絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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愛と形容するには大きすぎた


25.紹介

 

 

 

 

数日後、槙島から連絡が届いた。

 

『今度、グソンと少しお茶を飲まないかい』

 

沙代は画面を読んでから、返事を打った。

 

『はい。お会いしたいです』

 

送信して、少し考える。

恋人になったことを、話すのだろうか。

その言葉はまだ、自分の中で落ち着く場所を探していた。

槙島の名前を見るたび、ふと浮かんでは嬉しくなる。

 

 

 

*

 

 

待ち合わせの店に入ると、グソンはすでに席にいた。

二人に気づき、軽く手を上げる。

 

「どうも。お久しぶりです」

「こんにちは」

 

沙代が頭を下げると、槙島が隣の椅子を引いた。

座ろうとしたところで、彼が口を開く。

 

「グソン。改めて紹介しておこうかな」

 

沙代は顔を上げた。

槙島がこちらを見て、それからグソンへ視線を戻す。

 

「沙代は、僕の恋人だよ」

 

自分でも分かっていた。

それでも、人にそう紹介されると、顔が熱くなった。

 

「……よろしくお願いします」

 

何をお願いしたのだろう、と言ってから思う。

グソンは少し笑った。

 

「ええ。ようやくですね」

 

沙代が瞬きをする。

 

「ようやく?」

「ずいぶん前から、お話は聞いていましたから」

 

槙島へ顔を向ける。彼は笑っていた。

 

「何を話したんですか」

「君と過ごすのが楽しいと」

「……それだけ?」

「ほかにも、少し」

 

グソンがメニューを取り上げた。

沙代には、その動きが笑うのを隠すために見えた。

 

「槙島さん」

「うん?」

「変な話、してませんよね」

「君が思っている変な話によるかな」

 

グソンが、とうとう小さく笑った。

 

「心配しなくていいですよ。悪い話は、一つも聞いてません」

 

沙代は少し安心した。

でも、それでは何を聞いていたのか、余計に気になる。

槙島は隣へ座り、メニューを開いた。

 

「何を飲む?」

 

いつもの声で尋ねられる。

沙代は答える前に、もう一度だけグソンを見た。

彼は二人を眺めていたが、視線が合うと頷いた。

 

「お二人とも、良かったですね」

 

今度は、からかう調子ではなかった。

沙代は笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

注文を終えると、グソンが尋ねた。

 

「本は、増えましたか」

「はい。少しずつ」

「ダンナの分も?」

 

沙代は槙島を見る。

 

「三冊、あります」

「今度、一冊は持って帰るよ」

「別に、邪魔じゃないです」

 

すぐに返すと、グソンの目がわずかに細くなった。

 

「なるほど」

 

槙島は、特に何も言わなかった。

沙代も、言い直さなかった。

自分の棚に彼の本があることが、好きだったからだ。

 

飲み物が運ばれてくる。

槙島は、沙代のカップを彼女の前へ寄せた。

取っ手が、使いやすいほうを向く。

グソンがそれを見た後、自分のカップを持ち上げる。

沙代はお茶を一口飲み、前に会った時から気になっていたことを尋ねた。

 

「グソンさんも、本を読むんですか?」

「たまにはね。ただ、彼ほどでは」

「槙島さん、読むの速いですよね」

「ええ。話し始めると長いですが」

 

沙代は思わず笑った。

 

「それは、分かります」

 

槙島がこちらを見る。

 

「君も、話したいところはたくさんあるだろう?」

「ありますけど」

「では、お互いさまだね」

 

グソンはカップを置いた。

二人が話し始めると、自分の入る隙間が少し減る。

けれど、沙代は途中でこちらにも顔を向け、読んだ本の話をしてくれた。

置き去りにしないようにしているのだろう。

その気遣いが、いかにも彼女らしかった。

 

「……最後に家へ戻る話だったんですけど」

 

沙代が本の題名を言う。

グソンは頷いた。

 

「ああ、荷造りが長い人の」

 

沙代の目が丸くなった。

 

「それも聞いてたんですか?」

 

槙島が笑った。

 

「君の実況が、面白かったからね」

「実況……」

 

沙代も笑う。

 

「でも、本当に長かったんです」

 

その隣で、槙島は彼女の顔を見ていた。

グソンには、少し前の報告が思い出された。

 

ーー今は、すごく楽しいんだ。

 

今日も、そうらしい。

 

 

 

 

*

 

 

店を出ると、グソンは二人と反対の方向を指した。

 

「では、俺はこっちなので」

「今日は、ありがとうございました」

 

沙代が頭を下げる。

 

「こちらこそ。また」

 

グソンは槙島へ目を向けた。

 

「ダンナ、あとはよろしく」

「ああ」

 

短い返事だった。

沙代には、普通の別れの挨拶に聞こえた。

グソンはそれ以上言わず、歩き出した。

 

 

*

 

少し進んだところで、沙代は隣を見上げた。

 

「……恋人って、紹介してくれましたね」

 

槙島が顔を向ける。

 

「そうだろう?」

「はい。そうなんですけど」

 

口にすると、また頬が熱くなる。

 

「嬉しかったです」

 

彼は沙代を見て、小さく笑った。

 

「僕も、言いたかったよ」

 

沙代の足が一瞬遅れる。

槙島も、同じように歩く速さを落とした。

それから手を差し出す。

 

「帰ろうか」

 

沙代はその手を取った。

前にグソンと会った日は、二人で並んで歩いていた。

今日は、指が繋がっている。

 

「グソンさん、驚いてませんでしたね」

「前から、色々聞かれていたからね」

「私のこと?」

「ああ」

 

沙代は繋いだ手へ目を落とした。

 

「……何て答えてたんですか」

 

槙島は少し考えた。

大事なのか。

どうするつもりなのか。

会わずにいられるのか。

 

 

どれも、すぐには答えられなかった。

今は隣に、沙代がいる。

 

「初めは、僕にもよく分からなかったんだ」

 

彼女が顔を上げる。

 

「でも、君といたかった。それは、伝えていたよ」

 

沙代はしばらく彼を見てから、笑った。

繋いだ指に、少しだけ力がこもる。

槙島も、その手を握り返した。

 

 

 

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