龍水って男がついて行きたいなって思うキャラだよね。
もし一般的モブ生徒なら絶対龍水をリーダーに選んでる
四月。
高度育成高等学校に入学してから、まだ一週間も経っていないというのに、一年Dクラスの生徒たちは早くもこの学校の生活に馴染み始めていた。
もっとも、それは必ずしも良い意味ではなかった。
「……したがって、この公式を用いることで、次の問題も同じように解くことができる」
数学教師が黒板へ数式を書き込んでいく。
教室の前方では幸村輝彦が熱心にノートを取り、堀北鈴音も姿勢を崩すことなく授業に集中していた。平田洋介も真面目に話を聞いており、少なくとも教室の前半分だけを眺めていれば、何の問題もない優秀なクラスに見えただろう。
しかし、後方は違った。
「なあ池、昨日のゲームどうだった?」
「結構面白かったぜ。お前も買えよ」
「マジ? じゃあ今日買おうかな」
池寛治と山内春樹が、教師の話をほとんど聞かずに会話を続けている。
少し離れた席では須藤健が退屈そうに欠伸をしていた。彼はしばらく黒板を眺めていたものの、やがて興味を失ったように机へ突っ伏してしまう。
女子生徒たちも例外ではなかった。
軽井沢恵は佐藤麻耶と顔を寄せ合い、放課後に立ち寄る店について楽しそうに話している。ときおり小さな笑い声が漏れていたが、当の教師は一度視線を向けただけで、何も注意しなかった。
それを見た池が、今度は堂々と机の下で携帯端末を操作し始める。やはり注意はない。教師は何事もなかったように授業を続けていた。そして、そんな教室の後方には、周囲の様子を興味深そうに観察している男がいた。
七海龍水。
日本有数の巨大財閥である七海家の御曹司であり、入学初日の自己紹介で「すべてが欲しい!」と宣言した、Dクラスでもひときわ目立つ生徒である。金色の髪に、自信に満ちた表情。黙って座っていれば育ちの良い美男子に見えなくもないが、その印象は本人が口を開いた瞬間に崩れ去る。
龍水は数学の問題を早々に解き終えると、頬杖をつきながら教室を見渡した。
「フゥン……面白いな」
隣の生徒が振り返る。
「何が?」
「教師だ!」
「先生?」
「ああ! 須藤が寝ている! 池は端末を弄っている! 軽井沢や佐藤は授業と無関係な話をしている!」
龍水は楽しそうに笑った。
「それなのに何も言わん!」
少々声が大きかったため、教師がこちらを見た。龍水も遠慮なく教師を見返す。数秒間、二人の視線が交差した。しかし教師は注意することなく、再び黒板へ向き直った。
「ハッハー! やはりな!」
その大きな笑い声に、今度は斜め前方の堀北が振り返った。
「七海くん。あまり大きな声を出さないでくれるかしら」
「フゥン? 堀北か!」
「授業中よ。少しは静かにしなさい」
「ハッハー! 俺が教師に注意されないことまで確認できたぞ!」
「……」
堀北は数秒間、龍水の顔を見つめた。
「あなた、わざとやったの?」
「無論だ!」
「そう。なら次からは私に迷惑をかけない方法で試してちょうだい」
「ハッハー! 善処しよう!」
まったく反省しているようには見えなかった。堀北は呆れたように前を向き、再びノートへ視線を落とした。そのやり取りを、少し離れた席から綾小路清隆が眺めていた。
七海龍水。
入学して数日しか経っていないが、この男が普通の生徒とは少し違うことは分かっていた。騒がしい。自己主張が強い。金遣いが荒い。大財閥の御曹司であることも隠さず、誰に対しても遠慮というものがない。
しかし、ただ目立ちたいだけの人間ではなさそうだった。
授業中に教師を観察する生徒は珍しくない。だが、教師が注意しないという事実そのものに興味を持ち、わざわざ自分で確かめようとする生徒は、それほど多くないだろう。
少なくとも、単なる馬鹿ではない。もっとも、頭がいいからといって大声で笑っていい理由にはならないのだが。
綾小路はそんなことを考えながら、再び黒板へ視線を戻した。
⸻
高度育成高等学校での生活は、想像以上に快適だった。
学生寮には生活に必要な設備が一通り揃い、校内には飲食店や衣料品店、娯楽施設まで存在している。生徒たちは原則として校外へ自由に出られないものの、学校の敷地内だけで生活が完結するほど設備は充実していた。
さらに、生徒一人につき毎月十万プライベートポイントが支給されるという。一ポイントは一円相当。つまり、毎月十万円を自由に使えるということだった。
当然、Dクラスの生徒たちは浮かれた。池はゲームや衣服を買い込み、山内も欲しかった商品を次々と購入していた。外食に出かける生徒も多く、授業が終わればショッピングモールへ直行する者も珍しくなかった。
そして、その中でも特に派手にポイントを使っていたのが龍水だった。
「ハッハー! 今日は俺の奢りだ!」
ある日の放課後、校内のレストランで龍水が高らかに宣言した。テーブルには池、山内、須藤、平田、櫛田、松下、軽井沢、綾小路など、何人ものクラスメイトが集まっている。
「マジでいいのかよ!?」
池が目を輝かせた。
「無論だ! 好きなものを頼め!」
「七海くん、昨日も奢ってなかったか?」
平田が少し遠慮がちに尋ねる。
「昨日は昨日! 今日は今日だ!」
「いや、そういう問題じゃ……」
「遠慮するな! 俺は貴様らと食事がしたい! だから誘った! 欲しいものに金を使って何が悪い!」
あまりにも堂々とした態度だったため、平田も苦笑するしかなかった。一方、須藤はメニューを眺めながら尋ねた。
「なあ、これも頼んでいいのか?」
「欲しいのか?」
「ああ」
「なら頼め!」
「おっしゃ!」
「須藤くん、遠慮なさすぎじゃない?」
軽井沢が笑うと、須藤は不満そうに顔を上げた。
「いいっつってんだからいいだろ」
「まあ、それはそうだけどさ」
「ハッハー! その通りだ!」
龍水は満足そうに頷いた。
「奢ると言ったのは俺だ! 遠慮して欲しくもないものを頼まれる方がつまらん!欲しいものを欲しいという!素晴らしいぞ!」
「……変わってるね、七海くん」
松下が小さく笑った。
「それに本当に金遣い荒いし」
「龍水でいいぞ、美女!」
「……美女?」
「女性は皆美女だ! 違うか?」
松下は一瞬驚いたあと、くすくす笑った。
「へえ。ほんとにそういうこと誰にでも言うんだ?」
「無論だ!」
「それ、女の子に誤解されない?」
「フゥン? 美しいと思ったものを美しいと言って何が悪い!」
「すごい自信……」
軽井沢も面白そうに口を挟んだ。
「じゃあ、あたしも美女?」
「当然だ、軽井沢!」
「へえ?」
「桔梗も松下も佐藤も堀北も、全員美女だ!」
「そこで他の女子まで出すんだ……」
軽井沢は呆れながらも笑った。一方、隣で聞いていた櫛田も楽しそうだった。
「龍水くんって、やっぱり面白いね」
「ハッハー! 櫛田も遠慮せず食え!」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
そう言って櫛田がメニューを開くと、龍水は上機嫌に店員を呼んだ。彼にとって、クラスメイトと食事をする時間も、そこへ使うポイントも、何一つ無駄ではなかった。
新しい人間と知り合い、その人間の好みや性格を知る。誰がどんな話題で笑い、何を欲しがり、何を得意としているのか。それらすべてが龍水には興味深かった。
もっとも、その考えを本人がいちいち説明することはない。彼にとっては単純に、皆で食事をすること自体が楽しいのだから。
⸻
龍水がポイントを使っていたのは、食事だけではなかった。放課後には校内の店舗を片っ端から回り、気になった商品を購入し、値段を確認していた。
衣服、食品、文房具、家電、書籍、娯楽用品。
高価な商品を買ったかと思えば、今度は無料で配布されている生活用品を手に取り、種類や数量を調べ始める。さらに店員へ商品の入荷状況を尋ねたり、他クラスの生徒が何を購入しているか観察したりもしていた。
ある日、その様子をたまたま買い物中に見かけた堀北が声をかけた。
「あなた、十万ポイントを大切にする気はないの?」
龍水は手に取っていた商品の値札を確認しながら答えた。
「大切にしているぞ!」
「そうは見えないけれど。あなた、もう相当使っているでしょう」
「だから大切にしている!」
「……意味が分からないわ」
龍水は商品を棚へ戻し、堀北へ向き直った。
「金を大切にすることと、金を使わないことは別だ!」
「どう違うの?」
「俺が欲しいのは残高の数字ではない! その金で手に入るものだ!」
龍水は周囲の店舗を指さした。
「美味い飯も欲しい! 面白い商品も欲しい! この学校の仕組みも知りたい! そして何より、人との繋がりが欲しい!」
「だから奢っているの?」
「それもある!」
堀北は眉をひそめた。
「人間関係をお金で買うつもり?」
その問いに、龍水は少しだけ真面目な顔になった。
「違うな。飯を奢った程度で人間の心が買えるなら、世の中の商売人は誰も苦労せん!」
「……」
「俺が欲しいから一緒に食事をする! そこで仲良くなれれば最高だ! ならなくても、美味い飯を食った事実は残る!」
あまりにも迷いのない答えだった。
堀北は小さく息を吐いた。
「破産する人間の発想ね」
「ハッハー! なら足りない分は稼げばいい!」
「簡単に言うわね」
「簡単ではない! だから面白いんだ!」
堀北はそれ以上言い返さなかった。
この男と金銭感覚について議論しても、恐らく話が噛み合わない。
ただ、一つだけ気になることがあった。
龍水が浪費家であることは間違いない。しかし、商品を購入する際には必ず値段を確認しているし、無料の商品についても、まるで何かの資料を集めるように調べていた。
それに、龍水が時折口にする「稼げばいい」という言葉も気になる。
この学校では外部との接触が厳しく制限されており、学校から支給されるポイントが生活の基盤となっている。
そんな環境で、一体どうやって稼ぐつもりなのか。堀北がそれを尋ねようとした時だった。
「おーい! 七海くーん!」
少し離れた通路から、女子生徒たちの声が聞こえてきた。振り返ると、数人の女子が笑顔で手を振っている。
「このあと時間ある? 新しくできたカフェに行こうって話してるんだけど!」
龍水はその姿を認めると、満面の笑みを浮かべた。
「ハッハー! 美女にデートへ誘われて断るなんぞ、無欲なことを俺がするはずがない!」
女子生徒たちが笑い出す。
「えっ、デートのつもりなの?」
「無論だ! 美女たちとの時間だぞ!」
「何それ、面白い!」
「じゃあ行こっか!」
龍水は迷うことなく彼女たちの方へ歩き始めた。その背中へ堀北が声をかける。
「七海くん」
「何だ、堀北!」
「……本当に、節操がないのね」
「フゥン?」
龍水は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「欲しいものを欲しいと言って何が悪い! ハッハー!」
そう言い残すと、彼は女子生徒たちと楽しそうに会話しながら去っていった。堀北はしばらくその背中を見つめていた。
「……理解できないわ」
ただ、不思議なことに不快感ばかりが残ったわけではない。あそこまで堂々と、自分の欲望を肯定できる人間。他人の目を気にしていないというより、そもそも他人からどう評価されようが、自分自身の価値観が少しも揺らがないのだろう。
それはある意味、恐ろしく強い精神性なのかもしれなかった。もっとも、堀北としてはあまり見習いたいとは思わなかったが。
⸻
四月中旬。
ある日の休み時間、教室の一角で男子生徒たちが妙に盛り上がっていた。
中心にいるのは池と山内である。
「よし! じゃあ一位は誰にする?」
「俺は櫛田ちゃん!」
「いや、案外長谷川もありだろ!」
「佐藤も結構大きいって聞いたぞ!」
どうやら次の体育で行われる水泳授業を前に、女子生徒たちの水着姿について勝手に予想を始めているらしい。
最初は単なる好みの話だった。
しかし、そこへポイントを賭けるという話が持ち上がると、周囲の男子まで参加する騒ぎになっていた。
「俺3000ポイントかけるは!」
「俺は5000ポイント!」
そんな声が聞こえてくる。
無論、女子生徒たちから向けられる視線は冷たかった。
「……最低」
軽井沢が露骨に顔をしかめる。佐藤も呆れていた。
「ほんと、男子って何考えてんの?」
松下は苦笑いをしていた。そこへ、龍水が通りかかった。
「おい、龍水!」
池が呼び止める。
「お前もやろうぜ! ギャンブル!」
その単語を聞いた途端、龍水の目が輝いた。
「フゥン! ギャンブルか!」
「そうそう! 女子の水着で誰が胸大きいかか予想してんだよ!」
「ハッハー! ギャンブルは好きだぞ! 俺も混ぜろと言いたいところだが――」
龍水は一度言葉を切った。
「だがな!」
男子たちが顔を上げる。
「世の中の女性は等しく美しい! そこに優劣をつける無粋な真似はせん!」
「……は?」
池が間の抜けた声を出した。
龍水は胸を張る。
「俺は全ての美女が欲しい! 大きさなどどうでもいい!一人を選ぶために他を切り捨てるなど、そんな勿体ないことができるか!」
「いや、そういうゲームなんだけど!」
「ハッハー! なら俺は不参加だ!」
言うだけ言って、龍水は豪快に笑いながら去っていった。池と山内はしばらく呆然としていた。
そして、そのやり取りを聞いていた軽井沢が小さく呟く。
「……ほんと、あいつって誠実なのか不誠実なのか分かんない」
「分かる」
佐藤が頷く。
「そもそも女の子全員を美女って呼んでるもんね」
「しかも最近よくデートしてるって聞くよ?」
松下が会話に加わった。
「この前も女子に誘われてカフェ行ってたらしいし」
「えっ、そうなの?」
「うん。他のクラスの子とも結構仲いいみたい」
軽井沢が少し考え込む。
「やっぱりモテるのかな?」
「顔はいいし、頭もいいみたいだし、運動もできるっぽいしね」
佐藤が指を折りながら答える。
「それに七海財閥の御曹司なんでしょ?」
「条件だけならすごいよね」
松下が笑う。
「ただ、一緒にいたらめちゃくちゃ疲れそうだけど」
「分かるかも!」
軽井沢が吹き出した。
「絶対あのテンションで一日中喋るじゃん!」
「でも、こっちが落ち込んでる時とかは楽しそうだよね」
佐藤が言うと、櫛田が穏やかに笑った。
「龍水くん、誰にでも正直だからね。ちょっと変わってるけど、悪い人じゃないと思うよ」
その言葉に、軽井沢も頷いた。
「まあ、それは分かる」
ただし、恋人として付き合えるかどうかは別問題だろう。女子生徒たちは、そんな結論に落ち着いた。少なくともこの時点では、龍水の女性観を本気で理解できている者はほとんどいなかった。
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春先にもかかわらず、水泳の授業が行われる理由は単純だった。この学校には、水温まで管理された立派な屋内プールが存在しているからだ。
授業時間になる。更衣室から出てきた池は、プールサイドで女性が来るのを待っていた。どうやら興奮を隠しきれない様子だった。
「おい山内! 見ろよ、女子も出てくるそ!!」
「分かってるって!」
「……でも結構休んでるやつ多くね?」
「……嘘だろ!俺5000ポイントもかけていたのに……」
そんな落胆している二人の背後から、ひときわ大きな笑い声が響いた。
「ハッハー!」
龍水だった。
水泳用のパンツを着用した龍水は、引き締まった身体を隠すこともなく、堂々とプールサイドへ現れた。財閥の御曹司という肩書きから、運動とは縁のない生活を送っていると想像していた者なら、その体格に驚いただろう。
肩や背中にはしっかりと筋肉がついており、姿勢にも無駄がない。単に筋力を鍛えているだけでなく、日頃から身体を動かしていることがうかがえた。もっとも、本人が気にしていたのは自分の身体ではなかった。
女子生徒たちの姿を認めるなり、龍水は両腕を大きく広げた。
「ハッハー! 美女たちの水着だ! 全て欲しいぞ!」
周囲の視線が一斉に龍水へ集まった。
「おまっ、声でけぇよ!」
池が慌てて腕を引く。しかし龍水は気にしない。
「何を恥ずかしがる! 女性が美しいのは当然だ!」
「いや、そうじゃなくて!」
「ハッハー! 池も見たいと言っていただろう!」
「それを本人たちの前で言うなって!」
その声は、当然ながら女子側にも届いていた。櫛田が思わず吹き出す。
「あははっ! 龍水くん、本当にどこでも変わらないね!」
松下は呆れ半分、面白さ半分といった表情だった。
「普通、本人たちの前でそこまで言わないよ」
「なぜだ! 褒め言葉だぞ!」
「そういう問題じゃないと思うけど」
堀北は冷たい目を向けた。
「あなた、少しは慎みというものを覚えたら?」
「フゥン? 堀北も似合っているぞ!」
「聞いていないのね」
「無論だ! 美女を前にして黙る理由がない!」
堀北は額に手を当てた。
その横で、櫛田が笑顔のまま尋ねる。
「じゃあ龍水くん、一番可愛いと思うのは誰?」
池と山内が勢いよく振り返った。
「おっ!」
「それ気になる!」
しかし龍水は、まるで質問の意味が分からないという顔をした。
「一番?」
「うん。水着が一番似合ってる子とか」
「フゥン……」
龍水は女子たちを見渡した。
そして、堂々と言い放った。
「全員だ!」
池がずっこけそうになる。
「いやいやいや! 一人選べよ!」
「なぜ選ぶ必要がある!」
「男だったら普通、好みとかあるだろ!」
「あるぞ!だが全員違う魅力がある! 一人を選んだからといって、他の美女の魅力が消えるわけではない!」
龍水は楽しそうに笑った。
「欲しいものが十個あるなら、十個とも欲しがればいい!」
「それができたら苦労しねぇよ!」
池の叫びに、周囲から笑いが起こった。山内も呆れている。
「……こいつ、俺たちよりよっぽど女好きじゃね?」
「でも、何か方向性が違うんだよな」
池の言葉には、山内も頷くしかなかった。龍水は確かに女好きだった。だが、女子の胸の大きさで勝手に順位付けして楽しむことには興味を示さず、代わりに全員を褒めて回る。
誠実なのか不誠実なのか、少なくとも普通の感覚で理解できる男ではなかった。
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やがて体育教師が生徒たちを集合させ、水泳の授業内容を説明した。
この日は男女別に五十メートル自由形のタイムを競い、優秀な成績を収めた生徒にはプライベートポイントの報酬も用意されているという。
それを聞いた龍水の目が輝いた。
「フゥン! 体育の成績にも金が出るのか!」
「一位なら五千ポイントだってよ」
平田が答える。
「ハッハー! いいな!」
龍水は水面を眺めた。
「能力を示せば報酬が得られる! 実に分かりやすい!」
その近くで、須藤が肩を回していた。
「五千ポイントか。悪くねぇな」
「須藤!」
「何だよ」
「水泳は得意か!」
「まあ、それなりにな」
「なら勝ちに行くぞ!」
「お前も出るんだろ?」
「無論だ!」
須藤は龍水の身体を改めて眺めた。見たところ、筋力も体幹もかなり鍛えられている。ただの金持ちの息子ではないことは、これまでの体育の授業ですでに分かっていた。
「お前、どんくらい速ぇんだ?」
「ハッハー! 船乗りが泳げんでどうする!」
「答えになってねぇよ」
「泳げば分かる!」
その時、横から高円寺六助が現れた。
「おやおや、随分と楽しそうじゃないか」
高円寺は自分の身体を眺めながら、満足そうに髪をかき上げた。
「水の中でも僕の美しさが際立ってしまうとは、困ったものだね」
須藤が顔をしかめる。
「相変わらずうぜぇな、お前」
しかし龍水は違った。
「ハッハー! いいぞ高円寺!」
「おや?」
「その自信、実に素晴らしい! 欲しいぞ!」
高円寺は龍水を見た。
「君もなかなか分かっているようだね、七海ボーイ」
「当然だ! 自分の能力を誇って何が悪い!」
二人は何故か意気投合したように笑った。その様子を見ていた平田が、少し困ったように言う。
「……すごい組み合わせだね」
綾小路は静かに頷いた。
「ああ。相性がいいのか悪いのか、よく分からないな」
二人とも自己評価が極端に高い。ただし、高円寺は自分自身への興味が強く、龍水は自分以外の人間にまで興味を広げる。似ているようで、方向性は大きく違っていた。
やがて男子の競泳が始まった。
須藤は期待通りの速さを見せ、平田も運動能力の高さを示した。
龍水も無駄の少ない力強い泳ぎで好記録を出し、上位争いに加わる。龍水の泳ぎは、単純な力任せではなかった。水の抵抗を抑え、呼吸と身体の動きを正確に合わせながら、一定のリズムを保って進んでいく。幼少期から船に親しみ、実際に海で過ごしてきた経験は伊達ではない。
だが、それ以上に周囲を驚かせたのは高円寺だった。飛び込んだ瞬間から、明らかに速度が違う。水面を鋭く切り裂くような泳ぎで、隣のレーンの選手を次々と引き離していった。ゴールした時、教師が計測結果を確認して一瞬目を疑ったほどだった。
五十メートル、二十三秒台。
通常の高校の体育授業で目にするような記録ではない。
「……は?」
須藤が顔をしかめる。
「何だよ、今の」
高円寺はプールから上がると、涼しい顔で髪をかき上げた。
「ふっ。今日も僕の肉体は完璧だね」
その様子に須藤の闘争心が燃え上がる。そして龍水も、大きく笑った。
「ハッハー! 素晴らしいぞ高円寺!」
高円寺が振り返る。
「当然だよ。僕は完璧なのだからね」
「欲しい!」
「僕の能力は売り物ではないよ」
「ハッハー! ならそれでいい!」
龍水は少しも気分を害さなかった。むしろ、実際に泳いでみて高円寺の能力の高さを確信したことが、何より嬉しそうだった。
最終的に男子の競泳は高円寺が制した。
龍水は二位。須藤は僅差で三位となった。高円寺の速度には及ばなかったものの、龍水も堂々の上位入賞である。しかも須藤との差はそれほど大きくなかった。
「フゥン! やはり須藤、貴様は速いな! 素晴らしい!」
プールから上がった龍水が笑いながら言った。須藤はタオルで髪を拭きながら、呆れたように答える。
「高円寺に負けたのに、ほんと元気だなお前。悔しくねぇのか?」
「悔しいぞ!」
「そうは見えねぇけど」
「ハッハー! だが面白い!」
龍水は高円寺へ視線を向けた。
「世界には俺より速い人間がいくらでもいる! その才能を実際に見られるとは最高じゃないか!」
そして須藤へ顔を戻した。
「無論、須藤! 貴様の才能も欲しいぞ!」
「変な奴だな、お前」
須藤は呆れたように言ったが、少しだけ嬉しそうでもあった。龍水は、自分より優れた部分を持つ人間を素直に認める。競争に負けたからといって相手を貶めることもなく、それどころか相手の能力を褒め称える。須藤にとって、そういう態度は少し珍しかった。
一方、女子の競泳では水泳を得意とする小野寺が実力を発揮して優勝を飾った。その泳ぎを見た龍水は、男子の時以上に大きな拍手を送っていた。
「ハッハー! 小野寺も素晴らしい!さすが美女だな!」
松下が苦笑した。
「龍水くん、誰が勝っても嬉しそうだね」
「当然だ! 優秀な人材は何人いても足りん!」
「人材って……」
櫛田はそんな龍水を見ながら、少し不思議そうに笑っていた。龍水は女子生徒たちの水着姿を見て大騒ぎしていた。それは間違いない。
しかし、競泳が始まれば、今度は泳ぎの上手さにも同じくらい興奮している。女性の外見を褒めることも、能力を評価することも、彼の中では少しも矛盾していないらしい。
「……本当に欲張りなんだね、龍水くん」
櫛田が呟く。
「ああ!」
龍水は即答した。
「俺は世界一の欲張りだからな!」
⸻
プールの授業から数日後。
龍水は校内の商業施設を歩きながら、いくつかのことを考えていた。授業で良い成績を収めれば、ポイントが貰える。しかし普段の授業では、居眠りや私語をしていても注意されない。
一方で、学校は毎月十万円分ものポイントを生徒へ支給するという。普通の学校とは明らかに違う。龍水は幼い頃から経営や投資を学んできた。だからこそ、何の目的もなく大金を動かす組織など存在しないということを知っている。
無料で提供される商品ですら、誰かがその費用を負担している。ならば、この学校は何と引き換えに生徒へ金を与えているのか。
「フゥン……」
考え込んでいたところへ、綾小路が通りかかった。以前から少し興味深い男だ。それが綾小路だった。
「綾小路!」
「……何だ、七海」
「ちょうどいい! 一つ聞きたい!」
綾小路は立ち止まった。
「何をだ?」
龍水は窓の外へ視線を向ける。
「この学校をどう見る?」
「どう、とは?」
「毎月十万ポイントが貰える! 教師は生徒をほとんど叱らない! 無料の商品まで揃っている!」
龍水は笑った。
「優しすぎると思わないか?」
綾小路は少し考える。
「確かに、普通の学校とは違うな」
「そうだ!」
「でも、その理由までは分からない」
「フゥン。なら船で考えてみろ!」
「船?」
龍水は頷いた。
「貴様が船長だとして、食料が無限にあると言われたらどうする?」
「……本当に無限なのか確認するだろうな」
龍水の目が輝いた。
「ハッハー! そうだ!」
「海の上では補給も時間も人員も有限だ! 船長が好き勝手に物資を使えば、船は目的地へ辿り着けん!違うか?」
「つまり、この学校にも何か制限があると?」
「分からん!」
綾小路は龍水を見た。
「分からないのか」
「ああ! まだ材料が足りん!」
そこは即答だった。
「だが、何の条件もなく毎月十万ポイントが貰えるなど、俺にはどうにも信じられん!」
龍水は口元を大きく吊り上げた。
「当たるぜ、船乗りの勘は!」
「根拠は?」
「勘だ!」
綾小路は少しだけ呆れた。だが、七海の考えそのものが的外れだとは思わなかった。むしろ、この男は教師の態度やポイント制度から何らかの仕組みを推測しようとしている。
そして何より厄介なのは、その思考を隠すつもりがまったくないことだった。
自分であれば、疑問を持っても簡単には口にしない。しかし龍水は違う。
必要だと思えば誰にでも尋ね、気になればその場で行動する。七海龍水という男は、自分とは正反対の方法で情報を集める人間なのかもしれない。
そこで綾小路は、ふと別の疑問を口にした。
「そういえば七海」
「何だ!」
「お前、プライベートポイントはいくら残しているんだ?」
龍水は当然のように答えた。
「ハッハー! ほとんど使ってしまったぞ!」
「……」
綾小路は思わず黙った。
「ほとんど?」
「ああ! 欲しいものが山ほどあったからな!美女にも沢山奢ったぞ!」
「……来月も十万ポイント入るか分からないと予想しているのに、残さないんだな」
「ハッハー!」
龍水は豪快に笑った。
「綾小路! 俺が欲しいものを我慢すると思うか!」
「思わないな」
「無論だ! 金は使うためにある!違うか!」
「それで来月のポイントがゼロだったらどうする?」
「フゥン……」
龍水は一瞬だけ考えた。
「その時は、その時の俺が考える!」
「……ずいぶん楽観的だな」
「違うぞ!」
龍水は指を立てた。
「起きるかどうかも分からん問題のために、今欲しいものを全部諦めるのは無粋だ!」
「でも、本当に困るかもしれないだろ」
「その可能性もある!」
「認めるのか」
「当然だ! だが、それも俺が選んだ結果だ!」
龍水は笑った。
「欲望には代償がある! なら、その代償まで引き受ければいい!」
綾小路はしばらく龍水を見ていた。確かに、筋は通っている。合理的かどうかは別として。
七海龍水は、危険を理解したうえで欲しいものを優先する人間なのだろう。しかも、失敗した時には言い訳をするのではなく、その状況を引き受ける覚悟まであるらしい。
「……お前らしいな」
「ハッハー! 最高の褒め言葉だ!」
龍水は上機嫌に笑い、そのまま歩き出した。
綾小路はその背中を見送りながら、もう一度考えた。頭がいいことと、堅実であることは同じではない。少なくとも、七海龍水という男を評価する際には、その違いを理解しておく必要がありそうだった。
⸻
四月下旬。
茶柱佐枝が教室へ入ってくると、いつものように教壇へ立った。
「今日は小テストを行う」
突然の宣言に、教室から不満の声が上がる。
「えー! 聞いてないんだけど!」
「マジかよ!」
「勉強してねぇって!」
茶柱は騒ぐ生徒たちを一瞥した。
「安心しろ。今回のテストは成績には含まれない」
その一言で、何人かの生徒は露骨に安心した表情を見せた。
だが、龍水は違った。
「フゥン……」
茶柱が答案用紙を配り始めたところで、龍水が口を開く。
「ハッハー! 随分と意味深な言い方をするではないか、茶柱!」
茶柱の手が止まった。
「……七海」
「何だ!」
「教師を呼び捨てにするな」
「ハッハー! 細かいことを気にする美女だ!」
「それもやめろ」
「フゥン? 褒めているのだがな!」
「私は褒められたいとは思っていない」
「ハッハー! 欲が少ないな!」
茶柱は一瞬だけ龍水を睨んだが、これ以上相手にしても無駄だと判断したのか、淡々と答案を配り続けた。
堀北が小声で注意する。
「七海くん、少しは先生に対する態度を改めたら?」
「フゥン? 俺は敬意を払っているぞ!」
「まったくそうは見えないのだけれど」
「ハッハー!」
やがてテストが始まった。
問題の前半は、中学生の範囲を理解していれば容易に解ける程度のものだった。しかし、後半へ進むにつれて難易度が上がっていく。龍水は答案をめくりながら、少しだけ目を細めた。
――フゥン、随分と妙な構成だな。
基本問題から始まり、最後の方には難関校の受験問題に近いものまで含まれている。明らかに今までの学習範囲を大きく超えていた。単純に学習内容の理解度を調べるにしては、難易度の幅が大きすぎる。
学力の低い生徒から高い生徒まで、全員の実力を細かく測定しようとしているかのようだった。龍水は最後の問題へ目を通した。
「……なるほどな」
思わず口元が上がる。
七海家で受けてきた英才教育がなければ、多少は苦戦していたかもしれない。とはいえ、解けない問題ではなかった。龍水は計算を進め、順調に答案を埋めていく。そして最後まで解き終わると、ペンを置いた。
――この学校は、何を測ろうとしている?
単なる成績評価なら、ここまで極端に難易度を変える必要はない。しかも、成績には含まれないと明言している。だとすれば、今回の目的は点数そのものではないのかもしれない。
龍水は教壇に立つ茶柱を見た。教師は、いつもと変わらない表情で教室を眺めている。
「フゥン……」
実に面白い。龍水は答案用紙へ視線を戻すと、残り時間を使って解答を確認し始めた。
その一方、教室の後方では須藤が頭を抱えていた。も山内も、途中から明らかに手が止まっている。幸村や堀北は順調にペンを動かしていた。綾小路も、特に困っている様子はない。
その光景を見ながら、龍水は小さく笑った。このクラスには、実にさまざまな能力を持った人間が集まっている。まだ、そのすべてを知っているわけではない。だが、だからこそ面白い。
龍水の中では、この学校への興味が日に日に大きくなっていた。
そして5月1日になる
よう実二次創作にありがちなポイント残しがち系主人公の真逆を行く龍水という男……カッコよすぎるぜ。