悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
ショックを受けていて。
頭の中がぐるぐるで。
どうすればいいか、教えを請おうにもミリス様——ティカ様に聞くわけにもいかないし。
私は、どうすればいいんだろう。
「あっ」
「またですか」
「ご、ごめんなさい」
そんなことをずっと考えているからか、ティカ様から受けているレッスンでもミスを連発してしまう。
ちゃんと集中しないといけないのに。
いけないはずなのに。
どこへ向かうべきかわからなくなってしまった今、全力を尽くせていない。
「集中できないのなら、本日のレッスンはここまでにしましょうか」
「それは――っ!」
「では、集中できますか?」
「……できません」
ミリス様? ティカ様? にも見透かされてます。
私はどうすればいいんだろう。
衝動に身を任せて、ここまでやってきた。
その衝動の行く先が分からなくなった今、本当に指針を失ってしまった。
今の私は以前の空っぽな私と何が違うのだろう。
「しばらく休みにした方が良さそうですね」
「……」
「付き人業も休んでもいいですよ。ゆっくり、心身を整えなさい」
事実上の戦力外通告。
今の私は、そのぐらい酷いってことだ。
「失礼、しました」
ミリス様の自室を後にして、自分の部屋への道筋を辿る。
その最中にも、ずっと頭の中でぐるぐるぐるぐる考え事。
聖女、本物のミリス様。
いっそ、直接聞ければどれ程楽になることだろう。
私を拾ってくれたのは、どうしてなんですかって。
「……聞けるわけないじゃん」
盗み聞きしてたってだけで最低なのに。
あんな誰にも聞かせられない話を聞いたなんて言ったら、二度と話してもらえないかもしれない。
それは、嫌だ。
「ううぅ、こんな私も嫌だなぁ」
ずっと考えこんでいるのは私の性にもあっていない。
じっとしているのは苦手だし、じめじめしているのも苦手なのだ。
「はぁ、本当に聞かなければよかった」
自室に戻るんじゃなくて、散歩に行こう。
気分転換ぐらいにはなるかもしれない。
放課後の学院は、まばらに生徒たちが歩いている。
学年が違う生徒もそうだけれど、付き人制度で学院内に入ってる生徒以外の人もいる。
付き人制度で付き人となっている人には専用の腕章が配られるからよくわかる。
腕章には、誰の付き人なのかわかるように、その人の家紋が印されている。
私の腕章には、アークライト家の。
左腕につけている腕章を右手でくしゃりと握る。
今の私はこれに相応しくない。
そう思ってしまうから。
でも、衝動的に外すこともできない。
あの時のかっこよさに憧れたのだけは、事実だから。
私の衝動だけは、真実だから。
「かっこ悪いなぁ、私」
自嘲する。
そして、その場で膝を抱えて蹲る。
自己嫌悪。何もかも私が悪いって分かってるのに。
だから、これは私が何とかしないといけない問題だ。
「おや、フルリナちゃん」
最近聞いた声が聞こえた。
顔をあげると、予想通りの顔がそこにはあった。
「……ヘイルム先生」
「どうしたんだい? その場に蹲って」
カップを片手に歩いている先生は、今にも転んで飲み物をこぼしそうなほどおっとりしている。
今の私とは、すごく対照的に。
「……ちょっと、悩み事があって」
「ふむ、なるほど」
先生は私に視線を合わせるようにしゃがみこみ、持っていたカップをこちらに差し出してくれる。
紅茶の香しい匂いが私の鼻孔をくすぐる。
「僕で良ければ相談に乗るけれど、どうかな?」
ゆったりとした笑顔に、私は思わず頷いていた。
場所を移動して、先生の研究室。
先日は来れなかった場所。ここでも、ティカ様の秘密が残っているかもしれない。
駄目だ駄目だ。詮索しすぎるのは付き人の役目じゃない。
その痛みを先日思い知ったばっかりじゃないか。
「紅茶、美味しくなかったらごめんよ。僕は入れるの苦手でね……」
「いえ、美味しいです」
嘘だ。あんまり美味しくない。
ティカ様どころか、私が入れた方が倍は美味しいのが作れる自信がある。
「あはは、気遣いありがとう」
汚い研究室の中で、やっと引っ張りだした椅子に私は座っている。
紅茶をこぼしてしまったらどうなるだろうと恐怖するぐらい、地面に書類が広がっている。
汚い。今すぐ整理したい欲求に駆られる。
ティカ様の付き人となったせいか、すっかり掃除が習慣になってしまった。
「さて、ミリス嬢と喧嘩でもしたのかな?」
「……どうして、わかるんですか?」
厳密には、喧嘩ではないけれど。
少し気まずい仲になってしまったのは事実だから。
「言ったじゃないか。君は私の妹にそっくりだって」
まあ、病気に悩まされてないところは違うけどね。
と先生は部屋の片隅で新しく自分用の紅茶を入れながら言う。
「あの子も友達と喧嘩した時に同じ表情をしてたよ」
「私とあの方は友達なんかじゃ……」
「変わらないさ。お互いに大事に思ってる、主従の関係であれ、ね」
先生は自分で入れた紅茶を口にして、やっぱり不味いね。と笑っていた。
……本当に、お互いなのだろうか。
私はティカ様の事を尊敬している。今だって、あの時の輝きが脳に焼き付いて離れない。
隣にいたいって思いも変わっていない。
でも、向こうは?
私が聖女だから、嫌々隣においているだけかもしれない。
色々な手間をかけてくれているのも、全部私が聖女に覚醒するために試しているだけかもしれない。
とても、とても辛い。
「……これは君たちの関係とは少し違うかもしれないけれどね」
「?」
先生は咳ばらいを一つして、話を始める。
「召喚魔法で契約する召喚獣と、主人との間で亀裂が入った際。召喚獣が試し行為というのをすることがある」
「試し行為、ですか?」
「ああ。この人は主人足るのか、信頼できるのか試すのさ」
召喚された存在にだって意思はあるし、好き嫌いがある。
信頼関係にひびが入れば、当然不安にもなる。
「それを解消するために、試し行為をするんだ。主人は本当に、これまで通りの主人だよね、と」
「……」
「本当に悩んでいるのなら、参考にしてみるといいかもね?」
私がミリス様を、ティカ様を試す?
そんなこと考えたこともなかった。
でも、試すとしてどうやって?
「まあ、じっくり考えてみるといいよ。君たちはまだまだ若いんだから」
間違いは幾らでも正せる年頃なのさ。
と先生は笑いながら言う。
先生の研究室を出て、私は悩む。
試す、試す……。
確かめるのは、確かにありかもしれない。
ティカ様が私の事を、どう思っているのか。
「……あれ、なんだろう」
学術棟から、寮へ戻る道中の渡り廊下で。
何か、違和感を感じた。
黒い靄? が茂みの向こうに見える。
まるで、私を誘っているかのように。
ぐるぐる蠢いている。
……思わず、その靄の方へ近づいてみる。
悪いものなら学院に報告しないとだし。
気のせいなら気のせいで別にいい。
その黒い靄を出していたのは、一人の人物だった。
茂みの向こうに私が行くと、木々の裏から彼はそっと姿を現した。
「来たな」
「な、なに。誰、あなた」
その人物は学院の制服をつけておらず、明らかに学外の人間だった。
怪しげなローブに身を包み、胸の部分には渦と鳥? の紋様が記されている。
「お前から負の感情を感じた」
「っ!?」
この胸のわだかまりを察知されたかのような物言いに、思わず後ずさる。
何、何なのこの人は。
「俺なら、それを解決してやれる」
「あなたは、誰?」
ローブを深くかぶっているから顔は見えないけれども。
確かに、彼は笑った気がした。
「俺の名はガラント。お前を、救済してやる人物だ」
耳の奥に、あの二人の会話がよみがえる。
『ミスティア教……異教徒の話は悪役令嬢必携ノートにも載っていましたね』
『ガラントという人物の項目だね』
ミスティア教というからには、女神ミスティアを祭っているのだと思う。
女神ミスティアは私でも知ってる。
悪いことをすると、女神ミスティアの使徒がやってきて連れ去られるんだってのは、町の子供たちに言うことを聞かせるための常套句だから。
「ミスティア教の人が、私に何の用?」
「ほう、俺らについて知っているのか」
しまった。
ミスティア教は邪教だ。
知っているとバレれば、殺されるかもしれない。
でも、ローブの人物は変わらず笑うばかりだった。
「お前らが俺らを邪教と呼ぶのは知っている。だがな、今のお前を見ろ。お前の信ずる神はお前の悩みを救ってくれそうか?」
「それは……」
「だろう? だが、我らが神ならお前を救ってやれる」
ガラントはこちらへ手を差し伸べてくる。
「俺の言う通りにしろ。そうすれば、お前の悩みを何とかしてやろう」
どうするべきなんだろう。どうすればいいんだろう。
私は、この差し伸べられた手を――。
どうすれば、良かったんだろう。