──魔王城の応接室──
「まだかなー? まだかなー?」
ソファーの周りをソワソワしながら歩くフェリスに、アイリスがカップを片手に言いました。
「会談ももうすぐ終わるんだから、座って待ってなさい」
「まだかなー? まだかなー?」
しかしアイリスの言葉は届かなかったようで、フェリスの足は止まりません。
と、その時──コンコン、と扉がノックされました。
フェリスが勢いよく扉の方を振り返ります。
「失礼いたしますわ」
そう言って入ってきたのは、年の頃はフェリスとさほど変わらない、金髪を二つに結わえた少女でした。
「サラーシャ!!」
フェリスの表情がぱあっと華やぎます。
どうやら彼女を待っていたようです。
「アイリス様、フェリス様、ご機嫌麗しゅうですわ」
サラーシャはそう言って、恭しくスカートの端をつまんで挨拶をしました。
「よく来たわね。まあ座りなさい」
「サラーシャ、こっちこっち!」
フェリスはサラーシャの手を取り、自分の隣に座らせます。
と、そこでサラーシャは何かに気づいた様子で、部屋の端へ目を向けました。
「あの、フェリス様。あそこにいるのは……」
「ふっふっふ、おめめがたかい!」
そう言ってフェリスが取ってきたのは、一つの鳥籠。
「ピヨ?」
中にはココトレス三世の姿がありました。
「可愛らしいヒナですわね! お名前はあるのですか?」
「こことれすさんせい! こやつはゆくゆく、まおうをたおすのだ!」
「まあ、そうなのですわね! ワタクシはサラーシャ。よろしくお願いいたしますわね、ココトレス様!」
サラーシャは礼儀正しく、ヒヨコにも挨拶します。
「ピヨ? ピヨピヨ」
そんな様子を遠目に見守るアイリスが、ふと思い出したように尋ねました。
「そういえば、今日も新しいゲームを持ってきたのかしら?」
フェリスも目を輝かせて飛びつきます。
「げーむ! げーむしたい!」
「フフフ、そう仰ると思いまして。新作、お持ちしておりますわ──」
サラーシャはカバンから一つの箱を取り出しました。
中には折りたたまれた紙やカード、サイコロや駒などが入っています。
「さすがは大商家の娘。顧客のニーズをよく分かってるわ」
「ワタクシなど、まだまだヒヨッコですが……それでも楽しんでいただけるよう、今回も作ってまいりましたわ。題して『魔王の座を手に入れるのは誰だ!? チキチキ、魔王人生ゲーム!!』ですわ! ルールを説明しますわ──」
ルールを説明しよう!
魔王人生ゲームはいわゆるすごろくゲームで、サイコロの出た目だけ駒を進め、プレイヤーは戦闘力を高めていく。
手番が一周すると1ターンが経過し、全部で20ターンが経過したらゲーム終了。
最後に戦闘力が一番高かったプレイヤーが魔王となるのだ。
マスには色々なイベントがあり……ここからは実際にゲームをしながら見ていこう。
──とのことでした。
「では早速始めましょうか! 順番ですが──」
「はいはいはい! わえがいちばんにふりたい!」
「私は別に何番でも構わないわよ」
「ではフェリス様、アイリス様、ワタクシの順番で。魔王人生ゲームスタートですわ!」
サイコロを持ったフェリスが「おりゃっ!」と勢いよく振りました。
「1、2、3……『父と修行した。戦闘力が2上がる』だって!」
フェリスは青色の駒を進め、『2』と書かれたカードを手元に置きました。
「じゃあ次は私の番ね──」
サイコロを振り、出た目だけ緑色の駒を進めていきます。
「何々、『魔導書を購入した。魔導書カードを1枚引く』ですって」
「魔導書カードはこの山札ですわ。1枚引いてくださいまし」
「【基礎魔法学入門編】……戦闘力が3上昇するみたいね」
「あ! あねうえずるーい! わえもまほう、つかいたい!」
「ふふ、フェリスも手に入るといいわね。魔導書」
そう言って、今しがた手に入れた魔導書カードを見せびらかします。
「むー!」
「うふふ、ではワタクシの番ですわ──」
サラーシャは赤色の駒を進め、内容を読み上げます。
「『言葉巧みな話術で配下を手に入れる。配下カードを1枚引く』──ワタクシが引いたのは【名将ランゲル】……戦闘力5ですわ!」
「ふたりばっかりずるいー!」
「大丈夫ですわ、フェリス様。まだゲームは始まったばかりですわ」
──5ターン後、フェリスの番。
止まったのは『朝起きると謎の石が枕元に。レジェンドカード【謎の石】を手元に置く。【謎の石】がすでに他プレイヤーに取得されている場合、もう一度サイコロを振る』というマスでした。
【謎の石】
綺麗な白い石。20ターン目終了時、【謎の石】専用の山札からカードを1枚引く。
「レジェンドカードを手に入れましたわね!」
「れぜんどかーど?」
「同じカードが1枚としてない、強力な武具やアイテムカードですわ! ただ【謎の石】は、最後の最後にしかその能力が分からない物ですが……」
「へー、どんな効果なのかしらね」
「ちちうえをいちげきでたおせるやつがいい!」
フェリスは父を倒したくてしょうがないようです。
──10ターン目、サラーシャの番。
「『敵の配下の買収に成功。他プレイヤーの配下カードを1枚奪う』……ワタクシが選ぶのは、フェリス様の【番犬ケルベロス】ですわ!」
「ぬわー!? けりゅべろーん!?」
「おーっほっほっほ! これでワタクシの戦闘力は53ですわ! 一位に躍り出ましたわー!」
「けりゅべろんのうらぎりものーっ!! もうぶりゃっしんぐしてやらんぞー!!」
知らぬ間に裏切り者にされてはケルベロスが可哀そうです。
──16ターン目、アイリスの番。
「『禁断の魔導書アルスマグナの叡智を垣間見た。自分は戦闘力を5上げ、他の全プレイヤーは5下げる』──残念ね、サラーシャ。私との差はこれで25。果たしてあと数ターンで埋まるかしら?」
「くっ!? やりますわね……!」
「うぁーん! わえのせんとうろくがー!!」
──終幕。
「さて、ワタクシが76、アイリス様が107、フェリス様が……36」
「ぬわーん!! なんでふたりともそんなにつよいのー!?」
「ワタクシは配下カード、アイリス様は魔導書カードが集まって、それぞれシナジーを発揮したからですわね。フェリス様は……」
フェリスの手元のカードは統一性がなく、色々な配下、アイテムがごった煮状態でした。
また修行マスもほとんど踏めず、今に至ります。
フェリスは悔しさにプルプル震え、今にも泣きだしそうです。
「フェ、フェリス様。最後に【謎の石】がありますから……ね!」
「そ、そうね。何が出るかは知らないけど、逆転できるかもしれないわよ?」
「ほ、ほんと……?」
「え、ええ。きっと引けますわ! ささ、この中からカードをお引きくださいな!」
フェリスがどれにするか悩んでいる間、アイリスはサラーシャにひそひそと尋ねます。
「ちょっとサラーシャ、本当に逆転なんてできるの? というか、カードの中身は何?」
「一応できますが……20枚中10枚は【妖精の悪戯】というもので、何の効果もありません。9枚は【母のお守り石】で、戦闘力を8上げます。それでも全く足りませんが……」
「あとの1枚は……?」
「あとの1枚はですね──」
サラーシャが言いかけたその時。
「あ! ねえみてみてー!!」
1枚を選び終えたフェリスが満面の笑みで二人を見ました。
手に持っているカードを見せてきます。
「そ、それは……」
「ん? 【海王の加護】……これって」
【海王の加護】
謎の石は海王からの贈り物だった。
魔界の絶対者が味方になったので、これを引いたプレイヤーはゲームに勝利する。
「これってわえのかち?」
「はい! お見事ですわ!」
「引きがいいわね……おめでと」
少し悔しそうなアイリスは、フェリスの頭を撫でます。
「やったー!」
フェリスはおもむろにソファーの上に立つと、
「ぬわーっはっはー! わえこそまおう! ひれふすがいい!」
「「ははあ~」」
ノリのいい二人が頭を下げると、フェリスは満足したのか、
「もういっかい! もういっかいやろ!」
そう言ってゲームの準備を始めました。
この日は、日が暮れるまで応接室には楽しげな声が絶えませんでした。