絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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一緒の時間を過ごせたことが、嬉しかったんだ


13.この人

 

 

朝、寝室の扉がゆっくり開いた。

沙代は片手で目を擦りながら、部屋へ出てきた。

髪は片側だけ大きく跳ねていて、頬には薄く枕の跡がついている。

窓際のソファから、本を閉じる音がした。

 

 

「おはよう」

「……おはようございます」

 

返事をして、沙代は足を止めた。

 

槙島がいる。

 

昨夜、自分で泊まってほしいと言った。それを思い出すまで、数秒かかった。

彼は沙代の顔を見ていた。

それから、肩をわずかに揺らした。

 

「……何ですか」

「よく眠れたみたいだね」

 

声に笑いが混じっている。沙代はぼんやりと頷いた。

 

「はい……」

 

何がおかしいのか、まだ分からなかった。

槙島の視線が、頭の横へ動く。

つられて手を上げると、指先に跳ねた髪が触れた。

 

「……あ」

 

押さえてみる。

手を離すと、戻った。

槙島が、今度は隠さずくすくす笑った。

 

「ちょっと待ってください」

「うん」

「見ないで」

「もう見たよ」

 

沙代は両手で髪を押さえた。

 

「そういうことじゃなくて……」

 

彼は笑ったまま、本へ目を落とした。

 

「では、続きでも読んでいようかな」

 

沙代は急いで洗面所へ向かった。

鏡を見ると、思っていたよりひどかった。

片側だけではない。後ろの髪も、好きな方向を向いている。

頬の跡に触れ、昨夜の自分を思い返す。本をめくる音が聞こえていた。

 

次に覚えているのは、朝だった。

確かに、よく眠れたらしい。

 

 

 

髪を整えて戻ると、槙島はさっきと同じ場所に座っていた。

ただ、毛布は畳まれ、ソファの端に置かれている。

 

「……お待たせしました」

 

彼が顔を上げた。

 

「もう一度、おはよう」

 

沙代は少し口を尖らせた。

 

「まだ笑ってます?」

「今は笑っていないよ」

「今は、って」

 

槙島の口元がまた緩む。

沙代は台所へ向かい、お湯を沸かした。

カップを二つ出す動作が、昨夜より自然だった。

 

「槙島さんは、眠れましたか?」

「ああ」

「ソファ、狭くなかった?」

「少し短かったね」

 

振り返る。

 

「やっぱり。言ってくれれば……」

「眠れたよ」

 

そう返され、沙代は続きを飲み込んだ。

何とかしたかったけれど、今から昨夜のソファを長くすることはできない。

 

「……次は、何か考えます」

 

槙島が本から目を上げた。

沙代はまだ、カップに視線を落としていた。

 

次。

 

特に予定を立てるつもりもなく、口にした言葉だった。

彼はそれを訂正せず、しおりを挟んだ。

 

「朝は、何を飲むの?」

「いつもは紅茶です。コーヒーもあります」

「では、紅茶を」

「分かりました」

 

湯の沸く音が大きくなる。

沙代は待っている間に、窓へ目を向けた。

 

「この時間は、こっちの壁が明るいんです」

 

槙島も、そちらを見た。

窓の近くから伸びた光が、棚の側面に当たっていた。

三冊の本のうち、一冊だけ背表紙が明るくなっている。

 

「夕方とは、違う場所だね」

「はい」

 

沙代は笑った。

髪はもう整っていたけれど、目元にはまだ少し眠気が残っている。

 

 

*

 

 

槙島はその顔を見てから、窓の光へ視線を戻した。

 

 

昨夜、眠る前に考えたとおり、彼女は扉を開けて出てきた。

ただ、最初に聞く話が寝癖についてになるとは思っていなかった。

台所で、カップへ湯が注がれる。

 

「何を笑ってるんですか」

 

沙代の声に、彼は顔を上げた。

 

「思い出したんだ」

「もう忘れてください」

「それは、約束できないね」

 

沙代が振り返る。

少しして、自分でもその言葉に聞き覚えがあることに気づいた。

 

「……本の話と一緒にしないで」

 

槙島は笑い、テーブルの上を空けた。

温かい紅茶が、二つ並んだ。

 

 

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