悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
次に詰めるべきは、どうやって先生にアプローチをするか。
ここまでは案が出しきれず、後日また話し合うこととなりました。
そうして、部屋に戻ってきたのですが……。
「……フルリナ嬢?」
「……むすーっ」
私の部屋の前で三角座りしているフルリナ嬢が。
分かりやすく拗ねるポーズを見せていますね。
この区画に一人で来たのでしょうか。また、他の貴族に目をつけられそうな真似を……。
「何をなさっているのですか?」
「……ミリス様、レオ様とばっかり遊んで私の事は放置するんですもん」
これは、嫉妬?
まさか、そんな子供ではないんですから。
「フルリナ嬢、淑女が廊下の床に座って人を待つものではないですよ」
「ミリス様帰ってくるの遅いんですもん!」
ふいっと、よその方を向いてしまいました。
……何とも、行動が幼い。
平民とはこのようなものなのでしょうか?
いいえ、先日礼儀作法を教えた際にはもう少しましな立ち居振る舞いをしていたはず。
「……聖女様なのですよね、一応」
「? 何か言いましたか?」
ぼそりと口の中で呟いた言葉は、フルリナ嬢には聞こえなかったご様子。
レオが悪役令嬢必携ノートの内容を確認し、信ぴょう性が高いとしたのですから、当然フルリナ嬢は将来聖女として覚醒するはずです。
……これが、聖女。
何ともまあ、威厳がない。
「な、なんですか。その残念なものを見る目は」
「いいえ。その、はしたないのでまた礼儀作法を教えなければと思っていただけです」
「きゅい! そ、それはご勘弁を……」
将来聖女様となるのなら礼儀作法は必要になりますし。
そのうち時間を取ってじっくり教えるべきですね。
「良かったですね、フルリナ嬢。フルリナ嬢へ使う時間ができましたよ」
「嬉しくない! ミリス様の笑顔は眩しいぐらいですが、嬉しくないです!」
あら、礼儀作法の勉強は嫌いですか?
私は好きでしたけれど。
ミリス様の所作に少しでも近づける、あの方の近くへ行ける。
それに勝る喜びなんて、ありませんでしたから。
「まあ、何にしてもお入りなさい。せっかく来たのですから、招待して差し上げます」
「え、いいんですか?」
「何を今更。いいですか、ここで部屋に入れずフルリナ嬢を帰したとなれば、明日からあなたはまともに学院内を歩けないと思った方が良いですよ」
ただでさえレオに無礼を働いて、アークライト家の娘に目を掛けられている平民というのでやっかみを受けているのですから。
そこで、アークライト家の娘が少しでも蔑ろにしてみなさい。
ああ、庇護下にないんだと思った疎ましく思っている貴族たちから総攻撃を貰いますよ。
ミリス様が変わられた影響で、ミリス様の友好関係は一旦断絶しましたからね……。
影武者である私が出るにしても、必要最小限だけに抑えるのが最もリスクが少ないですから。
実際、レオと一部の家門のお茶会以外には一切顔見せしませんでしたからね。
まあ、元よりミリス様があまり交友の広い方でなかったのが幸いしました。
あの方は人を惹きつけますが、人に引き寄せられる性質は持ち合わせていなかったものですから。
「わあ、これがミリス様の自室……っ!」
部屋の中にフルリナ嬢を招き入れました。
私の部屋の中は、高位貴族にしては極めて簡素と言うべきでしょう。
交流のためのお茶用テーブルに、ベッド。化粧用の鏡台テーブルに、衣装棚。
必要最低限のものしか置いていません。
「お貴族様って感じがします」
「ふふっ」
「私、何かおかしなこと言いました?」
「いえ、気にしないで」
私の部屋が、お貴族様、ですか。
かつて同じようなことを、私もミリス様に言ったことがあります。
その時に返された言葉が――。
「『この程度で驚いていたら、本物に出くわしたときに腰を抜かすわよ』」
ミリス様も実利を求める方だったから、あまり絢爛さを求める方ではなかった。
とはいえ、それはご本人がなによりも輝く珠玉だったからこそ。
あの方がいるだけで、その空間は王宮の宝物庫よりも輝きを放っていた。
だから、必要ない。
本物の貴族には、わざわざ己の権力を誇示するための調度品など。
私は何よりも、誰よりも知っておりますとも。
「ほ、本物?」
「貴族は見栄に命を懸けてる方もいらっしゃるということですよ」
ほら、席にお付きなさい。と、ティーテーブルへフルリナ嬢を誘導します。
ホストとして先に席に座り、対面へと誘導します。
「なんか、お菓子置いてありますけれど……」
「急な来客に備えておくのは必然では?」
「えぇ……?」
出来立てを用意できないのは困りますが。
そのあたりは学院内だから仕方のないことでしょう。
それに、私は使用人も連れていませんし。
「そういえば、メイドさんとかいらっしゃらないんですか? 廊下では結構行きかってるの見ましたが」
フルリナ嬢も気が付きましたか。
「一応、付き人を一名任命することができるのですよ」
それは家から連れてきたメイドであったり、格下の家の娘であったりするわけですが。
普通の貴族は身の回りの世話をさせる付き人を用意します。
学院側の用意した制度ですからね。きちんと活用するのが普通、でしょう。
「どうしてミリス様はそうなさらないのですか?」
ただ、ミリス様を演じている私は全てを一人でやっています。
格が落ちる? 見栄が足りない? いいえ、ミリス様ならこうおっしゃることでしょう。
「だって」
「だって?」
不敵に微笑み、答えます。
「私より完璧にこなせる娘が、いるはずありませんもの」
他の誰よりも。他の何よりも。
見くびろうというのならしてみなさい。全てを実力でねじ伏せて見せましょう。
事実、それが我が家の出した結論ですもの。
下手に付き人を用意するよりも、よっぽどミリス様が健在だと示すことができる。
私の日ごろの頑張りが報われたと言っても良いでしょう。
「……さ、流石ですね」
「ええ。それが全てですわ」
魔道具のポットの蓋を叩くと、中身が温かく適温になります。
こういう備品にこそお金はかかっていますけれどね。いつでも美味しいお茶が飲める魔道具なんて、相当な高級品なのですよ。
貴族の道楽でしか使われない特注品の品々ですからね。
「さ、お飲みなさい」
「なんか、今日のミリス様はいつも以上に自信に満ち溢れてらっしゃいますね」
「そうでしょうか?」
レオからミリス様のお話を聞いたからでしょうか。
エミュレートがより正確になった、のかもしれません。
だとすれば、喜ばしいことですね。
「……わっ、美味しい」
「喜んでもらえて何よりです」
「これもミリス様が?」
静かに頷きます。
フルリナ嬢は感激したように、眼を爛々と輝かせておりますね。
ふふっ、本当にかつての私を見ているかのよう。
「……ミリス様。我儘を一つ聞いてくださいませんか?」
しばしティーカップの中にある、赤褐色の小さな湖面を見つめてから。
じっと、真剣な面持ちになって、こちらを見つめてくるフルリナ嬢。
我儘、ですか。内容は予測できますが……。
「内容によりますね」
聞かず頷いてあげてもよいですが。
あえて、ここは聞くとしましょう。
言葉にすることで手にするものもありますからね。
「――私を、ミリス様のお付きにしてもらえませんか?」
私は紅茶を作法通りに飲みながら、さてどうするか思案します。
この問いかけ自体は予想通り。
問題は、ミリス様ならどうするか。
レオには正体を明かしてしまいましたが。
あれはミリス様を見つけるためにレオの情報収集力があれば役に立つと踏んでの打算もありました。
一方でこちらは何の益もありません。
せいぜい未来の聖女とより親密になれるという程度でしょうか。
まあ、答えは決まりきっていますね。
「いいですよ」
「本当ですか!」
花開くような笑顔を向けてくるフルリナ嬢へ、微笑み返します。
「ですが、条件があります」
「……なんでしょうか」
分かりやすく身構えて。
本当に、愛らしい方ですね。
ミリス様から見た私は、こうだったのでしょうか。
「私の付き人となるのなら、
「そ、それは」
「先日の礼儀作法講座など比ではありませんよ? それでもかまいませんか?」
露骨に嫌そうな表情になりましたね。
そんなにつらかったのでしょうか?
まあ、平民には縁がない世界ですものね。
私もミリス様という目標と目的がなければ、耐えられたかどうか。
「それに、私の世話と自らの学業を両立することとなります。これまでの比でもなく忙しいですよ」
「――覚悟の上です」
何が彼女の中で燃えているのかは、分かりませんが。
ミリス様も私も、こうも負けん気が強い子は――嫌いじゃありません。
紅茶のカップをそっとソーサーの上に置き。
私は、胸の前で指を合わせます。
「わかりました。では、学院に申請しておきましょう」
「いいのですか!」
「ええ。ですが、ミリス・アークライトの名を落とす行動をすれば、その時は……」
それ以上は、ただ笑顔で語るまで。
言葉で語るまでもありませんね。
それでも、フルリナ嬢は少しだけ興奮したように頬を紅潮させて。
はっきりと、自らの意思を示したのでした。
明日からが楽しみですね。
心なしか、紅茶の香りがより芳醇になった気がします。