絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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言って欲しかった


第4章
31.隠したままでも


 

 

 

 

沙代が眠ったあとも、槙島はしばらく起きていた。

彼の肩に額を寄せ、静かに寝息を立てている。

掛け布団を直そうとすると、沙代の手が袖を掴んだ。

 

「……帰ります?」

 

眠りの浅いところから漏れた、曖昧な声だった。

 

「帰らないよ」

 

そう答えると、指の力が緩む。

けれど、手は離れなかった。

槙島は小さく笑い、彼女の髪を撫でた。

 

枕元で端末が震える。

沙代を起こさないよう、画面の明るさを落として開いた。

 

『先方、次の作品にも取りかかるそうです』

 

グソンからの報告だった。

続いて届いた資料を確認する。

今日、広場で見たものについての補足と、新たな構想。

槙島は数行の返信を打ち、端末を伏せた。

 

沙代は何も知らずに眠っている。

頬にかかった髪を払うと、彼女が薄く目を開けた。

 

「まだ、起きてたんですか」

「君の寝顔を見ていた」

「……またそういうこと言う」

「見ていたからね」

 

照れたように目を閉じる彼女に、槙島は額を寄せた。

 

「寒くない?」

「大丈夫です」

 

少し間が空いてから、沙代は小さく付け足す。

 

「さっき、ありがとうございます」

「何に対して?」

「……隠しててもいいって、言ってくれたこと」

 

槙島は彼女を見た。

沙代は袖を掴んだまま、言葉を探していた。

 

「自分では、普段あんまり見ないようにしてるんです。でも、聖護さんには……嫌だって思われたくなくて」

「うん」

「だから、ほっとしました」

 

彼は沙代の手に、自分の手を重ねた。

 

「また気になったら、言ってくれるかい」

「何回も聞いちゃうかもしれませんよ」

「その時は、何回でも答えるよ」

 

沙代がようやく顔を上げる。

その表情があまりに素直で、槙島は頬に短く口づけた。

彼女は照れながらも、もう顔を隠さなかった。

 

「聖護さん」

「何?」

「今日、連れていってくれて嬉しかったです」

「光を見に?」

「それもですけど。一緒に出かけて、帰ってきて……まだ、いてくれるから」

 

槙島の手が、髪の上で止まった。

 

彼女にとっては、ひと続きの幸福な一日なのだ。

広場で繋いだ手も、帰り道に交わした会話も、今こうして同じ寝床にいることも。

 

「僕も、まだ君といたいよ」

 

そう答えると、沙代は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、寝ましょう。今日はちゃんと」

「そうだったね」

 

端末を手の届かない方へ置き、枕元の灯りを消す。

暗くなると、沙代が少し近づいてきた。

 

槙島はその肩を抱き、彼女が落ち着くところまで待った。

 

「おやすみなさい、聖護さん」

「おやすみ、沙代」

 

やがて、袖を掴んでいた手がほどける。

槙島は彼女を起こさないように、その手を取った。

 

明日の打ち合わせの時間は、もう決まっている。

今はただ、沙代の手が温かいことが嬉しかった。

 

 

 

*

 

 

 

 

数日後、沙代は槙島の肩にもたれ、彼の指を触っていた。

長い指を一本ずつなぞっていると、槙島が手を返し、彼女の指を捕まえる。

 

「何か面白い?」

「……手、綺麗だなって」

「さっきから、そればかり見ているね」

 

沙代が笑った時、つけたままの画面から「連続殺人事件」という言葉が聞こえた。

 

二人の視線が、そちらへ向く。

 

発見現場の映像と、公安局による捜査状況。

読み上げられる情報を、槙島は黙って聞いていた。

沙代は彼の肩に頬を預けたまま、画面を見ていたが、やがて小さく呟く。

 

「物騒だね……」

 

返事がなく、顔を上げた。

槙島は真剣な顔をしていた。

いつものように何か感想を言うこともなく、報道の一つひとつを確かめるように見つめている。

 

「聖護さん?」

「ああ、そうだね。不用意に外に出てはいけないよ」

 

そう言って、ようやく彼女を見た。

 

「特に、夜は」

「はい。……この前、二人で出かけたところも映ってましたね」

「そうだね」

 

沙代の指が、彼の手を握った。

 

「近くで起きてたんだと思うと、ちょっと怖いです」

 

槙島はその手を握り返す。

あの夜、彼女が見上げていた光を思い出した。

金色に変わるまで待とうと、隣で笑っていた顔も。

 

「しばらくは、家で過ごそうか」

「ここで?」

「君がよければ」

「もちろん」

 

沙代の表情が、少し和らいだ。

 

「外に行かなくても、聖護さんと会えれば嬉しいです」

 

槙島は彼女の頬を撫でる。

沙代が目を細め、その手に顔を寄せた。

画面では、捜査への協力を呼びかけていた。

槙島は最後まで聞いてから、音量を下げる。

 

「怖くなってしまった?」

「少し。でも、今は一人じゃないので」

 

彼女はそう言い、もう一度肩にもたれた。

槙島は腕を回し、沙代を抱き寄せる。

髪に口づけると、彼女がくすぐったそうに笑った。

 

「今日は、まだいてくれますか」

「うん。まだいるよ」

 

その返事を聞いて、沙代の身体から力が抜けた。

槙島は彼女の背中をゆっくり撫でながら、画面へ視線を戻す。

 

報道には、まだ自分の名前は出ていなかった。

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