悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
「すごい、近くで見ると本当にそっくりだ……」
馬車の中で私の隣にはフルリナが、対面にはミリス様――の体を乗っ取っているマドカ嬢がいます。
それなりに広い馬車なので、お互いに少し距離があります。
「で、ミリス様の体を使ってミリス様を冒涜するような行為をしていたことに弁明はありますか?」
「あっ、そこからなんですね」
フルリナ、うるさい。
「えと、それは、あの、ミリス様が――」
「ミリス様が?」
「ひぃ!」
おっと、不届き者の口からミリス様の名前が出てきたのでつい反射で。
笑顔、笑顔ですね。
落ち着かせてあげないと。
おかしいですね、余計に怯えさせている気がします。
「ティカ様。威圧しすぎですよ」
「ですが……」
「まともに話せないですよ。見てください、彼女怯えきってますよ?」
ミリス様のお姿でそんな怯えられること自体許せることではないのですが……。
フルリナの言う通り、話すことを優先といたしましょう。
ここは我慢、我慢ですティカ。
敬愛するミリス様の尊厳が棄損されていようと、ミリス様が選んだ道。
そこに異を唱えることこそ不遜と知るべきです。
……。
…………。
………………。
……………………よし、落ち着きました。
「というか、この方が本当にミリス様なんですか?」
「ああ、そういえばフルリナは知らないのでしたね」
「わ、私はミリス様に拾っていただいた、
うん? と首を捻っているフルリナに、ミリス様の身に何が起きているのかを説明します。
このフルベマドカなる人物は、ミリス様に乗り移った魂の人格。
ミリス様は自らに別の魂を憑依させ、その後失踪したことを説明しました。
「ほえ~。そういう事情だったんですね」
「ええ。ですので、彼女はミリス様の体を借りた別人ということです」
「それにしても。すごい……。主人公と次回作主人公が揃ってるだなんて……」
ん? 次回作主人公?
それに主人公という単語。
あまりにも聞きなれません。
「やはり、悪役令嬢必携ノートを書いたのはあなただったのですね」
ミリス様ではなく、憑依ミリス様――もといマドカ嬢。
彼女が悪役令嬢必携ノートの執筆者なのでしょう。
「は、はい。え、というかあれ読めたんですか!」
「五年かかりましたが、アークライト家の総力をかけて大半は解読できましたよ」
「この世界の人たちハイスペックすぎかも……流石主要人物」
この世界の人たち?
主要人物?
この方はよくわからない言葉を使われますね。
「まるで、自分が別世界から来たかのようなものいいですね」
「あの、えと、それは、そうなんです」
「はい?」
別世界から、来た?
本当に? ですか?
「えーと、なんて言えばいいのか。あの、ミリス様に拾ってもらえたおかげでこうして存在できてるんですけど……」
「ミリス様に、拾っていただいた?」
やはり、憑依自体はミリス様のご意思で行われたのですね。
我々の立てていた仮説は正しかったと。
「これはよく覚えてないんですけど、ミリス様が魂のまんま漂ってた私を偶然拾ってくださったらしくてですね」
「魂のまま漂う?」
フルリナが疑問符を浮かべていますね。
「たまにあるのですよ。入るべき肉体を見つけられなくて漂ってしまう魂が」
「え、じゃあマドカさんって幽霊ってことですか?」
「そうなりますね」
幽霊と聞いてフルリナの態度が一変します。
それまでのやや可哀そうなものを見る目から、脅威を見る目へと。
幽霊、苦手なんでしょうか。
一般的には魔物の一種ですからね、幽霊。
「じょ、浄化してもいいですか?」
「お願いします許してください」
……まあ、浄化すれば消えるでしょうね。
幽霊にとっては死と同義でしょうか。
フルリナは実際天敵ですね。
「話を戻しますよ。なんでミリス様はあなたを拾ったのですか?」
「それは、えと、多分ミリス様本人の口からお聞きしたほうがいいかと」
「はい?」
ミリス様本人の口から、聞くべきだと?
……どういうことでしょう?
ミリス様の体は、マドカ嬢が乗っ取っているのでは?
「というかずっと笑ってますけど、助けてくださいよぉ。『愉快ね、道化』じゃないですよぉ」
「マドカちゃん泣いちゃった」
ぽろぽろと涙をこぼし始めるマドカ嬢。
ですが、口ぶりはまるでミリス様がマドカ嬢に語り掛けているかのよう。
もしかして、なのですが。
「ミリス様の意識は、ずっと覚醒していらした?」
「ずっとではないですけど、主導権はミリス様が持ってるんですよぉ。さっきから変わってくださいってお願いしても聞いてくださらなくて……」
「変われるんですか!?」
「ミリス様のご意思でいつでもですよ。いや、拾って貰った身で文句を言うわけではないのですけど……」
眩暈がしてきました。
つまり、ミリス様がご自身の体で農作業をすることを許容していらした。
いえ、いえ。
私風情がミリス様の深淵なるご意思を図ろうなどというのが傲慢なのです。
なので落ち着きなさい。
落ち着くのですティカ。
「助けてくださいよぉ。ミリス様ずっと笑ってらっしゃるんですよ」
泣きながら助けを求めてくるマドカ嬢。
何というか、その。
ひょっとして、ミリス様結構楽しんでたりします?
「まあ、ミリス様が楽しんでらしてるのならよいです」
「私の人権はっ!?」
「魂だけの分際で権利を主張するとは傲慢ですね」
「うわぁ、ティカ様辛辣」
だって、分類としては
人としての権利を主張するのはいささか強欲ではありませんか。
はぁ、とため息を吐きます。
「さて、それで、あなたはどうしてこの田舎に?」
本題へと入りましょう。
この方が十分話せる相手なのはわかりました。
であるなら、情報を引き出すとしましょう。
「これはミリス様からの指示なんです」
「なんですって?」
「えと、色々と理由はあるんですけど、ミリス様は破滅する未来だったんですね」
その色々な理由の方が知りたいのですが。
まあ良いでしょう。後で聞けばよいので。
「えと、色々あって私に肉体の主導権が移ったのですけど、ミリス様が破滅するのに私なんかがどうにかできるわけがないんですね」
妥当な判断ですね。
見る限り、マドカ嬢は本当に小心者ですもの。
「で、ミリス様にも相談させてもらったのですけれど……逃げることに決定しました」
「ミリス様が失踪に承諾を?」
「えと、はい」
……色々な可能性は考えられます。
ミリス様が失踪する予定を立てたのは、おそらくマドカ嬢の未来の知識を手に入れたからでしょう。
ですが、破滅を回避するためだけに失踪されるとは思いません。
ミリス様の目的はどこにあるのでしょう?
「だからミリス様が直接お話してくださいよぉ。私には荷が重いですって」
「ミリス様は今もお話を聞かれているんですね?」
「はい。私が見聞きしたものはミリス様にも共有されていますので」
あくまでも主体はミリス様だと。
「……ミリス様」
胸に秘めている思いを込めて。
ゆっくりと、言葉にします。
「久しぶりにお会いした私に、ご褒美を頂けませんか?」
ぽふんと音が鳴る。
何が起きたかと思えば、目の前には半透明の女性の姿が。
眼鏡をかけており、顔立ちは平凡そのもの。ショートの髪の毛は珍しい黒色です。
これは……ひょっとしてマドカ嬢?
彼女の半透明な体からは細い糸が出ており、変わらずミリス様の体へとつながっています。
『ミリス様! 変わってくださるんですね!』
――空気が、変わった。
それまでの和やかな雰囲気から、ピリリと緊張感を伴うそれに。
その場にいるだけで、世界を作り変える圧力。
懐かしさを感じる、絶対者の覇気。
「ミ、リス様?」
「――久しいわね、ティカ」
柔らかに微笑むその姿は。
まさしく、私を拾ってくださったあの方そのもので。
そっと、手を広げて。
おいでと、私を誘ってくださっています。
「ミリス様っ!」
ああ、感激のあまり、涙が込み上げてくる。
五年、マドカ嬢に変わった日々を含めるならば七年。
それだけの間、あえていなかったのですか。
私の敬愛するご主人様。
「よく頑張ったわね、ティカ。――私の、可愛い妹」
抱き着いた私を、愛おしそうに抱きしめてくれて。
そっと、頭を撫でてくださいました。
「……で、この幽霊浄化してもいいですか?」
『許してくださぁい』
……感動の再会の邪魔をしないでほしいのですが。
今は、他にやるべきことがありますものね。
一通り再会を喜んだあと、席に戻り。
ミリス様と、改めて対面します。
今度こそ、真意を問わなければ。