悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
「――本当に、こんな田舎にミリス様が……?」
たどり着いたのは、あたり一面の芋畑。
向こうには幾つかの藁ぶき屋根の一軒家がぽつりぽつりと立っています。
まさしく田舎と呼ぶにふさわしい光景に、思わず絶句してしまいます。
「わあ、田舎ですね」
馬車から一緒に降りてきたのはフルリナです。
こちらは道案内するために一緒に来ています。
「フルリナ、本当にここにミリス様がいるんですね?」
「ええと、ミリス様かはわからないですが、ティカ様とよく似た魔力波長は感じました」
あの日、フルリナが提案したものは、私たちの常識をひっくり返すものでした。
『ええと、私。日中なら多分似た魔力波長をもつ人を探せます』
それは、太陽神へレム様の恩寵の一つ。
空に輝き地を見下ろす彼の神は、その地に住まう人々を見ておられるのです。
特にその太陽神の恩恵が激しいこの国の内ならば。
フルリナは、情報さえあればその人がいる場所をある程度特定できるのだとか。
結果、私に近い魔力波長をもつ人物を探してもらったところ。
アークライト家に二人——これはご当主様と小侯爵様でしょう。
そして、この片田舎に一人。
おそらくは、ミリス様と思われる反応があると。
「馬車はレオに手配してもらいましたが……」
「ティカ様の実家にはバレるとまずいんですっけ?」
「アークライト家にはまだ伏せておきたいですね」
ミリス様に考えがあるのなら。
もしかしたら、ここでやることがあるのかもしれません。
アークライト家に知られれば、何としてもあの方を連れ戻そうとするでしょうからね。
お考えを伺うまでは、秘密にするのが良いと愚考しました。
にしても、なぜこんな田舎に?
「私にはミリス様のお考えが分かりません……」
「私の方見られても、私にだってわかりませんよ」
フルリナにもわかりませんか。そうですよね。
この田舎は学院から離れているものの、国境付近というわけではない。
調べてみれば、ここ最近での魔物被害が少ない地域だということだけは分かりました。
わかりました、が。
ただ、それだけの農村です。
ええ、何もない田舎です。
憑依ミリス様は何を考えてこの農村へ?
ミリス様はそれを許容していらしているのでしょうか?
疑問はつきません。
「一応聞きますけれど、ここで間違いはないんですよね?」
「確かめてみます?」
「お願いします」
そっと手を差し出すと、フルリナがぎゅっと握る。
目を閉じながらへレム様への祈りを捧げると、ふわりと彼女を中心に何か温かい春風のような波動が広がっていきました。
待つこと数秒、目を閉じていたフルリナが目を開きました。
「はい、間違いなくここです。近くにいます」
「そうですか……」
なんというか、その。
はい。
率直に申し上げて。
こんなところにいるミリス様をあまり見たくないかもしれません……っ。
許せない、許せませんよ。
尊厳破壊もいいところでは?
ああ、どうしましょう。
ミリス様が田舎娘の格好をしているなんて想像もしたくもないのですが!?
「ほらー、行きましょうよティカ様」
「ちょっと待ってください。心の、心の準備をさせてください」
もしも。
もしもですよ。
ミリス様のあられの無い姿を見たら私は失神して倒れてしまうかもしれません。
今のうちに覚悟を決めておかねば。
「ミリス様に逃げられちゃいますよ?」
「それは困ります!」
ここまで来てミリス様に逃げられたら、それこそレオに会わす顔も当主様に合わす顔もありません。
ですが、ですがぁ……。
「もー、私が村の人に話しかけてきますね。すみませーん!」
「あっ、ちょっと!」
畑仕事をしている麦わら帽子をかぶった老人の方へ、フルリナが向かっていってしまいます。
慌てて、私も後を追います。
彼はフルリナの方を向くと、穏やかな好々爺然とした笑みを浮かべました。
「お爺さんこんにちは!」
「元気がいいねぇ。若い娘さんがこんなところでどうしたんだい?」
「人を探していまして、ちょっとお話いいですか?」
レオに張り合っていた時も思いましたが。
フルリナって図太いですよね。
いえ、私もスラム時代はそうだったのですけれど。
ミリス様の影武者としての教育が終わったら、そういうことができなくなりまして。
フルリナも私の教育が終われば……いえ、変わるとは思えませんね。
彼女の魅力の一つなのでしょうけれども。
「人ぉ? こんなところに人なんて全然いねぇよ」
「あっ、そうだったりします? 可愛くて若い娘さん探してるんですけど、私たちぐらい!」
「ははは、そら更に少ないかもしれんなぁ」
凄い、コミュニケーションが成立している。
しかも和やかに。
冗談の挟み方も上手い。
愛嬌があって、嫌味をまるで感じさせない。
「ああ、でも一人だけおるべ」
「本当ですか?」
「ちょうど五年前ぐらいだったっけか? うちの村に一人の娘っ子が迷い込んできてなぁ」
「「っ!?」」
五年前。ミリス様が失踪したのとまったくの同時期だ。
口の中が乾いてくる。
口内に溜まったごくわずかな唾液をごくりと飲み込む。
やはり、この村にいらっしゃるんだ。
五年ぶりに、ミリス様にお会いできるんだ。
「その娘さんってどこにいらっしゃいます?」
「どこかなぁ。ちょっとわからんなぁ」
どうやら色んなところを移動しているらしい。
決まった時間に決まったことをしている、わけではないようだ。
心の臓が高鳴る。
五年、たった五年。けれども五年。
私の人生の、三分の一の時間をミリス様を探すために費やしたのだ。
念願だったとも言ってもいい。
そのぐらい、再びあの方のおそばに立つことを夢見ていた。
「まあ待ってれば向こうからくるべ」
「あら、ひょっとしてお爺ちゃん村長さんだったりします?」
「ははは、おらはただのまとめ役だよ」
「それを村長っていうんですよ、やだなぁ!」
声を合わせて二人が笑う。
これは、私が極端なのでしょうね。
スラム街式の暴力を伴うコミュニケーションか。
貴族式の政治的なコミュニケーションか。
その両方しか知らないものですから。
こんな親し気に、開けっぴろげにできる会話もあるのですね。
「しかしめんこいなぁ。いいとこのお嬢さんか?」
「私はただのパン屋の娘ですよぉ。あっ、あっちは貴族様なので、おさわり厳禁ですよ?」
「ほえー。それは遠方からお疲れ様なことだぁ。マドカも美人さんだがぁ、よう似とるなぁ」
私の方を見て、似ている?
マドカというのは聞きなれない名前ですが、偽名でしょうか。
「あ、ほれ。来たぞ。お~い、マドカ、お客さんだぞ~!」
びくりと体を震わせてしまう。
「なんですか~! ほら、お芋いっぱい取れましたよ~」
背後から、聞きなれた声が聞こえてくる。
私が聞き間違えるはずがない。この声は、間違いなくあの方の声だ。
心臓の音がうるさい。
これほどまでに、ドクドク激しく鳴り響いていたことが過去にあるだろうか。いやない。
「お前にお客さんだぁ。何でも、ずっと探してたらしいべ」
「え? 私を……?」
ゆっくりと、声の方へ振り返る。
目に入ったのは、茶色の髪に、赤い目の――ミリス様。おそらくは、魔法で色を変えられてるのでしょう。
服装は農民のそれだし、泥だらけの服装に、片手には掘ってきたであろう芋を握っている。
「あっ」
明らかに、やばいものを見たという顔をなさりました。
みるみるうちに、顔から血の気が引いて、青く染まっていく。
手に持っていた芋が、ぼとりと土の上に落ちる。
「……ご無沙汰しています。マドカ、さん?」
「いえ、あの、その、これには訳があってですね」
自然と、顔が笑顔になっていくのが分かる。
人ってある程度怒りが溜まると笑顔になるんですね。初めて知りました。
フルリナ? なんで私から少し遠ざかったんですか?
「お話、しましょうか。マドカ、さん?」
「はい。えと、ティカ様……?」
「殺すぞ。二度とその体でその口を聞くな」
「ごめんなさい許してくださいなんでもしますから!」
おっと、本音が漏れてしまいました。
私としたことが、行けないいけない。
とりあえず、くいと私たちが乗ってきた馬車の方を指差して。
簡潔に、伝えます。
「とりあえず、お話ししましょう?」
「は、はいぃ~」
ああ、ミリス様の姿でそんな方をするだなんて。
許せない。
本当に。
「ティカ様、こわっ」
フルリナ、聞こえていますよ。