絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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46.不安

 

 

 

午後、作業場へ入ってきた槙島を見て、グソンは手元の端末を置いた。

 

「……何かありました?」

 

槙島は机の前で足を止め、彼へ顔を向けた。

 

「沙代が、妊娠しているかもしれない」

 

グソンは黙った。

数秒してから、椅子の背にもたれる。

 

「……かもしれない、というのは」

 

「検査薬で陽性が出た。これから病院で確認する」

「そうですか」

 

いつもの軽口は出てこなかった。

槙島も立ったまま、机の端へ手を置いている。

 

「彼女は?」

「嬉しいと言っていた。怖いとも」

「ダンナは」

 

槙島は少しだけ目を伏せた。

 

「僕も、嬉しかったよ」

 

グソンはその顔を見た。

 

「……なら、ひとまず、おめでとうございます」

「ありがとう」

 

返事のあと、槙島はようやく椅子に座った。

何度も沙代の話をしてきた場所だった。

ケーキを作ってくれたことも、指輪を喜んだことも、ここで話した。

今日は、何から続ければいいのか分からなかった。

 

「……一緒に考えると言ったんだ」

「ええ」

「一人で決めなくていいかと聞かれたから」

 

グソンは頷いた。

 

「そこは、そうでしょう」

 

槙島は自分の左手を見た。

 

「彼女は、僕が嬉しいかどうかを確かめていた。最後には、もう一度言ってほしいと」

「嬉しい、を?」

「うん」

 

彼の口元が、少し緩んだ。

 

「言ったら笑ったよ。……あの顔を見て、僕もまた嬉しくなった」

 

グソンはしばらく黙っていた。

やがて、静かに尋ねる。

 

「で、ダンナ。これからどうするんです」

 

槙島の笑みが薄くなった。

 

「まだ決まっていない」

「今ここで答えを出せって話じゃありません。ただ、今までと同じにはできませんよ」

「分かっているよ」

「沙代さんは、一緒に育てたいと思うでしょうね」

 

槙島はすぐには返事をしなかった。

今朝の食卓を思い出していた。

 

気分が悪いと言いながらも、自分の分までお茶を淹れようとしていた沙代。

その家に、子どもがいるところを想像する。

彼女が抱いて、自分へ顔を向ける。

そばへ来てほしいと呼ばれる。

 

行きたい、と思った。

 

「……僕も、そうしたいと思っている」

「思っている、ですか」

 

グソンは息を吐いた。

 

「なら、その先を考えないと」

 

卓上には、午後の打ち合わせで使う資料が並んでいた。

槙島は、その一枚へ目を落とす。

今朝まで、それを進めることに迷いはなかった。

 

沙代と子どものことを聞いた今も、そこに書かれた目的を捨てたいとは思っていない。

帰る家ができたからといって、外でやろうとしていることが間違いになるわけではなかった。

その一方で、あの家へ帰りたかった。

 

「どちらも欲しいんだろうね、僕は」

「でしょうね」

 

グソンは否定しなかった。

 

「でも、留守の間に彼女が困ったら、必要なのはダンナですよ。金や手配だけじゃ済まないこともある」

「うん」

「俺に頼めばいい、で全部済ませないでくださいね」

 

槙島が顔を上げる。

グソンは真顔だった。

 

彼は少し笑い、それから頷いた。

 

「覚えておくよ」

 

資料を手元へ引き寄せる前に、端末を開く。

沙代から、新しいメッセージが届いていた。

 

《少し眠れたよ。まだ変な感じ。聖護が帰ってきたら、また話したい》

 

槙島は読み終え、短く返した。

 

《うん。今日は早く帰る》

 

送信すると、グソンが言った。

 

「まず、今日の約束は守ってやってください」

「守るよ」

 

今度の返事には、迷いがなかった。

端末を伏せ、資料へ視線を戻す。

 

「では、始めようか」

 

グソンが説明を始めると、槙島は必要な箇所で質問を挟んだ。

今後の段取りを変えるところもあれば、そのまま進めるところもあった。

話している間、彼の判断が鈍ることはなかった。

 

ただ、ひと区切りついた時、いつもより先に時計を見た。

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