悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
「やあ、君がミリス嬢だね?」
学院内の廊下で声を掛けられました。
振り返ると、そこにいたのはお望みの人物——ヘイルム先生。
やはり、フルリナを連れていれば興味を引きましたか。
「ミリス様に何の御用ですか、先生」
「ああ、君が噂の付き人のフルリナちゃん」
「ちゃん!?」
フルリナに対してはやたら親し気。
情報に間違いはないと見て良いでしょう。
息をゆっくり吐いて、吸って。
努めて、顔に感情を出さないようにして。
私は応えます。
「おはようございます、ヘイルム先生」
「おはよう。ちょっと時間貰ってもいいかな?」
――来た。
「ええ、構いませんが。何のご用事でしょうか。まだ朝の一限目も始まっていませんのに」
「いやあ、ちょっと準備に手間取っていてね。ほら、君たちの一限目は私の授業だろう?」
「確かに、召喚魔法に関する授業でしたね。ヘイルム先生が御担当でしたか」
何とも白々しいですが、召喚魔法の授業は初めてなのは事実。
学業に積極性を示しているわけでもない私が、知っているのはおかしなことでしょう。
もちろん、学院の先生全員と主要な生徒の一覧は頭に入っておりますが。
「あははは、確かにちょっと影薄いよね私は。で、助けてくれたりする?」
わざとらしい揺さぶりにも引っ掛かるところは無し。
あまり私のことを調べていない?
本当にフルリナ目当てなのですね。
視界が、ちらちらと彼女の方を見ているのバレバレですよ。
「構いません。フルリナ、行きますよ」
「はい! ミリス様」
付き人のフルリナはきちんと主人たる私が話している間は沈黙を保っていましたね。
良い感じですよ。最初の応答では私よりも先に応じていましたしね。
やはり、この子は物覚えがいいです。
学院に入学できるだけの類まれな才能を持っているのは間違いないでしょう。
聖女であるだけでなく、フルリナ個人としても。
「いやあ、助かるよ。こっちだよ、着いてきてくれるかな?」
「ええ」
こんなにも早く接触できるなんて僥倖です。
フルリナを利用すると決めた甲斐がありました。
……まだ、心苦しいと思う部分はありますが。
全てはミリス様のため。ミリス様のためなのです。
「それで、準備というのは?」
移動しながら、腹の探り合いと行きましょう。
大した用事でなければ、それこそフルリナに接触するためだけに絡んできたことになります。
「召喚魔法の実験のための魔法陣がまだ書きあがってなくてね……」
「生徒である私たちが触っても大丈夫なのですか?」
「ははっ、謙遜しなくてもミリス嬢の魔法の腕は存じているよ。フルリナちゃんは平民だから触らせられないけれど、ミリス嬢なら問題ないだろう?」
……召喚魔法に使う魔法陣を描くのは大変な手間です。
繊細な魔力制御が必要で、刻印するとなると技術者が手間暇かけるのが普通。
スクロールなどは専門職の方が作るので非常に高価な値段となっております。
私なら余裕ですが、フルリナに触らせたらまあ……
「そうですね。簡素なものならばお手伝いできるかと」
「それは助かるよ。下位精霊を呼び出す程度のものだから、さっさと終わるものさ」
なるほど。その程度であれば私の手を借りずとも何とかなる範囲ですね。
やはり、私を使ってフルリナに接触するのが目的とみていいでしょう。
悪役令嬢必携ノートの通りに。
少しの間歩くと、一つの教室にたどり着きます。
ここが召喚魔法の授業で使う教室なのでしょう。
教壇の上を見ると、書きかけの魔法陣がありますね。
「この魔法陣を完成させればいいのですね?」
「頼めるかな?」
「ええ、この程度であれば」
基本的な部分は出来上がっていて、見れば最終形が分かる程度の進捗です。
本当に私の手が必要なのか。必要ないでしょうね。
「ああ、せっかくだからフルリナちゃんを借りてもいいかな。隣の準備室の整理もしたくて」
ほら、すぐに本題を持ちだした。
ただ、別れるとなると咄嗟に守れなくなる可能性がある。
「……フルリナ?」
「えと、ミリス様さえよろしければ」
視線を向ければ、少しだけ困ったように応じてくれます。
フルリナは先生について何も知りません。
実際に問題が起こる可能性は非常に低いとはいえ、行かせてもいいものか。
これはあくまでも接点を持つためのきっかけに過ぎない。
きっと、隣の部屋で妹の話でもするつもりなのでしょう。
隣の部屋に私がいる状態で、ことを起こすのはあまりにもリスクが高すぎます。
ある程度の魔法使いになれば、パッと見ただけでお互いの技量を計れるというものです。
ミリス様の影武者としてある程度仕込まれている私の見込みでは――ヘイルム先生と私が戦えば十中八九私が勝ちます。
というよりも、ヘイルム先生が弱すぎると言った方が正確でしょうか。
先生にしては、ですが。
「……では、先生の手伝いをしてきてください」
「おそばを離れても?」
「許可します。私の付き人として、無礼が無いようにだけ気をつけなさい」
私の側から離れることには少し不満げだけれど、仕事を任されたことは喜んでいそう。
複雑な表情を一瞬だけ浮かべてから、教えた通りの礼をする。
「ミリス様の仰せのままに」
「じゃあ、こっちの部屋に来てくれるかな?」
「はい。ではミリス様、後程」
「ええ、行ってらっしゃい」
二人が隣の部屋へ続く扉の先へ消えていくのを見送って、さてどうするかと思案する。
この程度の魔法陣、完成させるのはすぐ終わる。
先生は私の力量を見誤っている。全力を出して見せたことがないので、当然なのですけれど。
「……さて、聞かせてもらいますか」
淑女として、聞き耳を立てるのは不躾な真似ですが。
付き人に危険が迫っているとなれば話は別。主人には庇護する義務がありあります。
私の魔法系統は氷。ミリス様と同じです。
ですので、かつてミリス様に教えていただいた魔法を幾つか覚えております。
「『氷眼』」
氷で作り出した球体。そこに映し出される光景を、私の脳に直接送る索敵魔法。
ミリス様はこれを屋敷の方々に仕込んで、使用人たちの素行を調べていらっしゃったとか。
視界が増えるということはそれだけ処理する情報が増えるということ。
私は一つが限度です。
更にミリス様が改良したこの氷眼は、振動から視界だけでなく音も拾うことが可能。
極めて優秀な魔法です。
「行け」
氷の球がするりと形状を変えながらドアの隙間をくぐり、向こう側で形状を取り戻す。
すると、準備室の光景がはっきりと私の視界に入ります。
気づかれてはない様子。
どうやら、本当に準備室の整理をしているみたいですね。
『うーん、日ごろからもうちょい整理したらいいんじゃないでしょうか』
『手厳しいね……。その通りだけれども』
『まあミリス様に任されたので頑張りますよ。先生からも、フルリナは頑張ってたって言ってくださいね!』
『もちろんさ。さあ、それをあっちに……』
ぱっと見で特筆するようなものがない内容。
これは……そうですね。
魔法陣を片手間にやりながら観察しますか。
『フルリナちゃんは頑張り屋さんだねぇ』
『私の素行の一つ一つがミリス様のためになるので!』
『なるほど、ミリス嬢の事が大好きなんだね』
……本当に、あの子は。
こうして利用されているとも知らずに。
無垢で、無邪気で。
良心が、痛む。
苦しんでいる間にも手は進めます。
予想通り、魔法陣自体は大した手間もなく完成させられました。
生徒のレベルではまあ高いのでしょうが。
アークライト家の娘として考えれば、手遊びの類でしたね。
『君の事を見ていると、妹の事を思い出すよ』
『妹さんがいるんですか?』
――きた。
『いや、いたんだ』
『あっ……』
沈痛な空気が流れ始めます。
これすらも、おそらくは先生の思惑通り。
『……少し病気がちな子でね』
『そう、だったんですね』
『ああ。いい子だったよ』
……本当に演技なのでしょうか?
これが、演技? 少なくとも私にはそうは見えません。
研究の印象が強かっただけで、先生はそこまで追い詰められているわけではない?
――この情報は、非常に有効に使えますよ。
思わず、口元が緩みます。
『もしよければ、今後も会いにきてくれないかな。フルリナちゃんは本当に妹によく似てるんだ』
『えっと、その。はい、ミリス様の許可さえいただければ』
『それはもちろん。付き人としてしっかりしてて偉いね』
そんな話を最後に、二人は黙々と作業をし。
こちらの部屋へと戻ってきました。
「お帰りなさい。先生、フルリナ」
「流石はミリス嬢だ。この短期間でしっかり仕上げてくれたね」
「この程度でしたら、いくらでも」
実際、簡単でしたからね。
「ありがとう。おかげで授業に間に合いそうだよ」
「私たちもこのまま待ちますか? ミリス様」
「そうね」
私たちの一限目がここの教室なら、わざわざ移動する理由もないので。
それに、種は撒いておきたいですから。
「あっ、そうだ先生、少しよろしいですか?」
「ん、なんだい?」
ちょいちょいと手招きして、そっと耳打ちしたいというジェスチャーをする。
ヘイルム先生は訝し気にしながらも、私の方によって耳を貸してくれた。
フルリナは秘密話されて少しだけ不機嫌そう。
でも、しょうがないんですよ。
これは、とても悪い話なので。
「妹の件、お役に立てるかもしれませんよ」
「っ!?」
それだけ伝えて、笑顔で繋げる。
はてさて、今後先生はどのような行動を見せてくださるでしょうか?
楽しみですね。