絵本のつづきを、君と。   作:小池蒼司

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69.ここにいるよ

 

 

ーー数年後。

 

沙代の膝の上で、息子が絵本を開いていた。

古い紙の端を、小さな指が押さえている。

 

「ここ、もういっかい」

「また?」

「うん」

 

沙代は笑って、少し前のページへ戻った。

同じところを三度読んだあと、息子が棚の写真を指さす。

 

「お父さんも、この本よんだ?」

 

沙代は顔を上げた。

あの一周年の写真だった。

 

「うん。お母さんと、一緒に読んだよ」

「お父さん、本すき?」

「すごく好き。難しいのばっかり読んでたけどね」

 

息子はしばらく写真を見て、それから沙代の胸元へ視線を移した。

 

「これ、お父さんの?」

「そうだよ」

 

チェーンを引っ張らないよう、手を添える。

息子は指輪に触れて、自分の指を当てた。

 

「おっきいね」

「手も、大きかったんだよ」

 

沙代は、その小さな手を包んだ。

 

 

 

*

 

夜、息子が眠ったあと。

 

沙代は絵本を棚へ戻した。

表紙は、昔より擦れていた。

 

祖母との思い出。

聖護と出会った日。

一緒に過ごした夜。

 

そこへ今は、息子の声も重なっている。

写真の前で、沙代は小さく笑った。

 

「今日も、同じところ三回読んだよ」

 

返事はなかった。

胸元の指輪へ触れる。

 

「あの子ね、本が好きみたい」

 

その時、寝室から声がした。

 

「おかあさん」

 

沙代は振り返った。

もう一度呼ばれる前に、立ち上がる。

 

「うん、今行くね」

 

廊下を歩き、扉を開けた。

ベッドの上で起き上がった息子が、両手を伸ばしてくる。

 

沙代はそのそばへ座り、温かい身体を抱き寄せた。

 

「大丈夫。ここにいるよ」

 

昔、自分が聞きたかった言葉を、今度は自分の声で伝えた。

 

息子が眠り直してからも、沙代はしばらく、その手を握っていた。

昼間はあんなに小さく見えるのに、こうして握り返されると、思っていたより力がある。

 

「……聖護の手も、温かかったよ」

 

眠っている息子へ、そっと話しかけた。

 

いつか、この子がお父さんについて、もっと知りたがる日が来るのだろう。その時、何をどう話すかは、まだ分からない。嬉しかったことだけを選んで、すべてだったことにもできなかった。

 

それでも、会いたがっていたことは伝えたかった。

 

その声を覚えているのは、自分なのだから。

 

息子の指がほどける。沙代は布団を掛け直し、額に触れた髪を払った。

 

「おやすみ」

 

立ち上がると、胸元の指輪が小さく揺れた。

 

居間の灯りを消す前に、写真へ目を向ける。

 

「明日も、早いんだよ」

 

少し笑ってから、寝室へ戻った。

 

隣の寝床には、息子がいる。

 

沙代は自分の布団へ入り、目を閉じた。明日の朝は、何を食べさせよう。

 

考えているうちに、ゆっくり眠りが訪れた。

 

ーーここにいるよ。

 

彼の声が聞こえた気がした___

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