絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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言わなきゃ良かった、と思った。


23.貴方の恋人に

 

 

 

 

最近、沙代は槙島と会うたびに、胸がどきどきした。

来る前に鏡を見直したり、隣に座ると本の内容が入ってこなくなったり。

名前を呼ばれるだけで、顔を上げてしまう。

 

なんでだろう、と思っていた。

けれど、今はもう気づいていた。

 

ーー好きなんだ。

 

そう認めると、今までのことが、すっと繋がった。

連絡が来なくて寂しかったことも。

帰ってほしくなくて、泊まってほしいと言ったことも。

もう一度あの顔を近くで見たいのに、近づかれると困ってしまうことも。

友達だから、だけではなかった。

 

 

 

槙島は、隣で本を読んでいた。

沙代は同じ行を、何度も読み返している。

彼がページをめくるたびに、指先へ目が行ってしまう。

 

「沙代」

 

顔を上げる。

 

「今日は、進まないね」

 

彼の視線が、沙代の本へ落ちた。

 

「……はい」

「難しいところ?」

 

首を横に振る。槙島は本にしおりを挟んだ。

話を聞こうとしてくれる。

そういうところも、好きなのだと思った。

 

「考え事です」

「僕に話せることかな」

 

沙代は本を閉じた。

今までなら、うまく言えないと言って、別の話にしたかもしれない。

 

でも、今日は自分で分かっている。

分かっていて黙るほうが、難しかった。

 

「……最近、槙島さんと会うと、どきどきするんです」

 

彼は動かなかった。

 

「なんでだろうって思ってました。前は、もっと普通に話せたのに」

 

膝の上で、閉じた本の角を押さえる。

 

「でも、私も馬鹿じゃないので」

 

少し笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。

 

「今はもう、これがなんなのか気づきました」

 

顔を上げる。

槙島は、こちらを見ていた。からかう時の笑みはなかった。

 

「それは何か、聞いてもいいのかな」

 

分かっているのかもしれない。

それでも、沙代の言葉を待っている。

沙代は息を吸った。

 

「……槙島さんが、好きです」

 

言ってしまった。

静かな部屋で、自分の声だけが妙にはっきり聞こえた。

彼はしばらく沙代を見て、それから本をテーブルへ置いた。

 

「沙代」

「……はい」

「僕も、君を友人としてだけ見ていない」

 

押さえていた指から、力が抜けた。

 

「君に会いたいし、そばにいたい。触れたいとも思っている」

 

沙代は彼の顔を見たまま、何も言えなくなった。

穏やかな声だった。

でも、聞き流せる言葉は一つもなかった。

 

「僕も、少し時間がかかったよ」

 

彼の口元が、わずかに緩む。

 

「君から連絡が来ないのを気にして、自分から会いに行っておきながらね」

「……会いに来てくれました」

「うん。会いたかったから」

 

目の奥が熱くなった。

彼は沙代の手元へ視線を落とす。まだ本を握っていた。

 

「君に言わせて申し訳ない。僕から言いたかったんだけど、…君の恋人になってもいいかな」

 

沙代は頷いた。

頷くだけでは足りない気がして、もう一度、声に出した。

 

「はい」

 

槙島が、笑った。

その顔を見て、ようやく沙代も笑えた。

 

「……からかってませんよね」

「今は、からかっていないよ」

「今は、って」

 

いつもの言い方に、少しだけ力が抜ける。

彼が手を差し出した。

 

沙代は本をテーブルへ置き、その手に自分の手を重ねた。

指が、ゆっくり握られる。

通りで引かれた時とも、具合が悪くて助けてもらった時とも違う。

手を繋ぐために、繋いでいる。

 

「どきどきする?」

 

聞かれて、沙代は頷いた。

 

「……すごく」

 

彼は沙代の手を離さなかった。

 

「そうか」

 

声に、少し笑いが混じった。

でも今度は、目を逸らさずにいられた。

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