絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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48.2つの期待

 

 

 

「金原は確保されました」

 

グソンの報告を聞きながら、槙島は映像を見ていた。

 

工場内を動くドローン。

追われる刑事たち。

その中で、狡噛が状況を読み、動いている。

 

「事故で処理されている間は、上手くやっていたんですがね」

「事故として見たい人間ばかりだったからだろう」

 

槙島は画面へ目を向けたまま答えた。

 

「工場が正常に動いていれば、そこで働く人間も正常だと思いたい。随分、便利な考え方だね」

「実際には、金原が追い詰められていた」

「そして、反撃する手段を得た」

 

その声に、金原への同情はなかった。

 

彼が何を選ぶかには興味があった。

 

手段を与えられたあと、どう振る舞うのか。

どこまで進めるのか。

 

結果は、目の前にある。

 

槙島は映像を戻した。

 

「ここ」

 

狡噛の姿が、画面の中で止まる。

 

「彼がいなければ、どうなっていたかな」

 

グソンも映像を見る。

 

「少なくとも、ここまで早くは辿り着かなかったでしょうね」

「シビュラが見つけたわけではないんだね」

 

槙島の口元が緩んだ。

 

「人間を見て、疑って、確かめた人間がいる」

 

グソンは彼の顔を見た。

沙代から連絡が来た時とは違う笑い方だった。

何かを見つけ、もっと知りたくなった時の顔。

画面を進めると、若い監視官が映った。

 

「一係に新しく入った監視官です」

「名前は?」

「常守朱」

 

槙島が顔を上げる。

 

「……常守朱?」

「ご存じで?」

 

少し前、沙代が話していた。

健診の帰りに荷物を落とし、一緒に拾ってくれた人。

仕事を始めたばかりで、まだ慣れていないと笑っていた人。

 

「沙代を助けてくれたそうだよ」

 

グソンが黙った。

 

「今度は、何に巻き込まれたんです?」

「荷物を落としただけだ」

「……なら、よかったですが」

 

槙島は画面の朱を見た。

沙代は、優しい人だったと言っていた。

あの時は名前を聞いただけで、それ以上は確かめなかった。

その人が今、狡噛のそばにいる。

 

「彼女は、相手が公安の人間だと知っているんですか」

「知らないと思う」

「本当に、妙な縁ができますね」

「そうだね」

 

槙島はもう少し映像を進めた。

沙代の荷物を拾った時、彼女はどんな顔をしていたのだろう。

画面にいる監視官と、沙代が楽しそうに話してくれた若い女性。

同じ人間だと分かっても、まだ見ていない方の姿が気になった。

 

端末が震える。

 

《今日は少し食べられたよ。帰り、遅くなる?》

 

槙島は文面を読み、時刻を確かめた。

 

《もう少ししたら帰る。先に休んでいていいよ》

 

送信すると、すぐに返事が来た。

 

《眠くなったら寝る。でも、帰ってきたら起こしてほしい》

 

彼は少し笑った。

 

「今日はここまでにしよう」

「この監視官の資料は?」

「あとで読むよ」

 

グソンが頷く。

 

槙島は立ち上がる前に、もう一度、停止した映像を見た。

 

狡噛慎也。

 

彼がこちらへ近づいてきた時、何を見るのだろう。

 

その問いには、危惧と同じくらい、期待があった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

帰宅すると、居間の灯りはついていた。

沙代はソファで横になり、胸元に本を載せて眠っている。

 

槙島は静かに本を取り、栞を挟んだ。

その気配で、彼女が目を開ける。

 

「……おかえり」

「ただいま」

「待ってたんだけど、寝ちゃった」

「見れば分かるよ」

 

沙代が眠そうに笑う。

槙島はそばへ座り、ずれた毛布を掛け直した。

 

「気分は?」

「朝より、いい」

 

彼女は手を伸ばし、彼の左手に触れた。

 

「聖護は、今日どうだった?」

 

彼は少し考えた。

 

「興味深いことがあったよ」

「そっか」

 

沙代は詳しく尋ねず、彼の手を握った。

槙島も、その手を握り返す。

 

工場の映像も、狡噛の動きも、沙代には話さなかった。

常守朱が監視官だったことも、今は口にしなかった。

 

代わりに、彼女が何を食べられたのか聞いた。

明日の予定を確かめ、枕元で読む本を選ぶ。

 

やがて沙代が起き上がると、彼はその背中を支えた。

 

「寝室へ行こうか」

「聖護も?」

「うん」

 

その答えに、彼女は安心したように寄りかかった。

槙島は沙代の髪へ口づけた。

 

今夜、彼女の隣で眠りたい。

 

狡噛が次に何を見抜くのかも、知りたい。

どちらかを望む時に、もう片方を忘れているわけではなかった。

沙代が彼の手を引く。

槙島は立ち上がり、彼女と寝室へ向かった。

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