骨になったって恋がしたい 作:緑狸
「それじゃ、まずはお互いを知っていきましょう」
にこやかな受付嬢から言い渡されたのは、クエストの紹介と簡単な指令だった。
酒とおつまみをいただいてほろ酔いの状態である。こんなんで仕事成り立つのかと遠まわしに聞いてみたが、そもそも仕事ではないから問題ないのだそうだ。
では何か。
それを考えるよりも早く、合コンにてプロポーズが発生した。
受付嬢とその友達たちはその様子を遠巻きに覗きながら、きゃーきゃーと小さい歓声を挙げて。
いいなぁ私もああいうの憧れるんだよねぇ、とか。あっほら、告白の返事するんじゃない? とか。ああでもないこうでもないとプロポーズの様子を肴に酒をちびちび飲んでいた。
それを見て納得した。これは慈善活動だ。彼女たちは、ただやりたくてやっているのだ。
一般的にこういった文脈はやりがいによる搾取などに用いられるものなので、本当に前向きな意味で当てはまっているのは新鮮である。
レトを連れてマッチング成立したことを連絡すると、これまたきゃーきゃーと場が盛り上がって。
というわけで言い渡されたクエストをこなすべく、昨夜は解散したのだった。
クエスト自体は本当に簡素なもので、要は現地調査だ。
カイルたちがいる地方都市『レディア』。
その近辺の観光地である湖に赴き、ルート確認や道中での様子などを簡単に共有する。途中に何が起きて、その際自分がどう思ったか。それらを酒交じりに受付嬢へ共有するというものだ。
期間は来月の会合まで。未達の免責も特に設けられておらず、達成報酬はその日の会合への参加費免除。存外悪くない。
観光地も大分開発が進んでおり、ここ数年で危険な魔物が現れたという報告もない。
安全な地域、舗装された旅路。所詮は酒の絡む場で受けれるクエストということだろう。
「でも二人とも昨日と同じ服なのは味気なかったね。おしゃれすれば良かったよ」
「馬鹿言え、クエストにおしゃれしてくるやつがあるか」
隣にはレトである。彼女は昨日と同じ黒ローブに、無表情の仮面をつけていた。
この時期夜は冷え込むが、昼間その恰好では暑いんじゃなかろうか。一応問うてみると、乙女の艶やかな肌を見る作戦がどうたらとよくわからないことを話し始めたので、無視しておいた。
「露店なんかもあるのか。平和でいいな」
「わぁ」
もの珍しさからかあれこれ見て回るレトについていく。
気分はさながらお父さんだ。119歳児の相手は大変である。そう考えつつ自分もちゃっかり楽しみ、つい串焼きを二人分購入してしまった。
「肉串買ってきた。魚串で良かったか?」
「ありがと、せっかくだし貰おうかな」
人だかりを離れ、丁度よい木陰に座り込んで串焼きを一口。
大雑把に味付けされた肉からは香ばしい香りが漂い、口内は溢れる脂と塩味に蹂躙される。これでは酒が欲しくなるわけで、クエスト中でさえなければ飲んでいたかもしれない。
併せて麦酒を売っていた店主は中々な手腕である。
「美味い。レトも食べな」
「うん」
そう返し、魚串を手に取るレト。
これといって何かを疑う素振りもなく、ここまでは順調だろう。純粋に串焼きを食べたかったのもそうだが、実をところそれだけではない。ちょっとした目的があるのだ。
ずばり、仮面の中身の覗き見である。
気になる。中身を見たとて何かが変わるわけではないけれど、とはいえ気になる。
いわば好奇心なのだけど、これは関係構築において非常に重要なのだ。例えば魔族や聖職者などであれば明確な地雷が存在するわけで、長く付き合っていくつもりならば、相手がどういう種族でどういう存在であるかを把握するのは特に重要なことだ。
彼女は基本的に仮面を外さないし、かといって直接見せてくれというのも気が引ける。
ならば自発的に外さざるを得ない状況へ誘導すればいい。例えば、食事とか。昨夜は結局酒にも料理にも口をつけなかったためうまくいかなかったが、今回はすんなりいった。
少し深く被ったフード。無表情の仮面をずらし、その内側は艶やかな唇か白骨か――いや見えない。フードから落ちる影が何故だかあの中身にだけかなり濃い。
視界、というよりは意識に干渉されているような気がする。認識阻害でもかけられているのだろうか? 魔法は齧る程度にしか知識がないのでわからない。
ただ、中身をのぞき見ることには失敗した。
串焼きの魚はあっという間になくなり、影の中からは端の焦げた串だけが引きずり出される。
「?」
気が付けば、無表情の仮面を付け直したレトに覗きこまれていた。
唯一穴の開いた目元。その奥の見透かしたかのような群青色の瞳に映る自分が、やたら動揺しているように見えた。ガン見するのもあれだと思っていたのだけど、思わずそうしてしまっていたらしい。
彼女にはさぞかし不可解に映ったことだろう。
ただ何を言うでもなく、それでも意図だけは察したみたいで。
「えっち」
すみません。
〇
「これがディア湖かぁ。遠目に見てもすっごい綺麗だね」
「観光地になるのも頷けるな」
露店のあるあたりからしばし歩き通し、目的地のディア湖に到着した。
深い森の中、ぽっかりと空いた大穴のような地形である。童話になるくらい大昔の戦争の余波でこんな形状になったらしく、その時の魔力が今でも残っているのだとか。
そんな、視覚化されるほど濃厚な魔力が溶け込んだ湖である。陽光や月光を煌びやかに反射した光が散りばめられ、湖面には幻想的な風景が広がるそうだ。
そんな知識をつらつらと語ってくれたレトだが、大分機嫌が戻ってきたらしい。
お詫びの串焼きを持つ骨の手をぶらぶら。無表情の仮面も心なしかご機嫌そうである。
レトの提案でディア湖を一周することに決め、その最中ではクエストと同時に受けた指令――お互いを知っていく――をこなしていた。要は相手を深掘る雑談だ。
「カイルは前のパーティが解散したんだっけ。ソロは考えなかったの?」
「考えなかったな。元パーティメンバーが、お前は絶対ソロでやるなって口酸っぱくて。だったらお前が組んでくれよとも思うんだが」
「結婚したんじゃ仕方ないよ。ま、その分はぼくが埋めるから安心してね」
「優秀な後衛は心強いな。しかもエルフ? の魔導士だ」
「なんで疑問符なの」
まったくもう、とレトは串焼きを齧る。
「結局お前はエルフなのかスケルトンなのかどっちなんだ?」
「ふふ、気になる?」
「気になるってか、困るな。スケルトンだと話がややこしくなるんで、エルフだといいんだが」
「あんまり話せることも多くないんだけど、実はぼく自身わかってないんだよ。強いて言えば、スケルトンの方が近いような気がするけどね」
「冗談なのかそうじゃないのかわからん......」
くつくつと笑いながら、レトが先導する。
「本末転倒だけど、なんで恋愛なんかしたいんだ」
「知らないことを知りたいんだ。自分だけじゃ得れない経験だしね。この前手を繋いでくれてなんとなく感じたんだけど、誰かの体温っていいもんでさ。ああいう気持ちがずっと感じられるって幸せそうだもの」
「そっちの手、体温とか感じられるのか?」
「感じるよ。自分が冷たい分、より確かに、より鮮明に感じる。でも相手は不気味に感じちゃうみたいで、昨日会った人たちなんかは結構嫌がってたね」
一呼吸分、間が空いて。
「カイルはさ、なんで手を繋いでくれたの?」
「......あー」
寂しいのがわかる。拒絶されることの意味を知っている。
自分が怖がらせたことも、そう反応された事実に対する拒否感も。カイルにはどれも覚えがあった。
住んでいた故郷からとある施設に売られた。
施設の研究に耐え兼ね、脱走した。
命からがら故郷に帰ったとき、浴びたのは歓迎ではなく罵声だった。
祈り声なんかも聞こえたように思う。カイルではなく、いるかもわからない神に。
命乞いすらされなかったのだ。会話が通じないと判断されたのだろう。
ともかく、それくらいに、あの日のカイルは醜い化け物だったのだ。
それから色々あって今に至るわけだが、そこはまた別の話。
して。
流石にそれとレトを重ねるのは彼女に失礼だろうが、まあ通ずるところがないでもない。
慣れているといったらそれまでだが、少なくとも理解がある。だから、あの日に差し伸べられなかった手を代わりに出すくらいなんてことではないのだ。
「ま、俺も繋ぎたい気分だったんだよ」
呟き、一歩前へ。後ろのレトへ向けて右手を開く。
ひらひらと手を振っていると、そこにそっと彼女の左手が添えられた。
「――ふぅん。そういうことにしといてあげる」
ちょっとひんやりして、骨ばった――というか、まんま骨なのだが――感触がする。
そうして安心したように、確かめるように何度も握りなおされるレトの手。互いに何をいうでもなくそのまま湖畔の周りをぐるりと一周し、ちょうど最初に来た地点へ戻ってきた。
一息。ひとまず依頼は達成といってよさそうだ。
この後は帰りにまた露店でも寄って、品を食べながら街へ戻るのも良いかもしれない。レトは小食気味だが、甘味を扱う店もあったので、それをダシにすれば乗ってくるだろう。
依頼にしては帰るのが早いが、正直遊びに行くだけだったのでこんなものだろう。
帰り道も大した問題は起こらないだろうし。強いて言えばこれといった土産話もないので、受付嬢たちの冷ややかな視線だけが気がかりだ。
こんだけ場を整えといて何もしねーのかこのチキンとか、思われたりしないだろうか。ギルド内で噂になったりなんかしたら結構傷ついてしまうかもしれない。
と、そんなことを考えていた折。
「......」
カイルは足を止めた。なんとなくだが違和感を感じたからだ。
傾いた太陽。湖から漂う魔力由来か若干の霧が漂い、まばらだった人だかりもはたと途絶えている。動物の気配も一つも感じられず、聞こえるのは自分たちの足音と息遣いばかり。
つまり、静かなのだ。静かすぎるといった方が正しいかもしれない。
「なんか、魔力が一定すぎるなぁ」
レトが違和感を訴えたのも、そのタイミングだった。
沈黙。カイルは腰元の手持ち斧に手をかける。
「魔物か?」
「まだわからないや。でもおかしいと思わない? こんなに膨大な魔力が充満してるのに、その流れが常に一定なんだよね」
彼女なりに答えをくれたのだと思うが、カイルは彼女以上にわからない。
からっきしとまではいかないが、他の冒険者よりも魔力に対する理解は薄い自覚はある。レトはカイルの理解を鑑みたのか更なる結論を綴りながら、懐を漁って。
「焚き火の炎なんかをイメージするといいよ。普通は大気の流れだったり風だったり、色んな要因で魔力は揺らぐはずなんだ。でも今はそれが全くなくて、密閉された煙みたいに同じ場所を漂っているだけ」
「密閉ってことは、結界か?」
「もしくは幻か。どちらにせよ碌なもんじゃないよ」
レトが取り出すは一本の枝だった。
正しくは枝ではなく、魔力を纏うそれは枝を模した小型の杖である。ただし彼女の魔力の性質なのか、持ち手のの各所からざわざわとツルや藍色の花が芽吹いて伸びていた。
短く、歌うように、詠唱。
「せっかくの観光地でこんな悪趣味なのに巻き込まれるなんてごめんだね。晴らしちゃおう」
――『晴天』。
呟く声と同時、杖の先には小さな光が生まれて。
振るえば虚空に尾を引く杖。その先端で、レトは目の前の空間を叩いた。
「?」
「見てて」
杖の先の光がより眩く輝く。
レトはもう一度目の前を杖で叩く素振りを見せ、彼女の正面の空間が大きく歪んだ。まるでうねる水面のような波紋がいくつも広がり、周囲の景色そのものが歪み始める。
ヒビが入る。やがて周囲一帯に広がり、パキリと乾いた音を立てて砕け散った。
そうして砕け散った破片。
一瞬にして塗り替わる景色のその先、そいつはいた。
「面白い術式の結界だったけど、所々が雑だったよ。素人仕事だね」
「ただこの異様な魔力を発する中でこっそり囲まれてたってなると、だいぶ感知しずらい」
「ディア湖の周りだから成り立つ君の狩場って感じだったのかな」
再び霧が発生したのを確認し、もう一度杖を振るうレト。
今度こそカイルにも視認することができた。
「鹿だな」
鹿である。
ただし野生の通常種ではなく、伸びて枝分かれした角の先端にはいくつも魔石が埋め込まれた、いわゆる魔物だった。ディア湖の魔力にも飲まれない程の重厚な魔力と魔石の輝きを携え、こちらの全てを見透かすかのようなその佇まい。見るものが見れば神仏的な何かと誤解するかもしれない。
「魔物。それも召喚獣だね」
「なんでわかる?」
「あの首元の特殊なマーキングを見れば誰でもわかるよ」
勉強不足だね、とジト目を向けられてしまった。仕方ない。
そうして看破したレトと見解を並べる最中も、互いにジリジリと睨み合っていた。
どうやら結界が破られたとしてすぐ襲ってくるつもりはないらしい。ただ経験則でいえば、これはかえってよろしくなかった。
「それじゃ、次は俺の出番だ」
「選手交代だね」
手持ち斧を取り出し、足元からじわじわと伸ばされていた木の根を素早く両断。
搦め手を使う相手に時間は与えない。これは戦闘における一つのセオリーである。
「よし」
息を吸い込む。カイルの能力を扱うコツは、嫌悪感に逆らわないことにある。
力んだ足はコカトリスのような筋肉質なそれに膨れ上がり、腕にはオークを思わせる毒々しい緑の皮膚と筋肉を発現させる。
そうして体に埋め込まれた『魔物』の力を存分に発揮し、踏み込み、
片手斧を構え、地面を蹴りつけ。
そうしてカイルは、一陣の風となって駆け抜けていく。