悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
帰りではひと悶着ありました。
私とレオが二人でいたことにフルリナ嬢が怒って、それを宥めるのに少し時間がかかりました。
護衛の二人に関してはレオが対応して、私はフルリナ嬢を宥めるという。
おかげで、別途フルリナ嬢と遊ぶ約束を取り付けられてしまいました。
今度は二人っきりで。
私たちが出かけている間、フルリナ嬢と攻略対象である護衛二人の間の進展があるかと思えば、それもなかった様子ですし。
レオと相談するべき内容と判断するべきでしょう。
そんなこんなで無事に学院に戻り、解散の運びとなりました。
――そうして、やってきた後日。
再びガゼボで落ち合います。
今度は護衛の二人も、フルリナ嬢もいません。
私とレオだけで。
議題は、当然ミリス様について。
ひとまずの情報共有として、まずは私がミリス様の様子が変わられた七年前、六年前のお話をレオにしました。
これを聞いたレオは深く考え込んだ様子の後に、一つ納得したような態度を見せます。
「……なるほど。所感を語ってもいいかな?」
「お願いいたします」
「それはミリスではなかった、という可能性はないかな?」
……?
七年前のミリス様は、ミリス様ではなかった?
どういうことなのでしょうか?
「僕が知る限り、ミリスは己の破滅する未来を知ったところで絶望するような人間じゃない」
むしろ、破滅に対して上等だと敵意を燃やすような我の強さを持つ人物だと。
その所感には賛成できます。様子が変わられる前のミリス様に仕えたのは実質一年だけですが、ミリス様があれほど人目を気にせず取り乱すとは考えづらいです。
冷静になった今だからこそ気が付ける違和感。
指摘されたからこそ、確かにおかしいと思えます。
「彼女の我の強さは天性のものだ。生まれ持った王者の素質と言っていい」
「……ですが、あれは間違いなくミリス様です」
入れ替わる隙も、魔法による変装もなかった。
様子こそ変わりましたが、間違いなくミリス様でした。
「生まれ持った魔力波長が一致しています。ミリス様であることは疑いようがありません」
「そうか。なら、別人であるという線はないか……」
別人のようだ、とは思いますが。
ミリス様である、というのは確実なのです。
「何よりも、ミリス様でないならば、とっくにアークライト家が消息を掴んでおります」
「――ミリスの能力の高さ故か」
はい。
ミリス様の能力の高さがあればこそ、今日まで逃げきれていると見て良いでしょう。
そのうえで潜伏を選んでいる。
もしもそれらしき人物の活躍があれば、すぐに我々の耳に届くように手配しているのですから。
「ふと気になったことがあるんだけれど、いいかな?」
「はい、なんでしょう」
「アークライト家が経営しているブティック。あの化粧品関係はミリスが考案したと聞いたけれど、それは正しいかな?」
「はい、その通りです」
ミリス様発だとは公にはされてないはずですが。
やはり、王家の情報網は侮れませんね。
「化粧品関係を考案したのは、変わった後のミリス、変わる前のミリス、どっちのミリスかな?」
「っ!?」
――レオは、まだミリス様が別人になった可能性を捨てきっていない?
ただ、この問いには答えなければ。
ええと、私が手伝った記憶もあるので……。
「……様子が変わられた後のミリス様、です」
「だろうね。ミリスはそんなことをしなくても自分は美しいと言い切る人間だった」
決して努力を怠っていたわけではないのでしょうが。
それを努力ではなく己の能力と見なす我の強さ。
レオの知るミリス様は、やはり圧倒的な覇王のような方なのですね。
「今の話を聞けて、一つ仮説が立った。いいかな?」
前振りをするということは、それなりの内容という事。
同時に、レオの中では筋が通った筋書きができたということ。
「……お願いします」
一拍置き、覚悟を決めました。
何を言われても、戸惑わないように。
レオは私が聞く準備が整ったとみると、考察を語ってくれます。
「様子が変わった後のミリスは……最初から逃亡する予定だったんじゃないかな?」
「え?」
最初から、逃亡する予定だった?
失踪は突発的なものではなく、計画的なものだったと?
「化粧品の開発は逃亡資金を集めるため。実績を他人に握らせたのは、表だって拘束されないため。そう考えれば、筋が通る」
「それは――その通りですね」
「もちろん、僕が知るミリスならそんな回りくどい真似はしない。彼女なら、正面から堂々と出て行って、何食わぬ顔でそのまま姿を消すぐらいの度量があるからね」
つまり、レオの主張は一貫して、様子が変わった後と変わる前のミリス様は別人というもの。
その仮定が正しいとすれば、これまで起こったことにも筋が通ります。
ミリス様が知りえない情報を知っていたのも、知っている別人だったから。それで説明できてしまうのです。
ただし、この推理には一つだけ穴があります。
「大前提、ミリス様がそんな窮地に陥ると思いますか?」
「――そこがネックだ」
魔力波長が一致したということは、体はミリス様なのでしょう。精神だけが別人、そうレオは言いたいに違いありません。
問題は、別人に体乗っ取られるような状況に、ミリス様が陥るか? という問いです。
ミリス様の我の強さがレオの言う通りなら、並大抵の人間は精神力でミリス様に勝てません。
ならば、人格が乗っ取られるなんて可能性はありえない。
「君の言う通り、ミリスがそんな初歩的なミスをするとは思えない」
「私もそう思います」
意見が一致しました。
結論として、ミリス様の体が別人に乗っ取られたと仮定するならば――。
「ミリス様がわざと体を受け渡したか」
「――ミリスを持ってしても抗えないような精神の乗っ取り方法があるか、だ」
これも、意見が一致します。
前者であれば、全てはミリス様の手のひらの上。憂う事はないのでしょう。
しかし、後者であれば……。
「最悪の事態が考えられますね」
「ああ。もしも他人の精神を強制的に操作、転移できるような魔法があるなら一大事だ」
現存する魔法では確認されておりません。
あるとすれば秘術や禁術の類。その道に精通する人物でなければ、存在を確認することすらできません。
「国家転覆も容易だ。重鎮が気づかぬ相手に中身が入れ替わっていたと考えるとぞっとする」
「その場合、元々の人格がどこへ行ったのかも調査が必要になりますね。肉体が入れ替わるだけならばいいのですが……」
ミリス様を捜索するだけならばともかく、国家の一大事となる懸念まで発生してしまいました。
レオと情報共有ができて良かったと考えるべきでしょうか?
あるいは、もっと早期に打ち明けられていれば……。
これは無駄な考えですね。もしもたらればにかける程、不要な思考リソース配分はありません。
「その手の専門家がいればいいのだが……」
殿下の言はごもっとも。しかし、外法に手を染めている知り合いなど私たちにいるはずが――。
「レオ、見てもらいたいものがあります」
「なんだい?」
「これは、失踪直前のミリス様が書き残した文書です」
取り出したのは、悪役令嬢必携ノート。
レオにも見てもらおうと思い、持ち出しておりました。
それまで対面で話していたのを、私はレオの隣まで移動して、悪役令嬢必携ノートを開きます。
該当するページを探し出し、その人物についての情報をレオにも共有します。
「何々……? 『ヘイルム。学院の先生で、死んだ妹を溺愛しているシスコン。フルリナに妹の面影を見て、興味を持つ。裏では人体錬成の実験をしていて、妹の複製を作ろうとしている』」
「つまりこれは、生成した人体に」
「妹の精神を吹き込もうとしている……?」
レオと私の視線が合います。
そして、互いに頷き合う。
「これは変わった後のミリスが残した書物と言ったね?」
「はい。原書は見たこともない言語で記載されており、解読できた部分のみを翻訳したのがこれです」
「少し見せてもらっても?」
「どうぞ」
パラパラと他のページもめくり、殿下はご自身に記された情報や、キンディ様、ルーファス様の項目を確認したりしています。
そうして、全ページを瞬く間に目を通すと、閉じてこちらへ返してくださいました。
「――結論から言おう。この書物の内容は、信ずるに値する」
「では」
「ああ」
次の目標が定まりましたね。
「ヘイルム先生から、どうにかして情報を引き出すべきだ」
妹の精神を吹き込む技術が、もしもミリス様の精神が変わった技術と同一のものであれば。
そこに解決方法があるやもしれません。
失踪した先の情報も、もしかしたら。
レオと私は再び握手を交わし、今後互いに取るべき行動を相談し合うのでした。