「金原は確保されました」
グソンの報告を聞きながら、槙島は映像を見ていた。
工場内を動くドローン。
追われる刑事たち。
その中で、狡噛が状況を読み、動いている。
「事故で処理されている間は、上手くやっていたんですがね」
「事故として見たい人間ばかりだったからだろう」
槙島は画面へ目を向けたまま答えた。
「工場が正常に動いていれば、そこで働く人間も正常だと思いたい。随分、便利な考え方だね」
「実際には、金原が追い詰められていた」
「そして、反撃する手段を得た」
その声に、金原への同情はなかった。
彼が何を選ぶかには興味があった。
手段を与えられたあと、どう振る舞うのか。
どこまで進めるのか。
結果は、目の前にある。
槙島は映像を戻した。
「ここ」
狡噛の姿が、画面の中で止まる。
「彼がいなければ、どうなっていたかな」
グソンも映像を見る。
「少なくとも、ここまで早くは辿り着かなかったでしょうね」
「シビュラが見つけたわけではないんだね」
槙島の口元が緩んだ。
「人間を見て、疑って、確かめた人間がいる」
グソンは彼の顔を見た。
沙代から連絡が来た時とは違う笑い方だった。
何かを見つけ、もっと知りたくなった時の顔。
画面を進めると、若い監視官が映った。
「一係に新しく入った監視官です」
「名前は?」
「常守朱」
槙島が顔を上げる。
「……常守朱?」
「ご存じで?」
少し前、沙代が話していた。
健診の帰りに荷物を落とし、一緒に拾ってくれた人。
仕事を始めたばかりで、まだ慣れていないと笑っていた人。
「沙代を助けてくれたそうだよ」
グソンが黙った。
「今度は、何に巻き込まれたんです?」
「荷物を落としただけだ」
「……なら、よかったですが」
槙島は画面の朱を見た。
沙代は、優しい人だったと言っていた。
あの時は名前を聞いただけで、それ以上は確かめなかった。
その人が今、狡噛のそばにいる。
「彼女は、相手が公安の人間だと知っているんですか」
「知らないと思う」
「本当に、妙な縁ができますね」
「そうだね」
槙島はもう少し映像を進めた。
沙代の荷物を拾った時、彼女はどんな顔をしていたのだろう。
画面にいる監視官と、沙代が楽しそうに話してくれた若い女性。
同じ人間だと分かっても、まだ見ていない方の姿が気になった。
端末が震える。
《今日は少し食べられたよ。帰り、遅くなる?》
槙島は文面を読み、時刻を確かめた。
《もう少ししたら帰る。先に休んでいていいよ》
送信すると、すぐに返事が来た。
《眠くなったら寝る。でも、帰ってきたら起こしてほしい》
彼は少し笑った。
「今日はここまでにしよう」
「この監視官の資料は?」
「あとで読むよ」
グソンが頷く。
槙島は立ち上がる前に、もう一度、停止した映像を見た。
狡噛慎也。
彼がこちらへ近づいてきた時、何を見るのだろう。
その問いには、危惧と同じくらい、期待があった。
*
帰宅すると、居間の灯りはついていた。
沙代はソファで横になり、胸元に本を載せて眠っている。
槙島は静かに本を取り、栞を挟んだ。
その気配で、彼女が目を開ける。
「……おかえり」
「ただいま」
「待ってたんだけど、寝ちゃった」
「見れば分かるよ」
沙代が眠そうに笑う。
槙島はそばへ座り、ずれた毛布を掛け直した。
「気分は?」
「朝より、いい」
彼女は手を伸ばし、彼の左手に触れた。
「聖護は、今日どうだった?」
彼は少し考えた。
「興味深いことがあったよ」
「そっか」
沙代は詳しく尋ねず、彼の手を握った。
槙島も、その手を握り返す。
工場の映像も、狡噛の動きも、沙代には話さなかった。
常守朱が監視官だったことも、今は口にしなかった。
代わりに、彼女が何を食べられたのか聞いた。
明日の予定を確かめ、枕元で読む本を選ぶ。
やがて沙代が起き上がると、彼はその背中を支えた。
「寝室へ行こうか」
「聖護も?」
「うん」
その答えに、彼女は安心したように寄りかかった。
槙島は沙代の髪へ口づけた。
今夜、彼女の隣で眠りたい。
狡噛が次に何を見抜くのかも、知りたい。
どちらかを望む時に、もう片方を忘れているわけではなかった。
沙代が彼の手を引く。
槙島は立ち上がり、彼女と寝室へ向かった。