をする中で移動するわけにもいかず、南城は酷く不機嫌である。
昨日、北上と南城が公園で再会した時、二人は互いに救助の手伝いをしていた。相手が無事だということは予想出来ていた――それには全く根拠がなかった――が、まさか怪我一つないとは思っていなかったので、互いに多少の驚きは隠せなかった。
南城は北上の頑丈さを気味悪く思い、北上は南城の悪運の強さに驚かされていた。まさか爆心地とされている池のすぐ傍に居ながら、怪我一つないとは――。
「お前は、本当に鉄で出来ているんだな」
生徒が影で呼ぶ鉄仮面というあだ名を揶揄して、南城が言う。
(どういう意味だ? ともかく俺は、君にも驚かされた。無事でよかったよ)「南城」
名前を呼ばれて、南城は嫌味を口にした自分を咎められたように感じた。
「……悪かったな。……警察やら校長やら、昨日から質問攻めだ。さすがに堪える」
(類まれな精神の持ち主である君ですらそうなのか)「君も、人間だったんだな」
「……どういう意味だ?」
南城の鋭い視線を横顔に感じつつ、北上は視線をぼんやりと生徒たちの一角へ向けた。すると北上の視界には、坊主頭の少年とじゃれている赤毛の少年が映る。
東條ヒカル。彼もまた、事件に巻き込まれた一人だ。
白鷹中学・高校では数名の生徒が事件に巻き込まれていたが、いずれも軽症で済んでいる。昨日、校外へランニングに出た部活が複数あったことを考えると、それは奇跡としか言い表しようがなかった。一歩間違えれば、大惨事になっていたことだろう。
「強いな、子供は。心に傷を負っても、おかしくはない事件だ」
南城のそれは独り言だったが、北上は同意して深く頷いた。全員が揃ってこの場に集まれている奇跡に、彼は感動すら覚えている。
そういえばと、北上は心の中で呟いた。
「東條の姉」
「え? なんだ? 先輩が、どうかしたか?」
(凄まじい反応速度だ、南城。姉は大変そうだが、東條ヒカルは)「大丈夫だろうか」
「何をいう。大丈夫に決まっている」
(そうだな。支えてくれる幼馴染の)「泉もいる」
「ん? ああ」
「淡路さんもいる」
「……お前、どちらの味方だ? 北上」
ドスの聞いた南城の声に、北上は表情を曇らせた。しかし傍からは、北上が南城の言葉を聞き流しているようにしか見えない。
「あ、また喧嘩してる」
「本当、仲悪いよねえ」
生徒たちの噂話は止ることなく、あっという間に広がっていく。
壇上では校長が、今日は真っすぐ家に帰るようにと繰り返し注意を促している。だが生徒の中に、それを真面目に聞いている者はいない。こんなに天気の良い日に、遊びに行かないという考えはないのだ。
ざわつき始めた体育館の一番後ろでは、中林が怪しく目を光らせていた。その視線は、北上と南城とに注がれていた。
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クツ箱で山田に声を掛けられて、ヒカルは手を振って応えた。
山田は部活がないので、野球部のメンバーでバッティングセンターに行くという。
「大丈夫か? 大変だったなあ。今日は、リリカちゃん送ってくんだろ? 元気になったら、お前も一緒に遊べよな!」
ヒカルが礼を言うと、山田は手を振って去っていく。
リリカは、昨夜目を覚ました後から、普段通りの様子を見せている。しかし、やはり昨日の今日ということもあって、ヒカルには彼女が疲れているように見えていた。
アオイからは学校を休むように勧められたが、リリカが行くというので、ヒカルも登校した。ヒカルはリリカに合わせたつもりだったが、本当はリリカがヒカルに合わせたのかもしれなかった。
ヒカルは靴をはいて傘立ての並ぶ傍へ行き、壁にもたれる。痛みはなく、怪我もない。だが無意識に、彼は自分の左腕を庇うような仕草をしている。
あの爆発の後、ヒカルの腕は直ぐに元に戻っていた。被害といえば中林の作成した新品のスーツの左腕が弾けた程度で、それ以外は驚くほど日常通りに過ごせている。
中林には、朝一番に会いに行った。中林はボロボロになったスーツの左腕部分を満足げに眺め、ヒカルの力を賞賛し、そして充分な休養を取るように言った。
驚いたのは、中林があのアナザーの核を手にしていたことだ。中林は公安や警備の目を搔い潜り、現場に残されていたアナザーの残した核を手に入れたのだという。
核は、これまでに見たことが無いような深い青色をしていて、周囲に光の膜のような物が見えていた。アナザーの核だと聞かされていなければ、ヒカルはそれを宝石か何かと勘違いしたかもしれない。
中林はヒカルと話しをする間、幾度も核に視線を送っていた。それはジットリとしていて、舐めまわすような、囚われているような目だった。
中林の目は直ぐにいつものそれに戻ったが、ヒカルは、キツネ面から聞いたような話については触れることが出来なかった。
自分の内側にある、得体のしれない何か。
本当は、大変なものを抱え込んでしまったのかもしれないと、ヒカルは考えるようになっていた。
自分のものであることを確かめるように、無意識に、ヒカルは自分の腕を擦る。掌にドクドクと脈打つものが伝わる度に、ヒカルはその源を思う。自分を生かしているものは、自分の外からやってきたものなのだ。
「ごめん! 話し込んじゃって」
駆け寄るリリカに声を掛けられて、ヒカルは顔を上げた。
「いいよ。一緒に帰らなくて良かったの?」
「うん。マリィもヒマちゃんも彼氏と帰るんだって。ほら、今日はどこも部活ないから」
リリカが大げさに唇を尖らせて見せたので、ヒカルは思わず笑った。
「あ~あ。今日は、淡路さんくるのかなー」
「どうだろう。アオ姉も相当忙しそうだったし」
「昨日、泊まらなかったの?」
「わかんない。気付いたら居なくなってた。朝は、来てたみたいだけど」
ヒカルの脳裏には、淡路によって片付けられたキッチンと朝食のセットされたダイニングテーブルの様子が浮かぶ。
変に整理したりせず、物を追加するわけでもないが、キッチンの皿はピカピカに磨かれていた。用意されていた朝食も、気張ったメニューではないが、決して手抜きとも言えないものだった。
(ポイント稼ぎっていうか……)
ヒカルは淡路の行動を思い返すうちに、意地悪なことを考えた。淡路のそれが、まるで自分に嫌われず、アオイには好感をもたれることを意識したような仕事ぶりだと思ったのだ。
そしてすぐに、ヒカルはそれを考えないようにした。どんな理由であれ、淡路が好意でやっていることだと思い直したのだ。
クツ箱を後にして、二人は校門まで行く途中に数人のクラスメイトとすれ違った。皆の顔は、どこか楽し気だ。突然の非日常感が、そうさせているのかもしれない。
校門に差し掛かった所で、ヒカルは生徒指導中の教師の中に北上と南城の姿を見つけた。
北上は生徒からの「さようなら」という言葉に機械的に返事をしていて、南城はついでのように服装を注意している。
ヒカルはアオイから、彼らも事件現場に居たのだと聞かされていた。しかし見る限りでは怪我をしている様子もなく、いつも通りだ。ヒカルはそれを、嬉しく思う。
バス停の掲示板には、映画のポスターが貼られていた。もう何年も前の、探査機が小惑星からサンプルを持ち帰った話を題材にしたものだ。随分と古い映画らしいそれは、定期的にリバイバル上映がされている。ヒカルは、それを観たことがない。
バス亭も、バスの車窓から見える景色も、バス停からの帰り道も、その全てが驚くほどに日常と変わりがなかった。
自分だけが変わってしまったような、そんな漠然とした不安にあてられて、ヒカルは薄らと汗をかく。
池一つを抉り取るようなインパクト。自分の左腕から力任せに繰り出されたそれが、もしも人に向かってしまったら――?
「ヒカル? ねえ、大丈夫?」
心配した様子のリリカが視界に飛び込んできて、ヒカルは我に返った。
いつの間にか、ヒカルの体は自宅マンションのエントランスにある。ここまでの記憶はうろ覚えだが、ずっとリリカの声が遠くに聞こえていたようだ。
ヒカルは直ぐに大丈夫だと返したが、リリカは不安そうな顔をしている。その顔は、事件の時ほどではないにしろ、恐怖の影を纏って見えた。
(そうだ、僕は――)
問題ないことを示すため、ヒカルはリリカに笑いかける。
「リリカ。やっぱり少し、寄り道しない? スーパーまで」
「いいけど……本当に、大丈夫?」
「うん。折角早く帰れたし、一緒に作ろうよ、シュークリーム」
ヒカルが、昨日食べ損ねたからだと付け足すと、リリカは目を輝かせて喜んだ。
(大丈夫……)
他愛無い会話を重ねて笑顔を交わす度、ヒカルの心の迷いは晴れていく。自分は、確かに変わってしまったのかもしれない。しかし、その力が無ければ、リリカを守ることは出来なかったのだ。
この街を守ったのは、自分だ。
ヒカルは、そう自分に言い聞かせるのだった。