悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました 作:パンデュ郞
ミリス様の抱擁から惜しくも離れ。
私は席に戻りました。
「聞きたいことは色々とあるでしょうけれど、そうね、何から話そうかしら……」
それまでのおどおどした態度から一変。
私こそが至高であると自覚していると認識させられる堂々とした態度。
思わず、平伏したくなります。
いえ、ここが狭い馬車の中でなければしていたでしょう。
「まずは、私が何故失踪という手段を選んだのかの話をしようかしら」
唾を飲む。
ついに、ミリス様の口から真意が語られる。
「目的としては、今まさしく果たされているわ」
「それは、どういうことですか?」
ゆったりとした動作で、ミリス様は私の方を指差します。
……私?
「ティカ。あなたをミリス・アークライトの座に据えること。それが私が失踪した目的よ」
「え?」
私を、ミリス様の座に据えること?
そのために、失踪を?
「そうね、まず、ミスティア教とあなたの関係についてはどこまで知ったのかしら」
「私が、ミスティアの巫女であることは」
「なら話が早いわね」
すっと、田舎娘の服装でありながら。
ミリス様がそう振舞うだけで、どんな絢爛なドレスよりも威厳を放つ。
やはり、これが本物のお姿だ。
……隣になよなよと幽霊が浮いているのが気になりますが。
「順を追って説明しましょう」
その言葉を皮切りに、ミリス様はこれまでの事をお話になられます。
「まず前提として、私は全て――文字通り、これまで起きたこと全てを記憶しているわ」
「えと、それは……」
「そして、その記憶には私たちが生まれる前。お母様の胎内にいた時も含まれるの」
「え?」
それって、どうなんですか?
本当に?
ミリス様が柔らかく微笑む。
本当に愛おしいものを見つめるように、私の方を見て。
「――胎内には、私一人ではなかったの。もう一人いたわ」
「それが、私、ですか?」
ミリス様は静かに頷く。
私たちは、双子だった?
「そして、産まれた私たち。同時に、ミスティア教と私たちの因縁が幕を開けたの」
そこからの話は、壮絶なものでした。
産まれたばかりの私を、メイドが連れ去ったのだそうです。
後から判明した話では、何と自分の娘と入れ替えようとしたのだとか。
――そう唆したのが、ミスティア教の手のものと分かったのも、後のことだそうです。
結果的にすり替えは失敗。ただ私が連れ去られただけの結果に終わったそうで。
「私が動けるようになって、ミスティア教の存在に気が付いたころにはもうあなたの行方は分からなくなっていた。メイドも死に際に己が嵌められたことに気が付いたのでしょうね、あなたを隠すように逃がしていたのよ」
結果、身寄りがなくスラム街にたどり着いたのが、私。
そこからはミスティア教とミリス様のどちらが先に私を見つけるかの争いが始まっていたそうです。
……冷静に語られていますけれど、当時のミリス様ってまだ御年二歳から四歳ですよね?
流石に、凄すぎではないでしょうか。
「あなたを先に見つけられたのは僥倖だった。でもね、同時に誰にもあなたが私の妹のティカだと悟られてはいけないと思ったの」
「それは、どうしてですか?」
「証明できる人間がいなかったからよ」
お母様は私たちを産んだ際に死に、その責任を取って産婆は遠くへ追放された。
付き添っていたメイドも先述の通りミスティア教に殺され。
誰も、私がアークライト家の娘であると証明できる人物がいなくなった。
アークライト家の娘は二人である、と。証言できる人物がいなかった。
「それに、あなたが私の妹だと分かればミスティア教が襲ってくる。当時五歳の私は、まだあなたを一人で守り切れる力がないと判断したわ」
その結果、顔が似ているから優遇している影武者としての立ち位置を与えることにした。
影武者ならば、いつか妹として表舞台に立ってもおかしくない教養と作法を教えても違和感がなく。
よく似ている影武者に、いたらしい妹の面影を見ているとミスティア教に錯覚させることもできる。
ミリス様が私の存在を認知しているのは向こうにすでにバレていたらしいので。
「まあ、どうせティカが本物だとバレるのは時間の問題だもの。最低限の時間稼ぎのための小細工ね」
小細工は確かに効果を示し、ミリス様が十分に成長するまでミスティア教の脅威を退けることに成功した。
――そこからは、影ながら私を守るためにミスティア教と争っていたとおっしゃいます。
「上手く、いっていたんですよね?」
「ええ。私は上手くできていると自認していたわ」
ただ、転機が訪れた。
それが、このマドカ嬢の魂をミスティア教の拠点で拾ったことだと、ミリス様は語る。
「ただの幽霊ではないのは一目でわかったから、保護したのよ。そして、語り掛けてみれば――興味深いことが分かったわ」
それが、ミリス様の将来。
破滅する、未来の事。
「この道化は、私たちの未来を知っていた。なぜ、どうして、などというのは関係なく。信頼するに値するだけの確度の高い情報を持っていたのよ」
つまり、ミリス様は上手く行っていると思っていたとしても。
将来、どこかで失敗することが分かってしまった。
『えと、“陽ざしの下で咲く乙女”。通称ひざおとって呼ばれてるゲームなんですけれど。その世界がこの世界にそっくりでして……』
「そのゲーム曰く、私は最終的にこの国と敵対し、破滅するらしいのよ」
仰天しました。
まさか、ミリス様がそのようなことを?
「まあ、国と敵対して破滅すること自体はどうでもいいのだけれど」
いいんですか? そこどうでもいいんですか?
いえいえ、ミリス様はそういうお方ですものね。
はい、よく存じておりますとも。
「問題は、私の立てた策が失敗に終わるということよ」
ミリス様の策が失敗に終わることで何が起こるのか。
まずは、アークライト家の没落。国に喧嘩を売ったのですからそうなりますよね。
次に――次回作? 更に未来を描いた世界では、私の事が描かれていたそうです。
『何というか、その、戦闘要素もあるゲームなんですけれど、ミリス様はチュートリアルキャラ兼ラスボスってこともあって、カリスマも凄いですし、とんでもない人気が出てたんですよね』
そこで、ティカ・アークライトというキャラが続編主人公として用意されたのだとマドカ嬢は語ります。
アークライト家が没落した後の私は、他国へ移住することに。そこでとある人物と出会って、アークライト家の再興を目指す話を繰り広げることになるそうです。
「その人物が――追放された産婆よ」
産婆から、私もアークライト家の娘だと聞かされ、アークライト家の血筋は途絶えていなかったのだと分かった私が再興を目指すのだとか。
「ともあれ、重要なのは私が想定していた計画は失敗する。その事実よ」
「それで、失踪を?」
「ええ。計画を途中で変えることにしたの」
にこりと笑いながら語り掛けてくださる姿は。
レッスンが上手く行っている時、私を褒めてくださっていた時と寸分たがわぬ笑顔でした。
「この道化――マドカに計画を立てさせることにしたの」
『うぅ……私はただゲームをプレイしたことがあるだけの一般人なのに……』
「光栄に思いなさい。私が任せるに値すると判断した事実を」
『ああ、でも推しにリアルで褒められるのは嬉しい……』
このマドカなる人物、存外ミリス様に気に入られているようですね。
……ちょっと嫉妬してしまいます。
「で、未来を知っているこの子に考えさせてみたのだけれど……まあ凡人だったわ。まともな案は一年経とうと出せず、失踪という手段以外ろくなものはなかったのだから」
でも、失踪という手段に一理あることに気が付いた。
ミリス様はそこが確信とばかりに強調されました。
「ティカ」
「はい」
「私が失踪すれば、何が起こるかしら」
何が起きるか、ですか。
いえ、この場合は何が起こったのかを語ればいいだけですね。
「まず、ご当主様はお嬢様を捜索されます」
「けれど、私は見つからない。次は?」
「お嬢様が失踪したなどという醜聞は隠せるならば隠そうとします」
「ええ。そのために、何をしたのかしら?」
「よく似た、影武者を、代理人として……」
満足げに、ミリス様が笑う。我が意を得たり、と。
「ティカは私の双子の妹だもの。それに、教育も私が手掛けていた部分もあり、外に出しても恥ずかしくない。きっとそうなると思っていたわ」
「ですが、それがこれまでの話とどうつながるのですか?」
それがわからない。
私がミリス様の名前を借りることで、どのような恩恵が?
「――ミリス・アークライトの名をミスティカ教は恐れている。恐れさせたもの」
「えーと。つまり、ミリス様にはミスティカ教が近寄らないから、ティカ様をミリス様にすればミスティア教の脅威から守りやすいってことですか?」
「ええ、そうよ。よほどの弱点を見つけない限り、手を出すことはないでしょうね」
へレムの巫女は察しがいいわね。とミリス様が褒める。
よほどの弱点――私の場合は、フルリナだったというわけですか。
身内に甘い、アークライト家の血筋共通の弱点。
「その様子だと、ひと悶着あったようね」
「うっ」
「責めたりはしないわ。もしもあなたに何かがあったのであれば、私の見通しが甘かっただけのこと。任せた人物が責任を取るべきであり、任された人物は気にしなくていいのよ」
ま、間違ってでも言えません。
フルリナを庇って死にかけましただなんて。
「安心なさい。ティカ。へレムの巫女が覚醒していて、ここにいる時点であなたの身に何かあったことは察しているわ」
「はいっ!?」
バレてる!?
ど、どうしてでしょうか。
「結果が全てよ。今、あなたが健康でいて、元気でいてくれればそれでいいの」
「ミリス様……っ」
「へレムの巫女。フルリナと言ったかしら」
「は、はい!」
ここで、初めてミリス様の視線がフルリナの方へと向きました。
その眼で見つめられた瞬間、彼女は緊張のあまり体が硬直したのがわかります。
そうですよね。初めてミリス様の圧を正面からもらうとそうなりますよね。
よくわかりますとも。
「私の妹をよろしくね。どうやら、ティカはあなたに心を砕いているようだから」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたしましゅ」
噛んだ。
フルリナの顔が赤く染まっていきます。
ふふっ、と可憐にミリス様が笑われます。
「さて、私が失踪した理由はこれで終わり」
要約すると。
ミリス様が失踪されたのは、全て私のため……?
私を、ミスティア教から隠すため……?
ぽろりと、涙がこぼれ落ちました。
一度落ちれば、二度目も。
ぽろぽろと、何度も何度も。
「わ、わたし。捨てられたんじゃないかって」
「ええ、不安にさせてしまったわね」
「ミリス様は、全て嫌になられてしまったんじゃないかって」
「そんなことはないわ。みんな、愛してる」
ずっとずっと、心の底では不安だった。
本当に、本当に、心配だった。
ミリス様に二度と会いたくないと思われていたらどうしよう。
ミリス様に興味が無いと捨てられたのだったらどうしよう、と。
良かった。
私は、捨てられてなんかいなかった。
ずっと、ずっと思っていただけていた。
ミリス様のお心は、私たちにあったのです。
「ティカ様……」
「いいのよ。存分に泣きなさい。――この田舎には、それをはやしたてる噂好きの令嬢なんていないもの」
心の底から。
大声をあげて、外聞も気にせず。
私は、泣いた。
わんわんと、赤子のように、子供のように。
日が、暮れるまで。
次の話で第一章完結です。