──フェリスの寝室──
「ふーはっはっはっは!! よくきたな、ゆうしゃよ!」
天蓋付きのベッドが置かれた寝室に、幼い魔王の高笑いが響きました。
「ゆけ、わがしもべたち!」
フェリスは手に持ったケルベロスとケットシーの人形を、縦横無尽に暴れさせます。
部屋の壁際には人形棚があり、スケルトン、グリフォン、ドラゴンなど多種多様な人形が飾られています。
特にお気に入りなのがケルベロス。
「魔王! お前の野望もお~ここまでだ! 俺の聖剣デュランダルの錆にしてやる!」
対する勇者の人形は侍女が操ります。
今日、フェリスと遊んでいるのは牛魔族のモークミル。
メルシェ同様、フェリスのお世話係の一人で、見た目は完全に二足歩行の牛さんです。
「けりゅべろん、かみつけ! がうがう!」
「くっ、やるな!」
「けっちーのひっかくこうげき!」
「まだまだ!」
そうやって二人が遊んでいると、唐突に扉が開かれました。
「フェリス、ただいま」
入ってきたのは、緑色の長い髪を持ち、フェリスよりも一回り大きな花を頭に咲かせた女性でした。
手には鳥の卵を一つ持っています。
「あねうえ! おかえりなさい!」
フェリスはダッと走って、姉に抱き着きます。
「アイリス様、おかえりなさいませ」
彼女はアイリス。
フェリスの姉であり、現在は魔法学園に通う生徒です。
「人形遊びをしていたのね」
「うん! ねえねえあねうえ、そのたまごなーに?」
「これはお土産よ。フェリスにあげようと思って持ってきたの」
そこでふと勇者の人形を見て、アイリスは何かを思いついたようです。
「……ねえ、知ってる?」
アイリスの口元がわずかに吊り上がりました。
「卵からはね……ときどき勇者が生まれるのよ」
「えっ!? そうなの!?」
勇者は人間ですので、卵から生まれるはずがありません。
「も、もしかして……そのたまごが……!」
「ふふ……生まれるといいわね」
アイリスは何食わぬ顔で卵を差し出します。
フェリスはそれを大事そうに両手で受け取りました。
「ゆうしゃ……!」
その横では、モークミルが何とも言えない表情していました。
「フェ、フェリス様。あのですね──」
「もーくみる! ゆうしゃ、うまれるかな!」
「……生まれるかもおーしれませんね……」
期待に満ちたその目を見て、モークミルは真実を伝えられませんでした。
「ふふふ……これはもうすぐ孵りそうだから、潰さないように温めるのよ」
「うん!」
アイリスが椅子に座ると、フェリスはその膝の上にちょこんと乗りました。
そして卵を両手で包み込んで温めます。
「うまれろ~、うまれろ~」
念を込めるフェリスを、妙に楽しそうな笑顔でアイリスは見つめていました。
「……アイリス様」
「なに?」
「本当にただのお土産ですか?」
「もちろん」
「その顔で言われてもお~、まったく信用できませんが」
「失礼ね」
そう答えながらも、アイリスの笑みは消えません。
「ぬふふ、どんなゆうしゃかなー?」
フェリスはそんなやり取りを気にもせず、卵をじっと見つめています。
「勇者が生まれたらどうするの?」
「ぶかにする!」
「あら」
「それでちちうえをたおして、わえがまおうになる!」
「勇者を使って次の魔王になるのね。新しいわね」
「それはとってもお~大きな野望ですね」
お茶を用意しながら、モークミルは感心したように言います。
歴代魔王の中でも最強と名高い父を倒すとは、ずいぶん大きく出たものです。
「それなら、お姉ちゃんはお父様の方に着こうかしら?」
「にゃ!? あねうえ~!」
「ふふふ」
そんなやり取りをしていた、その時でした。
ピクリ。
「……!」
突然、フェリスの手の中で卵が震えました。
「あ、あねうえ! うごいてる!」
「いよいよ孵るわよ」
「ゆうしゃ!」
パチッ。
小さな亀裂が入ります。
パキッ。
亀裂が少しずつ広がっていきます。
「さあ、いでよ! ゆうしゃ!」
パキパキッ。
殻が大きく割れ、中から現れたのは──
「こ、これが、ゆうしゃ……!?」
「ピヨピヨ」
現れたのは、完全にヒヨコでした。
「…………」
「ピヨ?」
全体的に紺色の身体。
姿は鳥ですが、尻尾だけは蛇のように長く、その先端は可愛らしいハート型になっています。
──それは毒の吐息を吐き、近づくもの全てを死に至らしめる。
──その鋭い眼差しは敵を石に変え、闘うことすら許さない。
──時にはドラゴンすら殺してしまう獰猛さを持つ。
一見石死の魔鳥、コカトリス。
ただしこのヒヨコ、厳密にはコ
コカトリスを魔族が長い年月をかけて品種改良し、家畜化した種です。
石化の魔眼も猛毒も失い、恐るべき狂暴性も今ではすっかり鳴りを潜めています。
見分け方は至って単純。
コカトリスは尻尾の先が蛇の頭部ですが、コケトリスはハート型になっています。
「勇者じゃなくて残念ね。」
「や、やっぱり、ゆうしゃじゃなかった……」
お目当ての勇者が手に入らず、フェリスの肩はしょんぼりと落ちます。
「ピヨ……?」
そんな彼女を慰めるように、ヒヨコは自らを温めてくれていたフェリスの手に、すりすりと頬を寄せました。
「……!」
フェリスは目を丸くしました。
「ピヨピヨ」
「ぬふふ……」
「すっかり懐かれてまあ」
モークミルが微笑みます。
「でもお~、身体を乾かしてあげないとですね」
モークミルは柔らかな布を持ってくると、ヒヨコの身体を優しく拭き始めました。
「ピヨ……」
プルプル震えながら、ヒヨコは大人しくされるがままです。
「青に近い色なのね。フェリスは水属性との親和性が高いのかしら……」
アイリスは何やらメモを取りながら、ブツブツ呟いています。
「ゆうしゃじゃなくたっていい! こやつをきたえて、ちちうえをたおす!
な! こことれすさんせい!」
「ピヨ?」
突然、とてつもなく大きな期待を背負わされたココトレス三世。
果たしてこの小さな家畜が、歴代最強の魔王を打ち倒す日はくるのでしょうか。
家畜の大逆襲に乞うご期待。
……ところで、一世と二世はどこへ行ったのでしょうか。