悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
◇ ◇ ◇
中庭に設置されている噴水の様子をぼんやりと眺めています。
あの水流で考え事を洗い流してくれないでしょうか。なんて現実逃避中なのです。
――フルリナの様子が先日からおかしい。
いえ、あの子の様子がおかしいことは今に始まったことではありませんが。
「元気がない、と表現するのが適切でしょうか」
そう、元気がない。
先日から私を避けている風でもある。
普段はあれだけべったりくっついてくるのに。
やや鬱陶しく感じるほどのコミュニケーションが、今は少しだけ恋しく感じる。
「何落ち込んでんだよ」
「ルーファス様」
私としたことが、近づいてきている方に気が付かないとは。
思っていたよりも、参っているようですね。
「お前らしくもない」
「あら、私の事をよくご存じですのね」
「……そういうところだぞ、お前」
「どういうことでしょう」
ふふふ、と笑えば。
わざわざ来るんじゃなかったと、ルーファス様はご自身の頭を掻きました。
「で、何があったんだ? レオナルド様も気にしていたぞ」
なるほど。レオが。
それで様子を見に来たということですか。
では、お言葉に甘えて相談させてもらうとしますか。
「少し、フルリナへの接し方を間違えてしまったようで」
「珍しいな。お前が間違いを認めるだなんて。明日は槍が降るか?」
「あら、完璧な令嬢というのは、失敗は認めるものでしてよ?」
ミリス様も失敗は潔く認めて次へ活かせとよくおっしゃっていました。
懐かしいですね。レッスンをつけてくださっていた頃のお話です。
ルーファス様は腕を組んで少し考えたあと、言いにくそうにしながら口を開きます。
「あー、そうだな。まあ、あいつは平民だからな」
「ルーファス様は、フルリナの気持ちがお分かりに?」
「……ああ」
これは意外。
ルーファス様はミリス様、もとい私に攻撃的だったように、排他的な方だと思っていました。
思えば、実直な方と悪役令嬢必携ノートには記されていましたね。
「届かない頂を見続けるってのは、中々きついものがあるんだよ」
それは……。
「ですが、彼女は確実に成長していますよ」
「わかればわかるほど、見えれば見えるほど、遠く感じるものもあるんだ。お前にはわからんだろうけどな」
いえ、私にはわかります。
私にとってのミリス様が、そうですから。
あの方の視野はどこまでも広く、視座はどこまでも高く、振る舞いは優雅で……。
よく、私などが代理を務めさせていただけていると、今でも思っておりますとも。
どれだけ血迷っても口には出せませんが。
「俺のとってのレオナルド様が、あいつにとってのお前だ」
「そのたとえ話はピンときませんわね」
「……おい」
不機嫌になったルーファス様を見て、クスリと笑う。
こういうところはフルリナに似ていると思います。
あの子も素直な子ですから。
「まあ、何にしても腹割って話せよ。レオナルド様やお前の考えは、俺らには遠すぎてわからねぇんだから」
「……ひょっとして、元気づけにきてくれたのですか?」
レオに言われたからではなく?
元気付けるだけなら、レオはきっと自分で来るだろうから。
「だったら何か悪いかよ」
「いえ、随分と好かれたものと思いまして」
「お前なぁ!」
ふふふ。愉快ですね。
かつてミリス様を嫌っていた人が、こうして慰めに来てくれるのですから。
やはり、私とミリス様は大きく違うということなのでしょう。
「キンディの奴に言われたんだよ」
照れ臭そう頭を掻きながら、ルーファス様は言います。
「キンディ様に?」
「このままじゃレオナルド様の予定に差しさわりが出るかもしれないってな」
「まあ」
レオも随分と気にしてくださってるのですね。
ただの偽物に過ぎない、この私に。
「あいつの目から見てレオナルド様の業務に支障が出てるんなら、何とかするべきなんだろ」
「キンディ様本人はいらっしゃらないのですね」
「あいつは、ほら、お前が昔虐めてからお前の事が苦手だからな」
あら、そうだったのですね。
ミリス様は何をされたんでしょう。
キンディ様の事を考えれば、単純な問答でも交わしたのでしょうけれど。
「人聞きが悪いですね」
「あいつもあいつで負けず嫌いだからなぁ」
「レオが勝てないのに、キンディ様が勝てるはずありませんのに」
「そういうとこだぞ、お前」
ミリス様に勝とうなど、考える時点でおこがましいのです。
ああ、でも。
こうして人と話すと、頭の中がすっきりしますね。
「ありがとうございます、ルーファス様」
微笑みながら、ルーファス様の方を見てお礼を言います。
正面から見合う事となって、彼の顔が赤くなっていくのが目に見えてわかります。
あらあら。女性に対しての免疫がないのでしょうか。
確か、騎士団長の息子だから訓練ばっかり明け暮れているとか。
騎士団は基本的に男所帯、あまりそういう場はなさそうですね。
「勘違いするなよ! これはだな……」
「今度どなたかご令嬢を紹介いたしましょうか?」
「結構だ! 婚約者はいる!」
からかい過ぎましたか。
顔を真っ赤にして、これで失礼する! と。
ずかずかと足音を鳴らして、立ち去っていってしまいました。
ふふっ、面白い方。
「でも、おかげで元気は出ましたわね」
腹を割って、ですか。
確かに、一理ある話でした。
「では、フルリナを探しませんと」
私は少し、恐れ過ぎていたのかもしれませんね。
あの子と一緒にいるのがあまりにも心地よいものですから。
嫌われたのでは、と。
嫌われたのであれば、それはそれで受け入れましょう。
人の事を思うのであれば。
自らの苦こそ、飲み込むべきです。
「あの子がいそうな場所、どこでしょうか?」
付き人の役目がないので、私の部屋にはいないでしょうし。
とすれば、彼女の寮の部屋でしょうか。
向かってみましょう。
で、実際に彼女の部屋の前まで移動してノックしてみれば。
出てきたのは、知らない方でした。
「あいや、ミリス様ですか? フルリナなら、いませんよ」
「ええと、あなたは?」
「えーと、フルリナのルームメイトです」
なるほど、この方が。
先日はフルリナが外に追いやったという。
「フルリナはいつ頃戻ってくるでしょうか?」
「ちょっと申し訳ありません。わからないんですよ」
「と、言いますと?」
戻ってくる時間がわからない?
寮なのに、ですか?
「最近門限破って外出歩いているみたいで。まったく、何をしているんだか……」
あのフルリナが、門限破り?
ちょっと考えづらいですね。
元々素行はいい方ですし、私の付き人となった今そのようなことをわざわざするとは……。
「あと、その、ちょっとお話しづらいんですが」
「はい?」
なんでしょう。
ルームメイトさんが少し困ってらっしゃる。
「あの子から、もしもミリス様が来たらこれをお渡しするように、と」
「これは……」
それは、一通の手紙と。
付き人としての証である、アークライト家の家紋が入った腕章。
「じゃ、じゃあお渡ししましたので!」
「あっ」
調べたところ、フルリナの同室は商人の娘という話でしたが。
商売気は薄いのでしょうか。さっさと部屋の戸を閉じてしまいました。
それとも、単純に私が恐れられているかですか。
大きな商家ではないようですし。
ただ、今の状況においては確実に些事です。
「フルリナ……」
この腕章は付き人を表すためのもの。
これをつけていないときは付き人ではないということ。
ましてや、それを主人に返すということは……。
「真意を、問いませんと」
そろそろ夜が近い。
門限も来ますが、きっとあの子は今日も帰ってこないでしょう。
「仕方がない子ですね」
この腕章は、挑発と受け取りましょう。
本気で辞めたいのなら、あの子は自分で返上しにくる子ですから。
「主人を試すだなんて、悪い従者だこと」
口角が上がります。
ああ、なんて久しぶりでしょう。
ミリス様に試練を与えられてはこなし続けた、かつての日々を思い出すではありませんか。
「仕方がないので……上下関係をはっきりとわからせてあげましょうか」
あの子が、それを望んでいるのなら。
はっきりと示してあげましょう。
ミリス・アークライトという存在がどのようにあるべきなのかを。