悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:狸のピクルス炙り
『私がミリス・アークライン? は、破滅しますわ~!!!』
お嬢様が鏡を見ながらそう叫ばれて、七年。
『これ本当に実現できますの? 生き残れる、自信がない……っ!!!』
お嬢様がそうおっしゃられてから、六年。
そして、お嬢様が姿を消してから、今年で五年目になります。
捜索はもちろん致しました。ですが、その消息は完全に断たれています。
仮にもアークライン侯爵家の後継者候補として育ってきた身。お嬢様の能力の高さは一級品です。
――影武者として育てられてきた私が、誰よりもよく存じておりますとも。
「お嬢様、どこへ行かれたのですか……」
お嬢様の部屋——今となっては、私の部屋となっている部屋で、私は小さな声で独り
机の上にそっと指を滑らせる。ここでお嬢様が勉学に励んでいた姿を、どうして忘れることができましょうか。
部屋の戸が叩かれました。
入るよう命じると、メイドが一人、戸を開けてこちらへ礼をします。
「ミリスお嬢様、ご当主様がお呼びです」
「はい、ただいま向かいます」
周りの使用人は、私がミリスお嬢様だと思っています。そのぐらい、私とお嬢様はよく似ているのです。
そう、対外的にはお嬢様が消えたことは発表されていません。
お嬢様が消えたことを知っているのはごく一部の人間のみ。
アークライン家当主たる、ゲルタス・アークライン様と、その直轄の執事様。
最後に、影武者本人である私の三人のみ。
他の使用人は五年前から何も知らず、知らされず――影武者たる私をお嬢様として扱っております。
全てはご当主様の意向のままに。
メイドに案内され、ご当主様の部屋に到着しました。
扉をノックすると、入れという短くも威厳ある言葉が投げかけられます。
「失礼いたします」
言葉を返し、扉を開け、入る。
部屋の中にいるのは、ちょうどお嬢様失踪を知る三人。
で、あれば、話題はそれでしょう。
部屋の戸が閉じられるのを確認すると、当主様はパチンと指を鳴らし、防音結界を張りました。これで、私たちの話が外に漏れることはありません。
「調子はどうだ」
「はい。使用人にはもちろん、交友のある貴族の方々にも変わらず、疑われている気配はございません」
定期報告。ミリスお嬢様が消息を絶たれてから、欠かさず行われている情報交換会です。
「ならよい。アークライン家の娘が失踪など、知られるわけにはいかんからな」
「スラム街から拾ってくださった恩を、仇なく返せているようで何よりでございます」
「お前はよく働いてくれている、ティカ」
執事様からお褒めの言葉を頂きました。
そう、私の本当の名をティカ。
スラム出身の孤児である私を拾ってくださったお嬢様への恩を返しているのです。
「お褒め下さり恐縮です」
「十年前、あの子がお前を拾ってきた時は何事かと思ったが……これを見越していたなら大したものだ」
ミリスお嬢様が消えてから五年。ご当主様の心労は絶えることがございません。
それもそうでしょう、愛娘が消えたのですから。
「それで、私をお呼びになりましたが、ご用件は何でしょうか」
「今年でミリスは十五歳になるはずだった。貴族学院が始まる年齢だ」
……ああ、そういうご用件でしたか。
私は先生に完璧と称されたカーテシーを披露し、答えます。
「お嬢様の代わりを果たす覚悟はできております」
「――可能であれば、今年までに見つけたかったが」
空を見上げて、ご当主様は苦悩なさります。
「こうなると、見た目を変えてらっしゃる可能性が高いですね。お嬢様はその手の魔法や化粧に興味を示されていましたから」
執事様が補足説明してくださります。
確かに、お嬢様は七年前からやたらと様々なものに興味を示していらっしゃいました。
その中でも特に美容関係には力を入れていて、密かに試作していたものをご当主様が販売まで漕ぎつけたほどです。
今では一つの店を構えるほどになったとか。
新製品の開発には難儀しているようですが……お嬢様の発想の元はどこにあったのでしょう。
やはり天才は天才だった、という事でしょうか。
「それで? あの子が残した日誌に関してはどうだ」
「――『悪役令嬢必携ノート』、についてですか?」
「そうだ。先日、完全に解読に成功したと聞いたが」
悪役令嬢必携ノート。ミリス様が残した、唯一の手掛かり。
私はゆっくりと横に首を振り、残念という表情を作ります。
「解読は進みましたが、行方の手掛かりになるようなものではないかと」
「……そうか」
残念だと言わんばかりに、ご当主様は深く肩を落とされました。
無理もないでしょう。五年間で見つかった、唯一の手掛かりが無価値だと証明されたのですから。
悪役令嬢必携ノートと記されたそれは、我々の見たことのない言語で記されており、おそらくはミリス様が編み出した独自言語だと思われます。天才にもほどがある、と我が主人に思います。
ミリス様が描かれたと思われる挿絵や頻度分析から、難解な言語ながらおおよその内容を解読することに成功しています。五年の歳月は伊達ではない、ということですね。
「内容に関しては、第一王子殿下など特筆するべき殿方と、ヒロインなる人物に関する情報。それらがミリス様にもたらす影響についての考察のようです」
言うならば、預言書でしょうか。
ヒロインなる人物に関して、当時のミリス様がご存じになる機会はなかったはず。
「このヒロインなるフルリナ嬢、彼女の来歴に関しては如何ですか?」
「悪役令嬢必携ノートに記されている通りだった。だが、どうやって当時のあの子が彼女の存在を知ったのかは……」
「やはり、神託、でしょうか」
沈黙が場を支配する。
神託。主神が時折現世に降りてきては世界のために予言をなされることがありますが。
それが、ミリス様にあったのかどうか。
あったすれば、ミリス様は主神のお声を聴ける人物——聖女様だったということになります。
聖女様は重要人物。神託が真実であれば、なおのことその消息を辿らなければなりません。
「ミリスは失踪前に、破滅すると言っていたんだろう?」
「はい、間違いありません」
「我らが主神が、聖女に対して破滅するなどという神託を下されるだろうか」
ご当主様のおっしゃる通りだ。
我らが主の御心を伝える聖女が破滅するなどという神託、前例がない。
だがしかし、神託でなければ未来予知だとでもいうのか。
妄言の類であればまだ見過ごせた。けれども、この悪役令嬢必携ノートにはお嬢様が当時知りえるはずがない情報が、偶然で終わらせられない数、記載されている。
「駄目だな。やはり、あの子を見つけるしか根本的な解決方法はなさそうだ」
「結論、そのようですな」
ご当主様と執事様が出す結論は、結局いつも通り。
ミリス様ご自身を見つけ、真意を問いただすしかない。
その手掛かりがないというのが、問題なのですが。
「ティカ」
「はい」
「悪役令嬢必携ノートに記載されているのは、主に学院生活での内容で間違いないな」
「左様でございます」
と、なると。
やはり、そういうことになるのでしょうか。
「学院生活を、この悪役令嬢必携ノートの通りに、でしょうか?」
静かに頷かれました。
「手がかりがそれしかない以上、その悪役令嬢必携ノートに従うことで何かが起こることを期待するしかない」
例え、その先が破滅かもしれないとしても。
私には選択肢はありません。
私は再び丁寧に、礼をします。
「拝領いたしました。お嬢様に拾われた身なれば――お嬢様の代わりに、破滅することも本望でございます」
ご当主様と執事様は満足げに頷かれて。
私の、学院入学が確定したのでした。
そうして、様々な準備を経て、学院生活が始まりました。