絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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倉橋沙代


プロローグ
始まりという名の


 

昔から絵本が好きだった。

子供の頃に読んでもらった絵本は、今では珍しい紙の本。昔、おばあちゃんがよく読んでくれた。

……でも、思い出も絵本も、全部燃えてなくなっちゃったけど。

 

「ここかな」

 

廃れた路地、美味しそうな匂いがするこの道で、とあるビルを探していた。

紙の本を取り扱っているという隠れたお店に、欲しかった絵本を買いに来たのだが、どう探してもそのお店が見つからない

 

端末に表示された住所と、目の前のビルをもう一度見比べる。

場所は合っている。けれど、看板らしいものはどこにもなかった。

 

「……潰れちゃったのかな」

 

ここまで来たのに。

画面を閉じようとした、その時だった。

 

「本屋を探しているのかい?」

 

振り返ると、白い髪の男の人が立っていた。

片手には、紙の本。見慣れないその姿に、思わず視線が吸い寄せられる。

 

「あ、はい。この住所のお店なんですけど……」

 

端末を差し出すと、彼は画面を一瞥して、すぐそばの細い階段を指した。

 

「そこの二階だよ。今日は店主が出かけているから、開くまで少し待つことになる」

「そうなんですね……よかった。なくなったのかと思いました」

 

ほっとして笑うと、彼もわずかに口元を緩めた。

 

「何か、探している本があるのかな?」

「絵本です。昔、おばあちゃんに読んでもらっていたものなんですけど」

 

大人になって絵本を買いに来たなんて、少し変に思われるだろうか。

そう考えて付け足す前に、彼が尋ねた。

 

「題名は?」

 

記憶の中に残っている名前を伝える。

彼は少し考えるように視線を落とした。

 

「……それなら、見覚えがある。奥の棚にあったはずだ」

「本当ですか?」

 

つい声が大きくなってしまった。

彼は気にする様子もなく、頷く。

 

「表紙に、小さな家が描かれている本だろう?」

「そうです。屋根が赤くて……」

 

そこまで言うと、不思議と次の言葉が出てこなかった。

 

おばあちゃんの膝に乗って、何度も同じページを開いた。

あの家を指さして、ここに住みたいと言ったこともある。

 

表紙の角は、すっかり丸くなっていた。

 

「大切な本だったんだね」

 

顔を上げる。

彼は私の返事を待っていた。

 

「……はい。もう、手元にはないんですけど」

 

燃えてしまった、とまでは言えなかった。

初めて会った人に話すには重すぎるし、口にしたら、せっかくここまで来たのに泣いてしまいそうだった。

 

彼は理由を尋ねなかった。

 

「店が開いたら、探してみよう」

 

そう言って、階段の脇に身を寄せる。

 

「一緒に探してくれるんですか?」

「僕も、この店に用があるからね」

 

手に持っていた本を軽く持ち上げてみせる彼に、私は頷いた。

 

少し離れて隣に立つと、彼は閉じていた本を開いた。

紙をめくる音がする。

 

懐かしくて、つい見てしまう。

その視線に気づいたのか、彼がこちらを向いた。

 

「気になる?」

「あ……すみません。紙の本を読む人、あまり見ないので」

「君も、その一人になるんだろう?」

 

彼の視線が、まだ閉まっている二階の扉に向く。

 

「……見つかったら」

「そうだね」

 

その静かな返事を聞きながら、もう一度、表紙の赤い屋根を思い浮かべた。

 

今度は、焼けてしまった時のことより先に、おばあちゃんがページをめくる手を思い出せた。

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