骨になったって恋がしたい 作:緑狸
よくわからない戦い方だ。
カイルの戦闘を後方から見ながら、レトはそんな思考を咀嚼していた。
それなりに長く生きてきて、古今東西様々な戦法が確立されているのは知っている。
知っているからこそわかるのだ。よくわからない戦い方だった。
なにせ、人族が魔物のように戦っている。
現れたシカの召喚獣は、森林に干渉する魔法を扱えるようだった。
手札自体はそう多くはなく、目くらましの葉が舞ったり、眠気を誘う甘い香りを撒いたり。更には相手を捕縛せんと地面から根っこを伸ばしたりと、周囲の自然を味方につけるようなそれだ。
正攻法は魔法による的確なレジストだろう。しかしながら、カイルは単純な走力と筋力でそれを打破していた。
鳥類を模した足は葉と香気を置き去りにし、根っこはオークのような腕で掴んで引きちぎる。
技術も何も介在せず、生まれ持った暴力でものをいわせる、まさしく魔物のような戦い。というか変身魔法を使った気配はなかったはずだが、何故魔物の特徴を発現させられているのだろう。不思議だ。
(コカトリスの足をしまって、大蝙蝠の翼? 飛び上がって躱したんだ。背後から攻撃。あ、尻尾で防いだ。あれは大陸鼠かな。今度は腕が鱗になって、えっ、あれ純金剛竜の爪? 絶滅した古代種じゃん)
発現した竜の爪はあっという間に絡まりそうになった根っこを切り裂き、その勢いのままにカイルが召喚獣の喉元まで迫って。
「ッ、」
首を取った。そう考えたのも束の間、カイルもレトもすぐに悟った。
――この爪での一撃は、届かない。召喚獣は動く素振りすら無く、けれど何故か一歩分だけ遠くにいたからだ。
(土魔法。自然すぎるなぁ)
タネは魔力の残滓ですぐにわかり、要はヤツが足元の地面を僅かに後方へ隆起させたのだ。
魔法には発生時の起こりというか、波がある。高位の魔法使いであるほどにその波は掴めなくなってくるわけだが、まさかそれを一介の召喚獣がそれをやってのけるとは。
して、まずい状況だった。
カイルの狙いは大振りであったはずだ。そのため腰だめに体を捩じっているわけだが、それがギリギリで躱されれば反撃は容易だろう。
というわけで間に介入すべく杖を振るおうとして。ひゅるりと虚空を切り裂く音が聞こえたのは、その一瞬後のことだった。
「せいっ!」
カイルは一切の躊躇もなく、腕を振り抜いて。
「......ッ!、」
間合いの外にあったはずの召喚獣の首が、ぬるりと滑って、落ちた。
すんでで届かないはずの振り抜きは、けれど確かに召喚獣に致命傷を与えていた。
「うぇ、」
想定の逆をいく光景にあっけに取られていたレトに、カイルは息をついて。
竜の鱗を宿した右腕を指さした。先端には鋭い爪。そしてなんとその爪の先で片手斧を摘まんでいた。レトは納得と同時にその器用さに舌を巻いた。
「こういうこと」
「はぁ~すごいねぇ」
つまるところ彼は、図られた間合いを、工夫で埋めてみせたわけだ。
実際間合いを伸ばせば解決するのは、まあそうだろう。だからといって爪の先で片手斧を振るおうというのは、流石に常軌を逸した考えだと言わざるを得ないわけだが。
「それ、魔法ではないよね」
「......あー、ちょっとばかし体に細工があるもんで。悪い。気味悪いもん見せたな」
「いやいや興味深いよ。触ってもいい?」
「ああ。そう言って貰えると助かる」
カイルは苦笑い。次いで、すぐに魔物の特徴を元に戻した。
気軽な冗談のように捉えたのだろう。レトとしては冗談でなく素直な興味と好奇心故なのだけど、これは少しばかり踏み込みすぎてしまったかもしれない。
実際魔物に関連する話題に人族は敏感である。カイルの戦いを見た一般人がどんな反応をするかは想像に難くないわけで、彼がこういった反応になるのもまあ頷ける。
ついには着込んだローブで体を隠されてしまった。仕草がまるで乙女だ。
いけずとか思わない。寧ろ今のはレトが悪かったので、素直に後で謝ろうと思う。
しかし、不思議な男である。
何故魔物の特徴を体に宿しているのか。
何故その特徴を発現させ、引っ込めることができるのか。
何故を追及し始めればきりがないわけだが、どれもレトの興味の琴線に触れてくる。
連係ミス予防で危険と判断した時以外は手を出さない方針だったが、それで良かったと思う。
彼の戦いを見ているのは、とても面白い。
それに、それにだ。
これだけ魔物のように荒々しく戦う彼が、一緒に歩いている時やご飯を食べる時には沢山気遣ってくれる。そういったギャップを感じるところは、こう。なんというか。
「......」
いけない。思わず舌なめずりしてしまった。
「どうかしたか?」
「な、なんでもないよ」
ふるふると煩悩を振り払いながら、レトはその場にしゃがみ込む。
召喚獣は光の粒子になって消滅し始めたところであり、手ですくうと光がサラサラと空気中に溶けていく。
「改めて、これは召喚獣だね。ややこしいんだけど、魔獣じゃなくて魔物。森林そのものを操ってたから、主人は人族ではないね。より自然に近い存在、例えばエルフとか近いんじゃないかな」
「よくわからんが、エルフ? が言うならそうなんだろうな」
「エルフだってば」
まったく疑り深いやつめどうしてくれよう、とか考えつつ。
「なあレト、これ」
視線だけで確認を促すカイルに、レトは頷きを返す。
召喚獣の首元。剣と盾の紋様が施されたマーキングに目を向ける。これは冒険者に携わるものであれば大部分が知っているもので、冒険者ギルドのエンブレムだ。
「この子、冒険者ギルドから派遣されてるみたいだね。さっきのも何らかの目的があったのかな」
「目的、ね。わざわざ人目につく観光地でするほどのもんか?」
「それを踏まえてでもやりたい何かって考えると、大分面倒そうな気がするなぁ。わからないけどね」
ただ、もっと深堀って分析すれば色々見えてきそうだ。
種族やらなんやらを鑑みれば、召喚者の候補くらいは大分絞り込めるのではなかろうか。
(とはいえ、手練れのギルド構成員が観光地で召喚獣を暴れさせてるわけだし)
ため息。厄介なことに巻き込まれたと思った。
カイルも同様の懸念があるのだろう。視線が重なると、これまた苦笑を返してくれる。
「問題は触媒をどうするかだな」
消えた召喚獣の元いた場所には、球体の魔力結晶が落ちていた。触媒だ。
召喚獣の記憶や構成物質などが圧縮された形であり、これを制作する過程では所有者の魔力が大幅に注ぎ込まれる。個人が発する魔力にも大雑把だが特徴があるので、後は一致する人物を探すだけだ。
レトたちの対応はそこで終わり。一番手っ取り早い解決策と言えるだろう。
ただし、今回はギルド側の人間による事例であることを念頭に置かねばならない。
しかも当人がそれなりの実力者であることを考えれば、下手に通報して恨みを買うよりも、ここで握りつぶしておくのも手なのだ。
レト一人であればそれも良かった。顔が割れていないのはこういう時に都合がいい。
ただ今回はカイルがいるので、そういうわけにもいかないだろうし。多少のリスクを鑑みても、組織を味方につける方に賭けた方がいくらが分が良いように思う。
「ギルドに持ち帰ろっか。解析して貰えば誰かはわかると思うし」
「了解、回収は頼む。俺は周囲の警戒しとくよ」
というわけで、こういう時はさっさと用を済ませて撤退するに限る。召喚者が様子を見に来るかもしれないし、できることならば鉢合わせるのは避けたいところだった。
「それで。今はどこまでわかってる?」
「んと、主人は恐らく手練れのエルフかそれに近い種族。それとギルドの誰かであること、くらいかな?」
背中越しのカイルの声に整理をしつつ返す。
カイルはなるほどなるほどと繰り返して、彼自身でも情報の精査をしているようだった。
「レト。お前、誰と話してる?」
"正面にいる"カイルからそう問われ、レトは自らの致命的な油断を思い知った。
〇
「うぬ、バレてしもうたか?」
女、である。
小柄な体を黒いローブとフードで包んでおり、姿や表情は伺えない。
足音も気配もなしにカイルたちの背後を取っていた。
恐らくは意識レベルで干渉し、レトに会話相手がカイルだと誤認させた。
強者特有の圧も溢れる魔力も感じず、ここにいてここにいないように錯覚しそうになる。実力がどうこうというより、何より不気味さが先だって感じられるのは異質だ。
「え? あっ、」
「あんた、手癖が悪いな」
「ふふ」
ただし動きが異様に素早い。
レトが動揺しているのは、気が付く間もなく召喚の触媒を抜き取られた所為だろう。彼女の目的が触媒の回収だけであればこれで丸く収まるだろうが、さてどうか。
警戒するカイルをよそに、女はおもむろに人差し指を立てて。
「守ってあげた方がよいでな」
くるり、回す。
瞬間、天地がひっくり返った。
否。カイルが回されている。ぐるり、ぐるぐる。周囲の葉と、土と、枝と、石と、ありとあらゆるものと一瞬にして巻きあげられ、かごの中の虫のように振り回され蹂躙される。
答えはすぐにわかり、指先一つで発生したつむじ風がカイルたちを飲み込んでいた。
「......ッ、」
一連の行動にある違和感を感じているが、それを整理するのは後でも良いだろうと。
そんな思考ができているのは、風に振り回されつつも何故か地面にはぶつからずにいるからだった。仮にそうなれば内臓を絞られるような痛みに悶え苦しんだりもしただろうが、幸い今は気持ちの悪い浮遊感と体を引っ掻く枝葉が気になる程度で済んでいる。
「ちょ、わわ!?」
「いいから。そのままじっとしとけ」
とは、いえ。
カイルはともかく後衛職のレトが食らえばただでは済まないので、ひとまず抱きこんでおく。彼女の華奢な体はカイルの体にすっぽりと収まり、骸骨の体に似合わず花の香りがしたりなんかした。
「ほほ、役得役得」
女はご機嫌である。腹立たしくなってきた。
「いいもん見たし、貰ったし。それじゃ後は失礼するわい」
「あ、クソ! 待て!」
――じゃあの、と。
ご機嫌な声だけを残し、瞬間全てが弾けた。
つむじ風はとんと収まり、カイルとレトは柔らかにその場へ着地する。
女の姿は既にそこにはなく、代わりにバリバリとまた結界の破れる音が聞こえた。景色はまた入れ替わっていて、今度は露店近くの大通りにいるようだった。
あちこち多少傷はあるが、どれも致命には程遠い。レトもほとんど怪我はないそうだ。
「おぇ、ちょっと気持ち悪いけどね」
苦笑。それだけで済むのなら本当に安いものだと思う。
あの魔法はもっと危ないというか、本来無数の裂傷を負わせることを目的としたものであったように思う。なにせ風で動きの自由を奪った上で、石や小枝でのミキサーである。
実情のえぐさの割に傷はやたら少なく、手でも抜かれたのかもしれなかった。
「あんたら大丈夫か?」
「ゴミでいっぱいになっちゃてるよ。払わないと」
「ん? あぁ、悪いね」
気が付けば周囲には人だかりができており、葉っぱだらけのカイルたちは大層心配された。
聞けば、突如としてディア湖一帯に霧が広がったかと思えば、突如として晴れ。今度は草木の山に埋もれるカイルたちが大通りに現れたというのだ。
人騒がせな事態となってしまったのを謝りつつ、カイルたちはさりげなくその場から離れて。
「「はぁ......」」
互い、ため息。
いくつかの想定外が重なっていた。
一つは、恐らく召喚者であろう女の対応が想定よりも早かったこと。
こちらが準備や方針を定めるよりも前に突撃されては対応しようにもしきれないだろう。
「でもやっぱり。結界は二つだったんだ」
「あの音はそうだったか。すまん。気が付けてなかった」
もう一つは、結界が『二重』の円形構造になっていたこと。
内側の円は対象の意識に作用するもので、外側の円は霧状の物理的なものだった。内側は先にレトが壊していたが、外側は依然そのままでいて。
女は、逃走時に残る結界を自ら破壊したのだ。バリバリと音を立てて砕け散り、その向こう側には、観光地に集まっている人たちの姿があった。
これでは周囲を巻き込む規模の魔法は使えないし、人込みに紛れれば痕跡の追跡や魔力感知も難しい。
仮に戦闘になったとて、カイルの能力を使えばパニックになることは必然だろう。
してやられた、というのが素直な感想である。
「とはいっても、霧で結界なんか作れるわけ?」
「魔力で作るんじゃなくて、魔力を通せば理論上はなんでもできるらしいよ。理論上は、だけど」
「その口ぶりだと難しいんだな。変な奴に絡まれたもんだ」
よくわからないうちに絡まれ、よくわからないままに遊ばれて。
気分がいいかと言われればそんなことはないけれど、恐らく今後会うこともないだろう。
「帰りにはまた露店に寄っていくか。色々あったから、もう一本くらい串食べても罰は悪くない気がするし」
ゆるりと露店のある通りへ歩き出す。
既に陽は傾き始めていて、のんびり歩いて都市へ戻ればちょうど夜である。せっかくだしそのままレトを食事に誘うのも悪くないかもしれない、と。
「?」
本来ならすぐ後ろにある足音が、やけに遠いことに気が付いた。
「レト?」
「あっと。ごめん、ぼーっとしてた」
いつもの調子なようだけれど、少しだけ上ずった声でいて。
何か気がかりでもあるのだろうか。もしくはしてほしいけど言えないことだったり。
「ほら、行こう――っ、」
手でも繋ぎたいのかと思い、カイルはレトの小さな手を取ろうと。
その手を、払われた。
「っ、」
「~~~......。悪い。オークの腕とか使ってたんだった」
「や、違う。違うの、ごめんね? でも、ちょっとこっち来ないで欲しくて」
レトはローブについたフードを深く被っていて、それがどことなく拒絶の意にもとれた。
あの中には忌避する顔ではなく、無表情の仮面があるだけである。わかっている。ただ、その無表情にすら睨まれたくはないと思ったものだから。
「先に露店に行ってるよ。のんびり来てくれていいし、先に都市に戻っててもいいから」
カイルはすぐに背を向けて、足早に歩きだそうと。
刹那、ふわりと。
「......これなら。これなら、大丈夫だから」
背中越し、押し付けられる体温がじんわりと沁みるような心地がした。
そのまま数秒。程なくして腰から腕を回し、カイルの手のひらにレトの手のひらが重ねられ、きゅっと固く結ばれる。離したくないというか、離れないでほしいというか。
どちらともとれない力のこもった、華奢な手だった。
「こっち、見ないでね」
「? わかった」
そんな会話だけを零し、またしばらくそのままいた。
手のひらの感触を確かめるように、掴んだり緩めたりしていた。
レトが再び呟いたのは、それからたっぷり数呼吸分は置いてからだった。
「違うの」
呟く。
「違うの、カイルじゃないの」
「?」
呟く。呟く。ただ、要領を得ないまま。
「今はちょっと離れててほしい。というか、見ないでほしい。......ぼく、今仮面をつけてないから」
顔を見ないで欲しいと言った。
カイルが原因ではない。むしろ原因は自分であると。
合コンの際にも、日常においても欠かさずつけていた、無表情の仮面を、取られた。
触媒と共にあの女に取られたのだと、レトは言った。