骨になったって恋がしたい 作:緑狸
月に一度、冒険者ギルドの三階が点灯する夜がある。
酒場と受付を兼任する一階。関係者用の部屋がいくつかある二階。
そして、何かしらの催しの際に解放される、大広間の様相を呈した三階である。そこには喧騒と武勇伝が飛び交う一階とは異なる、厳かな雰囲気が――あるわけでもなかった。
中では結構軽いノリで話したり笑ったりする者たちが酒と料理を嗜んでいる。
ただしある程度の秩序に基づいた、行儀の良いそれだ。間違っても誰が一番デカい肉を食べられるかとか、ジョッキの早飲み勝負が展開されたりとか、そういった粗暴な遊び方ではない。
いわば、飲食はメインではないのだ。
目的は他にあると言わんばかりに、皆拙い会話にばかり興じているように見えた。
数人の男女でまとまり、笑い交じりに会話し、あなたに興味がありますとアピールする。
「違うじゃん、合コンじゃんか、これ......」
明らかにくる場所を間違えたと、そう思った。
今このフロアにおいて自分は異物である。中央でキャッキャウフフしている男女の集まりに混ざる気にもなれず、外側のテラス席に追いやられていた。
というよりは、意図的に逃げてきたのだ。あまりに居心地が悪かったものだから。
パーティ募集者たちの顔合わせと聞いていたが、明らかにそうではない。
となると紹介してくれた元パーティメンバーのおせっかいだろう。余計なお世話だ。
「違うじゃん、合コンじゃんこれ......」
数秒前の自分と同じ愚痴と共に、テラス側へ歩いてくる女がいた。
彼女も志を同じくする同士だろうか。気持ちはわかる。入場料まで取られて肩透かしを食らうのでは、あまりに割に合わないだろう。
せめて傷をなめ合おうと話しかけてみた。彼女はひどく驚いた様子だった。
まるで自分が話しかけられるわけがない、とでも考えていたみたいに。
〇
「だから見た目がどうこうっていうのに囚われるんじゃなくて、相手がどういう人柄かってのが最終的には大事でしょ? そのためにこの合コンって作られたわけじゃん。だからみんなわざわざ顔隠したり大き目なローブ着こんだりしてるわけでしょ。種族がどうこうとか違うんだって。そもそも私スケルトンじゃないし、でも何回言っても伝わんないし、挙句の果てには現実が直視できない狂人呼ばわりだもん。後から気が付くのもあれだろうなって親切心で予め教えてあげてるのにさ」
前言撤回。こいつはガッツリ恋愛をしに来ている。
先の自分は合コンであることにガッカリしていたわけだが、この女は合コンであるにも関わらず恋愛に発展できない現実に対して、心からガッカリしていたのだ。
「ま、人と人とだからな。うまくいかないことだってあるさ」
「うう。あなたいい人ですね。付き合ってみる?」
「ごめん被る」
女はがーん、とでも言いたげな大げさな反応。
「待て待て、お前だから付き合わないわけじゃない。誰とも付き合わないよ」
「付き合わないの? なんのためにここに来たわけ?」
「パーティメンバー集め」
「はぁ~~~あ」
ため息をつかれてしまった。やはり場違いである。
「ところで、あなたは誰?」
「今更か。これ見ればわかるだろ、レト魔導士119歳」
ローブ胸元のカードを示すと、女――レトはじっと覗きこんで。
「そういえばそうだったね。カイル剣士24歳。......今の合コンっぽくない?」
「ぽくない」
「そうかなぁ。私はそうは思わないけど」
くつくつと笑うレト。
仮面越しなので実際はわからないが、悪戯っぽい笑みを浮かべているのだと思う。
なんだかまた居心地が悪くなってきて、誤魔化すために酒を一口。
今日は少しだけ夜風があって、火照った頬をするりと抜けるのが心地いい。
「そうだ、お前も一杯――」
一人で飲んでいてもあれだし、彼女も誘おうと。
そう振り返った瞬間、ひゅるりと抜けた風が、ローブの裾をひらと揺らして。
裾の先からは、手が見えた。白い肌でなく、というか肉が無かった。白い骨だった。
「スケルトン?」
「エルフだよ」
「いやいやご冗談を」
長命種のエルフが白骨化なんかしていてたまるか。
「せっかく良さげな酒なのに酔いがさめるところだった、とっ」
もう一度風が吹いた。
これまたローブの裾が揺れる。先は彼女の左手が見えたが、今度は右手だった。白い骨でなく、白い肌の華奢な手だった。
「エルフ?」
「エルフだってば」
ふんす、と息をつくレト。ともすれば本当にエルフなのかもしれない。
だからなんだという話ではあるけれど、自認がエルフの激ヤバスケルトンでない可能性があるだけでも気持ち的には大きな収穫であったりする。存外心構えからして変わるものだ。
「てか、中身の詮索はご法度だよ」
「そうなのか」
「そうだよ。入場前に説明されたでしょ? 種族や人種に関わらず出会う場所だから、体を隠すローブを着て、仮面をつけるんだって」
生身の人差し指を立てて説明される。
正直、聞いたような聞いていないような。そういえばそんなことを言われたような気もする。
「聞いてなかったんだ。悪い子」
「悪かったな。趣旨もルールもわかってない悪い子で」
「ぼくは別に構わないよ。話してて楽しいから」
しばしくつくつと笑った後、レトは何かを考えるように口元に手をあてた。
仮面の所為でその表情は伺い知れない。ただ、真剣そうなので口は挟まなかった。ルールはわかっていないが、その辺りの空気の読み方は心得ているつもりだ。
「それで? なんでこんなとこ来てまでパーティ組もうとしてるのさ」
隣に座って、緩く頬杖をつくレト。
彼女の分も酒を用意しようとすると、やんわり手で静止された。もしかして、下戸なのだろうか。とはいえ無理に勧めるつもりもないので、代わりに自分の分を注ぎ直す。
一杯あおり、呟いた。
「前のパーティが解散したんだ。メンバーが引退するって言ってさ。俺はまだ続けるつもりだったから、そいつらの伝手で紹介してもらった集まりに来てみたってわけ。まさかこういう会だとは思わなかったけどな」
「なるほど。そりゃ省かれるや、ここの人たち冒険なんて求めてないもん」
「ああ。魔物よりも異性って感じだな」
「そうだよ」
もちろんぼくもね、とレトはカイルの手に自分の右手を重ねて。
思わず距離を取ろうかとも思ったが、そのつもりにもなれなかった。その拒絶すら、なんだか気の毒に思えたものだから。
ともすれば、良い雰囲気、というやつなのかもしれない。
女性と飲んで、少しだけお酒も入っていて。その上相手からのボディタッチである。俗語であれだが脈ありとやらだろうか。
期待も求めてもいなかったが、遭遇したらしたで存外嬉しいものだ。
骨でさえなければ、だが。
「はぁ......」
「どうかした? 面倒くさいのに好かれたなって感じのため息だね」
生身の指同士を繋げて、重ねて、束ねて。
作り物ではない。温かい指の感触がそこには確かに感じられた。ただのスケルトンではないというか、何かしらの要因があるのだと思う。
いわゆる恋人繋ぎとなって混ざる体温。
彼女は鼻歌交じりで、少し満足気だった。
程なくして、レトはこちらへ向き直って。
ね、という語り口だった。
「良かったら、マッチングしてみない?
君はパーティメンバーが欲しい。
ぼくは恋愛的なのがしたいけど、他の人が相手してくれない。
お互いがお互いの需要を満たそうよ」
悪くない話だと思うけど? と、そう手を差し出されて。
きっと、悪戯っぽい笑みを浮かべていたのだと思う。若干手玉に取られているような気がしないでもないけれど、それでもカイルにとって願ってもない申し出であることも確かで。
「お試しでよろしく」
「末永くよろしく~」
差し出されたその手を取るのに、そう時間はかからなかった。