絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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22.君の隣が空いてる

 

 

 

 

槙島が来ると、沙代は玄関で小さな袋を受け取った。

 

「今日は、何ですか?」

「茶葉と、一冊」

「また本、増えましたね」

「読んだら、持ち帰るよ」

 

そう言いながら、彼は部屋へ入った。本は棚の、自分が置いた二冊の隣へ。

茶葉は、台所の戸棚へ。沙代は、その一連の動きを見ていた。

 

「あ、お茶は——」

「僕が淹れるよ。君のカップ、洗ってある?」

「伏せてあります」

 

槙島は水切りのところへ手を伸ばした。

沙代が説明しなくても、白いカップと一緒に並べる。

湯を沸かす間に窓のそばへ行き、少しだけ開けた。

 

「今日は、暖かいね」

「……はい」

 

戻ってきた彼が、ソファの膝掛けを端へ寄せる。

いつもの場所に座れるように。

 

沙代は、つい笑った。

 

「なんだか、一緒に住んでるみたいですね」

 

槙島が振り向いた。

言った後で、沙代も自分の言葉を聞き直した。

 

「……あ」

 

彼は少し目を細める。

 

「僕の物が増えてきたから?」

「…それもありますけど。お茶とか、窓とか。私が言わなくても、分かってるので」

 

言い訳のように続けてから、沙代は黙った。

 

槙島は棚へ目を向けた。

彼の本が三冊。彼が使う白いカップ。

いつ来ても座る場所。

 

「確かに、ずいぶん馴染んできたね」

 

否定されず、沙代の頬が熱くなる。

 

「変な意味じゃなくて」

「どんな意味なら、変なの?」

 

彼は穏やかに尋ねた。

沙代は答えに困り、視線を落とす。

 

「……今みたいなこと、聞くところです」

 

槙島が笑った。湯の沸く音がして、彼は台所へ戻る。

沙代はソファへ座った。

言わなければよかっただろうかと考えているうちに、カップが運ばれてくる。

槙島はいつもどおり、隣へ座った。

 

「僕がいると、落ち着かない?」

 

沙代は顔を上げた。

 

「いえ。逆です」

 

今度は、すぐ答えられた。

彼は黙って続きを待つ。

 

「前は、誰かが来たらちゃんとしなきゃって思ってたんですけど。槙

島さんだと、今は……読んでた本をそのままにしててもいいし」

 

テーブルの上には、読みかけの本があった。

カップを置く時、彼はそれを閉じずに横へずらしてくれた。

 

「お茶を淹れてくれるのも、嬉しいです。でも、それより」

 

沙代は言葉を探した。

 

「帰る時間まで、ずっと何か話さなきゃって思わなくていいので」

 

槙島は彼女を見ていた。

初めて来た時、沙代は何度も立ち上がった。

お茶を出し、食器を片づけ、話すことを探した。

 

今は、膝掛けを自分の脚へかけながら話している。

 

「それなら、居心地は悪くないようだね」

「……はい」

 

沙代はカップに手を伸ばした。

 

「だから、ああいうこと言っちゃったんです」

 

槙島は少し考えてから、本棚を見た。

 

「僕も、ここに来ると落ち着くよ」

 

沙代の手が止まる。

 

「本当に?」

「ああ」

 

彼は彼女へ視線を戻した。

 

「今日はどこに座ろうかと、考えなくて済む」

「そこばっかりですね」

「君の隣が空いているからね」

 

沙代はカップへ目を落とした。

槙島は、その頬がまた赤くなるのを見た。

けれど今日は、もう一つ問いを重ねる気にはならなかった。

 

一緒に住んでいるみたい。

彼女は暮らしの中に入り込んだ自分を見て、そう言った。

困ったこととしてではなく、笑いながら。

槙島は紅茶を飲んだ。

 

帰る時には、カップを洗って本を棚に残す。

その繰り返しを、少し変えたらどうなるのか。

浮かんだ考えを、彼はまだ口にしなかった。

 

隣で沙代が本を開く。

 

「今日は、読み終わりました」

「では、聞けるね」

「……でも、少しこうしててからでもいいですか?」

 

本を開いたまま、彼女がこちらを見る。

槙島は頷いた。

 

「もちろん」

 

窓から入った風で、ページの端が揺れた。

沙代が押さえ、彼もそっと本の反対側へ手を置く。

しばらく、二人とも何も話さなかった。

 

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